世界保健機関(WHO)は、認知機能低下および認知症リスク低減のためのガイドラインを2019年に公表しており、身体活動が認知機能低下のリスクを低減するために強く推奨されています1。
運動不足は認知症のリスク因子の1つです2。身体活動を高めることは高血圧や糖尿病、高コレステロールなどの心血管疾患に対するリスク低減や、抗炎症作用、そして神経栄養因子の増加といった脳の健康を維持するために良い影響を与えると考えられています1〜3。
認知機能の低下を抑制する行動として、65歳以上の成人であれば、週あたりに150分程度の中等度の有酸素運動が推奨されていますが1、具体的には1日に何歩歩くことが推奨されているのでしょうか?
この記事では、2022年の英国の成人約78,000人を対象とした大規模研究(Association of Daily Step Count and Intensity With Incident Dementia in 78430 Adults Living in the UK)を参考に、脳の健康を維持するために推奨される歩数についてご紹介します4。
歩数と認知症との関連性とは?
この研究4は、英国の健康調査データを用いて行われました。40歳〜79歳までの健康な成人78,430人が活動量計を7日間装着して歩数データを収集し、その後平均6.9年間の追跡調査を行ったものです。
歩数だけでなく、歩く速さにも着目し、以下の3点に分けて分析が行われました。
- ・低強度の日常的な歩行(40歩未満/分、家のなかの移動など)
・運動などを目的にした歩行(40歩以上/分、ウォーキングや早歩きなど)
・最も歩数が多かった30分間の平均歩数(平均112歩/分、高強度の歩行を反映)
研究の結果として、毎日の歩数やその速度が認知症のリスク低減に良い影響を与えることが示されました。
「認知症のリスク低減と最も関連する歩数」は1日あたり約9,800歩と報告された
この研究では、「認知症のリスク低減と最も関連する歩数」は約9,800歩/日と示されました。この歩数に至るまでは、1日の歩数が増加するほど認知症のリスクは低下し、最大約50%の認知症リスクを低減することが報告されています。
約3,800歩/日から認知症のリスク低減が期待できる?
また、この研究では前述の「認知症のリスク低減と最も関連する歩数」の約9,800歩/日よりも認知症リスクとの関連の強さは低下するものの、約3,800歩/日からリスクの低下が期待できることが示されていました。
歩行速度を考慮すると、効率的な認知症リスクの低減が可能になる?
そして、歩く速さを考慮することで、認知症リスクを効率的に低減できる可能性が示唆されました。具体的には、運動などを目的とした歩行(40歩/分、ウォーキングや早歩きなど)では、約6,300歩/日で認知症のリスクが57%低下することが示されています。
さらに、最も歩数が多かった30分間の歩数(高強度の運動)が112歩/分に達する場合、認知症のリスクが62%低下すると述べられています。
【論文を脳の健康の維持に役立てるために】日常生活で目安になる歩き方と他のリスクとの関係について
この研究では、認知症のリスク低減と関連する歩数や歩行速度について述べられていますが、忙しい日常生活の中でも、通勤時に1駅前で降りて歩くことや、近所の買い物はなるべく歩いて行くなど、日々の歩数を意識的に増やしていく工夫をしてみてはいかがでしょうか。
もしも、膝に痛みがあるなど、日常的に多く歩くことが困難な場合には、無理をせず、ご自身の状態に合わせた歩く習慣を身につけていくことが重要と考えられます。
認知症のリスクに関係する身体活動以外の要素
身体活動の低下以外にも、認知症にはさまざまなリスク因子がある2と言われていますので、生活習慣病の予防、食生活の改善、睡眠の質向上など、多因子のアプローチが脳の健康を維持するためには不可欠です5。
歩行などの身体活動以外にも、知的活動や社会活動を促進し、アクティブなライフスタイルの獲得を目指しましょう。
認知症に関連するリスク因子については、以下の記事で詳しい解説を行っています。
まとめ|【論文解説】脳の健康を維持するために最適な毎日の歩数とは?
本記事では、脳の健康を維持するための最適な歩数について、英国の大規模研究に基づいて解説しました。認知症のリスクを低減するためには、約9,800歩/日が推奨されますが、約3,800歩/日からでも認知症リスクの低減が期待できると報告されています。
日々の歩数増加を意識して、日常生活で歩くことを習慣化することで、認知症のリスク低減につながる可能性があります。まずは無理のない範囲で自分に合った目標を定めるところから始めてみましょう。