図書館カフェで認知症の人と語り合う(幸齢者サロンでの取り組み)
コーヒーを飲みながら、なつかしい駄菓子を口にし、認知症の本人たちと認知症についてオープンに語り合う──。飲食禁止・私語禁止を原則とする公立図書館が多いなか、2023年9月14日、八王子市中央図書館で“タブー”に縛られないユニークな催しが開催されました。「幸齢者サロン」の第6回。新しい気づきあり、笑いありのサロンに参加した市民からは、「認知症に対する考えが変わった」といった声が聞かれました。
取材:2023年9月14/19日 八王子市中央図書館
9月14日 高齢者あんしん相談センター追分
9月19日 DAYS BLG!はちおうじ
本人たちのやりたいことが最優先
──駄菓子のあとからついてきたトークセッション
「(認知症になると生活の)不安はつきもんです。でもひとつひとつ自分でやって解決して、自信を持っていけば、まあ治るとはいいませんけれど慣れるというかね、こうしてやるもんだというのがちょっとずつ頭の中に染み込んでいきます。何でもかんでもできないから簡単にこうしてやれとかしてしまうと、だんだんひどくなりそうな気がするんですよ」
認知症の人らが通うデイサービス「DAYS BLG!はちおうじ」(以下BLG)のメンバー※、志田武雄さん(64歳)の話にサロンの参加者が耳を傾けます。この日の幸齢者サロンでは、BLGのメンバー3人と、BLG八王子代表の守谷卓也さんによるトークセッションのほか、図書館司書によるお勧めの本の紹介、高齢者あんしん相談センター(地域包括支援センター)看護師による健康相談が行われました。
※DAYS BLG!では利用者とスタッフという線引きはせず、集う人すべてを“メンバー”と呼びます。
サロン会場となった中央図書館の会議室に集まった市民は32人。市の広報誌や図書館等に置かれたチラシでサロンの開催を知り事前に参加を決めていた人、当日ポスティングされた地域情報誌を見て参加を思い立った人、たまたま図書館にいて館内掲示でサロンに興味を持った人など、参加の経緯はさまざまです。「高齢者のコウの字が幸せになっているのって素敵だね」と来館者が運営スタッフに声をかけたり、「最初の5分だけ」とことわって入室した人が最後まで残っていたり、和気あいあいとした開放的な雰囲気が漂います。
サロンではコーヒーやお茶が無料で提供されるほか、BLGのメンバーが運営する駄菓子屋で駄菓子が一人50円分までサービスとなっています。
幸齢者サロンの会場。認知症のある本人、家族、住民、多職種の専門職が認知症をオープンにして話ができ、認知症について知りたい情報が得られます。
BLGのメンバーのトークに、熱心にメモをとったり、深くうなずいたり、ときに和やかに笑う参加者たち。
BLGのメンバーが運営する駄菓子屋さんも開店。
「わたぼうしさんと図書館で何かコラボ企画ができないでしょうか?」
2018年、当時の八王子市教育委員会の図書館部長が、「認知症家族サロン八王子ケアラーズカフェ(以下、ケアラーズカフェわたぼうし)」を運営する中村真理さんに声をかけたことが幸齢者サロンの始まりでした。
ケアラーズカフェわたぼうしは、八王子市認知症家族サロン事業を受託している常設のカフェ(居場所)。生活上のこと、介護のこと、認知症のことなど、ちょっとした気がかりや困りごとについて思いや体験を語れる場です。常駐スタッフへの相談事は特になくても、近隣の顔見知りの男性が将棋を指したり、女性が買い物帰りにおしゃべりを楽しんだり、コーヒーやお茶を飲みながらゆったりと過ごせる“ふらっとカフェ”でもあります。
ケアラーズカフェわたぼうしではさまざまなイベントやセミナーを開いているので、その“出張サロン”として図書館で何かイベントを開こうということになりました。とはいうものの、図書館にケアラーズカフェわたぼうしのような居場所をつくるこができるのか──。中村さんによると、図書館という場所の特殊性がまず話し合いの焦点になったそうです。
「図書館は飲み食いをしてはいけない、おしゃべりもいけない、静かに本を読んだり調べ物をしたりするところという認識があったので、そこに食べ物・飲み物を持ち込み、話をする場をつくれるのか、というところから話を始めました」
イベントのネーミングもすんなりとは決まりません。中村さんは“カフェ”と名付けたかったそうですが、飲食に直結する名称には図書館スタッフたちの躊躇があり、結局“サロン”に落ち着きました。
ケアラーズカフェわたぼうしと中央図書館との連携に、近隣の3つの高齢者あんしん相談センターも加わり、幸齢者サロンがスタートします。当初はボランティア団体による朗読会など、図書館に馴染みのある企画が中心でしたが、3回目を迎えるにあたり中村さんが提案します。
「ケアラーズカフェわたぼうしは認知症カフェでもあるので、もう少し認知症のことも前面に出したい。住民のみなさんが当事者の方々の話を聞く場面をつくりませんか?」
図書館側に異存はありません。中村さんはBLGの守谷さんに声をかけます。認知症の本人(BLGメンバー)がもの忘れの相談に応じる会をケアラーズカフェわたぼうしで開くなど、中村さんとBLGは以前から交流がありました。
「中村さんがまたうまいこと聞いてくれるんですよ」と守谷さんが楽しげに振り返ります。
「“何がやりたい?”と中村さんが聞くので、メンバーさんたちと相談して“図書館で駄菓子屋をやろう”ということになりました。どんなふうに売ろうかと盛り上がっていると、中村さんから「せっかく来るんだから何かやって」といわれ、じゃあちょっと話をしましょうかと。最初は駄菓子がメインで、メンバーさんのトークはあとからついてきた感じです」
駄菓子屋は、BLGのメンバーの「地域の子供たちに自分たちのことを“駄菓子屋のおじちゃん・おばちゃん”として覚えてほしい」という思いから始まった取り組みです。メンバーの顔触れが変わってもその思いは受け継がれており、「すごく大事な活動のひとつでもあります」と守谷さんは話します。
図書館の外からの視点でタブーを超える
教育委員会図書館課(中央図書館)の太田幸彦さんのなかでは大きなターニングポイントがありました。幸齢者サロン1回目の当日からサロンの担当になった太田さんが、初めて打ち合わせの進行を担ったときのことです。式次第を配り、いかにも“役所の会議”風に会を進め、参加していたBLGのメンバーに「何かありますか?」と尋ねました。するとメンバーの一人が「図書館はタブーが多いから、やっぱりそのタブーをなくすことかなあ」と答えます。
「図書館は静かな場所だから小さな音を立てるのもはばかられるし、飲食はもちろん禁止──そうしたイメージが世の中にできあがっており、私たち図書館の中の人間も固定化したイメージにあぐらをかいていました。その状態が長年続き、何々はいけない、何々もいけないと、タブーがあたかもミルフィーユのように折り重なってしまっています。メンバーさんの図書館の外からの指摘により、あらためてそのことに気づきました」
素朴な疑問に立ち返り、タブーの理由を突き詰めてみると、たとえば飲食禁止は書籍を汚すおそれがあるからということになります。それならばと太田さんは、幸齢者サロンに置く認知症関連の書籍を、一般貸し出し用ではなく、施設などへの団体貸し出し専用の図書にしました。「そもそもコーヒーを飲みながら本を読んで汚してしまうケースは極めて稀でしょう。むしろサロンに来られる人たちは、とても気を遣いながら本を手に取ってくださっています。そういう発想が図書館にはありませんでした。前からある多くの決まり事に固執していたスタッフたちの意識も最近はだいぶ変化しています」
幸齢者サロンのようなイベントを開いていると、図書館の利用者から「図書館でもこういうことをするようになったんですね」と肯定的な声をよくかけられるといいます。図書館利用者のイメージも徐々に変わりつつあります。「 “サロン”という名前が定着しつつあるのですぐに変える予定はありませんが、ゆくゆくは堂々と“カフェ”とうたうのもありかなと思っています」
トークにみられる関係性を通して、大切なことが伝わる
「本当に自分は認知症なのかなあと思うことがあるんですよ。俺はまだちゃんとしてるって。でも何か知らないうちにかみさんに叱られたりします。まあ、ちゃんと叱ってもらえる人がいるのはありがたいんですけど」 メンバーの水野秀司さん(61)が話します。
「どんなときに叱られるんですか?」と守谷さん。
「家での決まり事を忘れたとき。靴をちゃんと下駄箱に入れなかったり。僕にとってそれはどうでもいいことなんだけど」
「それは認知症というよりも、水野さんの性格ですよね」
「そうそう」
二人のどこかのどかな掛け合いに、サロン会場が笑いに包まれます。
「どういう話をするのか事前に決めているわけではないんですよ」と守谷さんがアドリブトークだったことを明かします。
「リピーターが多ければ参加者とメンバーさんとの質疑応答にしようと中村さんと話していましたが、初めての方がたくさんいらしたので、“これから認知症になる人たちにひとこと”としてメンバーさんに伝えたいことを話してもらいました」
守谷さんが一番大切にしているのは、メンバーにその時間を楽しく過ごしてもらうこと。言葉が出にくかったり、忘れていたりすることがあっても、メンバーが追い込まれる感じにならないよう、何を伝えたいのか汲み取り、言葉を変えて聞き直したりしています。
「いかにも、という話の流れにはならないので、けっこうハラハラドキドキです。でも僕も一緒に楽しんでいますよ。そういう関係性が伝わるとまたいいのかなと思っています。メンバーのみなさんは僕の大切な仲間なので、介護する側とかされる側ではなく、“水平な関係”であることが、言葉ではなくその場の空気で感じてもらえるといいですね。それがもしかしたらケアの基本のキかもしれないので」
幸齢者サロンの運営に携わる高齢者あんしん相談センター追分の菊地志保さんは、「メンバーさんのお話を聞かれて、『認知症があってもあんなふうにいきいきと生活をすることができるんだ』と言って帰って行かれた方がいました。「認知症の人は何もわからない、何もできない」「認知症になったら終わりだ」と思っている方がまだまだたくさんいます。「認知症の人」とラベルをつけるのではなく、一人の人としてその方の思いやどのように生きているのか、どんな希望や夢をもっているのかをメンバーさんのお話から知っていただき、住民さんや専門職の認知症観が変わっていく、それが幸齢者サロンの醍醐味であると感じています。」と話します。
中村さんは、幸齢者サロンの回を重ねるうちに、図書館で自分たちが「市民権を得てきたように感じる」と話します。
「当初、私たちはアウェイな存在で、図書館を利用する方々からも“静かに本を読む場所で何をやっているんだ”といった無言の圧を感じていました。でもしだいに空気が変わってきています。今回のサロンでは、開始30分前にはどんどん席が埋まり、もうサロンが始まっているかのように各テーブルで参加者同士が談笑していました。BLGのメンバーさんのお話のあとの休憩時間には、参加者が自分の家族や自分自身のことについて熱心にメンバーさんに相談していました。メンバーさんにとっても図書館が馴染みの場所になってきて、市民の方々と一緒にいて違和感がない、そういう感覚がありましたね」
幸齢者サロンは、どんなところ?
中村真理さん
(地域包括支援センター) センター長 統括
主任介護支援専門員・社会福祉士
幸齢者サロンを通じて、図書館とわたぼうし、図書館とBLG、わたぼうしと高齢者あんしん相談センターというように、つながりがだんだんと広がっています。幸齢者サロンの打ち合わせが始まった当初から、八王子市の9つの図書館と各圏域の高齢者あんしん相談センターとの連携体制を築いていきたいという構想がありました。まずは1カ所からということで始めたのが中央図書館での幸齢者サロンです。
志田武雄さん
何でもかんでも隠していると絶対ボロが出てくるんですよ。さっき言ったことと、今度また言うこととが違うようになってくるんです。オープンにしていったら、多少間違っても「ああごめん、間違った」っていうのはできるんで、コミュニケーションさえ作っていけば別に認知症だからどうっていうんじゃない。自分の経験はこれですというのを言ってあげたほうがいいですよ。
守谷卓也さん
はちおうじ 代表取締役
今回の幸齢者サロンで話をしたメンバーさんの一人、窪木巌さんが、あの場で30年ぶりに会った人がいました。もと料理人だった窪木さんの店でお昼を食べていたという人がたまたま図書館に来ていて、どこそこのお店の旦那さんですよね、と声をかけてくれたんです。地元で開いた集まりだからこそ再開できたということで、お互いうれしかったのでしょうね、ずうっと二人で話し込んでいました。志田さんや水野さんにも休憩時間中に参加者の方々が話を聞きに来てくれて、距離が一気に縮まったように感じました。図書館の一室という小さな会場だからこそできたことなのかもしれませんね。
太田幸彦さん
図書館課(中央図書館) 課長補佐兼主査
文部科学省は“課題解決型の図書館”と銘打ち、図書館が身近な情報拠点として地域の課題の解決を支援するという方向性を以前から示してきました。どの分野であっても豊富な資料があることが図書館の強みです。たとえば食育であれ、防犯であれ、市が何かしらの施策推進に向けたPRを行う際には、所管課の職員と連携をとり、協力して展示等を行うことができます。そうしたコミュニケーションを通じて、図書館の司書は地域の課題やニーズに対するアンテナの感度を高めてきました。
そうしたなか、高齢者福祉に関しては図書館の関与が弱い部分がありました。しかし幸齢者サロンの開催を通じて、福祉の専門職やBLGの方々と親交を深めることができましたし、市の高齢者福祉課からも貴重なアドバイス・協力をいただいています。そうしたつながりができたことで、これまでにない新しい展開を図る下地が整ってきました。
現在は中央図書館が先例として、幸齢者サロンなどの取り組みを市内の各図書館に示している段階です。第二段階では、各図書館の司書たちが、圏域の包括の方々と日常的な交流を育み、アンテナの感度をより高めてくれることを期待しています。そして第三段階では、各館が地域の実情や自館の環境などを踏まえて独自の企画を行う──そのような展開を進めていければと考えています。