認知症の親の介護では、暴言や暴力などで思わず感情的になることがあります。親に手を上げてしまい、罪悪感に苦しんでいる方もいるかもしれません。
本記事では、介護者が抱えるリアルな悩み、辛い状況に陥る背景、心身の健康を保つための具体的な対処法を紹介します。少しでも、心穏やかに介護と向き合えるヒントを見つけていただければ幸いです。
認知症介護家族の悩みと寄り添う声
認知症介護では、感情を抑えきれず手を上げてしまったという声も少なくありません。激しい気持ちの葛藤や疲弊感から、死を考えたというケースもあります。
ここでは、介護者の悩みと医師・看護師・ケアマネジャーなど専門職の声を紹介します。
「母の行動が耐えられず手を上げてしまう」(娘:50代)
76歳の母は昨年アルツハイマー型認知症と診断されました。優しく寄り添っていこうと思うのですが、私の言うことを聞き入れてくれず、人が変わったようにすごい形相で食ってかかるので、私もつい手が出てしまいます。優しかった母に手を上げてしまうたびに落ち込み苦しんでいます。
介護者:私も手を上げてしまいました
人間ですから、思わずカッとなることもあります。まして、自分の母親であれば、「こんなこともわからないのか」という気持ちが働き、なおさらのことです。でも、手を上げてしまった後はとても辛いので「病気がさせているのだから」と思うように努力しています。頑張っていますよね。
介護経験者「地獄のような暮らしをわりきりの介護でやり過ごしました」
母の暴言や昼夜逆転の繰り返しで、毎日が地獄のようでした。うつ状態になり、「母の首を絞めて、自分も死んでしまいたい」と何度も思い、行動に移しかけたこともありました。そんな時「家族の会」の皆さんに「わりきりの介護が大切」と教えてもらい。母が混乱した時は、嵐が過ぎるまでほうっておくようにしました。時がたつにつれ激しい症状は減り、気がつくと私も母もそれなりに落ち着いて「死」は考えなくなっていました。
医者「本人も苦しんでいます」
認知症初期は、今までできていたことができなくなったことに気づき、不安や恐怖を感じ苦しんでいます。家族の命令的な言葉または否定的な言葉は、さらにプライドを傷つけ、追い詰められて攻撃的になったりします。周囲が認知症を正しく理解し本人が安心できるように接してください。手を上げそうになったら、「本人も苦しんでいる」ことを思い出してください。
看護師「死ななくてよかったと…」
暴言や拒否が続くと、介護者も精神的にダメージを受け、長期化すると本人ともども危険な状況にもなりかねません。「母に暴力を振るってしまう自分が嫌になり死のうと思った」ご家族に『死なないで!殺さないで!生きよう(※)』メッセージを紹介しました。今では、死ななくてよかったと言われています。
認知症の人と家族の会/編 発行:クリエイツかもがわ 価格:本体1,500円+税
ケアマネジャー「疲れています...離れる時間をつくって...」
家の中で一日中介護をされているご苦労は大変なことと思います。少しでも二人の関係が行き詰まらないように、離れる時間を意識的につくることが必要だと思います。初期の方のためのプログラムや認知症カフェなどについて、お近くの地域包括支援センターに相談してみてください。また、いろいろな社会資源を知っておくと介護に余裕がでてきます。
「ぽ~れぽ~れ」通巻405号(2014年4月25日発行)より
認知症の介護で介護者が辛くなりやすい状況
認知症の介護で辛くなりやすいのは、どのような場合なのでしょうか?ここでは、介護者が追い詰められやすい3つの状況を解説します。
暴言や暴力、妄想などの症状が強く現れている
認知症では、暴言や暴力などの行動症状、妄想や不安などの心理症状がみられることがあります。
厚生労働省の「認知症の人を介護する家族等に対する効果的な支援の在り方に関する調査研究」によると「行動症状が見られる」が45.2%、「心理症状が見られる」が37.1%でした1。
特に、行動症状が見られる場合、介護者の負担感が強く表れる傾向があります1。認知症はご本人の意思ではなく、病気や環境の影響で起こるため、介護者は頭では理解していても感情コントロールが難しくなることがあります。
昼夜逆転による睡眠不足が続いている
昼夜逆転は、認知症の行動症状の一つです。厚生労働省の調査では、介護者が負担に感じている具体的な症状として「特別な理由がないのに夜中起き出す」があります。「よくある」と回答した介護者は17.5%、「ときどきある」は25.0%でした1。
ある研究では、認知症患者を介護する家族は、認知症でない要介護者を介護する家族に比べて、睡眠の質、入眠までの時間など、すべての項目で悪化していたと報告されています2。
夜間の見守り対応が増えると介護者の慢性的な睡眠不足につながり、疲労やストレスなどにより、心身への影響が大きくなる可能性があります。
介護を代わってもらえる人がいない
認知症の介護を代わってもらえる人がいない状況は、介護者の負担感を強める要因とされています。厚生労働省の調査によると「代わってもらえる人はいない」と回答した介護者は、30.2%でした1。
「介護を始めてから一度の外出も遊ぶこともなく、5年が過ぎた」という切実な声もあります。休息や外出の機会が制限されるため、介護者は孤立感や将来への不安が強まりやすくなるといえるでしょう。
また、認知症の診断直後や初期段階では、介護保険サービスの対象になりにくく、地域社会から孤立する「空白の期間」が生じる可能性も指摘されています3。
介護者が心身の健康を保ちながら認知症の家族と暮らすために
認知症介護では、日々の対応に追われて介護者自身の心身のケアが後回しになりがちです。ここでは、介護をできるだけ無理なく続けられる支援や工夫を紹介します。
医師に相談をして強く現れている症状の軽減を検討する
認知症に伴う症状が強く現われ、生活や介護に支障がある場合は、医療機関の受診を検討しましょう。
まずは、かかりつけ医に相談するのも選択肢の1つです。かかりつけ医がいない場合は、もの忘れ外来を受診するという方法もあります。
適切な診断のもと、薬物療法や環境調整、リハビリテーションなどを組み合わせた支援が可能になります。症状が軽減すれば、介護者の心身の負担も和らぐでしょう。
デイケア施設などのサービスを活用する
デイケア(通所リハビリテーション)とは、可能な限り自宅で自立した生活ができるよう、利用者が日帰りで施設に通所できるサービスです4。食事や入浴など日常生活のサポートや、生活機能を向上させるための訓練が行われています。
日中に適度な活動や運動を行うことで、夜間の睡眠改善も期待できます。介護者にとっては、気持ちのリフレッシュや休息時間の確保につながるでしょう。
デイケア施設を利用するためには、介護保険の申請やケアマネジャーによるケアプラン作成が必要です。まずは、お近くの地域包括支援センターや、市区町村の窓口に相談してみてください。
地域包括支援センターを利用する
地域包括支援センターは、地域の高齢者の暮らしを支える総合的な相談窓口です5。介護保険の申請手続きやケアマネジャーの紹介だけでなく、生活全般の悩みに対応しています。
たとえば、介護方法のアドバイス、福祉用具の相談、認知症の方が参加できる地域活動の紹介などさまざまです。
また、相談内容に応じ、認知症に詳しい専門機関と協力し、保健・福祉サービスや各種制度へスムーズにつながるようサポートしています。
地域包括支援センターはすべての市町村に設置されているため、お住いの自治体などに問い合わせてみてください。
認知症カフェや家族の会などで相談する
認知症カフェは、ご本人、家族介護者、友人、地域住民、専門職など気軽に集まり、交流や情報交換ができる場です6。
たとえば、日常生活上の工夫、利用可能なサービスなどの情報が得られ、専門家に直接相談することも可能です。
温かくリラックスした雰囲気づくりを重視しているため、介護者の孤立感を和らげ、認知症への理解を深めるきっかけになります。
また、家族会に参加してみるのもよいでしょう。他の人の介護体験を聞いたり、自分の悩みを安心して話したりすることで、心の負担が軽くなります。
同じ立場の人とつながり、困りごとや将来への不安を共有できるため、前向きな気持ちを取り戻せる場になります。
まとめ
認知症の介護では、暴言・暴力などの症状や昼夜逆転による睡眠不足が原因で、介護者が辛い状況に追い込まれることがあります。介護者が心身の健康を保ちながら暮らすためには、一人で抱え込まないことが大切です。
医師への相談の検討をはじめ、地域包括支援センター、デイケア、認知症カフェなど、支援を受けられる場所を活用してみましょう。症状の軽減や介護方法の工夫、介護者自身の休息の確保などが、穏やかに親の介護を続けるための鍵となります。



