後編 林家たい平が考える、中高年世代にこそ笑いが必要な理由

近影:落語家 林家たい平さん。青々しく茂っている木々を背景に、扇子を開いて右手に持ち、微笑を浮かべている写真。

自分と周囲の人の心を満たす
生き方

「人生100年時代」と呼ばれるように、医療の進歩や多様な食文化によって私たちが健康で生活できる期間の「健康寿命」が延びています。

その一方で、仕事や子育てにある程度区切りがついた世代を中心に、自分の将来やセカンドキャリアの過ごし方に漠然とした不安を抱える「ミッドライフ・クライシス」を経験する方も多くいます。

そこで今回は、笑点メンバーの一人でもあり、落語家として子供からお年寄りまで笑顔を届けて続ける林家たい平さんにインタビュー。後編では、たい平さんが健康でいるために心がけていること、亡くなられたご両親との向き合い方を通じて、自分と周囲の人の心を満たす生き方についてお伺いしました。

プロフィール写真:扇子を片手に笑顔の林家たい平さん。

落語家 林家たい平 はやしや たいへい

1964年埼玉県生まれ。武蔵野美術大学造形学部卒業後、1988年林家こん平に入門。2000年真打昇進。2006年より日本テレビ『笑点』の大喜利メンバー。全国での落語会のほか、テレビ、ラジオにも多数出演。

健康だからこそ些細な喜びに気付ける

——ここからは、健康をテーマにお話を伺っていきたいと思います。たい平さんは、健康維持のために続けられていることはありますか?

散歩とマラソン、最近ではロードバイクも始めました。とはいえ特にルールは決めず、できるときにできることをするようにしています。

たとえば「毎日◯◯km走る」と決めることで、達成できなかったときに自分を責めてしまいますよね。ルールを決めたほうが継続しやすい方もいらっしゃると思いますが、何よりも大切なのは楽しむこと。その時々の自分が一番幸せな状態を作ることが大切だと思うんです。

——たい平さんは、どのようにして体を動かす時間を見つけているんですか?

たとえば、「次の仕事場まで電車に乗れば15分で着くけど、入り時間まで2時間あるから歩いて行こう」「早めに楽屋に着いたから、近くの公園まで散歩しよう」ということが多いです。体を動かすのが好きな気持ちと、新しいものに出会えるかもしれない、という期待の両方が原動力になっています。

やっぱり、体を動かすことで心も健康になると思うんです。部屋の中でじっと考え事をしているより、外に出ていろいろなものに触れる方が心の吸収力や感度が上がりますからね。その日に見た景色が落語にフィードバックされることもありますし。

——体と心の健康が「いい落語」につながっているんですね。

人に感動を与える仕事をするためには、自分自身の心が満たされている必要があると思うんですよ。心の中をコップに例えるとするなら、八分目まではいつも水が入っているくらい。

じゃあ自分の心を満たすためには、どうすればいいのか。

これは高校で担任だった美術の先生から頂いた言葉なんですが、「ものすごく感動できるもの、例えば映画や芸術、お芝居を毎日観ることはできない。だから、日常の中にある些細なことに感動できる心を養いなさい」と。この言葉に僕はすごく感銘を受けまして。

それ以来、道端に咲く花や空を流れる雲、散歩中の何気ない会話など、日常にありふれている小さな幸せを見逃さないようにしています。小さな幸せを重ねることで、心のコップが満たされていきますから。

認知症の母と、施設に入った父。それぞれの老後の形があった

——健康面のお話に関連して、当メディアの主要テーマである認知症についてもお伺いしたいと思います。たい平さんは、認知症をどのように捉えていらっしゃいますか?

僕の母は、亡くなる2年ほど前に認知症になったんです。両親ともテーラーを営んでいた社交的な仕事人間で、還暦後も「だがしやたいへい」という店をやっては、近所の子供たちに元気に挨拶していて。周りから見ても絶対にボケないだろうと思っていました。

それが父親が施設に入って半年ほどで、だんだんと兆候が現れてきて。最終的には、僕が会いに行くとニコっとしてくれるけど、息子だと思っているのか、笑点の人だと思っているのか判別がつかないくらい(笑)。話しかけても一方通行の状態でした。

でもね、いつも楽しそうに話すんですよ。その姿を見て「母はきっと別の世界で生きているんだ」と思うようになりました。だから、「お母さん、僕のことわかる?」「家族で旅行に行ったこと覚えてる?」などと言って、無理やり僕たちの世界に連れてこようとするのは違うなって。

「次はどんな話をしてくれるんだろう」とワクワクしながら母の話に付き合う時間が楽しかったですし、同じ時間を過ごせていることが幸せだったので、あまり悲観的にはなりませんでした。何よりも生きていてくれることが一番、ですから。

——きっとお母様自身も、そうやって自分の話を楽しそうに聞いてくれるたい平さんの存在を、すごくありがたく思っていたのではないでしょうか。

そうだといいな、と思います。大らかで社交的に見えた母は、実は神経質で繊細な人でした。なので、認知症になったことで不安や悩みから解放されてのびのびと暮らせていたとしたら、それはそれで良かったのかな……と、母の笑顔を見て思いましたね。笑顔は心が穏やかで満たされていないと出てこないですから。

逆に、父は最期まで頭がすごくはっきりしていました。まだやりたいことがあっただろうし、施設に入れた僕たちに文句を言い続けていましたけど、施設でいろいろな人と話をするようになって、いつの間にか人気者になって、最期はみんなにお礼を言って回ってから亡くなったんです。綺麗事かもしれませんが、父に対しても良い選択をしてあげられたんじゃないかな、と思います。

——ご両親で異なる老後の形を受け入れて、それぞれの過ごし方を大切にされていたんですね。たい平さんご自身は、ご両親とのコミュニケーションを含め、人と接するときにどんなことを心がけていますか?

自分ができることを押し付けないことです。すべきなのは、目の前にいる人が何を求めているのか想像力をめぐらすこと。往々にして間違えやすいのは、自分ができることを中心に考えて、それを人に与えようとすることです。

これは落語にも通じることで、「今日は舌がよく回って調子がいいから、この演目にしよう」と自分がやりたいネタをするのではなく、今日のお客さんは腹を抱えて笑うような滑稽噺を求めているのか、ほろりと泣けるような人情噺を求めているのか、それともみんなと共感したくて会場に足を運んでいるのか……と相手に思いを巡らす。これだけで、80点は取れていると思うんです。

そうして満たされたお客さんは、笑顔で「ありがとう」って言ってくれるんですよ。その心の底から出た「ありがとう」が、僕自身の生きる幸せに繋がっています。

——先ほどのお母様とのお話にも通じますね。一方で、自分の想いを相手に伝えたい時はどうしたらよいのでしょう。両親のことを思って「病院に行ってほしい」と伝えても、なかなか受け入れてもらえなかったり、喧嘩になったり……。

それは難しい問題ですよね。そういうときは、その思いをとにかく言葉にするしかないと思います。「家族だから、言葉にしなくても伝わるでしょ?」ってみんな思うんですよ。でもそんなことはなくて、どれだけ長く一緒にいる夫婦や親子だとしても、一人ひとりの人間なんです。言葉にしなければ伝わらないんです。

それを伝えられずに時間が過ぎてしまったら、最後はみんなが後悔してしまう。だから、相手が嫌だと思うことでも、近くにいる人は愛情をもって伝え続けなければいけない。

「私、お父さんのことが大切で、長生きしてほしいんだよ。だから病院に行って欲しいんだよ」って。そのときは渋々かもしれませんが、必ず後になって「ありがとう。お前が病院に連れて行ってくれなかったら、一人で家で死ぬところだった」と言ってくれますから。

先ほど父の話もしましたが、施設に入るときも、危険だからといって免許を返納してもらったときも、僕たち家族のことを恨んでいました。だけど、僕たちが「命を守る」という強い意志と愛情を持っていたことは、きっとわかってくれていたと思います。

「林家たい平」という樹がどう育つのかが、楽しみ

——最後に、たい平さんご自身が今後どんな人生を歩んでいきたいとお考えか、教えていただけますか?

自分の理想像を設定するとそのようにしかなれないので、特に「こうありたい」というビジョンは持たないことにしています。

人生を樹に例えると、僕はこれまで「自分でこうしたい」という気持ちよりも、「こっちに枝を伸ばして」「ここの葉っぱちょうだい」と人からの頼まれごとに応えることで枝葉を伸ばしてきました。人から必要とされることを幸せに思い、応えることで充足感が満たされるのは誰でも同じだと思うんです。

「俺なんて、私なんて」と思う方もいるかもしれませんが、みんな必要とされてこの世に生きているんですよ。例えば、あなたがホームセンターでトマトの鉢植えを買ったとする。もしあなたが買わずに素通りしていれば、そのトマトは倉庫の陰で枯れてしまっていたかもしれません。誰にだって、生きている意味があり、役割があるんです。

自分の枝葉をあっちこっちに伸ばして、80歳、90歳を迎えたときにようやく「この枝、この葉っぱはもういらないか」といって少しずつ樹形を整えていく。そうして出来上がった樹は、自分でも驚くような楽しい形になっているかもしれません。

そうして、今後の自分がどうなっていくかを楽しみながら生きていきたいですね。今はまだ、枝葉を自由に伸ばしている最中です。

取材・文:郡司しう 編集:株式会社GIG

取材を終えて

お写真撮影での一コマ。何度か足を踏み入れたことのある中庭で、今まで気に留めたことのなかった木の実。たい平さんは、中庭に出るなり、木の実に目をやり満面の笑みをカメラに向けてくれました。そんな笑顔に、私たちの心も温かくなります。

そんなたい平さんが語るコミュニケーションのコツは、「自分ができることを押し付けない」こと。今、何をしたいのか?目の前の人が、何を求めているのか?想像力を巡らせるそうです。認知症と生きる仲間と活動の中で、大切にしていることと重なります。あなたは、何を想っているのでしょう。共体験の中で表情や仕草から感じる、言葉以上の嬉しさや不安。気持ちは一人ひとり、その時々で異なります。だから、今を共に、大事に生きようと思えるのです。

たい平さんとご両親とのエピソードは、そんな仲間とのひと時を呼び起こしてくれました。同じ目線で、相手に想いを馳せたコミュニケーションをとり、時に自分の想いも言葉にして、お互いがより良く生きることに繋げていきたいものです。

本取材並びに原稿作成にご協力いただいたみなさまに、心より感謝申し上げます。

テヲトル編集担当(取材当時)
酒井 貴子

林家たい平が考える、
中高年世代にこそ
笑いが必要な理由

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