佐々木俊尚が考える、
中高年世代のこれからの生き方
─ 暮らしのあらゆる場面に「持続する」意識を ─
「人生100年時代」と呼ばれるように、医療の進歩や多様な食文化によって私たちが健康で生活できる期間の「健康寿命」が延びています。
その一方で、仕事や子育てにある程度区切りがついた世代を中心に、自分の将来やセカンドキャリアの過ごし方に漠然とした不安を抱える「ミッドライフ・クライシス」を経験する方も多くいます。
「これからの人生を、どう過ごせばいいのだろう」「新しく何かを始めたいけれど、もう遅いんじゃないか」
今回は、仕事と趣味を統合して生活する“ワークライフインテグレーション”というスタイルを実践している、フリージャーナリストで作家の佐々木俊尚さんに、充実したセカンドキャリアを過ごすために必要な視点や心構えについて、お話をお伺いしました。
仕事も趣味も暮らしの一部。いかに続けられるかが重要
── 今回は、充実したセカンドキャリアの過ごし方を考えるということで、まずは趣味についてお聞きしたいと思います。佐々木さんは趣味についてどのように考えていますか?
一般的な趣味の定義だと「本業が別にあって、収入を生み出さずに暇なときにするもの」だと思うんですが、僕の場合、あまり趣味をそれ自体で考えたことがなくって。
余暇と仕事をきっちり分けて、バランスを取る「ワークライフバランス」という考え方がありますが、それだと仕事が「つらいもの」になってしまいますよね。
そうではなくて、あらゆるものが仕事であり趣味だと考えて生活する「ワークライフインテグレーション」が大事だと考えています。
普段からランニングをしたり登山をしたりしているのも、僕にとってそれは趣味ではなく「人生の一部」のようなものとして捉えています。
── 確かに、最近は在宅勤務の影響からか仕事とプライベートの境界線があいまいになっているように思います。
趣味のあり方も時代とともに変化していますよね。一番大きいのは、多人数から個人に変わってきていることかなと思います。
例えば、野球とかサッカーをするには9人とか11人とか人を集める必要がありますが、最近は働く曜日や時間がフレキシブルになって多様化している。同じ時間に10人が揃うことが難しくなってきているのだと思います。
だからこの10〜20年で自転車やランニング、登山など、一人もしくは少人数でできる趣味を持つ方が増えてきているんじゃないでしょうか。
── 佐々木さんも、普段から登山をされていますよね。
若い頃から登山をしていますが、最近はトレンドが変わってきているという感じがします。昔は、「日本百名山を全部登る」という目標を立てて、勝ち抜きではないにしろ、登った山の数を増やしていく人が多くいました。
ですが最近は、ロングトレイルといって、麓の畑の畦道や牧場、林道を歩くということをしています。設定されたルートから自分で歩く区間を決めて、ただひたすら歩くというだけ。山に登らないこともあります。
── 同じ登山でも、山頂を目指すのとはまったく考え方が違いますね。ロングトレイルには、どんな楽しさがあるのでしょうか。
ロングトレイルは大体日帰りで、1回20kmくらいを歩きます。山肌に沿って歩くので途中で尾根を越えたり、峠を越えたり。山頂から下を見下ろすときとはだいぶ違う景色が広がっているんですよね。
それに、「移動することの気持ちよさ」もあります。ロングトレイルのコースは普通の登山道とは違って整備されているところばかりじゃない。地図を見ながら歩くというのが一般的で、道に迷うこともあるし、買い物をしたければ寄り道したっていい。移動することそれ自体の面白さが、ロングトレイルにはあるんだと思います。
── ロングトレイルのために普段から取り組んでいることはありますか?
その意味でいうと普段は特に何もしていないですね。ランニングをしていますが、ロングトレイルのためにではなくて、日常の習慣として取り組んでいるだけ。
ランニングもロングトレイルも、僕にとっては生活の一部なので、いかに続けられるかのほうが大事なんです。
若い頃に好きだったものは居心地がいいけれど……。
新しく始めたことを習慣化するには
今はレジャーにしろスポーツにしろ、ありとあらゆる楽しみ方がありますよね。遊び方の多様性はものすごく広がっているんじゃないかと思います。
── その一方で新しいことを始めるのに抵抗を感じている方も……?
ある意味、安心するのだと思います。人生の方向性が定まってくる10代後半から20代前半の頃に好きだったものや考え方って居心地が良いですから。年齢を重ねてもなかなかそこから出られなくなってしまうことはあります。例えば、昔聴いていた曲ばかりしか聴かないとかね。
ただ、テクノロジーの進化にともなって、新しいことを始めるハードルはどんどん下がっているはずなんです。
── というのは?
登山を例に挙げると、背負う道具の量はかつての半分ぐらいで行けるといわれています。しかも、防水性と撥水性も備えたウェアや、軽くて滑りにくいゴアテックスの靴もあって。昔に比べて登山そのものがものすごく快適になっていると思います。
── とはいえ、新しく始めても三日坊主で終わってしまうことが多く……。佐々木さんはどのようにして習慣化をしているんでしょうか?
習慣にしているランニングでいうと、僕はジムで走るのが好きなんです。雨の日も雪の日も関係なく、同じ環境でずっと運動できるから。例えば、朝起きてランニングしようと思ったときに雨が降っていたら気持ちがくじけるじゃないですか。それで行ったり行かなかったりというのが嫌なんです。
運動も持続性が大事だと僕は思っています。ジムだったらとにかく行ってしまえば、必ず走れる環境がありますよね。気分が乗らないのは、傘をさしている行きと帰りの10分程度だけで。
── その10分程度が難しいときも……?
まあ、いろんな理由で行きたがらないわけですよね、心としては。夏は暑い、冬は寒い、昨日は飲みすぎた、面倒くさいとかとか。
でもね、ランニングのあとにシャワーを浴びて着替えて外へ出ると、ものすごく気持ちが良いんです。すべてリフレッシュされて、前日にあった嫌なできごととか昨晩見た悪夢とか、そういうのがクリアになっちゃう。
1つの方法として「終わった後に待っている状態」をイメージしてみてはどうでしょうか。すべてリフレッシュされる気持ちの良い時間が待っていると想像すれば、「行こうかな」という気持ちになるんじゃないかな。
セカンドキャリアの人間関係には「自己充足」と「弱い関係」が必要
── セカンドキャリアを充実して過ごすために、趣味のほかにはどんなことが大切だと考えていますか?
「人間関係」はとても大事ですよね。若い人もそうなんだけど、「承認欲求」が強くなっているような気がするんです。特に今の時代は、年々世の中の状況が変化して、自分の経験値があんまり役に立たなくなっている。その自信の無さだったり、人とのつながりが薄れたりというのが、マウンティングという行為につながっているんじゃないかと思います。
でも、どんなにSNSで「いいね」がついても承認欲求はなかなか満たされない。
だから、僕にとって大事なのは暮らしの中で自分自身を満たしてあげること。自己充足していることなんです。
例えば、僕の場合、読書がそうです。本を読んでいると、すごいことが書いてあったりするんですよ。そのときに「こんなすごい本が読めて幸せだな」って思えるんです。著者の世界観に自分が触れた気持ちよさみたいなのを感じて。
先ほど話したロングトレイルもそうです。誰とも競争していないし、どの区間を歩いても良い。ただただ「なんて気持ちが良いのだろう、こんな景色の中を歩けて」って思うだけ。承認欲求と切り離した、自分自身で充足できるものを持つことが大事なんじゃないかと思います。
── 自己充足感を持つことで気持ちの良い「人間関係」づくりにもつながると。
ほかにも1970年代にアメリカの社会学者マーク・S・グラノヴェターが提唱した「Weak ties理論」というのがあります。ウィークタイズとは、「弱い関係」のこと。じつは、一緒に接することの多い家族や会社の同僚よりも、たまにしか会わないとかメールのやり取りしかしない人のほうが、人生の大事なときに貴重な情報を持ってきてくれるという理論なんです。
僕は登山仲間とは、この弱いというか緩い関係なんです。
メンバーは総勢50名くらいだと思うんですが、Facebookでつながっているだけです。登るときも主催者が山を決めて、みんなに集合場所と解散時間を伝えるだけ。コースとか、来る来ないも自由。
当日集合場所に集まった人だけで登るというのを毎月、10年近くやっています。これくらい弱い関係だからこそ、お互いに負担が少なく、長続きしやすい関係なのだと思います。
── 「弱い関係」をつくるうえで、どのようなことに気をつければ良いのでしょうか?
あまり見返りを求めないということですよね。良い球だけはあちこちに投げておいて、もしかするとその中から良い球を返してくれる人がいるかも、くらいの心持ちで。すぐ見返りを求めてしまうと、相手にも警戒されてしまいますから。
── とはいえ、なかなか考え方や生活スタイルを変えるのが難しい場合も……?
自分のマインドを変えていくこと。そのために、新しいことを学ぶ気持ちを持つこと。時代とともに変わる価値観を受け入れると同時に、ステレオタイプも消していく。これ以外に方法は無いんじゃないかな。
マインドを変えていくことは難しいかもしれませんが、今の平均寿命が男性81歳ほど、女性が87歳ほど、そして20年後くらいには健康寿命がさらに延びているとも考えれば60歳で退職して「残り少ない余生をどうしよう」ではなく、むしろ「長い人生の後半戦をどう組み立てるか」という新しいマインドに切り替える必要があると思います。
中高年のこれからに必要な
「持続する暮らし」の心構え
── 長い人生の後半戦の組み立て方として、佐々木さんが日常的に意識していることはありますか?
僕がやっているのは、できるだけ丁寧に日常を維持することです。
それは仕事や山登りのような活動だけじゃなくて、例えば歯を磨く、髪を切る、料理をする、掃除をする、ゴミを出す……。暮らしの中のありとあらゆる細部を丁寧に維持していくということですね。
── 今日のお話を通じて、「持続」「維持」という言葉が多かったと思いますが、やっぱり生活においても「サステナビリティ」が大事になってきているんでしょうか?
サステナビリティの基本って、「持続する暮らし」をちゃんと構築していくことだと思うんです。身体も、精神も。
「なにかを得れば幸せになれる」ってみんな思うじゃないですか。家とか高級車とか、洋服とか、生活にプラスができれば幸せだって。
でもそうではなくて、イライラするとか体調が悪いとか、生活の中での「マイナスを減らす」方向を考える。そのほうが、持続する暮らしを構築できると思います。
健康な体、健康な精神を維持する。
そのために意識してできることは、案外、身の回りの生活に多いものですよ。
取材・文:郡司しう 編集:株式会社GIG
取材を終えて
棚一面に並ぶ書籍が印象的な佐々木さんの書斎にて取材をさせていただきました。そこには、「記念」などではなく、執筆の資料として必要だと「意味付け」されたもののみが置かれているとのこと。その空間は、言葉に言い表せない心地良さを感じました。この取材を機に、「今の自分が大事にしたいモノ」を残し、「過去の自分が大事にしていたモノ」は少しずつ手放すようになりました。これを習慣化するために、「整理された空間で、快適に仕事をする姿」を強くイメージしたいと思います。
本取材では、考え方や生活スタイルを変えていくために、時代と共に変化する新しい価値観を受容し、ステレオタイプを消していくというヒントもいただきました。非常に近いエピソードを認知症のある方からもお聞きしました。「当事者との出会いを通じ、自分の中の認知症観が変わり、少しずつ前に進めるようになった」と。
セカンドキャリアを充実して過ごすために大切だと述べられていた「ゆるやかな人とのつながり」は、長寿の秘訣でもあり、認知機能によい影響を与えることも知られています。
認知症の有無に関わらず、世の中の変化や新しい出会いをポジティブに捉え、弱い人間関係を維持しながら、豊かな人生を送りたいものです。
本取材並びに原稿作成にご協力いただいたみなさまに、心より感謝申し上げます。