『スローショッピング』マイヤ滝沢店(岩手県滝沢市)~買い物を通して、認知症の人が自信と自分を取り戻す~
こんの神経内科・脳神経外科クリニック院長
滝沢市地域地域包括支援センター支援センター 主任介護支援専門員 社会福祉士
滝沢市社会福祉協議会 主任主査 社会福祉士 精神保健福祉士 介護福祉士
生活支援コーディネーター
認知症になっても、あきらめたり焦ったりせず、自分のペースで買い物を楽しみたい──。そんな思いに応えるための買い物支援の取り組みが全国に広がっています。先駆けとなったのは、2019年7月から「スローショッピング」を開始した岩手県滝沢市のスーパー「マイヤ滝沢店」。発案者である同市の認知症専門医、紺野敏昭先生は、「もう一度、買い物ができるようにお手伝いすることで、本人が少しずつ自信を取り戻していく」と話します。
取材:2022年9月15日 マイヤ滝沢店(岩手県滝沢市)
マイヤ滝沢店でスローショッピングが開かれるのは週1回、スーパーの負担が少ない木曜日の午後1時~3時の2時間です。取材におじゃました2022年9月15日は121回目の開催。この日の利用者は、認知症の本人が12名、家族が9名、パートナーが12名でした。
マイヤ滝沢店におけるスローショッピングの特徴
①一緒に買い物をしてくれる「パートナー」
認知症サポーター養成講座の受講者の中からボランティア希望者を募り、「パートナー」として現在20名ほどが登録されています。売り場を巡る際に、本人1名に対し、転倒防止などのために通常2名のパートナーが付き添います。買い物の主役はあくまで本人。パートナーは商品選びの相談に乗ったりはしますが、次にどの売り場に向かうのか、最終的にどの商品を買うのかは本人の思いに任せ、手助け(口出し、手出し)は必要最低限にとどめます。
車いすを使う櫻野順子(よりこ)さん(要介護5)と夫の正之さんは毎週、スローショッピングに参加しているそうです。正之さんが「トマト買っていこうか?」と聞くと順子さんがトマトに手を伸ばします。パートナーの女性二人が「珍しいね、順子さん。自分で手を出して取って」「今日は買い物モードになってる。よかった、よかった」。正之さんは「パートナーさんがいろいろ声をかけてくれて、それが本人の気持ちにすごくよいみたいです」と話します。
②ゆっくり支払いができる優先レジ「スローレジ」
スローショッピングの時間帯は、複数あるレジの1台を優先レジ(スローレジ)としています。列の後ろからプレッシャーを受けることはありません。認知症サポーター養成講座を受講した店員が、ゆっくりと会計できるように対応してくれます。
正之さんのサポートのもと自分で代金を渡す順子さん。
③本人・家族のつながりの場、専門職への相談の場「くつろぎサロン」
スローショッピングの時間帯、マイヤ滝沢店のイートインスペースを「くつろぎサロン」として利用。本人とパートナーが買い物をしている間、付き添い希望の家族以外はサロンに残り、家族同士で交流や情報交換を図っています。サロンには医療関係者や地域包括支援センター、社会福祉協議会の担当者、認知症の人と家族の会のメンバーも待機しており、家族が気楽に悩み事などを相談できる貴重な機会にもなっています。
妻が買い物をしている間、くつろぎサロンでバルーンアートを披露していた男性。「ほかのサポーターの方に一緒に売り場に行きませんかと誘っていただき、妻がニコニコしている姿を見るとほっとします。家では僕が外出すると一人でつまらなそうだけど、ここに彼女なりの新しい世界があるのっていいなと思っています」。
こんの神経内科・脳神経外科クリニック院長
紺野 敏昭 先生
紺野先生はクリニックでの日頃の診療の中で、認知症になるとかなり早い段階から買い物をしなくなる人が多いことに気づきました。その理由を本人に聞くと、「レジで支払いに手間取ると後ろからせっつかれる」「商品が多すぎて選ぶのに迷う」といった声が返ってきました。一方、家族は、店舗や周囲に迷惑をかけることを危惧したり、もう買い物は無理と決め付けたりしているように感じられます。紺野先生が、買い物をやめた本人に「自分でまた買い物をしたいですか?」と尋ねると、多くの人が小声で遠慮がちに「やってみたい」と答えました。
「家族を支えるための大事な家事の一つとして、何10年も買い物をしてきたわけですから、もう一度やってみたいに決まっています。それを少しお手伝いすることで、もしかすると自信を取り戻し、生活も変わっていくのではないかと考えました」(紺野先生)
実際、スローショッピングの参加者からは、「手にした食材による料理の作り方をパートナーに教えるのが楽しみとなった」(本人:女性)、「買い物のとき唯一自分で自由にお金の出し入れができる…この体験、経験が自信になった」(本人・男性)、「デイサービスで“家に帰る”と言わなくなり、積極的に話すようになった」(妻)といった声が届いています。
パートナーと談笑しながら晩酌を選ぶ男性も。
地域ぐるみのスローショッピング
マイヤ滝沢店のスローショッピングのベースには、2013年に発足した岩手西北医師会認知症支援地域ネットワーク(愛称:やまぼうしネットワーク、代表:紺野敏昭先生)の活動があります。医療連携から医療・介護連携へと枠を広げ、医師会・行政(滝沢市地域包括支援センター)、滝沢市社会福祉協議会などの協力のもと、認知症の積極的な診断・治療、早期からの介護サービスの利用、認知症に対する偏見を払拭するための啓発活動を推進してきた同ネットワーク。その日常的に顔の見える連携という下地の上に、株式会社マイヤ(本社:大船渡市)、認知症の人と家族の会の賛同・参画を得て、「認知症になってもやさしいスーパープロジェクト(当時)」がスタートしました。
紺野先生は、「認知症の人が自分でできることは自分でする。できないことだけ周囲の人がさりげなく手伝う。そうした行動が当たり前にできるような地域社会の文化が少しずつできていけばいい」と期待を述べます。
買い物支援活動の広がり
滝沢市での取り組みは、現在、マイヤの他の3店舗(計4店舗)のほか、福井県内で10店舗を展開する県民生活協同組合(生協)などに波及しています。また、令和元年度の 「第3回 認知症とともに生きるまち大賞 」(NHK厚生文化事業団) ニューウェーブ賞 (特別賞)受賞、令和3年度「認知症共生社会に向けた製品・サービスの効果検証事業」(経済産業省)の採択などを通じて取り組みが全国的に知られるようになり、多くの自治体によるマイヤ滝沢店の見学、同様の事業の導入が行われています。
スローショッピングの取り組みを支える地域包括支援センターと社会福祉協議会の担当者の方からもコメントをいただきました。
準備段階からの自然な流れで、パートナーさんに参加していただきました
お話を伺った方
熊谷 はるえ さん
マイヤ滝沢店さんで認知症サポーター養成講座を行ったとき、従業員の方々は毎回30分の講座が終わるとすぐに持ち場に戻らなければなりませんでしたが、プロジェクト立ち上げ時の主要メンバーである医師会や社会福祉協議会、家族の会の方々、私たちは引き続きサポートの仕方などについて話し合っていました。一緒に養成講座を受けた市民のみなさんも自然に残り、話し合いに参加していただき、その流れのままパートナーになっていただいたという感じです。
スローショッピングを開始した後も、みんなで「あそこまでお手伝いするのはどうなんだろう」といった振り返りを重ねることで、ご本人の意思を尊重するという姿勢が染み込んでいきました。
ご本人・ご家族・パートナーさんと関係づくりができる貴重な機会です。
お話を伺った方
平藤 花代 さん
スローショッピングの現場では、パートナーさんが中心となってご本人やご家族をサポートされるので、私たちは後方支援という形になります。私たちが前面に出て特に何かをするということはないのですが、このような場でご本人やご家族、パートナーさんたちとつながることの意味は大きいのではないでしょうか。ゆくゆくは何か困りごとがあったときに、私たちが仲立ちをして、ご本人・ご家族と顔見知りのパートナーさんにお手伝いしていただくといった仕組み作りも考えられるのかなと思っています。
ショッピングを楽しむ明るい雰囲気が、とても印象的でした。
お話を伺った方
赤石 友子 さん
生活支援の担当になったのは今年4月で、実際にスローショッピングに参加させていただいたのは5月からです。まず感じたのは、雰囲気が明るいということでした。ご病気を抱えていらっしゃるということが頭にあったので、びっくりではないですが、パートナーのみなさんやご家族だけでなく当事者の方々もにこにこしてショッピングを楽しんでいらっしゃる姿がとても印象的でした。私も以前に認知症サポーター養成講座を受講していますが、特にそれを生かす場はなかったので、今一緒にショッピングをしながら勉強させていただいています。
熊谷:ピアサポートというか、当事者の方々がお互いにパートナーさん的な役割を担う関係が自然にできていますよね。
赤石:私、この間まで当事者の方をパートナーさんだと思っていました。
平藤:区別がつかないですよね。
熊谷:いいんですよ、それがうれしいなって思います。
※新型コロナウイルス感染症のリスクを考慮し、一定の距離を保ちながら、撮影時のみマスクを外しています。
取材・文・編集:エードライブ コミュニケーション