「認知症は隠さないで先手を打つ」若年性アルツハイマー型認知症と正常圧水頭症の体験談|飯塚正義・道代さん夫婦に学ぶ行動力

飯塚正義さんは、61歳のとき、自転車との接触事故をきっかけに脳の精密検査を受け、「正常圧水頭症」と「若年性アルツハイマー型認知症」という2つの診断を受けました。
思いがけないかたちで「認知症の早期診断」を下された戸惑いを、いかにして乗り越えたのでしょうか?
2025年に「とうきょう認知症希望大使」に就任し、妻の道代さんとともに認知症に関する古い既成概念を次々とくつがえしている飯塚夫妻の行動力の背景には、「認知症はただの病気。隠さないで先手を打つ」という確固たる考え方がありました。
認知症で悩んでいる人も、そうでない人も、勇気づけられるインタビューです。

自転車事故を機に判明した「正常圧水頭症」と「若年性認知症」。日常に潜んでいた小さな違和感

インタビューに応える飯塚正義・道代さん夫妻
- テヲトル

正義さんが「若年性アルツハイマー型認知症」だと診断されたきっかけを教えてください。
- 飯塚道代 さん

きっかけはまったくの偶然でした。
夫が1人で散歩していた時に自転車との接触事故に遭って転倒してしまい、病院に救急搬送されたんです。
その際の検査で、まず脳に髄液が溜まる「正常圧水頭症」が見つかりました。
- テヲトル

最初の検査では「若年性アルツハイマー型認知症」ではなく、「正常圧水頭症」という診断だったのですね。なにか自覚症状はなかったのでしょうか。
- 飯塚道代 さん

今振り返ると、事故の半年くらい前からちょっとした「もの忘れ」とか「疲れやすさ」とか、「あれ?」と思うことはあったんですよね。
でも「60歳を過ぎると、もの忘れしやすくなるのかな」と思いつつも、気がかりではありました。
- 飯塚正義 さん

60歳前後の頃は、疲れているのはたしかでした。仕事を家に持ち帰って、深夜まで取り組むことも常態化していました。
ただ好きな仕事ができていたので、精神的なストレスはなかったですし、睡眠時間を削るのも苦ではなかったです。
- 飯塚道代 さん

いつもヘトヘトになりながら、本人は仕事に打ち込んでいるので、こちらとしては見守るしかなくて。
ただ、ある時期から「こんな遅い時間まで仕事してるの?」ということが増えていたのが気になってました。
もしかしたら、それが「MCI(軽度認知障害)」の症状だったのかもしれません。気がかりでしたが、夫は「病院嫌い・医者嫌い・薬嫌い」なので、いかにして病院につなげるか、思案していました。
- 飯塚正義 さん

なぜだかわからないけど、以前は数時間でできていたような仕事が、いつまでも終わらなくなっていたんですよね。
思うように仕事が進まなくなっていました。でも、認知症なんて自覚は全くありませんでした。
- テヲトル

ちょっとした違和感も、日常になってしまうと「こんなものかな」で済ませてしまいがちになりますよね。
- 飯塚道代 さん

何か改善できないかと思って、男性更年期のホルモン治療を受けていたんです。
疲れや集中力がなくなっているのは本人も気にしていましたし、「年齢的にもあてはまるんじゃないの?」と泌尿器科に連れて行って。
それが事故に遭う数ヶ月前のことでした。
- テヲトル

その矢先の事故だったのですね。
- 飯塚道代 さん

はい。先ほども言ったように、搬送先の病院で「正常圧水頭症」が見つかったのですが、さらに詳しく調べたほうがいいと大学病院を紹介されたんです。
そこで脳の精密検査をしたところ、「若年性アルツハイマー型認知症」と診断されました。
正しく知れば怖くない。「正常圧水頭症」と「若年性アルツハイマー型認知症」を論理的に受容した理由

飯塚正義さん
- テヲトル

正義さんは若年性アルツハイマー型認知症の診断をどのように受け止められましたか。
- 飯塚正義 さん

初めは、「誤診だろう」と思っていました。
一方で病気でもなんでも「正しく知れば怖くない」というのが私の信条です。わからないことがあったら、学んで理解すること。
最初の頃は認知症関連の専門書や科学ジャーナル誌などを、ひたすら読み漁りました。
- 飯塚道代 さん

「敵を知らなければ、戦えない」とよく言ってましたね。
- 飯塚正義 さん

自分の症状が当てはまるので「やはり自分は認知症なのだな」と認めない訳にはいかず、がっかりもしましたが、一方で認知症というのは「ただの病気」だということ。
ひと昔前は「わけのわからない現象」みたいに言われていましたけど、本に載ってる脳の画像などを見ると、明らかに病気なんです。
ということは誰もが患う可能性があるわけで、何も恥ずかしがるものじゃないと理解しました。
- テヲトル

認知症を科学として紐解いていったのですね。
- 飯塚正義 さん

私は建築の構造設計の仕事をしてきました。だから、自分の脳のMRI画像を見て「ここが萎縮しているのか」「ここに水が溜まっているのか」と、認知症を構造的な問題として客観的に捉えたんです。
- 飯塚道代 さん

理系のこの人らしいなと思いましたね。
ただ、そうは言ってもやっぱり落ち込んでいましたよ。あれほど仕事に打ち込んできた人ですから、在宅勤務を命じられたショックは大きかったようです。
- 飯塚正義 さん

通勤中にケガをしたら危ないと言われまして。
当時はすでに定年延長で籍を置いている形ではありましたが、求められるうちは資格や専門性を活かし続けられる環境でしたので、無念な気持ちになりましたね。
- テヲトル

仕事や職場との調整や、それに伴う経済的な課題も若年性認知症の当事者ならではの困りごとだと聞きます。
- 飯塚正義 さん

かと言って、家に閉じこもっていても気分が塞ぐだけですしね。それで妻の勧めもあってカメラを手に散歩に出るようになったんです。

正義さんの写真作品を手に当時を語る飯塚道代さん
- テヲトル

もともと写真はよく撮っていたのですか?
- 飯塚正義 さん

若い頃からの趣味です。ただ現役時代は仕事の資料として、建築物などの写真を撮ることが多かったんです。散歩に出るようになってからは、鳥や花などにも目が向くようになりました。
- 飯塚道代 さん

散歩から帰ってきて「今日はこの辺に行ってきたよ」と写真を見せてもらうと、「ご近所にこんなキレイな場所があったのね」と驚くこともあります。
また夫の行動の記録にもなりますし、記憶にもなります。カメラが、夫と外の世界をつなぎ止めてくれていると感じますね。
今では経産省のイベントで展示するなど、本人にとっても励みになっているようです。

正義さんの写真作品
「隠さない」が最大の自衛。マンションでの「認知症サポーター養成講座」から始まった、住民と管理人を巻き込む温かな見守りの輪
- テヲトル

正義さんはお一人でお散歩に出かけられるとのことですが、道代さんは心配ではありませんか?
- 飯塚道代 さん

心配じゃないと言えば嘘になりますが、夫の意思も尊重したいんです。
今のところは、本人の帰巣本能に期待して送り出しつつ、万が一に備えた「工夫」をしています。
- テヲトル

具体的にどのような工夫をされているのでしょうか。
- 飯塚道代 さん

出かける前の夫をスマホで撮影しています。
これは、うちと同じく、ご主人が認知症当事者である奥様から教えてもらったのですが、「今日の服装」がわかる写真は、万が一、警察に捜索をお願いする状況になった際、一番正確な情報になるんです。
夫はお茶目なポーズばかり取るので、いつも笑いながら撮っていますけどね(笑)。
- テヲトル

正義さんにそんなお茶目な一面が(笑)。長年連れ添ったご夫婦ならではの素敵な日常風景ですね。
しかし、都会の大規模マンションで、それだけで一人で散歩に送り出すのはやはり勇気がいることではないですか。
- 飯塚道代 さん

そうですね。ですから、何より心強いのはご近所さんの存在なんです。うちは400世帯ほどの大きなマンションなのですが、あえて認知症のことを「隠さない」選択をしています。
もし隠していたら、夫が外をふらふらしているだけで「どうしたのかしら」と不審に思われたり、「認知症らしいわよ」「大変ね」という噂レベルで誤解が広まったりしたと思うんです。
今までお勤めしていた人が急にずっと家にいるようになると、ご近所も気になりますよね。かと言って一軒一軒知らせて回るのもおかしいですし、どうすればいいか一時期はとてもモヤモヤしていました。
- テヲトル

そのモヤモヤを、どのように解消されたのですか?
- 飯塚道代 さん

何かいい方法はないかと考えて思いついたのが、マンションの集会所での「認知症サポーター養成講座」の開催でした。
私たちのマンションはそろそろ親の介護が始まる世代も多いので「みんなの役にも立つ」し、「夫の状況も自然とお知らせできる」。これは一石二鳥だ!と考えたんですね。
- テヲトル

都会の400世帯ものマンションで、個人が講座を企画するのはハードルが高そうですが、どのように実現させたのでしょうか。
- 飯塚道代 さん

2024年に地域包括支援センターを初めて訪ねて「マンションで開催したいのですが、できないでしょうか」と相談したところ、「マンション単位での開催は珍しいですが、いい取り組みですね!」と全面的に協力してくださったんです。
それからマンションの自治会に提案して、自治会主催のイベントとして開催してもらいました。当日は50名の定員に対して、45〜46名ほどが集まってくれました。
- テヲトル

素晴らしい出席率ですね! 飯塚さんご夫妻自身も、事前に講座を受けられていたのですか。
- 飯塚道代 さん

はい、私たち2人も2023年に「認知症サポーター養成講座」と「ステップアップ講座」を受けていたんです。
主人は思うように仕事ができなくなって一時期ひどく落ち込んでいたのですが、基本的に学ぶことが好きな人なので、認知症関連のイベントや講演会を探しては2人で熱心にあちこち参加して回っていたんですね。

夫妻で受講した江東区「認知症サポーター養成講座」と「ステップアップ講座」の終了証
- 飯塚正義 さん

当時は私も情報収集がだいぶ苦手になっていたので、妻がいろいろと探してくれるのが本当に助かりました。
さまざまな講演を聞いたり、同じ認知症の仲間ができたりする中で人とのつながりの大切さを感じ、科学とは違う側面から認知症を知ることができ、「認知症は怖くない」という思いを強くすることができたんです。
その学びがとてもためになったので、ご近所の皆さんにもぜひお勧めしたいなと思いました。
- テヲトル

正義さんも受講された際、周囲の反応はいかがでしたか?
- 飯塚正義 さん

講座の担当者の方からは、「認知症当事者の方が受講されるのは初めてです」と言われました(笑)。
- テヲトル

まさに当事者とご家族が主体となった素晴らしい試みですね。この「認知症サポーター養成講座」の開催をきっかけに、マンション内の空気は変わりましたか?
- 飯塚道代 さん

変わったと思います。オープンにしたことで、まず私の気持ちが前向きになりました。講座をきっかけに新しく知り合えた方もいましたし、顔見知りの方とも、以前以上にお互いに声をかけ合うようになって。
さらに嬉しかったのが、マンションの管理人さんとの絆です。講座の開催をきっかけに「これからも夫のことをよろしくお願いします」と管理人さんにご挨拶に伺ったら、すでに管理人さんも講座を受講されていたみたいで。
「任せてください!」と、受講者の証であるオレンジリングを笑顔で見せてくださったんです。私が知らなかっただけで、認知症に理解のある方は身近にたくさんいるんだなと、心から救われました。
- テヲトル

管理人さんや住民の皆さんを巻き込んだ、心強いネットワークが生まれたのですね。
- 飯塚道代 さん

はい。全ての居住者とはいきませんが、事情を知ってくれていれば、夫が中庭でぼーっとしていても「大丈夫ですか」と声をかけてくれたり、私に連絡をくれたりします。
「認知症を隠さない」ことが、夫の自由を守り、私の安心にもつながる。夫自身も、自分が認知症であることを恥じていませんから。
このマンションに住み続けていて本当に良かったなと、つくづく実感しています。

住み慣れた街に「認知症本人ミーティング」の居場所を。ファミレスでの開催を江東区へ提案・実現するまで
- テヲトル

2025年から始まった「デニーズ南砂店」での本人ミーティングですが、これを提案されたのも飯塚さんご夫妻だそうですね。
- 飯塚道代 さん

はい。私たちがデニーズでの本人ミーティングに初めて参加したのは、千代田区の「実桜(みお)の会」でした。実は主人、意外と甘党でして(笑)。
そこでも大きなパフェをペロリと食べてしまったりするんです。それはともかく、いわゆる「認知症カフェ」ともまた違う、ファミレスという日常的な場所だからこそ、緊張せずリラックスして話ができるのかなと感じたんですね。
- 飯塚正義 さん

最初は「病気の人が集まる場所だから、暗い雰囲気なのかな」と思っていたのですが、皆さんとても気楽な感じで驚きました。
私は少し口下手なので、話題のネタになればと思って自分で撮った写真を持参して見せたりしているのですが、皆さんがすごく褒めてくださるんです。それが「自信を取り戻せた」ような気持ちになれて、本当に嬉しかったですね。
- 飯塚道代 さん

ただ、当事者同士が元気に語り合える素晴らしい場である一方で、「今は、自宅のある江東区から千代田区まで通うことはできるが、いつまで続けられるだろう」という疑問もありました。
また、ある講演会で認知症ケアの専門家である永田久美子先生が「自分の暮らすまちで居場所づくりを」とおっしゃっていたことも、ずっと頭のどこかに引っかかっていたんです。
- テヲトル

そこから、お二人が暮らす江東区への提案につながっていくのですね。具体的にはどのように区へアプローチされたのですか?
- 飯塚道代 さん

最初はとにかく認知症について右も左もわからない状態だったので、勉強になりそうな場所にはあちこち節操なく顔を出していたんです(笑)。
そうこうしているうちに、江東区役所の地域ケア係の皆さんやチームオレンジの方々など、地域のさまざまな方とのつながりができていきました。そのうちに今度は「飯塚さん、ちょっと講演で話をしてくれない?」という依頼をいただくようになっていったんです。
- 飯塚正義 さん

私は昔、仕事で論文発表などをよくしていましたし、人前で話すこと自体にはとくに抵抗がありませんでした。ですから、私でお役に立てることがあるなら、という形でお引き受けしていきました。
- 飯塚道代 さん

主人の講演に私も便乗して発言させてもらっていたのですが、「認知症サポーターステップアップ講座」を受講した後のことだったでしょうか。
「江東区でも、こういう本人ミーティングの場を作りたいです」と思いを伝えたところ、区役所の方がその声をしっかりとキャッチしてくださって。
そこからトントン拍子に話が進み、デニーズ南砂店での開催が実現しました。

なぜ、デニーズは「認知症」に先進的なファミレスになったのか?
葛藤を乗り越え、ようやく地域の一員に。「認知症は恥ずかしくない」という考えに到達した夫と、外へ広がった新たなつながり
- テヲトル

講座の開催や居場所づくりなど、道代さんの素晴らしい行動力には目を見張るものがありますが、そもそも道代さんは、パートナーとして正義さんの認知症を最初にどのように受け止めていたのでしょうか。
- 飯塚道代 さん

やっぱり、夫が認知症と診断されたときはすごく戸惑いましたし、それこそ私自身が“古い認知症観”に囚われていました。
当時は、自分の兄や姉にすら打ち明けることができず、ましてやご近所さんになんて、とても言えないと考えていましたね。
- テヲトル

家族は家族だからこそ、認知症の当事者とはまた違う苦しみや孤独を抱えてしまうものですよね。
- 飯塚道代 さん

そうなんです。ただ、夫はわりと早い段階から、「認知症はただの病気なのだから、恥ずかしくもないし、隠す必要はない」と堂々としていたんですよね。その姿は私にとって本当に心強かったですし、私自身が外へ向かって行動を起こす大きな後押しにもなりました。
今では、2人で色々な場所へ出歩いたり、新しい人との出会いやつながりができたりすることが、認知症という枠組みを切り離しても純粋に楽しいなと感じています。
- 飯塚正義 さん

妻はどう思っているかわかりませんが、私自身は昔と比べ物にならないくらい、退職してからの方が付き合いが広がりましたね(笑)。認知症に関する活動の中で、自分自身の視野もぐっと広がったなと感じています。
最近では、近所でお年寄りの方が1人でポツンと佇んでいるのを見かけると、昔なら素通りしていたところを、今は「何か困っていないかな?」と、なんとなく気にするようになりました。まあ、声をかけてみると大概は困っていらっしゃらないんですけどね(笑)。
- テヲトル

ご自身が地域から向けられている温かい「見守りの目」を、今度は自然と誰かに向けられているのですね。
- 飯塚正義 さん

そうですね。現役時代、仕事で忙しく働いていた頃はなかなか実感できなかったことですが、今はようやく、認知症のおかげで自分もこの「地域の一員」になれたのかもしれない、と感じています。

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この記事の補足情報
参考文献
- 1.
「歩行障害・認知症・尿失禁があるときは ... 〜正常圧水頭症〜」国立長寿医療研究センター https://www.ncgg.go.jp/hospital/navi/53.html(最終閲覧日:2026年8月7日)
著者情報
- PROFILE/ プロフィール

飯塚 正義
とうきょう認知症希望大使 建築会社や建築の業界団体に勤務しながら、日本建築学会委員としても活躍。2021年、61歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断された。以後、江東区の認知症講演会など本人発信活動に積極的に携わる。2025年、とうきょう認知症希望大使に就任。 趣味は写真撮影で、2025年5月の経産省主催の「オレンジイノベーション・プロジェクト」ほか、順天堂東京江東高齢者医療センターや江東区役所のアルツハイマー月間や「カフェ06」などでも展示活動を行っている。 とうきょう認知症希望大使ホームページ:https://www.ninchishounavi.metro.tokyo.lg.jp/torikumi/kiboutaishi/
- PROFILE/ プロフィール
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