50代の働き盛りにMCI(軽度認知障害)と診断|もの忘れが増えて受診・治療へ|仕事もマリンスポーツも継続中

働き盛りの50代、もしMCI(軽度認知障害)と診断されたら今の仕事はどうなるのか。これからの医療費や生活費、家族との関係はどうなるのか。
認知症にまつわる実体験を当事者ご本人が語る「認知症と私」。今回の語り手は、58歳という現役世代でMCIと診断された中村さん(匿名)です。
数十人の部下を率いる事業所のトップとして、常に現場の最前線に立っていた中村さん。
仕事の段取りがうまくこなせなくなった時、最初は仕事の重圧による「うつ病」や「年齢のせい」を疑いました。しかし、奥様との日々の対話や、些細な違和感を見逃さない家族の気づきが、MCIの早期発見・早期受診へと繋がりました。
MCIであることが判明した後も、中村さんは仕事を辞めていません。悲観せず、会社の深い理解を得て負担の少ない業務へ配置転換を行い、定年まで働き抜くことを目指しています。懸念していた医療費も、一般的な健康保険制度の仕組みを正しく理解し活用することで、前向きに乗り越えようとしています。
「MCIと診断されても、キャリアは終わらない」と毎日会社へ通い、趣味のマリンスポーツで仲間と適度な距離感で関わり続ける。病気と向き合いながらも、社会との繋がりや自分らしさを決して手放さない中村さんの姿は、同じように不安を抱える同世代への具体的なヒントになります。
中村さんの実体験を通して、早期発見に繋がる家族の気づきや、配置転換による就労継続、医療費の不安を和らげる健保の制度など、現役世代に役立つ情報をお届けします。

仕事の段取りができなくなってきた|周囲の心配と異変|うつ病の診断で2ヶ月休職
―― 最初はどのようなお仕事をされていて、どんな違和感があったのでしょうか。
中村さん:私は施設の維持管理を行う企業に勤めています。当時は現場の責任者をしていました。元々は現場からの叩き上げで、設備の隅々まで誰よりも把握しているという自負がありました。
トラブルがあれば夜中や早朝でも呼び出しがかかる過酷な環境でしたが、現場が好きでした。事故を防ぐための安全対策の書類作りから、スタッフの人間関係の調整まで、すべてを自分が抱え込んで対応していたんです。
私自身の違和感に気づいたのは、だんだんと仕事の段取りがうまくできなくなっていく感覚があったからです。決定的に「これがきっかけ」というわかりやすい出来事があったわけではありません。
頼まれた仕事が1つだけであれば、それを終わらせることは問題ありませんでした。しかし、忙しく動いている時に別の用件がパッと入ってくると、そちらを優先してしまって、頭の中が散らかって「どうしよう」と処理に時間がかかるようになったんです。
書類を入れた場所がわからなくなることも増え、職場の同僚たちからも「最近、どうしたんですか?」と心配されるようになりました。
―― ご自身でも戸惑いがあったのですね。その後、どのように医療機関の受診へ繋がったのでしょうか。
中村さん:当時、顔色も悪く、覇気が完全になくなっていたようです。妻からもひどく心配されました。最初は抱え込んでいる仕事の強いストレスによる「うつ病」ではないかと考えました。
心療内科を受診したところ、医師から「残業・出張・休日出勤の禁止」という診断書を出していただきました。
やはり暗い顔をして会社に行きづらい状態が続いていたため、妻からの勧めもあり、医師に相談して思い切って2ヶ月間休職することにしました。環境を変えて身体を休めればきっと良くなる、とその時は信じていたんです。

MCI(軽度認知障害)の早期発見|家族の気付きが最大の鍵
―― 休職を経て復職された後、MCIの診断に至るまでにはどのような経緯があったのですか。
中村さん:2ヶ月休んで職場に戻ったものの、やはりどこか以前とは違う、頭がスッキリしない状態が続いていました。
そんなとき、妻が通っている人間ドックの病院で、MCIに関するポスターを見つけてきてくれたんです。
「今の状態の目安になるかもしれないからMCIの検査を受けてみるのはどう?」と勧められました。妻としては見知らぬ病院よりも、毎年人間ドックでお世話になっている馴染みの病院のほうが私が抵抗なく受けられるだろうと配慮してくれたようです。
実際に検査を受けてみたところ、数値に懸念があることが判明しました。そこから紹介状を書いていただいて、より専門的な病院を受診することになったんです。そこで精密検査を受け、最終的にMCIという診断を受けました。
―― MCIの診断を受けた時、どのようなお気持ちでしたか?
中村さん:最初は年齢のせいとか、周囲の同級生も「もの忘れはあるよ」と言うし、自分だけじゃないだろうと、MCIから逃げたい気持ちがありました。
私は若い頃から、同時に3つのことを頼まれると1つ忘れてしまうような癖もあったので、50代後半になってその傾向が強く出ただけだと、自分に言い訳をしていた部分もあります。
しかし、客観的な検査データを突きつけられ、妻や職場の同僚たちも私の異変を心から心配してくれていた事実を振り返ると、やはりそうだったのかと受け入れることができました。
妻が小さな異変に気づいてくれたのは、私たちが普段から些細なことでもよく話し合う関係だったからだと思います。
もし会話が少なければ、自分一人では「ただの疲れだ」と思い込んで見過ごしていたかもしれません。早めに見つけることができたのは、間違いなく妻や周囲の人たちのおかげだと感謝しています。

MCI(軽度認知障害)の診断後の経済的な不安|医療費と就労
―― 現役世代での発症となると、これからの生活など、経済的な不安も大きかったのではないでしょうか。
中村さん:それは非常に大きな不安でした。これから長く通院や治療を続けていくにあたり、定年を前にした自分たち家族の生活をどう維持していくのかと、絶望的な気持ちになったこともあります。
しかし、私が加入している会社の健康保険組合の制度について調べるなかで、医療費の負担をサポートしてくれる一般的な制度があることが分かりました。ぜひ、みなさんに知っておいてほしいと思います。
医療費の負担を軽減する仕組み | 内容と実際の負担イメージ |
|---|---|
高額療養費制度(公的制度) | 医療機関の窓口で支払う医療費が上限額を超えた場合、超えた額が支給される制度。収入に応じて月額の上限が設定されます。 |
付加給付制度(一部の健保組合独自) | 企業が加入する健康保険組合によっては、法定の自己負担限度額よりもさらに低い自己負担上限を独自に設定し、差額を「還付金」として支給してくれる仕組みがあります。 |
現在の支払い運用 | 以前は窓口で一旦支払い、後日給与と一緒に還付されていましたが、現在は病院と健保の連携により、最初から還付分を差し引いた金額のみを支払う形で済むケースも増えています。 |
(文献1を参考に表を作成。付加給付の有無や内容は、加入する健康保険組合によって異なります)
中村さん:妻も以前は会社員でしたが、私の会社の組合のサポート体制に驚いていました。現在では、病院と組合の連携が進み、最初から還付分を差し引いた金額で請求されるようになっています。
現役世代で診断されると経済的な絶望を感じがちですが、まずはご自身が加入している健康保険組合の窓口やホームページでセーフティネットの用意があるか確認してみていただけるといいのではないかと思います。
もし、経済的な理由で通院を諦めなければならなくなっていたらと思うとゾッとしますね。医療へのアクセスも大切ですが、私たち現役世代にとっては、まずは日々の生活を成り立たせることが第一ですから。
―― MCIと診断された後、仕事は継続できましたか。
中村さん:はい。職場での雇用継続について、会社から非常に温かい配慮がありました。病名が判明した後、責任の重い役職からは外していただき、現在は、安全な事務所内での事務職として勤務を続けています。
現場の知識や経験は今でも変わらず身体が覚えているので、自分のペースで1つずつ確実に確認しながら作業を進めることで、若手の判断をサポートするなど、自分なりに会社に貢献できています。
責任者から事務職への配置転換は、決してネガティブなものではありませんでした。無理なく働ける環境を整えることは、長く会社に貢献し続けるための前向きな選択だと気づいたんです。
定年まであと1年程度あるのですが、現在の職場のトップが本当に親身になってくれました。少しでも長く働けるようにと身体障害者枠への移行も検討されたのですが、上司が「雇用形態や条件を変えることなく、通常の雇用枠のまま、みんなでサポートするから大丈夫」と言ってくださったんです。
もし定年前にどうしても勤務が難しくなるようなことがあっても、休職扱いとして籍を残すとも言ってくれました。これほど理解があり、社員の人生まで考えてくれる職場に出会えたことは、私の誇りであり大きな財産です。

MCI(軽度認知障害)の症状と抗Aβ療法などの治療と向き合う日々
―― 現在、ご自身の体調や日常生活で感じている変化はありますか。
中村さん:月に1回ほど実家に帰ってくる娘からは「理解するまでに少し間が空くようになった」と言われます。忘れてしまうこと以上に、「なんだなんだ?」と情報処理が遅れるような場面が増えたようです。
また、自分がMCIであることを認識しているので、「また忘れてしまったのかな?大丈夫かな?」と疑うようになり、すぐにパッと動けなくなることはあります。仕事でも、簡単なことでもミスが出ないように1つ1つ確実に確認しながら進めるため、作業自体はどうしても以前より遅くなっています。
元々料理が好きで、お蕎麦のダシも自分で一から作っていました。全部自分で段取りをしたい性格なので、うまくできなくなると悔しい気持ちもあるのですが、今は妻が自然に下準備などのサポートをしてくれているので、できる範囲のことを続けています。
―― 専門医のもとで治療や通院を継続されていることについては、どのように捉えていらっしゃいますか。
中村さん:今は、抗Aβ療法という治療を行っています。定期的に病院に通い、医師の指導のもとで治療を続けています。通院を重ねて自分の状態を専門医の先生に診てもらうことで、落ち着いて日々の生活を送ることができています。
何より、「自分は今、病気から逃げずにしっかりと向き合っているんだ」という事実が、大きな精神的な支えになっています。何もせずにダメだと思い悩むより、「医療のサポートがあるから前を向こう」と思える安心感が、毎日の生活に良いリズムを生み出していると感じています。

「MCIでも仕事とマリンスポーツを続けたい」周囲のサポートと制度の活用
―― プライベートで楽しみにされていることや、これからの目標について教えてください。
中村さん:私の生きがいは、若い頃から続けている趣味のマリンスポーツです。一時期、怪我をして海に行けない期間があり、ふさぎ込んでしまったこともありました。その時に妻が「本当に行きたいなら気にせず行っていいよ」と背中を押してくれたんです。いつも妻の声掛けに励まされており、感謝しています。
地元の海に行くと、いつも顔を合わせる仲間がいます。向こうから「おはよう」と声をかけてくれて、終わったらパッと手を振って帰る。無理に合わせる必要のない、その適度な距離感が心地良いです。
1人で静かに海と向き合う時間は、複雑なマルチタスクも必要なく、自分にとって最高のリフレッシュになっています。冬でも専用のスーツを着て海に入っているんですよ。
今の私の一番の目標は、とにかく毎日しっかりと会社へ行き、定年という節目を自分の力で達成することですね。「今日は行きたくないから休む」ということは一度もありません。
会社が自分を必要として環境を整えてくれている以上、それに応えたいという強い気持ちがあります。その後も、体調を相談しながらできる限り長く働き続けたいですね。
―― 中村さんと同じような現役世代の方に、どんな言葉をかけたいですか。
中村さん:私たち夫婦は昔から、何でも話し合う関係でした。だからこそ、私がうまく言葉にできない違和感に妻が早い段階で気づき、検査を勧めてくれました。もし会話の少ないご家庭や、1人暮らしの方であれば、気づかないまま一人で抱え込んでしまうケースも多いのではないでしょうか。家族との日々の会話は、本当に大切な命綱です。
認知症やMCIは、働き盛りの世代であっても誰しも直面する可能性のあるものです。仕事ができなくなるかもしれないという恐怖から、感情が乱れる日もあるでしょう。それは人間ですから当然のことです。
MCIと診断されたからといって、人生やキャリアが終わるわけではありません。一人で抱え込まず、家族や会社、そして制度という周囲のサポートをフル活用してください。MCIと付き合いながらでも、自分らしく前を向いて生きる道は必ずあります。大切なのは、社会や家族から孤立せず、できることを見つけて前を向いて歩んでいくことだと思っています。
もしご自身の様子に少しでも違和感を覚えたら、一人で抱え込まず、まずは医療機関の受診を検討することをおすすめします。そして、利用できる会社の制度や健康保険のサポートに、積極的に相談してほしいです。


認知症・もの忘れ・MCIの「病院探し」は難しい? 認知症専門医に到達するまでの孤独なサバイバル

【第3話】義父のあのときの行動はMCI(軽度認知障害)のサインだったのかもしれない
この記事の補足情報
参考文献
- 1.
厚生労働省: 高額療養費制度を利用される皆さまへ.
[https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html](最終閲覧日:2026年6月12日)
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