「APOE」遺伝子とアルツハイマー病の深い関係【認知症学会理事長・池内健先生が解説】

認知症を取り巻く環境は近年、劇的な変化を遂げています。
2024年には認知症基本法が制定され、アルツハイマー病の原因に迫る新薬が登場するなど、医療の最前線では日々新たな知見が報告されています。
今回、テヲトル編集部は、日本認知症学会の代表理事長である池内健先生(新潟大学)にお話を伺いました。池内先生のご専門は、血液や脳脊髄液を用いたバイオマーカー開発と認知症におけるゲノム医療です。
最新トピックの抗Aβ抗体薬や、その安全な治療に欠かせないAPOE遺伝学的検査、そして私たちが今日からできる脳の健康を守る習慣について、専門的な視点から解説していただきます。

新潟大学脳研究所
アルツハイマー病のメカニズムと抗Aβ抗体薬の登場
- テヲトル

近年、アルツハイマー病の根本的な原因に迫る新しいお薬が登場し、大きな話題となっています。アルツハイマー病はどのようなメカニズムで発症するのでしょうか。
- 池内先生

アルツハイマー病の方の脳の中にはアミロイドβ(ベータ)という有害なタンパク質のゴミが蓄積することがわかっています。
アルツハイマー病の発症メカニズムとしては、実際にもの忘れなどの症状が出る15〜20年ぐらい前から、このアミロイドβの脳内への蓄積が静かに始まっています。
そして長い時間をかけてアミロイドβの蓄積が脳内に広がり、アルツハイマー病の症状が顕在化するという経過をたどります。

アルツハイマー病の進行(文献1を参考に作成)
- 池内先生

誰もがアミロイドβは健康な脳でも日々産生されますが、若年期には適切に分解されるので脳には蓄積しません。高齢になると分解が産生に追いつかず、徐々に脳内にアミロイドβが蓄積しやすくなります。
ただし、アミロイドβは全員の脳に溜まるわけではなく、まったく溜まらずに生涯を過ごされる方も多くいらっしゃいます。

- 池内先生

ただ、ある程度の年齢になってくるとそのバランスが崩れてきます。蓄積されるアミロイドβの量に対して分解が追いつかなくなってしまい、徐々に脳内にアミロイドβが溜まってくるんです。
2023年に登場した抗Aβ抗体薬は、このアミロイドβをターゲットにした新しいお薬です。脳内に溜まったアミロイドβを取り除く働きを持っています。これが認知症の医療分野で大きなトピックとなっています。
「APOE」とは何か|APOE遺伝子のタイプとアルツハイマー病との関連
- テヲトル

認知症の治療が新たなステージに入るなかで、池内先生が今、一般生活者の方に対して「これだけは知っておいてほしい」と考えるキーワードやトピックはありますか?
- 池内先生

一般生活者の方にとっては少し馴染みのない言葉かと思うのですが、APOE(アポイー)という遺伝子について、みなさんに広く知っていただく必要性を強く感じています。
- テヲトル

APOE遺伝子とはどのようなものでしょうか?
- 池内先生

APOE遺伝子は、我々誰もが必ず持っている遺伝子の1つです。遺伝子というのは我々の体の設計図で、生まれ持った体質とも言えます。
特定の遺伝子のタイプを持っていると、特定の病気になりやすいという知見が医学的にわかっていて、APOE遺伝子はアルツハイマー病のなりやすさに深く関係しています。

(監修:池内 健先生、テヲトル編集部で作成)
- 池内先生

APOE遺伝子には「ε2」「ε3」「ε4」という3つのタイプが存在します。
そして、お父さんとお母さんからそれぞれ1つずつ、計2つのAPOE遺伝子を私たちは受け継いで持っています。

(監修:池内 健先生、テヲトル編集部で作成)
- 池内先生

その中で、「ε4」というタイプがアルツハイマー病のリスクと強く関係しています。
「ε4」を1つ持っていると、持っていない人に比べて3〜4倍アルツハイマー病になりやすく、「ε4」を2つ持っていると10〜15倍アルツハイマー病になりやすいということがわかっています。
- テヲトル

10〜15倍とはすごく高いですね。では、APOEの「ε4」を持っていると、先ほどのアミロイドβがたくさん残ってしまうということなのでしょうか?
- 池内先生

はい。APOE遺伝子というのは、アミロイドβの蓄積のしやすさや溜まる時期を規定する遺伝子であることがわかっています。
例えば、一番多い「ε3」と「ε3」という組み合わせを持つ方は、一般の方の7割ぐらいを占めているのですが、そういう方はだいたい70歳前後からアミロイドβが溜まり始めます。
ところが、「ε4」を1個持っていると60歳ぐらいから、「ε4」を2個持っていると50歳ぐらいからアミロイドβが溜まり始めるというように、蓄積がスタートする時期がどんどん前倒しになっていくことがわかっています。

(監修:池内 健先生、テヲトル編集部で文献4を参考に作成)
- 池内先生

体質と病気との関係という意味では、非常に影響力が大きい遺伝子の1つと言えます。APOEを調べること自体は、通常の採血を行って血液中の遺伝子を調べるだけですので、技術的には決して難しいことではありません。
しかし、このAPOEの検査をアルツハイマー病の診断や将来の認知症の発症予測という目的で使用することは、国内外のガイドラインで推奨されていません。
- テヲトル

それは、なぜでしょうか。
- 池内先生

その理由は、現時点ではそこまで高い予測精度はないからです。ですので、これまでは実際の臨床現場でAPOEの検査をするということはほとんどありませんでした。
抗Aβ抗体薬の登場で高まるAPOE検査の重要性|将来の「発症予測」への期待
- テヲトル

では、なぜ今、APOEが注目されているのでしょうか。
- 池内 健

それは、先ほどお話しした新しいお薬、抗Aβ抗体薬が使えるようになったからです。

- 池内先生

実は、この新しい抗体薬の副作用として、アミロイド関連画像異常(ARIA、アリア)と言われる、脳の浮腫みや微小な出血などが起きるリスクが注目されています。そして、このARIAが発生する頻度と、APOEのタイプに深い関係があることがわかってまいりました。
したがって、抗体薬による治療を行う前に、このAPOEのタイプを知ることで、副作用(ARIA)のリスクを事前に把握するという新たなニーズが出てきているのです。
- テヲトル

治療におけるリスク管理のために必要なのですね。
- 池内先生

APOE遺伝学的検査が2026年7月1日に保険収載されました。 これからは実臨床でAPOE遺伝学的検査が徐々に広がっていくことが期待されます。
アルツハイマー病認知症の当事者様やご家族と、抗Aβ抗体薬の投与に関する共同意思決定(SDM)に用いるという目的で、APOE遺伝学的検査が保険診療として行われるのではないかと推察しています。

- 池内先生

日本認知症学会を含めた関連学会としても、このAPOE遺伝学検査を適正に行っていただくための『認知症に関するAPOE遺伝学的検査に関するガイドライン』を2026年7月に発出しています。
- テヲトル

遺伝学的な検査は日進月歩で進歩していますね。
- 池内先生

APOE遺伝子単独では将来の認知症の発症予測は推奨されていませんが、APOE遺伝子に加えて、それ以外の100〜200程度のさまざまな遺伝子を合わせて総合的に調べる多遺伝子(ポリジェニック)リスクスコア(PRS)という手法の研究が進んでいます。

日本人アルツハイマー病のポリジェニックリスク解析の研究(文献2を参考に作成)
- 池内先生

PRSを用いることで、認知症の発症予測の精度が飛躍的に上がることが期待されています。
- テヲトル

そうすると、どのような展望があるのでしょうか。
- 池内先生

そうすれば将来的には、PRS検査をすることによってご自身の認知症の「発症しやすさ(リスク)」を知り、リスクが高い方はより一層積極的に予防を心がけていただく、という時代が来るのではないかと思います。
ただ、PRSを含めた検査が保険診療になる見込みは現在のところなく、まだまだ研究段階で有用性のデータ蓄積が必要な状況です。
日本認知症学会は1982年に発足し、国内外の認知症分野において重要な役割を担っています。2026年、現在の会員数は6,500人を超えており、幅広い診療科の医師が多数を占めているのが特徴です。
医師だけでなく、認知症の基礎研究者や社会的側面からの研究者、介護現場の従事者、行政関係者など、多様な専門職が会員として参加しており、このような学際的な環境が学会の大きな強みとなっています。
日本認知症学会のミッションは、認知症医療に関する科学的なエビデンス(根拠)の創出と医療現場での実践、政策提言、そしてそれらの活動を通じた人材育成です。正しい知識が求められる現代において、日本認知症学会では一般社会に向けた情報発信をますます重要視しています。最近では、最新かつ正確な情報を広く届けるため、公式ホームページをリニューアルし、一般向けの特設サイトを拡充するなど、社会への情報発信を強化しています。

日本認知症学会ホームページ
脳の健康を守るために今日からできる生活習慣の改善
- テヲトル

遺伝子のタイプにかかわらず、長寿社会においてアルツハイマー病を予防するために、私たちが日常生活で心がけるべきことは何でしょうか。

- 池内先生

・有酸素運動のような運動習慣を持つこと
・趣味や知的な活動に積極的に参加すること
・適切な睡眠をしっかりと取ること
・バランスの良い食事を取ること
・生活習慣病(高血圧、糖尿病など)に対する適切な治療を受けること
これらを組み合わせることで認知機能低下のリスクが下がるというエビデンス(科学的根拠)がありますので、ぜひ日々の生活の中で心がけていただきたいです。
- テヲトル

一般の生活者の方にとっても認知症は関心が高い領域であり、様々な情報が溢れています。サプリメントや健康食品の情報も目につきますが、実際にはどのように受け止めるべきでしょうか。
- 池内先生

なかには、明確な医学的エビデンスがないものを、商業的な目的で広告しているケースも見受けられます。
歳をとると誰もがもの忘れを自覚し「認知症が始まったかも」と心配になることがあります。そうした不安に付け込むような商品が世の中に出ているのも事実です。
しかし、何か特定のサプリメント1つだけで認知症が完全に予防できるという魔法のようなものはありません。
- テヲトル

やはり、先ほど先生がおっしゃっていたエビデンスのある複数の良い生活習慣を組み合わせることが大切ですね。
- 池内先生

はい。日本認知症学会としても市民公開講座などを通じて、認知症になりにくい生活・リスクを下げる生活についての正しい知識を広めていくことが非常に重要だと考えています。
認知症に対する捉え方は、時代とともに大きく変化しています。かつては「認知症になったら終わり」といった悲観的なイメージが先行し、介護の負担や認知症に対する偏見が根強く存在していました。
しかし、現在では、2024年の認知症基本法の制定なども背景にあり、一般社会の関心は非常に高まっています。社会全体が認知症の人と共に歩む「共生社会」の実現に向けて動き出しており、日本認知症学会もこうした新しい社会の創生への貢献を目指しています。
医療の領域においても、状況は以前と大きく変わりました。かつては「診断がついても治療法がない」という時代でしたが、1999年に日本で初めて症状の進行を抑える抗認知症薬が実用化され、治療が提供できるようになったことが第一の大きな転換点となりました。
さらに2023年には近年、アルツハイマー病の根本的な原因にアプローチする新しいタイプの薬(抗Aβ抗体薬)が登場しました。現在は症状の進行抑制にとどまるものの、将来的には「認知症が治る」ことも期待され視野に入る時代へと突入しています。
- テヲトル

本当に日々の生活の積み重ねが大切ですね。最後に、この記事を読まれている皆様へ、メッセージをお願いいたします。
- 池内先生

認知症は、高齢になれば誰もがなりうる身近なものです。
ですので、もしもの忘れなど気になる症状にがご自身やご家族が気づかれたら、決して抱え込まず、早めに医療機関を受診していただきたいと思います。
MCIの段階で早めに診断ができれば、それだけ対応策や治療の選択肢も広がるという大きなメリットがあります。

- 池内先生

そして、たとえ認知症になったとしても、その人が生きがいを持って安心して生活できる社会、すなわち「共生社会」を築いていくために、皆様それぞれの立場で何ができるかを一緒に考えていくことが、学会としても非常に大事なことだと思っています。
社会に向けて新しい認知症医療の正しい知識を浸透させていく上では、我々アカデミアからの発信だけでなく、メディアの皆様のお力も借りながら、社会全体へと広げていければと願っております。
早い段階で医療機関を受診する人は増えつつあります。ただ、その数はまだ十分とは言えません。特に、認知機能の低下は見られるものの日常生活は自立している「MCI(軽度認知障害)」の段階で受診に至るケースは、依然として少ないのが現状です。
こうした課題に対し、日本認知症学会は、全国のMCIや認知症の当事者が居住地域に関わらず、早期に専門医療機関へ相談・受診できる環境づくりに一層注力しています。
そして、最新の診断法や治療法を誰もが等しく受けられるよう、医療体制の均てん化(全国的な標準化)を目指しています。

「エビデンスのある認知症予防」を目指したJ-MINT研究|国立長寿医療研究センター・荒井秀典理事長が解説
この記事の補足情報
参考文献
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Baker LD, et al:Structured vs Self-Guided Multidomain Lifestyle Interventions for Global Cognitive Function: The US POINTER Randomized Clinical Trial. JAMA. 2025;334(8):681-91.
著者情報
- PROFILE/ プロフィール

池内 健
新潟大学脳研究所遺伝子機能解析学分野教授 新潟大学医歯学総合病院 遺伝医療センター センター長 1991年、新潟大学医学部医学科卒業。2000年に同大学院医学研究科にて医学博士を取得。シカゴ大学神経生物センターや日本学術振興会海外特別研究員、新潟大学医歯学総合病院神経内科などを経て、2013年に新潟大学脳研究所教授に就任。現在は同研究所のブレインヘルスケア領域(遺伝子機能解析学分野)にて、認知症研究の最前線を牽引。日本認知症学会理事長。
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