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未病改善と共生社会:神奈川県の認知症施策最前線
更新日:2025-02-14

未病改善と共生社会:神奈川県の認知症施策最前線
神奈川県庁インタビュー

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未病改善と共生社会:神奈川県の認知症施策最前線

お話を伺った方

(左から)
神奈川県福祉子どもみらい局 福祉部 高齢福祉課 高齢福祉グループ
グループリーダー 笠原 航さん
認知症施策全般を統括し、介護予防や高齢者虐待防止、老人クラブ支援など、高齢者支援全般を担当。特に認知症施策に力を入れている。

副主幹 岡本 淳さん
認知症施策を担当。かながわオレンジ大使(認知症本人大使)の運営や、認知症未病改善キャラバンの実施など、認知症の普及啓発活動を中心に取り組んでいる。

政策局 いのち・未来戦略本部室 未病連携グループ
主任主事 成田 悠亜さん
未病の見える化や改善を政策的に進める部署で、特に認知症の未病改善事業を担当。産学公連携を活用した新たなアプローチの開発に取り組んでいる。

かながわ認知症ポータルサイト
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/u6s/cnt/f6401/index.html

神奈川県は、全国に先駆けて認知症施策に力を入れている自治体の一つです。その特徴は、「未病改善」や「共生社会の実現」といった独自の理念を掲げている点にあります。

今回インタビューしたのは、神奈川県高齢福祉課で認知症施策全般を統括する笠原さん、認知症未病改善キャラバンなどの普及啓発活動を担当する岡本さん、そしていのち・未来戦略本部室未病連携グループで政策的な未病改善を進める成田さんの3名です。それぞれが異なる視点から認知症施策に取り組んでおり、県内外の多様な関係者と連携しながら、地域社会全体で認知症への理解と支援を深める活動を展開されています。

神奈川県の認知症施策は、どのような背景から生まれたのでしょうか?


笠原さん(高齢福祉課グループリーダー):
神奈川県では、「未病改善」という独自の理念が施策の基盤の一つとなっています。この考え方は、健康と病気を二分するのではなく、その間にあるグラデーションを少しでも良い方向に改善していくというものです。認知症についても、診断前から診断後まで一貫して「未病改善」を進めることで、早期発見や進行抑制を目指しています。

また、共生社会の実現も重要な柱です。
神奈川県は、2016年に発生した津久井やまゆり園事件を契機に、「ともに生きる社会かながわ憲章」を策定し、障がいや疾患を持つ人々も社会の一員として尊重される環境づくりを進めてきました。認知症施策もこの理念に基づき、当事者が地域社会で活躍できる仕組みづくりを目指しています。


「未病改善」と認知症施策の関連性について詳しく教えてください。

成田さん(未病連携グループ担当):
未病改善は、健康と病気の間にある状態を少しでも良くするという考え方で、認知症にも非常に適していると考えています。
一般的に「予防」という言葉が強調されがちですが、神奈川県では、診断後も含めた支援を重視しています。例えば、体調や認知機能の日々の変化を見つめ直し、その改善につなげることで、当事者がより良い生活を送れるようサポートをしていくというものです。
具体的には、健康管理アプリやチェックツールを活用し、自分自身の健康状態を見える化する取り組みを進めています。これにより、自分の状態を把握した上で適切な行動変容を促す仕組みです。


憲章の理念に基づく共生社会の推進は、どのように施策に反映されていますか?

岡本さん(認知症普及啓発担当):
認知症の当事者が地域社会の中で共に暮らし、活躍できる環境づくりを目指しています。
例えば、「かながわオレンジ大使(認知症本人大使)」。
「かながわオレンジ大使」は、認知症の当事者として自ら発信者となり、その経験や思いを共有することで社会全体の理解促進を図っています。当事者目線で事業内容を議論・検討することが重要であり、そのためにもこうした取り組みが欠かせません。

「かながわオレンジ大使」について、詳しく教えてください

岡本さん:
「かながわオレンジ大使」は、認知症当事者が自らの経験や思いを直接発信する取り組みです。
2021年に創設し、現在12名の大使が活動しています。任期は2年で、自薦の方や県内の各地域の地域包括支援センターや若年性認知症コーディネーター、認知症カフェの方などから推薦のあった方にご活躍いただいています。

彼らは講演会や様々な認知症関連イベントでの発信、ピアサポート活動への参加などを通じて、認知症への理解を広めています。
かながわオレンジ大使の特徴は、活動内容を本人の希望や体調に基づいて柔軟に決められる点で、名前を非公表にして活動することもできます。
音楽コンサートを通じて社会参加を実現している方もいますし、新聞などを切り貼りして別の作品を作るコラージュのワークショップを開催される方もいます。


大使の今後の活動も、当事者同士で企画運営会議を開催し、話し合いながら決めてもらっています。そこから認知症サポーターの方と一緒に横浜DeNAベイスターズの試合観戦が実現しました。

認知症になると「なにもできなくなってしまうのでは」とお考えの方が多いなかで、「認知症と共に生き、自己実現できている人たちもたくさんいる」ということを発信したいと思っています。実際「大使活動が生きがいです」とおっしゃる方もいます。
当事者の声を発信することで、認知症に対するスティグマ(認知症に対するネガティブな考えや行動)を払拭し、「できること」に目を向ける社会の実現を目指しています。


様々なイベントや講演会に登壇するかながわオレンジ大使の松浦 謙一(まつうら けんいち)さん

オレンジ大使も参加する「認知症未病改善キャラバン」とはどんな活動ですか?

岡本さん:
2024年から始めた、県内全33市町村を巡回して認知症未病改善に関する普及啓発を行う取り組みです。
キャラバンカーに認知機能評価ツールや介入の取組を体験するための機材などを搭載し、ショッピングセンターやスポーツクラブ、ドラッグストアなど、人々が集まりやすい場所に出向いています。集客のため、週末にも実施しています。

eスポーツ体験やコグニサイズ(※)の紹介、さらには当事者によるワークショップなども開催しています。健康意識の高い人もそうでない人も、まずはゲーム感覚で認知機能をチェックして、関心を持ってもらう。オレンジ色のステッカーを貼った目立つ車でみなさんの生活の場の近くに出向いて行って、なんだこれ?と思って参加して欲しいと思ってます。そうやって認知症への関心が薄い層にもアプローチできる点が特徴です。

国立長寿医療研究センターが開発した、コグニション(認知)とエクササイズ(運動)を組み合わせた造語。脳と身体の機能の向上を目的とした取り組みのこと


 認知症未病改善キャラバンの様子


若年性認知症支援ではどのような取り組みが行われていますか?

笠原さん:
若年性認知症は65歳未満で発症するため、仕事・家事・子育てを担う世代に多く見られます。そのため、神奈川県では当事者やご家族からの様々な相談窓口となる「若年性認知症支援コーディネーター」を配置し、就労支援や医療・福祉サービスとの連携を進めてきました。
現役で仕事をしていらっしゃる若年性認知症当事者の場合、仕事でミスが重なっても、それが認知症のせいだと思い至らない場合があります。疲れや更年期障害、あるいはうつ、あるいは他の病気などと思われ、発症から診断がつくまでに時間がかかるとも言われています。

そこで、企業への啓発活動や早期発見の支援を行うため、神奈川県独自の取組みとして、新たに「若年性認知症訪問支援員」を導入しました。企業とコーディネーターの間に入るようなイメージです。
産業医や人事部門と連携して、「ちょっと疑ってみてください」という啓発や、正確な診断と適切な支援につなげる仕組みを構築しています。



企業との連携ではどのような取り組みがありますか?

成田さん:
神奈川県では「未病産業研究会」を通じて、多くの企業と連携しながら新しいアプローチを模索しています。
研究会自体は、未病改善のコンセプトに賛同いただいた様々な業界の企業や団体に、セミナーや交流会を通じて交流を深めていただき、未病改善に資するアイデアの創出や実証事業などマッチングを進めています。現在(2025年1月現在)県内だけでなく県外も含め約1,200社の企業に入会いただいています。
高齢福祉課の活動と連携しながら、企業と当事者の方とのマッチングなども実施しています。

研究会以外にも政策はありまして、その中の1つ、未病の状態を見える化したり、未病の改善につながることが期待できる商品・サービスのうち、優れたものを「ME-BYO BRAND」に認定し、県の取組における連携や普及を後押ししています。
このように、自治体に産学公連携を重視した未病関連の部署を持っているのが、全国でも珍しい神奈川県の特徴だといえます。


認知症ご本人とつながろう(企業と当事者の交流会)


様々な施策が充実している一方で、残る課題にはどのようなものがありますか?

笠原さん:
最大の課題は、認知症に対するスティグマの払拭です。「認知症になると何もできなくなる」という誤解が根強く残っており、それが当事者やご家族の社会参加を妨げています。
また、早期発見・早期介入の仕組みづくりも重要です。特に若年性認知症のように、正確な診断と適切な支援につなげるための啓発活動が今後もっと必要になると考えています。

成田さん:
もう一つの課題は、「見える化」とそれに基づく適切な介入方法の普及です。例えば、セルフチェック型ツールを活用して早期発見を促す取り組みは進んでいますが、それを広く普及させるにはまだ時間がかかります。
また、薬物療法だけでなく、生活改善や心理的サポートといった多様な介入手段を広める必要があると思います。



担当者として印象に残っている経験や気づきはありますか?

岡本さん:
私自身、当初は「認知症になるとできないことが増える」というイメージを持っていました。しかし、大使の方々と接する中でその考えが大きく変わりました。例えば、大使が主催するコラージュワークショップでは、当事者が楽しみながら参加者と交流し、自分らしさを発揮しています。このような活動を見るたびに、「スティグマをなくし、多くの人にこの姿を届けたい」と強く感じています。


かながわオレンジ大使によるコラージュワークショップの様子


笠原さん:
私が住む地域には、若年性認知症向けのデイサービス施設があります。その施設が主催するイベントにお邪魔した際、まるで地域のお祭りのように、認知症当事者と地域住民が自然に交流している様子を目にしました。「地域に溶け込むことでスティグマは払拭される」ということを実感した瞬間でした。


成田さん:
業務を通じて感じたのは、「認知症当事者も普通のおじいちゃん、おばあちゃんなんだ」ということです。以前は私自身もスティグマを持っていたかもしれません。しかし、当事者やご家族と接する中で、そのイメージが変わり、街中で高齢者を見る目も変わりました。このような視点の変化こそ、多くの人々に伝えていきたいと思います。


認知症基本法を踏まえて、神奈川県としてはどのような方向性を考えていますか?

笠原さん:
神奈川県がこれまで進めてきた「共生社会」の理念は、認知症基本法の方向性とも合致しています。今まで通りのことをやっていくのは間違いない。国も同じ方向を向いてくれたのはいいことだと思っています。

特に「新しい認知症観」の普及に向けて、当事者目線での施策をさらに強化していきたいと考えています。ただ、本来的に接するのは市町村なので、それぞれの地域特性に応じた施策を展開できるよう、広域自治体の役割としてその支援をしっかりやっていく必要があります。

また、未病改善に関しては、産学公連携による研究開発や企業との協力体制も一層充実させ、持続可能な支援の仕組みづくりを目指していきたいと思っています。


 

まとめ

神奈川県の認知症施策は、「未病改善」という独自の理念と「共生社会」の実現を両輪として展開しています。
お話を伺って、特に当事者目線を重視した「かながわオレンジ大使」制度や、産学公連携による新たなアプローチの開発など、先進的な取り組みが印象的でした。

今後は共生社会の実現を推進するための認知症基本法も追い風として、より一層市町村との連携を深めながら、認知症の当事者とそのご家族が安心して暮らせる地域づくりを進めていくことが期待されています。

(2024年12月 取材)

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