アルコール性認知症とは? 原因と症状
適量の飲酒は会話も弾み、ストレスの解消が期待できますが、習慣的に過剰な飲酒を続けると生活習慣病やさまざまな臓器障害の原因となることがあります。また、過剰な飲酒は脳にも影響を及ぼすことが知られており、アルコール性認知症を引き起こすこともあります。お酒を飲み過ぎるとなぜ認知症になるのでしょうか。どのような症状がみられるのでしょうか。アルコール性認知症について解説します。
アルコール性認知症とは
アルコール性認知症は、アルコールの大量摂取が原因と考えられる認知症のことです1。多量の飲酒は心身にさまざまな障害を引き起こすことが知られていますが、それらが原因となって認知機能の低下などの認知症症状をきたすことがあります。
アルコール性認知症は高齢者に多くみられます。60歳以上のアルコール依存症の人を対象とした調査では、男性の43.6%、女性の44.5%が軽度認知障害(MCI)以上の認知機能障害が認められたと報告されています2。
高齢者ほどではありませんが、若い世代でも起こります。若いアルコール依存症の人に、飲酒によるものと考えられる前頭葉機能の障害が認められることはめずらしくありません1。
アルコール性認知症の原因
アルコールが関連する認知症の原因は脳血管障害などいくつかありますが、最も多いとされているのがウェルニッケ脳症とその後遺症としてのコルサコフ症候群です3。
また、飲酒との因果関係は不明ですが、高齢のアルコール依存症ではアルツハイマー病やレビー小体病、前頭側頭型認知症などの認知症疾患の合併がみられることがあります。断酒などの治療をしても認知機能の障害に改善がみられない場合、原因はアルコールの過剰摂取ではなく、別の認知症疾患を合併している可能性が疑われます。
ウェルニッケ・コルサコフ症候群
ウェルニッケ脳症とその後遺症であるコルサコフ症候群を合わせて、ウェルニッケ・コルサコフ症候群と呼びます。
ウェルニッケ脳症はビタミンB1(チアミン)の欠乏によって起こる脳の病気です。脳の奥にある脳幹部にごくわずかな出血が起こり、眼球運動障害や意識障害、運動失調などの症状が急激に出現します。
アルコールを過剰摂取するとビタミンB1が大量に消費されることが知られており、ウェルニッケ脳症の原因のうち約半分がアルコール依存症です4。
発症から間もないうちに適切な治療を行えば回復は可能ですが、治療しないままだと高率でコルサコフ症候群に移行します。コルサコフ症候群では、記銘力障害(新しい物事を覚えられない)や見当識障害、作話などの症状が出現し、一度発症すると回復は困難です。
アルコール性認知症の症状
アルコール性認知症では次のような症状がみられます。
- 眼球運動障害
ウェルニッケ脳症でみられる3徴(3つの代表的な症状)の1つです。眼振(眼球がけいれんするような動き)、眼の周りの筋肉の麻痺やこわばり、注視障害(両方の眼を同じように動かせない)などがみられます - 意識障害
意識が混濁したり、錯乱(情報を正しく処理できない状態)、昏睡(目を閉じまま無反応の状態)をきたすことがあります。ウェルニッケ脳症の3徴の1つです -
運動失調
ふらついたり、歩行がぎこちなく、不安定になります。ウェルニッケ脳症の3徴の1つです - 記憶障害
もの忘れが起こります。新しい言葉や物事を記憶できなくなる記銘力障害がみられます -
見当識障害
「今はいつか」「ここはどこか」「この人は誰か」、時間や場所、人がわからなくなります - 作話
実際に経験していないのにあたかも経験したかのような作り話をします。コルサコフ症候群でみられる症状の1つです - アルコール依存症と同じような症状
意欲の低下や興奮、攻撃的な言動、幻覚、脱抑制(行動に抑制が効かなくなる)など、アルコール依存症と同じような症状がみられることがあります
こうした症状のすべてが出現するわけではありません。原因となる障害に応じて出たりでなかったりします。また、アルツハイマー型認知症など、別の認知症疾患を合併している場合は、ここで挙げた以外の症状がみられることもあります。
アルコール性認知症の治療
アルコール性認知症の治療は、できる限り早期に、医師の指導のもとで始めなければなりません。大量の飲酒習慣があり、上記の症状がみられた場合は、すぐに医師に相談しましょう。
ウェルニッケ脳症の治療では、ビタミンB1を大量に投与します5。治療が遅れると高率で回復が困難なコルサコフ症候群に移行するため、少しでも早く治療を開始することが重要です。
脳梗塞などの脳血管障害を併発している場合は、高血圧や糖尿病などのリスク因子に対する薬物治療を行います。
薬以外の治療としては、まず挙げられるのが断酒です。アルコールの摂取量を大幅に減量する、またはアルコールの摂取を断つことで症状の回復/改善が期待できます。ただしアルコール依存症の場合、断酒により強い離脱症状が出ることもあるため、医療機関を受診して治療を行うことをおすすめします。断酒と並行して、生活スタイルの改善や栄養不足を補う食事療法なども行います。
アルコールと脳、認知症の関係
アルコールと脳の関係については、飲酒量と脳萎縮の間には正の相関があることが知られていて、飲酒量が多いほど脳萎縮の程度も大きくなるとされています6。また、1日あたりの飲酒量が20g(例:缶ビール500ml、日本酒1合)を超えますと認知機能低下や認知症発症のリスクが高まると報告されています7。
一方で、少量の飲酒をする人は、飲酒をしない人、大量に飲酒する人よりも、認知症や認知機能低下の危険性が低いという報告もあります1。つまり、アルコールは脳や認知機能に悪い影響を及ぼすこともありますが、節度を守って飲むぶんには認知症の予防につながる可能性があるのです。
まとめ
アルコール性認知症について解説しました。アルコール性認知症は発症からの期間や合併している認知症疾患などにもよりますが、基本的には回復が期待できる認知症です。過剰な飲酒が習慣となっているなかで、認知症を疑わせる症状に気づいたときは、すぐに医師に相談しましょう。また、繰り返しになりますが、過剰な飲酒は認知症のみならず健康を損ねる原因となります。思い当たる節のある方は、本記事を機に少しお酒を減らしてみてはいかがでしょうか。
(参考文献)
1,厚生労働省 e-ヘルスネット
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/alcohol/ya-051.html (最終閲覧日:2022年11月4日)
2,厚生労働省 精神・神経疾患研究委託費「薬物依存症・アルコール依存症・中毒性精神病治療薬の開発・有効性評価・標準化に関する研究」平成16年度~18年度総括研究報告書
3,松下幸生ほか.: 精神経誌. 2010; 112(8): 774-77
4,厚生労働省 e-ヘルスネット
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/alcohol/ya-052.html (最終閲覧日:2022年11月4日)
5,松井敏史ほか.: 日本老年医学会雑誌.2016; 53(4): 304-317
6,厚生労働省 e-ヘルスネット
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-01-007.html (最終閲覧日:2023年1月16日)
7,Xu W, et al. Eur J Epidemiol 2017;32:31-34