認知症の一番の備えは周囲の人と良い関係を築くこと。 - 松田実さん(医師)
2019年12月9日取材 リッチモンドホテルプレミア仙台駅前(宮城県仙台市)
お話を伺った方
松田先生は、その人その人の臨床的な特徴を、詳細な問診や丁寧な診察で把握し、診断や、治療・ケアの方針づくりに役立てる「認知症の症候学」のエキスパートです。
松田先生は、「疾患別のケアや対応」ではなく、
「症状別・個人別のケアや対応」であるべきと強調されています。
たとえば、レビー小体型認知症の人は転倒しやすい傾向があるからといって、全員に転倒しない、もしくは転倒しても大事に至らない環境を作る、という考え方にこだわりすぎるのは良くないと思います。レビー小体型認知症の人でも、転倒リスクが健康な人と変わらないケースはたくさんありますから。
大事なのは、その人がどういう症状で困っているかであり、それに対して有効なアドバイスや対策を検討するべきです。当然、検討の際には、その人の人生の歴史、生活環境、性格、現在の心理状態、家族関係なども考慮しなければなりません。
個別対応でなければいけないということですね。
ええ、その前提に立った上で基本的なこととして、私は必ずご本人に対し、ご家族の前でこうお話しています。「たとえ、病気のためにもの忘れが始まっていても、あなたの良いところや人間性は保たれています。感情面が安定していれば、これからも有意義な人生が送れるはずです」
一方でご家族には、このような説明をします。「もの忘れをしたくないと一番思っているのはご本人なので、叱ったりしてはいけませんよ。感情面が不安定になると、病気は必ず悪化しますし、怒ったり物を投げたりといった症状が出てきてしまうかもしれません。ご本人の感情面の安定を第一の目標にしてください。もの忘れが悪くならないようにしなければ、などと考えてはいけませんよ」
もの忘れが悪くならないようにと考えると、認知症の進行とともにご家族はどんどん落胆していきます。すると合わせ鏡のように、ご本人にも「家族にがっかりされた」というマイナスの感情が伝わるのです。「もの忘れがあっても、お父さんには良いところがたくさんあるから、大好き」といった思いをきちんと表明すれば、ご本人は安心し、落ち着くことができます。
もちろん、ご家族はご本人のためだけに生きるわけにはいきませんので、いずれ介護サービスを利用したり、介護施設に入所することになるかもしれません。でも今は、以前に比べてケアの概念やケアスタッフの技術がとても向上しているので、大半の方は穏やかに生活することができます。今の時代の認知症は、そのような病気だということです。
認知症の啓発に関して何かご意見はありますか。
かつては認知症のことが世の中でそれほど問題にされていなかったので、ご家族がご本人の変化を病気と認識せず、不適切な対応をとるケースが目立ちました。だから、認知症ではこのような症状が出るということを広く知ってもらう必要があったと思います。しかし今は認知症に関する情報が世の中にあふれており、多くの人が認知症に関心を持っています。もっと言えば、認知症になりたくないと恐れています。こうした時代には、症状を前面にだして不安をあおるより、むしろ「認知症になってもそれほど困ったことにはならない」という情報を伝えるべきではないでしょうか。コンセプトの転換が必要な時期に来ていると思います。
誰もがなり得る病気として、“備え”が大切とも言われています。
認知症の一番の備えは、認知症になる前に、妻や夫がいるなら夫婦仲良くし、周囲の人とも良い関係性を築いておくことでしょう。「周りの人たちの良いところを認める習慣をつけましょう。周りの人が喜ぶことをしましょう」と、私は講演会などでいつも話しています。
「自分が認知症になってもならなくても、世の中の人みんなで認知症と一緒に暮らそうよ」
これが今、私が一番伝えたい、伝えるべきだと思うメッセージです。