ハリー杉山|父の認知症介護で限界を経験|地獄の日々を脱した方法とは?

タレントとして第一線で活躍するハリー杉山さん。27歳のときに、父親がパーキンソン病に伴う認知症と診断されました。母と二人三脚で在宅介護に向き合ったものの、イライラが募って壁を殴るほど精神的に追い詰められたといいます。
「一歩間違えれば父の命を奪ってもおかしくなかった」と振り返るハリー杉山さんに、過酷だった在宅介護の実体験から、介護施設への入居を決断した葛藤、そして延命治療をしないと選択した理由まで、介護経験を赤裸々に語っていただきました。
20代で親の介護に直面|ハリー杉山が感じた父の認知症・パーキンソン病の予兆

お父様(ヘンリー・スコット・ストークスさん)に抱っこされる赤ちゃんの頃のハリー杉山さん
- テヲトル

ハリーさんのお父様は、イギリス人ジャーナリストとして世界的に活躍され、ドナルド・キーンや三島由紀夫など著名人とも親交があったヘンリー・スコット・ストークスさんです。
ハリーさんにとって、お父様はどんな存在でしたか?
- ハリー杉山さん

僕にとって最高にかっこいいヒーローでした。
世界で活躍する憧れの人であり、なんでも相談できる親友でもあり、親子以上の絆があったと思います。父は毎日激務をこなし、朝まで仕事をすることもありましたが、僕が「ボールを蹴りに行こう!」と誘うと、いつも全力で遊んでくれました。
どんなときも僕を最優先してくれましたね。 - テヲトル

お父様の様子がおかしいと感じたのはいつ頃でしょうか?
- ハリー杉山さん

父が認知症と診断されたのは2012年ですので、その1〜2年前くらいから様子がおかしいと感じはじめていました。
父は時間に厳しく、待ち合わせをすると必ず15分前には現場にいました。それがドタキャンや遅刻をするようになっていたんです。
メールのやりとりをしていても、誤字脱字が目立つようになってきました。
ジャーナリストだから、的確でわかりやすい文章を書く人だったため「変だな?」と思いました
- テヲトル

それは気になる変化ですね。認知症を疑ったことはありましたか?
- ハリー杉山さん

いいえ、当時は年齢を重ねると忘れっぽくなるのだろうという程度にしか考えていませんでした。それがだんだん生活にも支障をきたすようになっていきました。
例えば、公共料金の支払いを忘れたり、時間がわからなくなって早朝3時にスーツを着て仕事に行こうとしたりしたこともありました。
そういう出来事が続いたのでさすがにおかしいと母が病院に連れて行きました。
するとパーキンソン病に伴う認知症と診断されたんです。2012年、父が75歳、僕が27歳のときでした。
- テヲトル

とてもショックだったと思います。
- ハリー杉山さん

本当にショックでした・・・。
当時は認知症に関する知識もなかったし、愛する父の変化を受け入れられませんでした。
これからどうなるんだろう・・・と、世界が崩れるような感覚でした。
- テヲトル

27歳のハリーさんはご自身の仕事や人生の基盤を築くところだったのではないでしょうか?
- ハリー杉山さん

そうなんです。
ちょうど芸能事務所を移籍したばかりのタイミングで、これから仕事の幅を広げようとしていた矢先でしたので「仕事に集中できないかもしれない」という怖さも感じていました。
- テヲトル

周囲に相談できる人はいましたか?
- ハリー杉山さん

残念ながら相談相手はいませんでした。
友達もみんな若かったので話題にのぼるのは恋愛や仕事のことが中心です。
親の健康問題や介護について話せる雰囲気ではありませんでした。
- テヲトル

認知症という診断はすんなり受け入れられましたか?
- ハリー杉山さん

いいえ、父が認知症と診断されたことは母も僕も受け入れられずにいました。
だから認知症であることを周囲に隠そうとしてしまったんです。
それで家族だけで問題を抱え込むようになってしまいました。
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