※本記事内の「予防」とは、「認知症になるのを遅らせる」「認知症になっても進行を緩やかにする」という意味です1。
2019年に5,700万人と推計された世界の認知症の当事者は、2050年には1億5,300万人に達すると予測されています2。このように認知症への備えとケアのあり方は、いまや世界共通の課題です。
こうしたなか、2024年に「Dementia prevention, intervention, and care 2024」が発表され、2020年の論文3に記載のある12の修正可能な認知症のリスク因子に加え、新たに2つのリスク因子が加わりました。
本記事ではこの論文の概要とともに、日常生活で実践できる対策をわかりやすく解説します。
ランセット誌「認知症予防・介入・ケア国際委員会」とは
The Lancet(ランセット)は、イギリスで創刊された世界的に権威のある医学雑誌です。このランセットが主導するThe Lancet Commissions(ランセット委員会)は、医療・公衆衛生の重要課題について、国際的な専門家が協力し、エビデンス(科学的根拠)にもとづいた調査・分析と提言を行っています。
2024年に「Dementia prevention, intervention, and care 2024」を公表したランセット認知症予防・介入・ケア国際委員会は認知症に特化した委員会で、政策や医療、研究における意思決定に影響を与えることを目的に組織されています2。
「認知症予防・介入・ケア国際委員会による2024年の論文」の概要
2020年の論文3では、①教育水準の低さ、②難聴、③抑うつ、④頭部外傷、⑤運動不足、⑥糖尿病、⑦喫煙、⑧高血圧、⑨肥満、⑩過度のアルコール摂取、⑪社会的孤立、⑫大気汚染の12項目の認知症の修正可能なリスク因子が報告されていました。
そして2024年の論文2では、⑬LDLコレステロール値、⑭視力の低下が加わりました。
これらの14のリスク因子が認知症と関連があると示されており、早期の改善が望ましく、年齢にかかわらず早期に対応することで発症の遅延や進行の抑制につながる可能性があると記されています2。
このような背景をふまえ、個人での取り組みに加えて、喫煙や過剰なアルコール摂取の抑制、大気汚染や頭部外傷の回避、食品中の塩分・糖分の見直しなど、政策レベルでの対応も求められています2。
さらに、身体活動の推進や社会的孤立の防止といった、社会構造への働きかけの重要性も指摘されています。加えて、適切な診断やケア体制、生活支援が、当事者と家族の生活の質を守るうえで重要であることが強調されています2。
「LDLコレステロール値」と「視力の低下」が認知症の新たなリスク要因に
「LDLコレステロール」は、いわゆる悪玉コレステロールと呼ばれる脂質の一種で、動物性食品に多く含まれます。中年期(18〜65歳)におけるLDLコレステロール値と認知症との関連については明確な結論が出ていませんでしたが、近年の大規模研究の蓄積により、エビデンスが強まりました2。
中年期(18〜65歳)において高LDLコレステロールに対応することで、リスクを7%低減できる可能性が示されており、この割合は難聴と並んで大きいものです2。
また、「視力の低下」には、眼鏡で矯正可能な視力の衰えや、失明を含む重度の視力障害などが含まれます。特に治療が行われていない場合に問題となりやすく、たとえば白内障では、手術を受けた方は認知症のリスクが下がり、健常者と同程度であったとする報告もあります2。
リスク因子の改善に取り組むことで認知機能低下の進行抑制が期待できる
認知症の半数近く(45%)が前述した14の修正可能なリスク因子と関連していると述べられており2、年齢を3つのステージ(18歳未満、18歳〜65歳、66歳以上)に分けて検討したところ、特に18〜65歳の時期でのリスク因子の改善がその後の経過に大きく関係する可能性があると示されています。
18〜65歳の時期では、難聴(7%)、高LDLコレステロール(7%)、抑うつ(3%)、頭部外傷(3%)、運動不足(2%)、糖尿病(2%)、喫煙(2%)、高血圧(2%)、肥満(1%)、過剰なアルコール摂取(1%)と10のリスク因子との関連が報告されており(各数字は各リスク因子を取り除いた場合の認知症の当事者の減少率)2、65歳までにリスク因子の改善に取り組む重要性が強調されています。
認知症の備えとして私たちができること
この論文の報告を受けて、私たちができることは何でしょうか。
今回新たに追加された2つの因子に加えて、従来から指摘されている認知症のリスク因子の改善のために、日常生活で実践可能な対策をご紹介します。
聴力と視力のケアをする
難聴がある場合、うつ病や社会的孤立、環境刺激の減少などが重なって、認知機能に影響を及ぼすことがあると考えられています。補聴器の使用は、認知機能の低下を緩やかにするという報告もあります2。
そのため、騒音環境へ配慮し、聴力の変化に気づいた際には、補聴器の導入を検討するとよいでしょう。
また、白内障による視力低下がある場合は、手術による改善が認知症の発症遅延や進行の抑制につながる可能性も示されています。気になる症状があれば、医師に相談してみるのもひとつの方法です。
血圧、血糖、コレステロールに気をつける
塩分や糖質、LDLコレステロールに配慮した食事は、高血圧・糖尿病・高LDLコレステロールといった要因への対策につながります。また、降圧薬の使用は、発症を遅らせたり、認知機能の変化を緩やかにする可能性が報告されています2。
すでに高血圧と診断されている方は、治療を継続することが将来的なリスクを減らすことにつながる可能性があります。
特に40歳以降は、収縮期血圧(上の血圧)を130mmHg以下に保つことが望ましいとされています2。
適正体重と運動習慣を保つ
BMI 25kg/m2以上の過体重または肥満は、中年期の認知機能への影響が懸念されており、体重減少によって状態が改善されたとする報告もあります2。
一方、BMI 18.5kg/m2未満の低体重も機能の低下と関連があるとされ2、適正体重の維持が重要です。
さらに、適度な運動は、認知機能の維持や低下の抑制につながる可能性があるとされています。体力に応じて、無理のない運動習慣を取り入れましょう。
たばことお酒を見直す
禁煙は認知機能の低下を防ぐ一助となると考えられており、また、過度な飲酒は認知症リスクの上昇と関連しているとされています2。アルコールは適量を心がけ、過剰な摂取を避けることが大切です。
頭を守る工夫をする
年齢や背景を問わず起こりうる頭部外傷は、認知症に関係するとされています。
予防のためには、スポーツや作業時に適切な頭部保護具を着用する、ラグビーやアメリカンフットボールなど、強い衝撃のある競技では注意を払う、ヘディング練習は可能であれば回数を減らす、頭部を打った後はすぐに運動を再開せず様子を見るといった対応を行いましょう2。
人とのつながりを大切にする
社会的つながりは、認知機能の低下を抑制するために重要な要素の1つとされています。社会活動への参加が難しい場合でも、誰かと会話をしたり、趣味を共有したりといった小さな交流が役立つ可能性があります2。
まとめ
認知症の修正可能なリスク因子に関する2024年の論文の内容をご紹介し、リスク因子の改善のために日常生活で実践可能な対策をご紹介しました。
できるだけ早い段階から、リスク要因の改善に取り組むことが望ましいとされています。年齢にかかわらず、ご自身にできることから少しずつ始めることも大切です。
ご自身の状況に応じて、取り入れられそうな内容があれば、ぜひ活かしてみてください。