仲間と一緒に品川を盛り上げたい。 - 柿下秋男さん・房代さん(ご本人・ご家族)
柿下秋男さんは東京大田市場で40年間勤務していましたが、2014年ごろに「なんとなくおかしい」と感じ、軽度な認知障害の疑いがあると告げられ、その後認知症と診断されました。
2016年に退職。現在は『みんなの談義所しながわ』の仲間たちと様々なイベントを行うなど、充実した日々を送っています。
取材:2019年7月8日 アワーズイン阪急(東京)
なんとなく、おかしい ・・・
秋男さん
頭に霧がかかるというか、ボワーッとするようになって、やる気も起きないんです。市場の上司からは、「おまえ、大丈夫か?」って言われました。目が死んだようになっていたんだと思います。
房代さん
夫が勤めから帰ってきて、椅子に座っていても気配を感じないんです。こんなに人って存在感がなくなるものかなあ、と思いました。あと、仕事以外の土日はボートしかしてなくて、海外の大会にも行ってたんですけれど、荷物の用意を何回もするんですよ。昨日用意したのに、また今日もって。
秋男さん
今、妻が言っているようなことも、そういえばそんなことがあったかな、ぐらいで、記憶のなかにもあんまりないんですよ。
デイケアで暮らしにメリハリを
房代さん
通っている認知症の専門クリニックで「デイケアもありますよ」と誘われて、夫と見学した日は書道をやっていました。帰りに喫茶店に入ったんですけれど、夫は「う~ん。行くのか……」と気が進まない様子で。
秋男さん
はじめはそうだったな。
房代さん
「でもまあ行ってみようよ」って、市場の仕事を早く終われる土曜日の午後のデイケアに参加しました。その時間のプログラムがたまたま筋トレで、スポーツが好きな夫に合っていたみたいです。
秋男さん
自分の体重を負荷にする少し軽い筋トレなんです。最後は眠るようなかたち(自律訓練法)で終わるんですが、頭がスーッと軽くなってとても気持ちいいんですよ。ああこれで1週間終わったなと区切りになり、また1週間がんばろうと思える。筋トレをしないとリズムがくるうのでずっと続けています。
房代さん
一緒に筋トレをしている人たちが、みんなすごいしゃべって楽しい雰囲気なんですよ。
秋男さん
特に女の人。ほら、元気な年配の女性が2、3人いるじゃん。冗談言い合って、蹴飛ばされちゃうもんね。本当に認知症か、みたいな。
房代さん
お互いそう思ってますよ。
ゆるやかに退職へ
房代さん
軽度な認知障害の疑いがあると告げられたあとも1年半ほど仕事を続けました。
秋男さん
退職は自分で決めました。私は役員として100人ほどの部下を抱えていたので、ストレスも大きいわけですよ。この先ずっとストレスを背負うのは相当きついし、親分がそんな状態では部下の士気も上がりませんよね。もうそろそろ次の人生に進もうと思いました。脳が嫌がることはせず、自分が好きなこと、脳が喜ぶことをしようと。仕事を辞める寂しさはありましたが、クリニックに通いながら少しずつ移行する感じだったので、そんなに抵抗感はなかったですね。
房代さん
みなさんあったかくて、いい感じで辞めさせてもらいましたよね。「元気になって良かったね」という年賀状もいただいて。
秋男さん
毎年OB会があり、当時の上司や部下がいっぱい集まるんです。そこでも「顔色、いいじゃないですか」とか言われるんですよ。
みんなの談義所しながわ
若年性認知症の人たちの支援をきっかけに集まった地域の仲間。認知症本人・家族、医療・介護・福祉の専門職など地域の方々がゆるやかにつながっています。(写真提供:柿下さん)
地域の仲間たちと
房代さん
この前、談義所のメンバーが朝5時ぐらいに車で迎えに来てくださって、静岡の富士宮市で行われたソフトボール大会に行ってきました。それがすごい楽しくて。
秋男さん
ねえ、楽しかったぁ。グラウンドのうしろに富士山があって素晴らしい景観でした。それでMVPまでもらっちゃったからね。談義所のメンバーとは、ほかにもマラソン大会や餅つきなど、いろいろな活動を一緒に楽しんでいます。
談義所のメンバーの同行で『第6回全日本認知症ソフトボール大会』に参加。(2019年3月24日 静岡県富士宮市)。柿下さんは攻守にわたり活躍し、大会MVPを受賞しました。(写真提供:柿下さん)
房代さん
夫が談義所の集まりに初めて出たときは、「認知症じゃない人と久しぶりに話した」と言って、「疲れる」とつぶやいていました。
秋男さん
向こうの人がこう言って、こっちの人がこう言って、というのを集中して聞くのは、ここんとこない体験だったんで、脳が疲れるんですよ。だけどそれが良い刺激になるし、楽しいとも感じるようになりました。応援してくれる仲間たちと、「次なにやる?」「じゃあこれやりたいな」「やろうやろう」って一緒になって遊んでいます。
房代さん
この前、談義所の人と話していてすごくうれしかったのは、「別に誰かが誰かを支えるとかじゃなく、自分たちも自分たちのやりたいことをやって楽しいんですよ」と言ってくれたこと。餅つきをしたときも、つきたい人はついて、つきたくない人は座って飲んでいたりして、「いいんだよ。ここで全員自由にしてていいんだよ」という感じなんです。これなら知り合いの認知症の人も呼びやすいなあって。
秋男さん
品川にはまだ下町の風土が残っていて、東京なんだけど田舎のあたたかさみたいなものを持った人たちがいるんですよ。談義所のメンバーは、そうした地域が元気になるような活動を地道に続けてくれています。僕もそうした人たちとつながりながら、認知症本人として、できることをしていきたいですね(※)。「あたたかい人がいて、住みやすくて、素晴らしいな、品川」みたいに、みんなで盛り上げていけたらいいなあと思っています。
柿下さんは、地域の認知症関連の講座等では講師役も務めています。