theotol-logo
認知症の人たちと館内を練り歩き「だれもが、いつでも使いやすい図書館」を目指す
更新日:2024/11/15

認知症の人たちと館内を練り歩き「だれもが、いつでも使いやすい図書館」を目指す

New
動画
認知症の人たちと館内を練り歩き「だれもが、いつでも使いやすい図書館」を目指す

八王子市の図書館では、認知症の本人たちと市教育委員会の職員や福祉の専門職らが一緒に図書館内を巡り、書棚やトイレの場所の表示はわかりやすいかといった点検を行っています。“認知症の一番の専門家”である本人の視点を学び、皆で考えた改善案の多くはすぐに実行され、図書館を利用する市民からも「表示がわかりやすくなった」と好評です。

取材:2023年9月14/19日 八王子市中央図書館
9月14日 高齢者あんしん相談センター追分
9月19日 DAYS BLG!はちおうじ

はちおうじDFC 図書館部による“練り歩き”の始まり

はちおうじDFC 図書館部による“練り歩き”は、認知症になる前から本が大好きで図書館を利用していた本人たちの、「認知症になっても今まで通り一人で図書館を利用し続けたい」「多くの本の中から自分で好きな本を見つけたい」という思いから始まった活動です。

本人たちの希望に十分に応えるためには、ともに歩いて考えることが必要。そうした発想から、認知症の人らが通うデイサービス「DAYS BLG!はちおうじ」のメンバー、教育委員会の図書館課の職員、関係機関のスタッフらが「はちおうじDFC図書館部(以下、「図書館部」)」として図書館内の練り歩きを始めました。トイレや本棚の表示、案内板、貸出や返却方法、掲示板などについて、本人から気になる点を聞きながら意見を出し合っています。

練り歩きの1カ月後には同じメンバーで集まり、振り返りの会も開催しています。

「だれもが いつまでも利用しやすい図書館」を目指して

図書館は、その場で出た意見に沿って、変更が可能な点の改善を即座に行い、再び図書館部メンバーで練り歩き、変更箇所の検証会を行っています。

本人たちは、自分の意見によって図書館が変わっていくことに驚きながらも、「みんなが利用しやすいように変わってきている」と喜びを感じ、「図書館が車椅子や障害がある人など誰もが利用しやすいようになってほしい」と意欲的に活動を続けています。

「変えてよかった」

お話を伺った方

近影:菊地志保さん
八王子市高齢者あんしん相談センター追分
(八王子市地域包括支援センター追分)
認知症地域支援推進員
社会福祉士 精神保健福祉士 介護支援専門員
菊地志保さん

中央図書館で練り歩きを行ったとき、BLGのメンバーさんの一人がトイレの表示(※)を見て、2階にトイレがあると思い階段に向かおうとされました(後述の変更例②参照)。実はエントランスの左手の奥という意味だったので、「こっちみたいですよ」と声をかけると、「え!これじゃわかんないよ」と言われます。

「なるほど」「確かにそうだ」と一緒に練り歩いていた図書館部のみんなも同意し、中央図書館の太田幸彦さんが表示の変更を決めてくださいました。後日の検証会で、変更された表示を見たメンバーさんは「これならすごくわかる」とおっしゃって、私たちも「変えてよかった」と手応えを感じました。

中央図書館でトイレに行く際は、いったんエントランスに出て左奥に向かう構造になっています

中央図書館での練り歩きの様子

中央図書館の改善例

練り歩きで共有した意見の中から、できることはすぐに対応しています。

①「ここはどこ? 入口に表示がない」

「壁面に表示があるが視界に入らない」という声をもとに、「視線が行きやすい扉上部に案内板を掲示」し改善。

②「トイレは2F? 矢印と文字の意味がわからない」

「エントランスに出て左という矢印が上に向かうように見えてしまう」という声をもとに、「ピクトグラムを添えて視覚的に一目でわかるようなデザインに変更」し改善。

③「表示が多い よくわからない 」

「案内板や掲示板が雑多に掲示されていて、埋もれがち」という声をもとに、「目に入る場所に整理して掲示」することで改善。

④「認知症情報コーナーの中で希望が持てる本を読みたい」

「数多くある本の中でから、どの本を読んだら良いか分からない」という声をもとに、「前向きな気持ちになれる当事者の本などを分けて目立つところに配置」することで改善。配置を工夫。

はちおうじDFC(Dementia-Friendly Community:認知症の人にやさしい地域・社会)

八王子市の常設型サロン「認知症家族サロン八王子ケアラーズカフェわたぼうし(以下、ケアラーズカフェわたぼうし)」の管理者・中村真理さんの声かけによって設立されました。認知症があってもなくても住み慣れた八王子で暮らし続けるために何が必要か、本人や家族の思いを確認しながら考え、実践し、悩みを相談しあい、先駆的な地域の事例等について学びあう会を月1回開催しています。

はちおうじDFC図書館部

“だれもがいつまでも利用しやすい図書館プロジェクト”として、DAYS BLG!はちおうじ、八王子市中央図書館、ケアラーズカフェわたぼうし、認知症地域支援推進員、八王子市役所など立場の違うメンバーが水平な関係で定期的に活動を行っています。練り歩きはこれまでに中央図書館をはじめ市内3カ所で実施しています。

練り歩き実施までの経緯 ──つながるバトン

練り歩きの実施までには、さまざまな関係者が出会い・協力し、まるで駅伝のようにバトンでつながっていきました。関係者にその当時の背景や課題、その過程での想いなどをお聞きしました。

「最近は図書館が利用しづらくなった」

BLGメンバーの三宅洋美さんは以前から、八王子市の図書館のなかでも洋書の蔵書が多い生涯学習センター図書館によく通っていました。あるとき、三宅さんがBLG代表の守谷卓也さんに、「最近は図書館が利用しづらくなった」と漏らします。

当時を振り返ると

近影:守谷卓也さん
守谷卓也さん
株式会社ウインドミル DAYS BLG!はちおうじ
代表取締役

メンバーさんたちに何がしたいか希望を聞くと、最初はゴルフがしたいなどイベント的な話が多かったので、マラソン大会に行ったり、プロ野球を見に行ったりしていました。ただそのうちに、メンバーさんたちから「普通に暮らしたいんだよね」といった言葉が聞かれるようになります。その言葉が引っかかり、普通って何だろうという話をときおりメンバーさんたちとしているなかで、三宅さんにとっての普通である「図書館に行く」という話が出たのかもしれません。

「どこにどんなコーナーがあるのかがわかりにくい」

守谷さんは認知症地域支援推進員の菊地志保さんに図書館の件を伝えました。菊地さんはBLGに足を運び、三宅さんや、他に図書館を利用しているメンバーから話を聞きます。

当時を振り返ると

近影:菊地志保さん
菊地志保さん
八王子市高齢者あんしん相談センター追分
(八王子市地域包括支援センター追分)
認知症地域支援推進員
社会福祉士 精神保健福祉士 介護支援専門員

三宅さんが「この本を借りたんだ」と図書館の本を見せてくださって、「じゃあ今度一緒に図書館に行ってみましょう」ということになりました。せっかくの機会なので、はちおうじDFCのボスであるケアラーズカフェわたぼうしの中村さんや生涯学習センター図書館がある圏域の地域包括支援センターの認知症地域支援推進員、中央図書館さんなどにお声がけして、みんなで生涯学習センター図書館を訪れることになりました(2022年5月26日 第1回練り歩き)。

図書館の中を巡りながら、三宅さんは「どこにどんなコーナーがあるのかがわかりにくい」とおっしゃっていました。また、三宅さんのなかではご自身のことばかりでなく、「障害のある人にも使いやすい図書館になってほしい」という思いがあり、「これだと車椅子の人は本に手が届かないんじゃないか」といったことも指摘されていました。

「この活動を続けていこう」

生涯学習センター図書館での練り歩きのあと、「この活動を続けていこう」と皆の意見が一致します。わたぼうしの中村さんの提案で発足した「はちおうじDFC」のなかに、部活動のようなノリの良さで「図書館部」が生まれます。

当時を振り返ると

近影:中村真理さん
中村真理さん
八王子市高齢者あんしん相談センター子安
(地域包括支援センター) センター長 統括
主任介護支援専門員・社会福祉士

多くの人が、公共施設などの表示をわかりづらいと感じながら、何となくがまんし、何とかやり過ごしているのだと思います。三宅さんたちと一緒に中央図書館のなかを歩いたとき、私もトイレの矢印の表示がわかりづらくて、「あ、自分も不自由に感じていたのに、それを不自由だって言ってこなかっただけなんだ」と気づきました。

近影:三宅洋美さん
三宅洋美さん
DAYS BLG!はちおうじ メンバー

それはもう言うしかないですよ。何でもそうですが、言わないといつまでたっても変わらないままで終わってしまいます。

「こんなふうにしてみようと思うけれど、どう?」

生涯学習センター図書館に続き、太田幸彦さんが勤務する中央図書館で練り歩きを実施することが決まりました(2022年9月15日 第2回練り歩き)。

当時を振り返ると

近影:太田幸彦さん
太田幸彦さん
八王子市教育委員会 生涯学習スポーツ部
図書館課(中央図書館) 課長補佐兼主査

お膳立てはみなさんが整えてくださるので、図書館としてはその場で出た意見を共有させていただき、できるところから早く変更するように心がけています。
変更案については、可能な限り事前に「こんなふうにしてみようと思うけれど、どう?」とメンバーさんに確認しますし、変更後の検証もお願いしています。

変更に際しては、認知症の方以外の方々にも利用しやすいものでなくてはならないので、お子さんだったらどうだろう、障害のある方だったらどうだろうといった視点を忘れないようにしています。

練り歩き自体もそうですが、当日の振り返りの会がまた楽しいんですよ。ファミレスなどで行うときもあるのですが、会議室とはまったく違うリラックスした雰囲気のなかでポソッと出るメンバーさんの言葉を、大切に拾い上げるようにしています。守谷さんも「今日は本を見つけやすかった?」「トイレも行ったよね?」と意見や発想が出やすい方向にさりげなく話を向けてくれます。

メンバーさんは、自分たちが関わることで図書館が変わってきているという喜びを感じてくださっているようです。私はそれがとてもうれしいですね。

はちおうじ DFC 図書館部メンバー、それぞれの想い

中村真理さん

近影:中村真理さん
八王子市高齢者あんしん相談センター子安
(地域包括支援センター) センター長 統括 主任介護支援専門員・社会福祉士

以前、BLGで認知症のご本人がもの忘れの相談を受ける会を開いていました。新型コロナ感染症の影響で人が集まるのが難しくなったとき、このまま終えるのはもったいないと守谷さんと相談し、各包括の認知症地域支援推進員をオンラインでつないでみようという話になりました。認知症のご本人のお話をみんなで聞き、どうすれば認知症の方にとって暮らしやすい地域になるのだろう、スーパーや図書館、交通機関がもっと利用しやすくなればいいのではないか、といった話し合いを重ねる延長で「はちおうじDFC」が立ち上がり、図書館部の活動へと続いています。

鎌田哲弥さん

近影:鎌田哲弥さん
八王子市 福祉部 高齢者福祉課 主査

八王子市では21圏域すべての高齢者あんしん相談センターに、包括業務とは別に専従職員として認知症地域支援推進員が配置されています。市内9カ所の図書館の方々が、地域の推進員とスムーズにつながれるよう、図書館課と調整を図るなど縁の下からバックアップさせていただくのが私たちの役割と考えています。

菊地志保さん

近影:菊地志保さん
八王子市高齢者あんしん相談センター追分
(八王子市地域包括支援センター追分)
認知症地域支援推進員
社会福祉士 精神保健福祉士 介護支援専門員

3年前、私が認知症地域支援推進員になり、推進員って何をすればいいんだろうと悩んでいたころ、守谷さんがとにかく本人の話を聞けとBLGに誘ってくださいました。メンバーさんたちとお話をし、洗車などの活動も一緒にさせていただくことで、本人視点というものをとことん学ばせていただきました。

調理師をされていた窪木さんがBLGでお昼ごはんをつくるときに、さとうみきさんたちとスーパーに買い物に行きました。特売のアナウンスがスピーカーから流れ、別のスピーカーからは音楽が響いていて、「これはいくら」「これはいくら」といった表示もあふれています。「もう何がなんだかわからなくなっちゃう」とみきさんやメンバーさんたちが言われたときに、自分にとっては何気ないよくあるスーパーの光景なのに、ご本人たちはこういうところに買い物のしづらさを感じているんだ、自分は何もわかっていないと、ものすごく衝撃を受けました。

今は何か活動を行う際は圏域に住むご本人たちやBLGのメンバーさんたちの意見を必ず伺うようにしています。他の地域包括支援センターの推進員に「この日、BLGに行こうと思うんだけど」と声をかけ、一緒におじゃますることもあれば、悩んで駆け込み寺のように自転車をかっ飛ばして行くことも多いですね。
ご本人たちの思いや意見を聴ける場が常に身近かにあるというのは、とてもありがたく、恵まれていると思います。

太田幸彦さん

近影:太田幸彦さん
八王子市教育委員会 生涯学習スポーツ部
図書館課(中央図書館) 課長補佐兼主査

図書館におけるハンディキャップサービスというと、以前は視覚や聴覚、身体に障害のある方が念頭に置かれていました。最近は、集中して読むことができない方や目で読んでも理解できない方などにも配慮した読書バリアフリーが意識されるようになりました。ただ、認知症の方に関しては気づかれていないというか、十分に目が向いていないように感じます、それだけ認知症という言葉には、取り上げることに遠慮がちになってしまうようなネガティブなイメージがまだあるのかもしれません。

図書館部の活動に取り組むことで、多くの人が認知症に対するふわっとした偏見を持っていることに気づきました。例えば、「うちのおじいちゃんはボケたんだ。」「そう、大変だね。」などという会話の中で、認知症になると何もできなくなるような雰囲気が成り立ってしまうことも偏見の現れでしょう。図書館で手に取った本が、認知症に対する間違った認識を正すきっかけになってほしいと思います。

2022年8月、図書館部のメンバーの意見も参考にして中央図書館1階に常設の「認知症情報コーナー」が設置されました。ブックリストも配布しています。

まずは図書館自体が変わらなければなりません。以前はBLGのメンバーさんが来館されると、図書館のスタッフたちは「認知症の当事者の方が何名いらっしゃいました」といった言い方をしていました。それが徐々に、「●●さんと●●さん、それから●●さんが…」などとお名前で呼ぶようになっています。お互いに馴染んできたのでしょう。やはり触れ合う回数を重ねるということは大事ですね。

守谷卓也さん

近影:守谷卓也さん
株式会社ウインドミル DAYS BLG!はちおうじ
代表取締役

メンバーさんが中央図書館の太田さんに「ここを変えてよ」と提案し、「それは無理」「すぐにはできない」と返されることもよくあります。そのやりとりは、横で聞いていておもしろいですね。当事者の言葉が必ずしも正しいわけではないし、できないことはできないでいいんです。それが当事者のためになったりすることもあると思うので。むしろそういうやりとりができる関係性になったことがすごいなと感心しています。

今、多くの方々の力を借りてさまざまな活動をしていますが、どんな活動であっても、必ず中心にメンバーさんがいるというところが重要です。そういう関係性があるから一緒にできているのかなと思います。みなさん「メンバーさんといると本当に楽しい」と言ってくださるので、それはすごくうれしいですね。

まちづくりという意識は特にありませんでした。ただ、図書館もスーパーもそうですが、認知症になっても普通に利用できる拠点が増えれば、みんなが暮らしやすい地域なると思っています。今はいくつかの拠点と線でつながっていますが、今後どんどん拠点が増え、縦横につながり面になれば、はるかに大きな力になるはずです。それが今後の課題だし、結果的にまちづくりになるのではないでしょうか。

次はどんなところが拠点になるか……たぶんメンバーさんがまた、「こんなことがあったらいいよね」とおもしろいことをいってくるかもしれませんね。