日本では高齢社会の進展とともに高齢者(シニア)層の活躍の場が広がっています。2021年には高年齢者雇用安定法が改正され、企業は意欲のある高齢者が70歳まで働ける機会を設ける努力義務が設けられました。
「いつまでも仕事を続けて、よりよい生活を維持したい」「働くことで社会との関わりを保ち続けたい」というアクティブな高齢者も増えており、その実現には企業努力や社会全体の理解と環境整備が欠かせません。
働く70歳以上の高齢者層が増えています
働く高齢者層の割合が年々増加しており、日本の労働力人口に占める65歳以上の方は、2023年に65~69歳が400万人、70歳以上が546万人に達しています1。
「70歳くらいまで働きたい」「働けるうちはいつまでも働きたい」という高齢者も多く、労働力不足が深刻な企業にとっては高齢者の雇用が大きな助けとなる可能性もあるでしょう1。
また、高齢な就業者の増加は、企業にとっては豊富な経験や知識の活用による生産性向上、社会にとっては消費拡大や税収確保への寄与、高齢者自身にとっては収入確保や生きがいの向上につながり、社会全体に「三方良し」のメリットがあります。
70歳以上の高齢者の一般的な健康状態とは?
高齢者になっても長く元気に働くために、健康・体力・認知機能の維持が欠かせません。「最近は元気な高齢者が多い」などとニュースなどで耳にする機会もありますが、実際の状況はどのようなものなのでしょうか。70歳以上の高齢者の一般的な健康状態に注目してみましょう。
高齢者の平均寿命・健康寿命について
2001~2022年で平均寿命・健康寿命は男女とも2〜3年ほど延びています2。健康寿命は、令和4年時点で男性が72.57年、女性が75.45年となっており、高齢者が健康に過ごせる時間は長くなっています2。
個人差はあると思いますが、高齢化に伴う疾病リスクが管理されてきた結果、より健康的な高齢者が増えてきているのでしょう。
高齢者の体力について
2005年〜2023年にかけて65~79歳の男女の新体力テスト(握力、上体起こし、長座体前屈、開眼片足立ち、10m障害物歩行、6分間歩行)の合計点は、男女とも向上傾向にあります2。これは、日常的に健康づくりに取り組む高齢者が増えたことや生活環境・医療の向上が背景にあると考えられます。
もちろん高齢になるほど筋力や持久力の低下は避けられませんが、軽作業の補助工具導入や作業ペースの配慮など適切な対策を講じれば、体力的な負担を減らした就労が可能になるでしょう。
高齢者の認知機能の状態
認知機能についても個人差が大きい一方で、意欲的に社会参加する高齢者の多くは良好な認知機能を保てる可能性があります。日本で行われた大規模調査でも、日常的に新聞や本を読む人は、そうでない人に比べて認知機能低下のリスクが低いことが報告されています3。
このように社会参加の多さや継続的な学習習慣が、高齢者の認知機能を下支えする一因となりうると考えられます。
70歳以上の高齢者層が働きやすい職場づくりのポイント
雇用している高齢者層の力を最大限に活かすには、環境と制度の整備が必要です。ハード面の安全配慮から評価制度・勤務形態の工夫まで、実践的な改善策を紹介します。
照明を明るくする、段差を減らすなどの環境の工夫
高齢者は視力や聴力の低下がみられる場合がありますので、職場では文字や作業標識が見やすいように照明を明るくし、必要に応じて視認性の高いフォントや大きい文字を採用しましょう。
また、作業場や通路の段差・傾斜を解消し転倒リスクを減らすなどのバリアフリー化を進めることで、安全性が高まります。床材も滑りにくいものに変更する、騒音を低減するなどの環境整備も負担軽減につながります。
このような環境面での配慮は、働く高齢者の特性に配慮したエイジフレンドリーな職場の実現の一助となります。
高齢者向けの評価制度や資格制度の創設
高齢者が長く働き続けられるために、年齢に応じた適切な評価制度を設けるとよいでしょう。例えば、70歳以上も対象とした職務評価や資格制度を設定し、能力や経験に応じた昇格・昇給のチャンスを提供するのもよい方法です。
適材適所の観点から、高齢者層の豊富な経験を活かすための専門資格を用意したり、育成役割の評価項目を加えるなどの工夫もあると、働く意欲向上ややりがいにつながります。
柔軟な勤務時間制度の適用
無理のない勤務時間を設定することが大切です。労働時間や日数に幅を持たせ、週3〜4日勤務や半日勤務、時短勤務など多様な働き方を選べるようにする企業例があります4。
フレックスタイム制を導入したり、早番・遅番制を導入して通勤時間を避けるなど、本人の希望や健康状態に応じて選択肢を増やすとよいでしょう。これにより、高齢者は家事や通院との両立もでき、長期的に安定した就労につながります。
経験や能力を活かした部署への配置
製造業などでは、熟練した高齢者を開発部門や品質管理など高付加価値業務に配置し、その経験を存分に活かす例があります。
また、ベテランが若手の教育担当となるメンター制度を導入し、技術やノウハウを継承させる取り組みも推奨されています5。教育訓練や安全衛生管理においても高齢者の知見は役立つケースがあります。個人のスキル・経験に見合う部署へ配置することで、高齢者自身のモチベーションも高まり、組織全体の活性化につながるでしょう。
想定されるトラブルと防止策
どの年代でも、働くなかで認識の相違やコミュニケーションエラーは起こりえますが、高齢者の雇用で特に気を払うべきことがあります。ここではコミュニケーション、契約、健康安全の3つの観点から、起こりやすいトラブル事例に着目し、具体的な予防策をお伝えします。
コミュニケーションのトラブルについて
世代間のギャップにより、コミュニケーションに支障をきたす可能性も考えられますので、社員研修やランチミーティングを設定するなどして会話の機会を作ったり、レクリエーションの実施など、互いの理解を深める機会を設けるとよいでしょう。
高齢者にはデジタルツール操作のサポートも大切です。厚労省の推進企業事例などを参考に、社内コミュニケーション研修やペアワークを導入し、互いの立場に立って対話を促す工夫をするのも一手です。
さらに、職場の相談窓口や定期面談を通じて小さな不満や悩みを早期にキャッチアップすることも、風通しのよい職場環境を保つことやトラブル防止に役立つでしょう。
雇用形態の変更に関するトラブルについて
定年後に契約社員や再雇用へ切り替わる際、契約内容や待遇に関する不満が生じることがないように、契約更合意を得るプロセスをきちんと設け、就業規則などで年齢によらない解雇禁止規定や雇用形態別の福利厚生も定め、十分説明しておく必要があります。
柔軟な勤務形態を認めたり、契約期間や更新条件についても明確に文書化したり、労使間でトラブルが起きないように注意しましょう。
病気や怪我に関するトラブル
高齢者は若年層に比べて体調変化や怪我のリスクが高くなります。定期健康診断の受診促進や異常値が出た際の医師面談など、健康管理体制を強化すると安心です。
東京労働局資料でも、健康診断結果に基づき医師の意見を聞いて職場対応を行うこと、生活習慣や運動機能検査を含めた健康保持増進計画などの実施を挙げられています6。
業務においては、重い荷物の持ち上げ作業を避けるなど、過重労働を防ぐ配慮が必要です。また、事故防止のためには、安全衛生教育も不可欠です。高齢な労働者の安全・衛生対策として、高年齢者向けの作業手順書を作成し、災害事例を用いて安全衛生教育を実施しましょう6。
まとめ
高齢社会のなかで、70歳以上の高齢者層が元気に、生きがいをもって働くことは社会の活力維持につながります。
高齢者が安心して働ける職場環境を整えることは、組織のダイバーシティ向上につながります。照明や段差の改善、柔軟な勤務制度、高齢者向けの評価制度や部署配置など、身体の変化や経験を考慮した職場づくりを検討しましょう。