アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI)は、認知症ほど生活に大きな支障をきたすことはありません。しかし、今までできたことがスムーズにできないといったような困りごとが出てきます。アルツハイマー病によるMCIによって困りごとが起きたときの具体的な対処法について解説します。
困っていることがあったら、まずは相談を
アルツハイマー病によるMCIでは、生活に大きな支障はなくても困りごとはある
アルツハイマー型認知症の前段階であるアルツハイマー病によるMCIは、「日常生活動作は正常」「客観的に1つ以上の認知機能(記憶や見当識など)の障害が認められる」などと定義されています1。食事や入浴、排せつといった日常の中の基本的な動作を行うには問題がないものの、認知機能の一部が低下している状態です。
認知機能とは、記憶、言語、判断、計算、遂行など、生活に関わる脳の様々な働きを総称したものです。アルツハイマー病によるMCIではこの中のひとつ以上に障害がみられます。とくに多く認められるのが記憶の障害です。
上記のような認知機能が低下すると、これまでスムーズにできていたことができなくなったり、理解できていたことが理解できなくなったりします。日常生活に支障はないといっても、家族や周囲が対応に困ることも度々起こり得ます。
そのときの対処を誤ってしまうと、本人が傷ついたり感情が高ぶったりしてかえって状況を悪くしてしまう可能性があります。大切なのは、本人の状態ではなく、困りごとそのものに目を向けることです。アルツハイマー病によるMCIで起こる困りごとには、どのように対処するのが理想なのでしょうか。事例を紹介します。
困りごと(1)何度も同じ話をしたり確認したりする
アルツハイマー病によるMCIでみられる認知機能の低下のうち、最も多いのがもの忘れです。もの忘れは単なる老化でも生じますが、MCIのもの忘れは、経験したことは憶えているものの詳細な内容は忘れてしまうことを特徴とします。たとえば、会う約束をしたことは憶えているけれど待ち合わせの時間は忘れている、誰もが知るようなニュースなどの話題について、少し踏み込んだ内容になると明確に思い出せない、といった具合です。そのため、同じ相手に何度も同じ話をしたり確認を取ったりします。
同じ話を繰り返し聞かされると、ついつい対応が雑になってしまうこともあるかもしれません。しかし、本人に同じことを繰り返している自覚はありません。本人は初めて話しているつもりであり、それをうるさがったり咎めたりすれば、疎外感や孤独感を抱くなど、強いストレスを感じてしまうことになりかねません。
何度も同じ話をしたり確認するときの対処法
まずはしっかり話を聞きましょう。ただ、毎回真剣に耳を傾けると、聞くほうも疲れてしまうので穏やかに受け流すのが理想です。話し終えたあとに優しい口調で「その話は何度か聞いたよ」と伝えれば、本人は自身の状態を認識できます。こうしたやり取りを繰り返すことで「話した内容」は忘れても、「自分が同じことを無意識に何度も話す状態にある」ことは自覚するようになります。人によっては自分から「この話は初めて?」と確認するようにもなり、同じ話が繰り返されることが減ったり、医療機関に相談に行くきっかけにもなることもあります。
困りごと(2)自分で見つけられるものの、物をよく紛失する
MCIになり記憶力が低下すると、物をどこに置いたか忘れ、失くしてしまうことが多くなります。ただ、自分で見つけることはできるので、一見すると生活に大きな支障をきたすことはないように思えます。
しかし、この状態が日常化すると、家族が紛失への対応に手間取る場面が増えてきます。お互いの関係がギクシャクし、双方が強いストレスを感じてしまう場合があります。
物をよく紛失するときの対処法
紛失が多いからと怒ったり責めたりしてはいけません。本人にも「失敗した」という自覚はあります。頭ごなしに怒られると自信を喪失し、周囲への猜疑心がより大きくなってしまうことがあります。
「紛失がよく起こる」ことに目を向けて対処しましょう。たとえば、よく使う物は置き場を決め、目印を付けておいたり、家族全員で「使った後は決まった置き場に戻したか?」その都度確認しあう習慣をつけるなどの対策が効果的です。
大切なのは本人だけでなく、家族全員で取り組むことです。「紛失を防ぐための家族全員の決め事」にすることで、本人の自尊心を傷つけることもありません。また万が一本人が家族に疑いの目を向けても、「いつ使ったのか?」「置き場に戻したか?」など、「一緒に探そう」と促す会話を切り出しやすく、言い争いに発展しにくい利点もあります。
MCIを理解すれば、小さな工夫で困りごとは対処できる
MCIと診断されると、本人はとても強い不安を感じるといわれています。さまざまな困りごとも出てきますが、その中には家族がMCIの人の視点に立ち、関わり方を工夫するだけで解消できるものが多くあります。ここで挙げた2つの困りごとは、MCIについて理解し、コミュニケーションや生活習慣におけるちょっとした工夫をすれば、困りごとは減らせるという事例です。身近な人と本人の双方でMCIについての理解を深め、個々に合わせた工夫をしながら困りごとに対処していきましょう。
(参考文献)
1,深津 亮ら: 老年精神医学雑誌.2014; 25(8): 845-853.