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アルツハイマー病のリスク遺伝子|遺伝発症率がわかる「PRS(ポリジェニックリスクスコア)」とは?【新潟大学脳研究所・菊地正隆先生】

アルツハイマー病のリスク遺伝子|遺伝発症率がわかる「PRS(ポリジェニックリスクスコア)」とは?【新潟大学脳研究所・菊地正隆先生】

「親族にアルツハイマーの人がいるから、自分も発症するかもしれない」そんな不安や恐怖をひそかに抱えている人もいるのではないでしょうか? 

アルツハイマー病と遺伝の関係は、多くの人にとって気になるテーマであり、むしろあえて深く知りたくないテーマでもあります。しかし知らないからこそ余計に怖がってしまうという側面もあるようです。

今回、新潟大学脳研究所の菊地正隆先生に、アルツハイマー病と遺伝子の関係をはじめ、遺伝変異の発症リスクを評価できる「PRS(ポリジェニックリスクスコア)」について、わかりやすく説明いただきました。

アルツハイマー病における「原因遺伝子」と「リスク遺伝子」の違い

菊地正隆先生(新潟大学 脳研究所 生命科学リソース研究センター 遺伝子機能解析学 特任准教授)

菊地正隆先生(新潟大学 脳研究所 生命科学リソース研究センター 遺伝子機能解析学 特任准教授)

こんにちは。菊地正隆です。私は普段、新潟大学の脳研究所というところで、アルツハイマー病や精神・神経疾患のメカニズムを解明するために、ゲノム解析やオミックス解析などを用いた研究を行っています。

今回は、最新の研究を踏まえた上で、アルツハイマー病と遺伝子の関係について、わかりやすく説明していきます。

まず最初に、アルツハイマー病と遺伝子の関係を考える上で重要になるのは、「原因遺伝子」と「リスク遺伝子」の違いを理解することです。

 

原因遺伝子

リスク遺伝子

定義

変異があると、それ自体が直接的な病気の原因となる遺伝子

変異があると、リスク(なりやすさ)を高める遺伝子

代表的な遺伝子

・APP(アミロイド前駆体タンパク質)

・PSEN1(プレセニリン1)

・PSEN2(プレセニリン2)

APOE遺伝子(特にε4)など

※その他多数の微小なリスクをもつ変異も含む

発症への影響

病的変異があった場合、生涯のうちに発症する可能性はほぼ100%に近いとされる

発症リスクを高める傾向があるが、持っているからといって必ず発症するわけではない

影響の具体例

脳内にアミロイドβが増えやすくなり発症を引き起こす

APOE遺伝子の「ε4」を1つ持つと約5倍、2つ持つと約12〜15倍発症リスクが上昇する

関連する疾患タイプ

家族性アルツハイマー病

孤発性アルツハイマー病

アルツハイマー病全体に関与する割合

1%未満(非常にまれ)

約99%(大多数)に関与

アルツハイマー病における「原因遺伝子」と「リスク遺伝子」の違い(文献1〜5を参考にテヲトル作成)

アルツハイマー病を引き起こす原因遺伝子として、アミロイド前駆体タンパク質(APP)、プレセニリン1(PSEN1)、プレセニリン2(PSEN2)という3つの遺伝子が知られています。これらの原因遺伝子に病的変異があった場合、生涯のうちにアルツハイマー病を発症する可能性は、ほぼ100%に近いとされています。

しかし、このような特定の原因遺伝子によるケースは全体の1%未満と非常にまれですので、過度に恐れる必要はありません。発症の確率が高くなる1つの理由は、アルツハイマー病の原因であるタンパク質の一種「アミロイドβ(アミロイドベータ)」が脳内に極めて増えやすくなるためです。

また、前頭側頭型認知症という認知症の発症においても、一部にC9orf72やGRN、MAPTという原因遺伝子の病的変異が関わっていることがわかっています。

いずれも原因遺伝子に病的変異があると、40代など若くして発症する傾向があります。

新潟大学 脳研究所 生命科学リソース研究センター 遺伝子機能解析学 特任准教授 菊地正隆先生の写真2

そして原因遺伝子の病的変異が家系内で受け継がれ、若年発症や血縁関係などから遺伝的要因の関与が強く疑われたりする場合は、「家族性アルツハイマー病」を疑います。

われわれ新潟大学・脳研究所が作成したデータベース「日本人・家族性アルツハイマー病の原因となる遺伝子変異のデータベースJFADdb(Japanese Familial Alzheimer's Disease database) 」を見てみても、一般的にはアルツハイマー病は65歳以上で発症することが多いところ、原因遺伝子であるPSEN1の病的変異を持った人の発症年齢は平均44歳と早いことが分かります。

しかしこのような特定の原因遺伝子によって発症が引き起こされる認知症はごくわずかです。アルツハイマー病の場合は、その全体の1%未満だといわれており、大多数のアルツハイマー病の方では原因遺伝子の変異は見つかっていません。したがって家族性アルツハイマー病も非常にまれな例といえます。

一方、原因遺伝子の変異とは関係のない約99%のアルツハイマー病は「孤発性アルツハイマー病」と呼ばれます。孤発性アルツハイマー病の場合は、原因遺伝子ではなく、「リスク遺伝子」が深く関与してきます。

「孤発性アルツハイマー病」の遺伝率

孤発性アルツハイマー病の発症は、加齢を最大のリスク要因として、生活習慣に加えて、多数の遺伝的要因が関連しています。

遺伝的要因がどの程度アルツハイマーの発症に関係しているのかを示す指標に「遺伝率」というものがありますが、孤発性アルツハイマー病の遺伝率はおよそ60〜80%といわれています(残りの20〜40%は環境的要因が影響)。

つまり、これまでの研究によると、孤発性アルツハイマー病の発症についても遺伝的要因が比較的高いといえます。

そして最も影響が大きいリスク遺伝子が「APOE(アポイー)遺伝子」だと考えられています。

アルツハイマー病の発症リスクを高める「APOE遺伝子」

APOE遺伝子とは、「アポリポタンパクE」というタンパク質を作る遺伝子のことです。リポタンパクとは、脂質と結合するタンパク質のことで、APOE遺伝子はコレステロールなどの脂質と結合し、リポタンパクを運搬する働きに関係します。

そして、このAPOE遺伝子には対立遺伝子(アレル)があり、主に「ε(イプシロン)2」、「ε3」、「ε4」の3種類が挙げられます。私たちは、1種類の遺伝子につき、両親から1つずつアレルを受け継ぎますから、例えば、人によってε3とε4を1つずつ持っていたり、ε3を2つ持っていたりします。

日本人を含めて世界で最も多いのはε3を持っている人で、ε2とε4はマイナーなアレルです。一般的に観察されるε3と比べると、ε2はアルツハイマー病に対して防御的に働き、発症リスクを抑えます。一方、ε4は最も強い遺伝的リスク因子であり、孤発性アルツハイマー病の発症リスクが高まる傾向があります。

実際、私たち新潟大学脳研究所が日本人を対象としたメタ解析を行ったところ、ε3を2つ持つ人たちと比較して、ε4を1つ持つ場合は孤発性アルツハイマー病の発症リスクが約5倍に上昇し、ε4を2つ持つ場合は約12〜15倍上昇することが分かりました。

一方で、ε4を持っていても発症しないこともあります。理由としては、ε2のような防御的な因子を持つ場合や、生活習慣の影響もあります。先ほどもお話ししましたが、孤発性アルツハイマー病における環境要因の影響は20〜40%ですから、適度な運動や健康的な食生活などの生活習慣が、発症を防いだり遅らせたりする働きをしていると考えられています。 

そのほか、ε4を持っている場合でも、その発症リスクを抑え込む防御的因子となる存在はいくつかあり、近年少しずつ解明されつつあります。 

微小なリスクをもつ遺伝子変異からアルツハイマー発症率を評価する「PRS(ポリジェニックリスクスコア)」

孤発性アルツハイマー病の発症に関与するリスク遺伝子は、APOE遺伝子だけではありません。APOE遺伝子だけでは説明できない、非常に多くの微小なリスクをもつ遺伝子変異が関与していると考えられています。

そこで個々人が持っているさまざまな微小リスク変異を総合し、ひとつのスコアとして表したものが「PRS(ポリジェニックリスクスコア)」という指標です。簡単に説明すると、リスクが小さい遺伝子変異を多く持っている人ほどPRSの数値が高くなり、少なければ低くなるというものです。

アルツハイマー病では認知機能正常やMCIよりPRSが高い(新潟大学脳研究所)

アルツハイマー病では認知機能正常やMCIよりPRSが高い

私たち新潟大学・脳研究所では、日本人におけるアルツハイマー病のPRSを作成し、実際にPRSがアルツハイマー病の病態と関連するのかを調べました。

すると、健常者やMCI(軽度認知障害)の方々に比べて、アルツハイマー病の方々はPRSの数値が統計的に有意に高いことが分かりました。ε4を持っていない人であっても、PRSが高い人は低い人に比べて発症年齢が早くなるということも判明しました。

PRSで層別化したMCI患者のアルツハイマー病発症リスク(新潟大学脳研究所)

PRSで層別化したMCI患者のアルツハイマー病発症リスク

PRSの大きなメリットは、人が生まれ持ったゲノム情報を用いるため、アルツハイマー病が発症するずっと前、極端に言えば生まれた時点から発症リスクを把握できる点です。

アルツハイマー病は発症してから治療を始めるのは難しいため、早い段階で自分のリスク度合いを知ることができる点は、PRSの大きな強みです。

ただし現時点では、PRS自体が100%の判別精度を持つわけではないため、PRSの数値だけで「あなたは将来確実にアルツハイマー病になります」と断定できるわけではありません。

したがって、PRSのスコアが高いと分かった場合、脳内にアミロイドβが溜まり始めると言われている40代以降から、現在臨床応用へ向けて研究開発が進んでいる血液バイオマーカー(血液中の成分を調べることで、脳内アミロイドβ蓄積の予測が期待されている検査)を定期的に測定し、遺伝的なリスクと現在の病態の両方を踏まえ、早期発見や備えにつなげるといった活用が期待されています。

アルツハイマー病と遺伝カウンセリングの倫理的問題

その一方で、アルツハイマー病の発症リスクを知ることができる遺伝子検査では、その結果をどう伝えるかという「遺伝カウンセリング」などの倫理的かつ社会的な枠組みも重要となってきます。

同じ家系内でアルツハイマー病発症者が多いなどの不安がある場合には、病院の遺伝カウンセリングで相談するのも良いかもしれません(すべての病院で遺伝カウンセリングに対応しているわけではないため、受診前に専門外来の有無など事前の確認が必要です)。自分の状態の原因を明確に知ることで不安が解消されたり、将来設計や人生計画を立てる上で前向きになれたりするのであれば、遺伝子検査を受ける意義はあるでしょう。

しかし発症リスクが高いと判明しても、アルツハイマー病についてはまだ確実に予防・治療できる根本的な方法がないため、誰にでも一律でおすすめできるわけではありません。

リタイア後の人生計画を立てる60代や70代あたりからは、定期的な認知機能検査や、将来的に実用化が期待される血液バイオマーカーなどを活用して脳の健康状態をチェックすることが、ひとつの目安になると考えています。セカンドライフを考えるタイミングでご自身の状態を把握し、健康に活動できる期間を見据えて今後の人生計画を立てていくのに役立つのではないでしょうか。

また、アルツハイマー病を含む認知症は、ご本人だけでなくご家族の介護負担も小さくありません。遺伝的・医学的な原因を明確にすることで、ご家族も納得して寄り添い、サポートしやすくなるという側面もあります。

一方で、認知症の傾向が疑われるご本人に対して、ご家族が専門医の受診をすすめる場合、ご本人の尊厳やプライドを傷つけないための配慮が大切です。ご本人が「自分がどうなってしまったのか分からなくて不安」などと感じている場合には、「1人で抱え込まず原因を確かめてみようか」といったように寄り添って声をかけてあげると、ご本人も心を開きやすいのではないかと思います。

アルツハイマー病のリスク検査|遺伝子検査と血液バイオマーカーの組み合わせに期待

PRSの将来的な活用方法としては、血液バイオマーカーと組み合わせることで、より精度の高いリスク評価ができるようになると期待しています。

遺伝子情報は生まれ持った先天的なもので生涯変わらない「ベースとなるリスク」と捉えることができます。一方で血液バイオマーカーは、病態の進行に応じて数値が変化するため、その時点の脳の状態のスナップショットのようなものです。

したがって、遺伝子検査でリスクが高いと分かった人は早い段階から血液バイオマーカーを定期的に測定し、病態の進行をモニタリングしていくという、遺伝子検査と血液バイオマーカーを組み合わせた活用方法が有効になってくると考えられます。

ベースの遺伝子は変えられないが、生活習慣と生活環境の改善で認知症リスクを抑えられる

現在では、さまざまな研究を通して、運動不足や高血圧、糖尿病、難聴、社会的孤立など、生活習慣や環境要因の改善が認知症の発症リスクを抑えることが分かってきています。遺伝子リスクが高い人でも、健康的な生活習慣を送ることによって認知症の発症リスクを低減できる可能性も報告されています。

ベースとなる遺伝子は変えることはできませんが、誰でも生活習慣や生活環境を見直すことは可能です。残念ながら今のところ遺伝的リスクを完全に打ち消せるところまでは証明されてはいませんが、生活習慣と生活環境の改善は認知症の備えにつながります。

具体的には、認知症リスクを下げるために推奨されている生活習慣として、ウォーキングなどの適度な運動や、無理のない範囲で行う筋力トレーニングなどがあります。筋力が低下して外出機会が減ると、認知症リスクと関連する社会的孤立につながるおそれもあるため、筋力や心肺機能を維持することは社会参加を保つ上でも重要です。

また、脳の健康は血管の健康と密接に関係しています。特に中年期以降の高血圧や高LDLコレステロール、糖尿病、脂質異常症などは放置しないようにしましょう。他にも、難聴や視力低下も脳への刺激を減らし、社会的孤立につながることがあるので、補聴器や眼科治療など適切に対応することが推奨されます。

そして、喫煙を避けて飲酒量を抑えることも大切です。喫煙は認知症だけでなく、脳卒中や心血管疾患のリスクにも関係し、過度のアルコール摂取は認知症の発症リスクを高めます。

加えて、人とのつながりを維持することも認知症リスクに関与します。友人や家族との交流、地域活動、趣味、仕事などを通じ、人と話したり役割を担ったりすることが大切です。

新潟大学 脳研究所 生命科学リソース研究センター 遺伝子機能解析学 特任准教授 菊地正隆先生の写真3

最後に、認知症に対して不安を抱えている方にお伝えしたいのは、大切なのは早期発見と早期介入だということです。 

近年ではMCIの段階で適切な治療や介入を行えば、症状の進行を遅らせることが可能になりつつありますので、医療の進歩を活用し、早期に対処していくことが重要です。

身近な方やご家族に認知症かもしれないと疑われるようないつもと違う挙動や行動が見られたら、迷わずに専門医への相談を検討してみてください。

「APOE」遺伝子とアルツハイマー病の深い関係【認知症学会理事長・池内健先生が解説】

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「エビデンスのある認知症予防」を目指したJ-MINT研究|国立長寿医療研究センター・荒井秀典理事長が解説

この記事の補足情報

参考文献

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    新潟大学脳研究所:日本人のアルツハイマー病におけるAPOE-e4ホモ接合体の発症リスクを30年振りに再評価-従来よりも大幅に低倍率であることを解明し、より緻密なリスク評価に基づく予防・医療戦略へ-[ https://www.bri.niigata-u.ac.jp/research/result/002456.html](最終閲覧日:2026年7月30日)

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    新潟大学脳研究所:多遺伝子リスクスコア構築により日本人アルツハイマー病の遺伝的リスクを解明 ‐アルツハイマー病のリスク層別化と個別化医療への応用に期待‐[https://www.bri.niigata-u.ac.jp/research/result/002113.html](最終閲覧日:2026年7月30日)

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著者情報

  • PROFILE/ プロフィール

    菊地 正隆

    新潟大学 脳研究所 生命科学リソース研究センター 遺伝子機能解析学 特任准教授 博士(医学) 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所客員研究員、大阪大学大学院医学系研究科招へい准教授などを兼務し、2024年より現職。 専門はライフサイエンス/システムゲノム科学。 28カ国が参加する大規模多施設共同研究においてアルツハイマー病のポリジェニックリスクスコア(PRS)の有効性を証明するほか、日本人における遺伝的リスクを明らかにする多遺伝子リスクスコアモデルの開発などに取り組んでいる。

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