お話を伺った方
佐賀県鳥栖市 健康福祉みらい部 高齢障害福祉課 高齢者支援係
係長 大石 美由紀さん(写真中央)
市民からの高齢者に関わる相談や、高齢者支援係の仕事全体を統括。地域包括支援センターを主に担当している。
主任 上田 有希子さん(写真右)
認知症政策と生活支援体制整備事業を担当。行政担当として、認知症地域支援推進員と一緒に、認知症になった方が自分らしく生活できる方法を考えるステップアップ講座を開催したり、食の自立支援事業である配食事業なども行っている。
認知症地域支援推進員 峯 順子さん(写真左)
認知症地域支援推進員として、窓口対応や普及・啓発活動を担当。認知症月間のイベント開催や、認知症サポーター養成講座やステップアップ講座の講師を担当。元ケアマネージャー。
鳥栖市ホームページ
「認知症のことが気になる方へ~認知症 知ること、つながることで安心へ~」
https://www.city.tosu.lg.jp/soshiki/38/80620.html
佐賀県東部に位置する人口約74,000人(令和7年1月時点)の鳥栖市は、プロスポーツチームのサガン鳥栖(サッカーJリーグ) 、SAGA久光スプリングス(バレーボールSVリーグ)でも有名な街です。
今回インタビューしたのは、鳥栖市の健康福祉みらい部 高齢障害福祉課 高齢者支援係の大石さん、上田さん、峯さんの3名です。市町村の行政という立場から、地域の特徴に合わせた認知症施策の立案・実施や、住民を巻き込んで行くための普及・啓発に取り組んでいらっしゃいます。
認知症の有無に関わらず、安心して暮らせる地域づくりに向けた現在の取組や、認知症施策に熱い思いを持つようになった経緯をうかがいました。
みなさんのお仕事の内容、担当をそれぞれ教えていただけますか?
大石さん:
私は、高齢障害福祉課高齢者支援係の係長として、高齢者、事業所等の相談対応や地域包括支援センターを主に担当し係の統括をしています。
上田さん:
私は、認知症施策の担当と、生活支援体制整備事業を担当しています。生活支援体制整備は、ボランティアや企業、社会福祉法人といった地域の様々な主体と連携して、高齢者が地域で安心して暮らし続けていくための体制を整える事業です。
生活支援コーディネーターとともに、困りごとやニーズを拾いあげ、支え合うことが大切であること、それが介護予防にもつながることを伝えています。
また、地域包括支援センターに配置されている認知症地域支援推進員の方々と一緒に、認知症になっても希望を持って自分らしく生活できる地域づくりを考え、チームオレンジに繋がるようなステップアップ講座等も行っています。
峯さん:
私は、認知症地域支援推進員として、認知症に関する普及・啓発を主に担当しています。
具体的には、毎年9月にある認知症月間でイベントを開催したり、認知症サポーター養成講座やステップアップ講座では講師をしたり、認知症ケアパスを作成しています。
認知症地域支援推進員は、鳥栖市内4か所の地域包括支援センターに1人ずつ(1か所のみ2人)います。市役所にいる私を含め、6名で市内全域を担当しています。1人あたり1万人以上ですね。
業務の中で住民から寄せられる声・相談にはどんなものがあるのでしょうか?
大石さん:
当事者の方よりも、ご近所の方やご家族から多く寄せられます。
よくあるのは、「何かに困ると、当事者の方から電話が頻繁にかかってくる」という相談です。
ゴミ屋敷や火の不始末への不安についての相談もあります。当事者の方が火をかけたまま外出してしまったり、おしゃべりに集中してしまい、「何か煙が出よる」という電話があったこともありました。
また、窓口では「どこの病院に連れて行けばよいか」「どうやって連れて行けばよいか」というご家族からの相談が多いです。
対応をするときの悩みやこうなったらいいなと思うことはありますか?
大石さん:
認知症がどういうものか、皆さん言葉の意味やテレビでみた知識は持っていらっしゃるんです。そのため、疑わしい症状があると「認知症やろ、どがんかしてくれんね」と相談がきます。地域の繋がりが強く優しい方が多いので、どうにかしてあげないと、と連絡を下さるんです。
それはありがたいことですが、認知症に限らず背景に何か原因があるかもしれないと、皆さんが考えるようになって「地域」や「私」が何かお手伝いができないか、という風になってほしいです。
また、認知症サポーター養成講座やステップアップ講座等の受講者にも「自分は認知症にはならない」「自分には関係ない」という方がいらっしゃいます。
古い認知症観から新しい認知症観への更新は難しいと思いますが、認知症を特別視せず、自分を含め誰もがなるかもしれないもの、と自分ごととして考えて欲しいですね。
もちろん新しい認知症観を受け入れ、「認知症になっても色々なことができるんだ」と想像してくださる方もいます。しかし、まだ鳥栖市の中では当事者の活躍の場が少ないので、実際に共に過ごして私たちと変わらないということを実感する場所が必要だと感じています。
認知症観が変化していき、「どがんかしてくれんね」ではなく「どがんしたらいいと思う?」という相談が増えると嬉しいです。
鳥栖市の認知症施策の取組について
認知症施策を進める上で鳥栖市の特徴や強みはありますか?
大石さん:
前提として、認知症施策は国の指針をもとに、各自治体の特色や課題に合わせて高齢者福祉計画等として策定されます。
鳥栖市高齢者福祉計画では、住民の方々に認知症になっても共に地域で暮らし続けるための方法を考え、行動を促すことを目指しています。
しかし、一方通行的に施策の周知を行うだけでは効果が限られているため、地域包括支援センター、認知症地域支援推進員、認知症サポーター、学校などを巻き込んだ草の根的な取り組みを継続しています。
その中で鳥栖市は、認知症サポーター養成講座等の取組数が多いことが特徴です。ほかにも、思いついたら試しにやってみよう、という積極的な雰囲気があるからだと思います。
福祉計画は高齢化率が将来的に高くなることを前提に立てられているそうですね。
大石さん:
鳥栖市の老齢人口比率は24.21%(令和7年1月末時点)とまだそれほど高くはありませんが、若いうちから高齢になったら体や生活はどうなるのかという意識を持っておくことで、早め早めの対策ができると思います。
これから後期高齢者が増えていくので、認知症の方の割合も増えていくことが想定されます。認知症のリスク要因の一つに、糖尿病や高血圧などの病気があります。佐賀県は元々これらの病気の有病率が高いのですが、鳥栖市は佐賀県の中でも1位2位を争うほど高いのです。
地域柄、甘いものが大好きで、例えば野菜も、お芋やカボチャのような甘い根菜類が好きな人が多いので、認知症のリスクも比較的高くなっているのではないかと思い、介護予防事業として多様なメニューを準備し取組を行っているところです。
認知症安心ガイド 鳥栖市認知症ケアパスについて教えてください。
上田さん:
認知症ケアパスは、元気な時期から認知症の各段階に至るまで、それぞれどのようなサービスが利用できるかが一目でわかることを目指して作成しました。
市役所の窓口や各施設への設置、講座での配布などを通じて活用しています。紙のものを配布・設置することで、高齢者の方が気軽に手に取れるようにしています。
現在、新しい認知症観をふまえ、ご家族や支援者のニーズに応えるだけでなく「当事者の方が手に取ったら」という視点で新しいケアパスを作成しています。
新しいケアパスでは、受診の流れや具体的な相談窓口、受診の際に伝えるとよいこと等を掲載し、受診のハードルが下がるよう工夫しました。また、当事者の方が読んで傷つくことのないように表現に配慮しています。
鳥栖市認知症ケアパスより
鳥栖市は認知症について不安に思っている方・ご家族や支援者などの悩みや不安を減らす相談窓口が多い印象ですが、この背景は何でしょうか?
上田さん:
ものわすれ・よかよか相談室、みんなの介護塾、ニンにんカフェなど、それぞれ異なる目的で設置はしているのですが、困っている方ご自身が来やすいところに繋がって下さればいいなと思っています。
他の自治体は相談窓口を1か所に集約していることも多いですが、少しでも相談のハードルが下がるよう、あえてたくさんやっています。
今は比較的ご家族が相談にいらっしゃる窓口が多いので、今後は当事者の方も来やすい窓口や集まれる場所を増やしていきたいです。
認知症に関する市民への啓発活動としてどのような取り組みを行っていますか?
峯さん:
啓発活動として、小学校の4年生と中学校の2年生の方を対象に認知症サポーター養成講座を開催しています。一時はコロナの影響で実施できない時期がありましたが、今年度は市内の小学校8校中6校で、中学校は1校で実施することができました。
認知症サポーター養成講座のエピソードで、講座を受けた小学生が「気になるおばあちゃんがいる」と市役所まで連れてきてくれたことがありました。
また、講座で学んだことを子供から聞いた親御さんも認知症に興味を持って一緒に勉強してくださったそうで、そのように行動してくれたことがとても嬉しかったです。
認知症キッズサポーターの取組
コロナ禍は、地域内のコミュニケーションが減ってしまう等の負の側面もあった一方で、デジタルツールの活用も進んだそうですが、詳しく教えていただけますか?
大石さん:
コロナ禍の期間にSNSやデジタルツールが増えたので、それらを活用して孤立しがちな高齢者や当事者の方を1人にしないような取組を進めていきたいと考えています。
具体的には、つい先日、VRを使った認知症サポーター養成講習会を実施しました。デジタルツールを使うことで認知症の症状を体験したり、SNSを通じて関心を持ってもらったり、コミュニケーションを活性化できれば嬉しいです。
また、2024年12月に開催した介護の日フェスタでは、脳トレやブレパサイズの体験会も行いました。高齢者や当事者の方がご自分でできて、続けやすい取組を広げていきたいです。
VRを使った認知症サポーター講習会の様子
介護の日フェスタでの脳トレ・ブレパサイズ体験会の様子
大石さん:
他にも、市役所のホームページで日常的に使えるデジタルツールの紹介も行っています。
実際に紹介した、MCI・認知症診療をサポートするアプリ「ササエル」は、認知症の父の日常生活の様子(ADL)を記録する目的で、私自身も使っています。
仕事柄、試しに色々なアプリを使ってみているのですが、とても細かい入力を求められるものが多く、当事者の方も支援者・家族も継続して使いにくいと感じていました。
「ササエル」はその点で、選択肢があってポンポンと気軽に記録できるので、とても使いやすいです。記録が点数化されて、認知症の症状の波やサイクルもよりわかりやすくなりました。
気になることがあった時にはメモも入れられるし、最終的にそのデータを病院の先生にお出しできるところも楽です。
加えて、記録をつけ忘れてしまったときに「記録をつけてみましょう」というような優しい言葉で通知があるのが一番ありがたいです。その通知を見て、自分自身に余裕がなくなっているから父も同じように余裕がなくなっているのでは?と気づかされるという経験もありました。
担当者として印象に残っている経験や気づきはありますか?
大石さん:
趣味のグラウンドゴルフの集まりで、認知症の話やイベントの情報を共有しています。実際にイベントに足を運んでくださる方もいて、仕事で得た知識を活かせる場があるのがありがたいです。
また、私の仕事を知ってくださっている方が「知りたいことがあったら、市役所の美由紀ちゃんに聞いてみたらいい!」という認識を持ってくださっているのもやりがいがあって嬉しいですね。
上田さん:
私が認知症施策に情熱を持つようになった一番のきっかけは、若年性認知症当事者である丹野 智文さんと直接お話したことです。
それまでの私はご家族の目線で心配や不安に共感していたのですが、丹野さんから「心配するのではなく信頼をしてほしい」と言われたのです。
さらに窓口で当事者の方から「サービスを受けるのは自分なのだから、家族にではなく自分に向けて話してほしい」と言われたこともあります。当事者の方の目線に立つ重要性に気がついて、反省するとともに意識が大きく変わりました。
峯さん:
ケアマネージャーとして認知症当事者の方を担当している時、悲しい出来事を経験しました。その方が一人で家を出たまま行方不明になり、懸命な捜索にもかかわらず、残念な結果になってしまいました。
行方不明になっている間も、きっと誰かとすれ違ったりしているはずなのに、「この人様子がおかしいな」と思った人もいたかもしれないのに、どうしてこんなに悲しい結末にならなきゃいけないんだろうと思いました。そこから認知症の方に対して何かできることはあるはずだという使命感を抱くようになったんです。
ご縁があって市役所でこの仕事をするようになりましたが、当時は認知症に対する意識が低かったかもしれません。でも今は共生社会の実現に向けた動きがあります。
ひとりでも多くの方の理解が進み、認知症の有無に関わらず、みんなが一緒に生活できる地域になればという気持ちで頑張っています。
最後に今後の展望を教えてください。
大石さん:
今年度から、認知症サポーター養成講座を受講済の方向けのステップアップ講座が始まりました。参加者は、認知症への関心も高く地域の中でご自身でも精力的に活動されている方ばかりです。
認知症地域支援推進員6人だけでは鳥栖市全体の意識を変えていくのはなかなか難しいので、その方々をはじめとして、認知症になっても安心して暮らせる共生社会に共感してくれる仲間を増やして、繋げていきたいです。
ステップアップ講座の参加者のお一人が、自分たちだけが動くのではなくて「ここに来る時には(別の)誰か1人の手をとって来ないといけないね」とおっしゃっていたことがとても印象的でした。
まさに(このメディア名と同じ)テヲトルですね。そうやって徐々に輪を広げていきたいと思っています。
まとめ
鳥栖市では、認知症になっても安心して暮らし続けられる地域づくりを目指し、きめ細かな認知施策を展開しています。その目的は、より多くの地域住民の方々の関心を高め、活動の輪を広げることにあります。
印象的だったのは、今回お話しを伺った大石さんたち行政職員の方々が、地域住民としての個人的な経験や人とのつながりを、実際の施策に活かしている点です。アプリの導入や当事者の方に配慮したケアパスの作成など、市民と直接接する機会の多い市役所職員ならではの視点が感じられました。
今後も鳥栖市において、さらに多様で革新的な取り組みが広がっていくことが期待されます。
(2025年2月 取材)