認知症にはいくつかの種類があり、それぞれ特徴や対応の方法が異なります。本記事では、主な認知症の種類やその症状や進行の仕方、治療の選択肢、利用できる支援制度まで、整理してご紹介します。
認知症とはどんな状態?
加齢や疾患などのさまざまな背景によって、認知機能は変化します。認知症は、脳の変性疾患や脳血管障害などにより、正常に発達した知的機能が持続的に低下し、日常生活に支障をきたすようになった状態です1。
認知症でなくても、認知機能が軽度に低下することがあり、MCI(軽度認知障害)や、SCD(主観的認知機能低下)といった概念が提唱されています。
MCIは認知機能の低下があっても生活や仕事に支障をきたさない状態2、SCDは、明らかな認知機能検査の異常は示さなくても、記憶や認知機能の低下を自覚する状態のことをいいます3。
また、年齢を重ねると誰もが新しいことが覚えにくくなったり、人の名前を忘れてしまいやすくなる、加齢によるもの忘れも区別して理解しておきましょう。
認知機能に関するこれらの変化は区別が難しいこともあるため、下記の表にまとめました。
加齢によるもの忘れとMCI、認知症の違い
監修:東京慈恵会医科大学 繁田雅弘 先生
65歳以上の約8人に1人は認知症と推計される

(参考文献4より作成)
九州大学の調査(2023年度)によると、2022年時点の65歳以上の認知症の有病率は12.3%、全国の認知症の当事者の数は約443万人と推計されました4。これは高齢者のおよそ8人に1人が認知症の当事者であることを示唆しています。また、MCI(軽度認知障害)の当事者の数は約558万人と考えられており、認知症とMCIの当事者をあわせると1,000万人以上になると推計されています4。
認知症の症状
アルツハイマー型認知症の場合は、認知機能低下を中心とした中核症状とそれに伴う心理面の症状や行動面の症状があります。周辺症状はBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)と表現されています。
認知機能低下とは、記憶障害や理解・判断力の低下などの症状を指します。もの忘れだけが認知症の症状ではありません。
BPSDは、認知機能低下の過程で、残存した脳の機能が身体の外からの刺激への反応として表れるものです5。これまでの認識とは異なってしまうため、逃げたり探したりするためのひとり歩きなどの行動の変化、不安や焦燥などの心理面の症状がみられやすくなります。

監修:栄樹庵診療所 院長 繁田雅弘 先生
認知症の症状「認知機能低下」(中核症状)
中核症状である認知機能低下には、記憶障害をはじめとしたさまざまな症状があります。それぞれの症状について具体例もあわせて説明します。
記憶(記憶障害)
記憶は、体験した出来事や、習得した知識を覚えておくための大切な機能です。目や耳などから得た情報の登録、保持、想起をします。
認知症の種類によっては、いつ・どこで・何をしたかといった出来事の記憶(エピソード記憶)、言葉や物の名前などの意味や知識(意味記憶)などの記憶障害が出現します6。
一方で、自転車に乗ったり、裁縫したりなどの体得した記憶は保たれる傾向にあります6。日常的には、次のような症状がみられます。
- ・ 何度も同じことを話したり、聞いたりする
・ 物をしまった場所や約束を忘れる
・ 火の消し忘れや薬の飲み忘れがある
注意(注意障害)
注意は、必要な標的に着目して情報の入力、処理、出力を行う脳機能のプロセスのことです。注意は、他の認知過程の根幹となる重要な機能で、主に4種類あります。
- ・持続性注意:静かな環境で一定時間集中して作業を継続するもの
・選択性注意:周囲の雑音が多い環境で、妨害因子を無視して本来の作業のみに専念するもの
・転換性注意:複数の情報処理を交代に行うもの
・配分性注意:2つの作業を同時に行うもの
認知症のご本人においては、これらの注意の働きが低下し、次のような症状がみられることがあります6。
- ・すぐに気が散ってしまう(注意を持続できない)
・会話についていけなくなる(会話を妨害するものを無視できない)
・家事の途中でトイレに行くと、家事を中途のまま放置してしまう(作業の交代ができない)
・電話をしながら他の作業ができない(注意を配分できない)
言葉(言語障害/理解力の低下)
言葉に関する機能が障害されると言葉の意味を理解したり、伝えたい内容に合う適切な言葉を選んだりすることができなくなります。例えば、次のような症状がみられます。
- ・適切な言葉が、なかなか出てこない
・テレビの内容や相手の話が理解できなくなる
・意味が通じない言葉を話している
見当識(見当識障害)
見当識とは、時間、場所、周囲の人物、現在の状況などを正しく認識する能力のことです7。見当識障害は、記憶障害、認知障害、意識障害などの結果として生じるもので、次のような症状がみられます。
- ・今がいつか(時間)、ここがどこか(場所)がわからなくなることがある
・季節にあった服装が選べなくなる
・家族や友人がわからない
段取り|実行(遂行)機能障害
実行機能とは、予測をする、段取りを組む、比較をする能力です。実行機能障害があると、計画を立てて、計画通りに進めることが苦手になります8。具体的には、以下の症状がみられます。
- ・段取りを組むのが苦手になる
・失敗しているとわかっていても修正の仕方がわからない
・人の手を借りることが苦手になる
監修:栄樹庵診療所 院長 繁田雅弘 先生
認知症の症状「行動・心理症状」(BPSD)
認知症の経過中に示すさまざまな行動や心理反応であるBPSDは、残存する脳の機能が、周囲からの刺激に対して起こした反応と考えられています8。本人の心理面の葛藤も関係しています。
さまざまな行動や心理症状がみられ、それらは認知症の時間的経過の中で出現しやすい時期があります5。
認知症のなかでも頻度の高いアルツハイマー型認知症について、認知症の時期によってみられやすい周辺症状をまとめました。
アルツハイマー型認知症の経過でみられやすい症状
このほかにも、認知症の種類によっては、早期から衝動を抑えられない症状が出たり、性格変化などとともに興奮や不穏、暴言などの攻撃的行為がみられたりすることがあります。
主な認知症の種類とその特徴
認知症を引き起こす病気の種類はさまざまで、原因となる病気によりいくつかのタイプに分類されています。
代表的なものとして、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症の4種類があります。これらは4大認知症とよばれています。
主な認知症の特徴
主な認知症の症状の特徴は次の通りです10。
アルツハイマー型認知症
初期から記憶障害があり、特に直近の「いつ、どこで、何をしたか」という出来事の内容(エピソード記憶)の障害が病初期から目立ちます。進行すると、徐々に人や物の認識ができなくなる、日頃慣れている道がわからなくなるといった症状も出現します。
レビー小体型認知症
初期から中期にかけて記憶障害は目立ちません。視空間認識の障害がみられ、幻視、認知機能の変動、レム睡眠行動障害、パーキンソン病のような症状を伴います。
血管性認知症
脳血管による血流障害の部位や程度により、さまざまな症状が生じます。急に発症し、症状は脳の損傷部位や程度により異なります。
前頭側頭型認知症
初期から実行機能障害や、他人の感情や表情を理解する能力(社会的認知)の欠如がみられやすくなります。礼節が保たれず脱抑制的になる、同じ動作や行動を繰り返す常同行為なども出現します。

認知症の治療
一部の認知症においては、症状の緩和や症状の進行を遅らせることが期待されている薬を薬物療法として使用することもあります。
そして、BPSDでは非薬物療法が優先されます。非薬物療法には、適切なケアやリハビリテーション、介護者教育などがあります11。
薬物療法
薬物療法には、症状の特徴によって抗認知症薬、抗Aβ抗体薬、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬、漢方薬、睡眠薬などを使用します。
アルツハイマー型認知症の中核症状に対し、コリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬に保険適用があります。また、早期のアルツハイマー病(AD)の進行の抑制に対し、抗Aβ薬の使用を検討する場合もあります。
ほかにも、レビー小体型認知症の認知症症状の進行抑制に対しても、コリンエステラーゼ阻害薬の保険適用があります。
これらの詳細に関しては、関連記事をご覧ください。
非薬物療法
認知症の治療では、薬物療法だけでなく、環境調整と非薬物療法が重要な役割を担います。非薬物療法は、認知機能の低下を緩やかにする可能性があり、生活の質を向上させることが期待されます。
代表的な方法には、リハビリテーション(運動療法、作業療法)、心理療法(回想法、リアリティオリエンテーションなど)、音楽療法、芸術療法、アロマセラピー、ペットセラピー、園芸療法などがあります12。
認知症を支える様々な制度
認知症のご本人やそのご家族が、安心して暮らしていくことができるように、現在はさまざまな公的な仕組みが整えられています。具体的には以下のようなものが挙げられます。
介護保険制度13
介護保険制度は、65歳以上の方、または40〜64歳で若年性認知症など特定の病気が原因で要介護状態となった方が対象となる制度4です。
市区町村への申請後、要介護や要支援といった区分が決定します。
その後、ケアマネジャーとともにケアプランを作成し、訪問介護やデイサービス、福祉用具の貸与、住宅改修など、必要なサービスを組み合わせて利用できます。
費用は原則1〜3割負担で、高額になった場合は負担軽減制度が利用できることもあります。認知症に配慮した専門的なサービスを選ぶことで、症状への適切な対応や家族への支援を受けやすくなります。
成年後見制度14
認知症が進行すると、財産管理や契約手続きなどを自分で行うことが難しくなる場合があります。成年後見制度は、そうしたときに本人を法律的にサポートしてくれる仕組みです。
家庭裁判所が選任した成年後見人が、預金や不動産の管理、介護サービスの契約、入院や施設入所の手続きなどを代わりに行います。
これにより、不利益な契約や詐欺から本人を守り、安心して暮らしを続けられるようになります。
自立保険制度15
自立支援制度(精神通院医療)は、精神科や心療内科などに通院する際の医療費の自己負担を軽くできる制度です。
認知症の診断や治療に精神科が関わる場合、この制度を利用することで、医療費の自己負担が原則1割に軽減されます。
薬の処方や通院が長期に続く場合でも、経済的な負担を減らしながら治療を続けやすくなるのが大きなメリットです。申請は市区町村の窓口で行い、医師の診断書が必要です。
地域包括支援センターによる支援16
地域包括支援センターは、高齢者やその家族の総合相談窓口として、介護予防、権利擁護、ケアマネジャーの支援などを行っています。
認知症に関しては、支援チームが医療機関の受診や生活環境の整備をサポートします。また、介護保険の申請支援や医療・介護サービスの紹介、家族向けの相談会や認知症カフェの案内も行っています。
症状が気になるときは、本人でも家族でも相談でき、必要に応じて医療、介護、福祉、法律などの専門職とつないでもらえるため、まずは気軽に連絡してみることが大切です。
まとめ
認知症は、誰にでも起こりうる身近なものです。進行に伴って日常生活にさまざまな困難が生じますが、早期に気づき、適切な診断と治療、支援を受けることで、自分らしく過ごせる時間が長くなる可能性があります。
ご本人やご家族が安心して日々を過ごすことができるよう、認知症について理解し、行動することから始めましょう。





