【久山町研究】世界が注目する「認知症のコホート調査」とは?二宮利治教授と西村勝町長に聞いた

「どのような人が認知症になりやすいのか?」「どうすれば予防できるのか?」など、認知症に関しては、今も分かっていないことが数多く存在します。
そうした認知症の実態やリスク要因について、長年にわたり調査を続けてきたのが、福岡県糟屋郡久山町で実施されている「久山町研究」です。
1961年に始まった久山町研究では、町民の健康状態を60年以上にわたって追跡してきました。1985年からは認知症についても調査が行われ、長年蓄積されたデータから、認知症の有病率の変化や生活習慣病との関連など、さまざまなことが明らかになっています。
1つの町で、なぜこれほど長く研究を続けることができたのでしょうか。また、長年にわたる追跡から、認知症についてどのようなことが分かってきたのでしょうか。九州大学衛生・公衆衛生分野教授の二宮利治先生と、久山町長の西村勝氏に、久山町研究の歩みとその成果について伺いました。
60年以上続く「久山町研究」とは|世界で最初の認知症の追跡調査

九州大学大学院 医学研究員 衛生・公衆衛生分野教授 二宮利治先生
テヲトル:認知症研究の重要な手がかりとして、国内外から注目を集める「久山町研究」とは、一体どのようなものなのでしょうか。まずは研究の概要について教えてください。
二宮利治先生(以下、二宮先生):久山町研究は、福岡県の久山町で行われている生活習慣病の疫学調査です。疫学調査とは、特定の集団を対象として、病気の特徴や予防法などを調べる調査のことです。
久山町では、特定の時点から未来に向けて調査を進める「前向きコホート研究」と呼ばれる方法で研究を進めています。40歳以上の町民を対象とした健康診断のデータをもとに、病気の発症状況に加え、「どのような生活習慣や身体状態が、将来の病気の発症と関係しているのか」を明らかにしています。
1961年の研究開始時は脳卒中のみを対象としていましたが、時代とともにテーマを広げ、現在は脳卒中だけでなく、心臓病や認知症、糖尿病など多岐にわたるテーマを扱っています。さらに、1985年からは、認知症に注目した疫学調査を開始いたしました。

久山町長 西村勝氏
西村勝町長(以下、西村町長):久山町は、福岡市から車で30分ほどの距離にある、人口約9,000人の自然豊かな町です。町では、長年にわたって九州大学と連携し、町民の協力を得ながらさまざまな調査を行ってきました。そこで得られた成果は研究に生かされるだけでなく、町民の健康づくりやまちづくりにも反映されています。

久山町の位置(画像提供:久山町)
テヲトル:数ある疫学研究のなかで、久山町研究ならではの強みはどこにあるのでしょうか。国内外から高く評価されている理由を教えてください。
二宮先生:大きく5つあります。1つ目は、データの精度が極めて高いことです。久山町研究では、町ぐるみの協力により、長年特定健診は、60%ほどの受診率を維持しています。2021年度の福岡県の特定健診の受診率が33.3%であることと比べると、久山町の受診率は非常に高い水準にあるといえるでしょう。研究対象者の追跡率も90%以上を維持しており、一人ひとりの健康状態の長期的な変化を正確に捉えることができています。また、2023年までは、正確な死因を明らかにするため、亡くなられた方の約70%について、同意のもとで病理解剖を行っていました。その割合の高さも、久山町研究が高く評価されている点の1つです。
2つ目は、健康データの網羅性です。各自治体が発表している特定健診の受診率は、国保加入者のデータに限られるうえ、加入者全員が健診を受けているわけではありません。一方、久山町では保険の種類にかかわらず、40歳以上の全町民を対象に健診を実施しています。そのため、社会保険加入者を含め、全町民の40%〜50%にのぼる健康データを蓄積しています。
3つ目は、久山町の人口構成や職業構成が日本全体と比較的近く、日本人の健康や病気の傾向を考えるうえで参考にしやすいことです。これは、久山町で研究が開始された理由の1つでもあります。
4つ目は、久山町・九州大学・地域の開業医が連携する独自の仕組みである「ひさやま方式」が構築されていることです。研究から得られた成果を、町民の健康づくりに速やかに還元できる仕組みが整っています。
そして5つ目が、60年以上にわたって同じ地域を追跡し続けていることです。長期間にわたるデータがあることで、生活習慣や病気のあり方が、時代とともにどのように変化してきたのかを比較できます。

認知症の発症リスク低下には、生活習慣の見直しが不可欠
テヲトル:認知症については、1985年から40年以上にわたって調査が続けられています。これまでに、どのようなことが分かってきたのでしょうか。
二宮先生:久山町では、1985年から5〜7年おきに、65歳以上の町民を対象とした認知症の調査を続けています。これにより、65歳以上の町民に占める認知症の人の割合が、時代とともにどのように変化してきたのかが明らかになってきました。
調査を始めた1985年には、認知症の人は65歳以上のおよそ14~15人に1人(6.7%)でしたが、2012年には5~6人に1人(17.9%)まで増えています。つまり、この約30年間で、認知症の人の割合は大きく上昇したことになります。

65歳以上の認知症の割合の推移(参考資料5をもとに編集部作成)
認知症の種類別にみると、特に増えていたのがアルツハイマー型認知症です。認知症には原因によっていくつかのタイプがありますが、脳の血管障害などによって起こる血管性認知症には長年大きな変化がみられなかった一方で、アルツハイマー型認知症は時代とともに増加していました。
ただ、その傾向には、近年変化がみられています。2017年以降は認知症の人の割合が低下し、2022年には、65歳以上のおよそ8〜9人に1人(12.1%)となりました。アルツハイマー型認知症、血管性認知症のいずれにおいても、減少傾向がみられています。

認知症の種類別の発症推移(参考資料5をもとに編集部作成)
テヲトル:「長年増えていた認知症が、2017年以降は減少傾向にある」ということですが、その増減の背景には、どのような要因があると考えられていますか。
二宮先生:まず、1985年から2012年にかけて認知症が増えた背景には、長寿化によって高齢者が増えたことに加え、生活習慣病が増加したことが関係していると考えています。
一方、2017年以降に認知症が減少傾向に転じた背景には、生活習慣病の予防や治療が進んだことが挙げられます。久山町では、研究によって明らかになった知見を、健診や保健指導を通じて、長年にわたり町民の健康づくりに生かしてきました。

二宮先生:こうした取り組みもあり、2010年代に入ると、糖尿病の発症率は減少に転じ、血圧の管理状況も改善しています。日本では、2017年時点で、高血圧の患者さんのうち実際に治療を受けているのは60%に満たないうえ、コントロールが良好な方は27%に限られると報告されていますが、久山町では同じ時期に約75%が降圧薬による治療を受けており、そのうちコントロール良好な方が約70%に達成していました。このように血圧の管理状況や生活習慣が改善したことで、脳卒中などの生活習慣病が起こりにくくなり、それが認知症の有病率にも影響を与えた可能性があると考えています。
テヲトル:いま、血圧や糖尿病についてのお話がありました。こうした生活習慣病は、認知症の発症リスクとも関係しているのでしょうか。
二宮先生:長期にわたる追跡調査によって、生活習慣病を含め、認知症の発症に関係するさまざまなリスク要因が明らかになってきました。代表的なものは、以下の9つです。
久山町研究でわかった認知症のリスク要因
リスク要因 | 判明した内容 |
|---|---|
高血圧 |
|
糖尿病 |
|
喫煙 |
|
運動習慣 |
|
筋力低下 |
|
睡眠時間 |
|
食事パターン |
|
歯 |
|
孤独感 |
|
(参考文献8と九州大学久山町研究室資料をもとに編集部作成)
二宮先生:まず高血圧については、血圧が高くなるほど、認知症の発症リスクが上がることが判明しています。特に中年期の高血圧は、老年期よりも血管性認知症の発症に及ぼす影響が大きいため、予防のためには早期発見・早期治療が重要といえます。糖尿病も同様に、血糖値が高い方、特に血糖値の変動の大きい方ほど認知症の発症リスクが高いことが報告されています。健康診断などで血糖値の異常を指摘された場合は、早めに医療機関に相談することが重要です。
また、生活習慣に関するものでいえば、「運動習慣のある人は、そうでない人に比べて認知症の発症リスクが約20%低い」という結果が得られています。食事についても、大豆・大豆製品や野菜、海藻、牛乳・乳製品などを多くとり、米や酒をとりすぎない人ほど、認知症を発症するリスクが低いことが分かっています。

テヲトル:認知症と直接的な関係がなさそうな要因も多く、驚いています。つまり、生活習慣を見直すことで、認知症の発症リスクを下げられる可能性があるのですか?
二宮先生:その可能性は高いと考えています。ただし、「これさえすれば認知症を防げる」というものはありません。血圧や血糖値を適切に管理する、運動をする、食生活を見直すなど、日々の生活を幅広く見直していくことが大切です。
前述のリスク要因は、一見するとそれぞれ別のものに見えますが、実は互いに関係しているものも少なくありません。例えば、歯の状態が悪いと食べられるものが限られ、栄養バランスのよい食事をとりにくくなることがあります。また、人と交流する機会が少なくなると、外出する機会も減り、結果として体を動かす時間の減少に繋がります。
生活習慣を見直すといっても、難しいことをする必要はありません。入れ歯を使っている方も含め、定期的に歯科を受診し、しっかりと噛める状態を保つ。外出するときには、なるべく階段を使う。そうした日々のちょっとした心がけが大切です。まずは自分にできることから始めて、それを継続してみてほしいですね。
テヲトル:近年は、認知症の前段階であるMCI(軽度認知障害)についても注目が集まっています。研究の結果、MCIについて分かったことがあれば教えてください。
二宮先生:久山町研究では、MCIと診断された高齢者を追跡し、その後、認知機能がどのように変化するのかについても調べています。2012年と2017年にMCIと診断された高齢者を対象に、5年後の状況を分析しました。すると、以下のような結果となりました。
- 認知機能が正常に戻った方:31%
- MCIの状態を維持した方:27%
- 認知症に移行した方:28%
- 亡くなられた方:14%

MCIと判断された人の5年後の変化|2017〜2018年または2022〜2023年の調査で認知機能および健康評価を行った380名(参考文献9より編集部作成)
二宮先生:なお、認知機能が正常な範囲に回復した方には、「年齢が比較的若い、糖尿病がない、血圧が低い、握力が強い」といった特徴がみられました。生活習慣を整えることは、一朝一夕では難しいものです。気が付いた時から、1日でも早く取り組むことが重要だと考えています。
ひさやま健診の特徴|健康保険の種類を問わず毎年無料で実施
テヲトル:そもそも、久山町研究はどのような経緯で始まったのでしょうか。また、研究の地に久山が選ばれた理由も教えてください。
二宮先生:久山町研究が始まった1961年当時、日本では脳卒中が死因の第1位を占めていました。なかでも脳出血による死亡率が脳梗塞と比べて12.4倍とされ、その割合が欧米に比べて著しく高かったことから、海外の研究者からは、診断の正確性を疑問視する声も上がっていました。
そこで、日本人の脳卒中の実態を科学的に明らかにしようと始まったのが、久山町研究です。「町民の健康を守り、寿命を延ばしたい」と考えていた当時の町長と、脳卒中の実態把握のため集団検診を行える地域を探していた九州大学側の思いが一致したことから、町を挙げた研究がスタートしました。研究では当初から、町民を対象とした健診を通じてデータを集め、健康状態を追跡してきました。

その後、1980年代に入ってからは、「将来的にさらなる高齢化社会が到来し、認知症が重大な社会問題になる」という予測のもと、65歳以上の全町民を対象とした、大規模な認知症の追跡調査がスタートしました。そして研究テーマは時代とともに拡がり、現在では、生活習慣病全般の研究を実施しています。
西村町長:久山町が選ばれた大きな理由に、「久山が日本の縮図」であることが挙げられます。1960年の国勢調査において、久山町の人口構成や職業構成は、全国平均とほぼ一致していることが判明しました。疫学調査の対象となる地域は、日本の平均的な縮図である必要があるため、まさに研究にぴったりな場所だったといえます。この基本構成は今も変わっておらず、久山町は“平均的な町”として全国のモデルとなっています。また、久山町は独自の都市計画により、土地の約97%を市街化調整区域に指定して、急激な開発を抑制してきました。そのため、近隣都市のような人口の急増がなく、長期にわたる安定した追跡調査が可能な点も、選ばれた理由の1つです。

テヲトル:具体的には、どのような健診が行われているのですか。
西村町長:がん検診などの一般的な検診に加え、毎年夏に「ひさやま健診(生活習慣病予防健診)」を行っています。大きな特徴は、加入している健康保険の種類にかかわらず、20歳以上の町民であれば誰でも受診できることです。国民健康保険だけでなく、社会保険や共済などの加入者も対象です。
検査は約20項目に及び、人間ドックに近い充実した内容でありながら、費用は無料です。結果は原則として健診当日に分かり、それをもとに九州大学久山町研究室の医師が診察を行います。さらに、保健師や管理栄養士、看護師から、一人ひとりの状態に応じた生活習慣のアドバイスを受けられるのも特徴です。
このほか、5年に一度、40歳以上の町民の健康状態をより詳しく調べる「一斉健診」や、65歳以上の町民を対象とした「認知症の検査」も、5〜7年おきに実施しています。毎年の特定健診の受診率はおおむね50~60%台であり、多くの町民が継続的に健診に参加しています。

生活習慣病予防健診の様子(画像提供:久山町)
テヲトル:先ほど、久山町研究の特徴として「ひさやま方式」に関するお話がありました。こうした健診や研究の成果は、実際にどのように町民の健康づくりへ生かされているのですか。
二宮先生:「ひさやま方式」とは、町民を中心に、久山町と九州大学、地域の医療機関が連携し、研究と健康づくりを一体となって進める仕組みです。大きな特徴は、健診で得られたデータを長期的に追跡・研究し、その成果を再び町民の健康づくりに生かしていることです。例えば、健診や地域のイベントでは、野菜の摂取量や身体機能を手軽に確認できる機会を設け、生活習慣を見直すきっかけづくりにつなげています。
また、健診で詳しい検査や治療が必要と判断された場合には、専門の医療機関や地元の開業医の先生につないでいます。地域の開業医と九州大学の医師は、必要に応じて治療方針や診療情報を共有しており、町民が大学病院などに入院した場合にも、その後の経過を把握できる体制が整っています。
さらに、町の健康づくりの拠点である「ヘルスC&Cセンター」には、保健師や管理栄養士とともに九州大学の医師が常駐し、日頃から町民の健康相談に対応しています。研究で得られた成果を地域に還元し、健診から日常の健康管理、医療までをつないでいることが、「ひさやま方式」の大きな特徴ですね。

ひさやま方式による健康管理の概要(画像提供:九州大学大学院)
研究継続には、久山町の健康づくりへの姿勢が影響
テヲトル:それにしても、60年以上にわたって研究を続けるのは、並大抵のことではないと思います。これほど長く研究を継続できたのは、なぜなのでしょうか。
西村町長:久山町では昔から、健康を一人ひとりの身体だけの問題ではなく、暮らしや地域全体に関わるものとして捉えてきました。このような考え方が、研究を長く続けてこられた大きな理由の1つだと思います。
町では長年、「国土の健康」「社会の健康」「人間の健康」という3つの健康を、まちづくりの基本理念としてきました。自然や生活環境が整っていること、人とのつながりがあり安心して暮らせること、そして一人ひとりの身体が健康であること。この3つがそろって初めて、町民が健康や豊かさを実感しながら暮らせるという考え方です。
そのため、「ひさやま健診」も単なる健康診断ではなく、町民がこの町で健康に暮らし続けるためのまちづくりの1つとして位置づけています。将来の健康を支えるための投資と捉え、必要な予算を確保しながら、健診事業を継続してきました。国保の加入者に限らず、すべての町民を健診の対象としているのも、できるだけ多くの方の健康を支えたいという考えがあるからです。
二宮先生:久山町研究が長く続いてきた背景には、今お話にあったような、町の姿勢が大きく影響していると考えています。大学は町民の協力を得て健診データを蓄積し、研究を通じて病気の危険因子や予防につながる知見を明らかにする。そして、その成果を町に還元し、町はそれを健診や保健事業などに生かしていく。さらに、町と大学が地域の健康課題を共有し、どのような対策が必要なのかを継続的に検討する。このように、研究する側だけでなく、行政や町民にとっても意味のある関係が築かれてきたことこそが、研究を長く続けられている理由の1つではないでしょうか。

テヲトル:とはいえ、こうした仕組みも、町民自身に関心を持って参加してもらわなければ成り立たないと思います。健診を受け、その後も健康づくりを続けてもらうために、町ではどのような工夫をしてきたのでしょうか。
西村町長:町が一方的に参加を求めるのではなく、町民自身が参加したくなるきっかけをつくり、その後も無理なく続けられる環境を整えることを意識しています。まず大切なのは、健診に足を運んでもらうことです。そのため、健診を受けていない方の自宅を保健師が訪問したり、電話で声をかけたりと、地道に受診を促してきました。現在も、久山町の公式LINEやはがきなど、さまざまな方法で情報を届けています。
しかし、単に呼びかけるだけでは、継続的な参加にはつながりません。そのため、「受けてよかった」と感じてもらえる健診にすることも大切にしています。ひさやま健診では、血液検査を含むほとんどの結果を当日にお返しし、その結果をもとに個別のアドバイスを受けられるようにしています。
さらに、健康管理アプリ「kencom(ケンコム)」を導入しています。アプリ内では、健診結果の確認が可能で、さらに歩数や健診の受診などに応じてポイントがたまり、抽選に参加できるなど、楽しみながら健康づくりを続けられる仕掛けも取り入れています。

健康管理アプリ「kencom(ケンコム)」(画像提供:久山町)
また、高齢者に対しては、健康そのものに直接働きかけるだけでなく、外に出たり、人と関わったりするきっかけをつくることも大切にしています。例えば「シニアチャレンジ応援事業」では、70歳以上の町民に、コミュニティバスの無料券と、映画館やフィットネス施設などで使える500円分のクーポンを24枚交付しています。町では、このような仕組みを通じて、外出のきっかけや新しい趣味を持つきっかけをつくり、町民の心身の健康維持につなげていきたいと考えています。

テヲトル:長年にわたって研究や健診を続けるなかで、町民の皆さんの受け止め方に変化はありましたか。
二宮先生:初期の頃は、戸惑いを感じる方もいらっしゃったと聞いています。それでも、長い年月にわたって研究を続け、その成果を町民の健康づくりに還元してきたことで、少しずつ信頼関係が築かれてきたように思います。
現在では、健診後の診察で、じっくり話をされる方もいらっしゃいます。なかには30分ほど話し込む方もいますね。例えば、「薬をやめたい」など、普段はなかなか言えないことを相談される方もいます。また、認知症についても、病気そのものだけでなく、本人や家族が抱える心理的、社会的な困りごとについて相談を受けることがあります。
町民の中には、「自分たちのデータが、将来の世代の健康にも役立つなら」という意識を持って協力してくださる方も少なくありません。自分のためだけではなく、将来の世代のためにという思いが、久山町には根付いているように感じます。
西村町長:健診そのものを、町の魅力として捉えてくださる方もいます。特に6代以上の転入者のなかには、「充実した健診を受けられることが、久山町を選んだ理由の1つです」と話す方もいらっしゃるほどです。また、町内に大きな病院はありませんが、ヘルスC&Cセンターには九州大学の医師が常駐しているため、「かかりつけは九大病院のようなもの」という声も寄せられています。こうした環境も、町民の安心感を支える1つの要素になっているのではと思います。
テヲトル:久山町研究や健診について、若い世代にも同じように浸透しているのでしょうか。
西村町長:若い世代の転入者など、なかには久山町研究のことをまだ十分に知らない方もいます。そのため、「健康のために健診を受けましょう」と呼びかけるだけではなく、まず健康づくりについて興味を持ってもらうことを大切にしています。例えば、久山にある料理店・茅乃舎(かやのや)の料理長を招いた発酵料理教室など、楽しみながら食事や健康について考える機会も設けています。
健診に対して必ずしも全員が前向きな印象を持っているとは限らず、「悪い結果が出たらどうしよう」という怖さを感じる方もいると思います。だからこそ、健康づくりを義務のように感じさせるのではなく、楽しい体験を入り口にして、自分の健康に関心を持ってもらいたいと考えています。

久山町研究の課題|若い世代に健康への興味を持ってもらうこと
テヲトル:研究を今後も続けていくうえで、課題に感じていることはありますか。
二宮先生:ひさやま健診は、長年60%〜70%程度の受診率を維持していましたが、近年は50%を下回るなど、低下傾向がみられています。その背景の1つに、社会環境の変化があります。以前は保健師や研究スタッフが自宅を訪問したり、電話をかけたりして健診への参加をお願いしていましたが、近年は、全国的に特殊詐欺や強盗事件などへの警戒が強まっていることもあり、訪問や電話での呼びかけが難しくなっています。また、新型コロナウイルスの流行や夏の厳しい暑さなど、高齢者が外出しにくくなる要因も増えています。
もう1つの課題は、若い世代にどう参加してもらうかです。以前は、親が健診を受けているのを見て、その子どもも自然と受診するようになるという流れがありました。しかし、核家族化や転入者の増加などによって、そうした世代間のつながりも以前とは変わってきています。また、40代くらいまでの方は職場で健康診断を受ける機会も多く、町の健診に改めて足を運んでもらうことが難しいのが現状です。久山町研究を次の世代につないでいくためにも、若いうちから、自分の健康や健診に関心を持ってもらうことが重要だと考えています。
西村町長:若い世代に健康への関心を持ってもらうための新しい取り組みの1つとして、2026年度から、小学6年生を対象に「こどもひさやま健診」を始めました。尿検査や血圧測定、アンケートでの生活習慣の確認のほか、保健師によるクイズ形式の食生活指導なども行っています。初年度の様子を見ていたところ、子どもたちは大人と同じような健診に興味津々で、なかでも血圧測定は、ほとんどの子が初めてだったようです。このような体験をきっかけに、日頃から健康について目を向けるようになり、保護者の方も一緒に生活習慣を見直してもらえたらうれしいですね。

「こどもひさやま健診」から始まる久山町の新たな健康づくり
テヲトル:久山町研究や町の健康づくりを、これからどのように発展させていきたいと考えていますか。
二宮先生:これまでの研究によって、認知症のリスク低減に関する重要な要因が明らかになってきました。一方で、どれだけ知識があっても、大人になってから長年の生活習慣を変えることは簡単ではありません。だからこそ、これからは子どもや若い世代に、より早い段階から働きかけていくことが重要だと考えています。「こどもひさやま健診」のような若年層に向けた取り組みは、すぐに成果が見えるものではないため、子どもたちが大人になったときに、健康への意識や行動に何らかの変化が表れることを期待しています。

西村町長:久山町は、町民一人ひとりが「こんなことをやってみたい」「こんなふうに生きていきたい」と夢や希望を持ち、それを実現できる町でありたいと考えています。その土台となるのが、心と体の健康です。
こうした健康を維持するには、人とのつながりや社会との関わりも大切だと考えています。高齢になってから急に「地域に参加しましょう」と言われても、すぐにできるものではありません。子どもの頃から人と関わり、地域とのつながりを育んでいく。そうした積み重ねが、年齢を重ねても、認知症になっても、安心して暮らせる地域づくりにつながっていくのだと思います。

久山町では、研究や健康づくりに長期的な視点で取り組んできました。これからも、九州大学や地域の開業医の先生方と連携しながら、研究で得られた知見を町の取り組みに生かし、町民が健康に、自分らしく暮らし続けられるまちづくりにつなげていきたいと考えています。
テヲトル:久山町では、「自分の健康のためだけではなく、将来の世代のために」という思いが根付いているのが、とても素晴らしいと感じました。今後も認知症や生活習慣病について、新しい研究結果が発表されることを楽しみにしています。二宮先生、西村町長、ありがとうございました。


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この記事の補足情報
参考文献
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久山町:スマホで楽しくセルフケア~kencom(ケンコム)~[https://www.town.hisayama.fukuoka.jp/soshiki/kenko/gyomu/kenshin/1/368.html](最終閲覧日:2026年8月20日)
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久山町:こどもひさやま健診(学童健診)を開始します[https://www.town.hisayama.fukuoka.jp/news/4763.html](最終閲覧日:2026年8月20日)
著者情報
- PROFILE/ プロフィール

二宮 利治 / 西村 勝
【左】二宮利治 先生 九州大学大学院 医学研究員 衛生・公衆衛生分野教授。1993年九州大学医学部卒業。2000年九州大学医学博士(免疫学)を取得。2003年九州大学大学院医学研究院 病態機能内科学・学術研究員として久山町研究に参加。2006年シドニー大学ジョージ国際保健研究所へ留学。九州大学病院 腎・高血圧・脳血管内科・助教、九州大学大学院医学研究院 附属総合コホートセンター・教授を経て、2016年九州大学大学院医学研究院衛生・公衆衛生学分野・教授に就任(現職)。 【右】西村勝 氏 久山町長。1972年久山町生まれ。1992年久山町役場入庁。2012年東京財団政策研究所の全国市区町村職員人材育成プログラムに合格。2014年ビジネス・ブレークスルー大学卒業(経営学士)、2017年同大学院修了(MBA取得)。2020年第6代久山町長に就任(現職)。
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