認知症・もの忘れ・MCIの「病院探し」は難しい? 認知症専門医に到達するまでの孤独なサバイバル

認知症にまつわる実体験を本人が語る『認知症と私』。今回の語り手は、MCIと診断された70代の旦那さまと2人で暮らす、妻の髙橋さん(匿名)です。
髙橋さん(76)は、一緒に暮らす旦那さま(78)が家族にとって大切な過去のイベントを覚えていなかったことに違和感があって、かかりつけ医を受診。MCI(軽度認知障害)という診断を受けました。
その翌年の検査では数値が正常値に戻り、しばらく検査はお休みしてもいいと言われましたが、その後も、旦那さまのもの忘れの頻度は増えていきました。
そこで、再度診てもらう病院を探しましたが、なかなか受診に辿りつけません。
ホームページに認知症やもの忘れ外来と書いてある病院に電話をしても、初診拒否や専門外を理由に断られ続けてしまいました。電話をかけては断られて落胆する日々が続き、夜も眠れず病院を探すこと自体にすっかり疲労困憊していましたと髙橋さんはいいます。
その後、なんとか認知症専門医にたどり着くことができ、現在は抗Aβ療法を受けながらご夫婦で穏やかな日常を築かれています。
いつも近くにいるからこそ気づけた家族の変化、認知症の専門医に辿り着くまでの苦労、そして前を向いて過ごす穏やかな今の生活について、ありのままの体験を語っていただきました。

「なんで俺が病院に」受診を拒む夫がMCIと診断されるまで
―― 最初は旦那さまにどのような違和感があったのでしょうか。
髙橋さん:決定的に「これはおかしい」と私が確信したのは、過去の記憶がすっぽり抜け落ちていた時でした。
昔、子どもが学生時代の部活動で、全国大会に出場することがあったんです。会場は誰もが知っているような大きなところで、家族みんなで応援に行きました。私たち家族にとっては、大きなイベントだったんです。その全国大会の話をした時に、夫は「覚えていない」と言うんです。ほかの旅行の話を振ってみても「覚えていない」と言います。
些細なもの忘れならまだしも、過去の大きなイベントを丸ごと忘れてしまっていることに、強い違和感を感じました。
これはお医者様に診てもらった方がいいだろうと思って、夫に「病院に行ってみない?」と勧めたんです。ただ、その時に病院という言葉を出してしまったのがいけなかったのかもしれません。
「なんで俺がそんなところに行かなきゃいけないんだ!」と受け入れてくれませんでした。
それから1〜2年ほど経ったとき、夫のほうから「最近、もの忘れしちゃうんだよな」と口にしたんです。このタイミングを逃してはいけないと思いました。
「病院に行ってみない?」と勧めると、前向きな気持ちになってくれたんです。
当時、夫が他の疾患で通っていたクリニックの医師に相談してみて、認知症の専門医がいらっしゃるというクリニックを紹介していただきました。
検査の結果は、MCI(軽度認知障害)でした。正常値と軽度認知障害のちょうどすれすれ、境目くらいの数値だったようです。
念のため、翌年も検査をすることになりました。すると驚いたのですが、翌年の検査では数値が正常値に戻っていたんです。
「検査の数値が戻っていますから、しばらく検査はお休みしてもいいですよ。また何かあったら来てくださいね」と医師に言われ、その時は少し安心しました。

もの忘れが増え始めた夫|医師との認識の違いに悩んだ日々
――MCIと診断された後の生活はいかがでしたか。
髙橋さん:診断から2年ほど経ち、夫は少し前に話した内容を忘れてしまうといった、もの忘れがどんどん増えていきました。
以前と同じクリニックを再度受診しました。再検査の結果、検査の点数も非常に良いとご説明をいただきました。
ただ、その時のやり取りで少し戸惑ってしまうことがあったんです。
「ご主人の検査結果に問題がない以上、ご家族の思い過ごしや、ご家族側のご負担からくる不安というケースもあるのではないでしょうか」という趣旨のお話をされたんです。客観的なデータに基づいた率直なご意見だったと思うのですが、当時の私は戸惑ってしまいました。
本来ならそこで色々と質問を返すべきだったのに、うまく言葉が出ませんでした。「先生がそうおっしゃるなら、わかりました」とだけお伝えして、そのまま帰宅しました。
私と夫は二人暮らしですから、もの忘れが増えていると共感し合える相手もいません。あくまで私の主観的な判断に過ぎないのかと、孤独を感じました。
私は夫の様子を一番近くで見ています。以前とは明らかに違うんです。
もの忘れの対策にできることはないのだろうかと、パソコンやスマートフォンを使って、もう一度病院探しをしようと思いました。
ここからが本当に大変でした。

認知症の病院探しは困難の連続?初診拒否を乗り越え認知症専門医に出会うまで
――どのように病院探しをされたのですか?
髙橋さん:インターネットの検索です。「認知症」や「もの忘れ」といったキーワードと、自宅から通える範囲の地名を入れて検索しました。
いつか私が車の運転をできなくなった時のことを考えて、公共交通機関で通える駅周辺のクリニックを中心に探しました。
ただ、なかなか受診にはたどり着けません。認知症やもの忘れの病院を探すのに大変苦労しました。
ホームページにもの忘れ外来や認知症に対応すると書いてあっても、実際に電話をしてみると「新しい患者さんは受け付けていません」と断られてしまったり、「午前中だけでも80名以上の患者さんが来られて対応できません。当院は認知症の専門ではないので、専門の病院に行かれたらいかがでしょうか」と言われたり。
「じゃあ、その認知症専門の病院はどこにあるんですか?」と聞くと、自宅から遠く離れていて、とても通い続けられる距離にはありませんでした。
夜も眠れずに病院を探して、翌日、勇気を出して電話をかけては断られる。ここもダメか・・・と落ち込んで、認知症を診てくれる病院を探すことにすっかり疲れてしまいました。
それでも、なんとかしなければと、隣の市にあるクリニックを探し、電話をかけました。ホームページには相談だけでもいいですよと書かれていたことを覚えています。
電話に出た看護師さんに「お住まいの地域包括支援センターに行ってみてはいかがでしょうか」と言われたのですが、これまでの経過を必死に説明したところ、「お話を聞くだけになりますが、先生が診ます」と言ってくださいました。
そして、「より専門的な病院を紹介しますから、そちらに行かれたらどうですか」とご提案していただき、大きな病院の紹介状を書いていただくことになりました。

紹介受診で訪れた病院で担当してくださった認知症専門医の先生は、私たちの話を親身になって聞いてくださる方でした。こちらの問いかけに対しても的確に、スピーディーに答えてくださいました。心から信頼できると思いました。
諦めずに病院を探し続けて、この先生と出会えたことは、私たちにとって大きな光でした。
ちょうどその頃、テレビのニュースで新しい認知症の治療法があることを知っていて、先生に「ぜひお願いしたいです」と希望を伝えました。
点滴の処置は、ベッドの空き状況の関係で別の系列病院で行っていますが、主治医はずっとその大きな病院の先生が担当してくださっています。
手探りの認知症介護|怒りっぽくなった夫への接し方
―― 現在、旦那さまの日常生活はどのようなご様子ですか?
髙橋さん:食事も自分で食べますし、トイレも、お風呂に入ることも、基本的にはすべて自分で行うことができています。
ただ、少しずつ難しいことも出てきました。例えば、以前はお風呂に入る前の着替えの準備も全部自分でできていたのですが、最近はそれがうまくできなくなってきたりしています。また、ここ数日は今までになかったようなことで急に怒りっぽくなったり、少しキツイ言葉を口にしたりすることが出てきました。
―― ご家族としては、どのように対応されているのでしょうか。
髙橋さん:夫が苛立っている時は、「私が言ったことに対して怒っているのかな?」と後から反省したりします。
例えば、夫は持病があって目薬などのお薬がたくさんあるのですが、「これ飲んでね」「目薬さした?」と私が普通に確認したつもりでも、受け取る側からするとプレッシャーになっていたのかもしれないな、と。私にとっては未知の世界ですし、認知症介護は手探りの毎日です。
―― 定期受診の時など、病院に行く時に工夫されていることはありますか?
髙橋さん:診察の際には、先生に勧めていただいた「ササエル」というアプリのメモ欄に事前に生活の様子を記録しています。
このアプリは文字数制限があるので、ダラダラと書いてしまう私にとっては、「本当に伝えたいことは何か」を整理して短くまとめる良い訓練になっています。
事前に先生に目を通しておいていただけるので、状況が抜け漏れなく的確に伝わるところが特に助かるなと感じてます。
―― お子様たちもサポートしてくださっていると伺いました。
髙橋さん:はい。子どもたちは市内に住んでいて、長女は毎週土曜日に「お父さんと外を歩くから、お母さんはその間にゆっくり買い物でもしておいでよ」と言って、夫を散歩に連れ出してくれます。本当にありがたいですね。
ただ、現状は夫自身でできることもまだたくさんあるので、「何もかも家族がやってあげる」のではなく、自分でできることは自分でやってもらおうという姿勢で見守っています。

認知症と共に生きる夫婦が描く夢|また二人で旅行に行きたい
―― 旦那さまはどのような方なのでしょうか。
髙橋さん:夫は50歳を前にして早期退職の道を選びました。1つの会社にずっと長く勤め上げるという形ではなく、2カ所、3カ所と様々な職場でお仕事をしてきました。
私も非常勤としてデスクワークの仕事をしていて、共働きでずっとやってきました。
若い頃は子育てで精一杯で大変でした。夫も子どもたちを近くの公園に連れて行ってくれたり、外へ遊びに行くことが多いタイプだったと思います。
夫はとても綺麗好きです。性格的には「四角い」というか、きっちりとした几帳面な人なんですね。家の水回りの掃除も全部やってくれていました。お風呂場やトイレ、洗面台など、それはもう本当にピカピカに綺麗にしてくれて。
私が掃除をすると、どうしても大雑把になってしまってしまうんですが、夫がやると隅々まできっちりと綺麗になるんです。パッと見ただけで「あ、お父さんがやってくれたんだな」とすぐにわかるくらいでした。
きっと、彼の几帳面な性格からして、汚れているのが気になって仕方なかったんでしょうね。そうした家のサポートをしてくれる頼もしい一面があります。
―― これから、どのような暮らしをしていきたいですか。
髙橋さん:夫は子どもたちが小さかった頃から、夏とお正月には必ず家族を旅行に連れて行ってくれました。
少し遠出をして、海沿いをドライブして、本当にあちこちへ出かけたのは、子どもたちにとっても私たち夫婦にとっても、かけがえのない思い出です。
今の私たちの夢は、いつか私の運転で、夫と二人で同じ海沿いをゆっくりドライブすることです。
たまに、「また二人で旅行に行きたいね」と話すと、夫も「うん」と頷いてくれます。
ただ、私はあまり運転が上手ではなく、山道などは少し自信がありません。
子どもたちが連れて行くよと言ってくれるのですが、やっぱり夫婦水入らずで行くというのが私のささやかな夢なんです。
―― 素敵な夢ですね。本日は心に響くお話を本当にありがとうございました。
髙橋さん:認知症は誰しも避けては通れないものだと思っています。感情が乱れる日もありますが、人間ですから当然ですよね。これからも一緒に歩んでいくしかない。そう思って、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。


父と子のきずなを深めた認知症【安藤昌教】

誰もが前向きに介護できるわけじゃない。「家族を忘れた父」を漫画に描いた理由【吉田いらこ】

認知症の薬「抗Aβ抗体薬」で変わる治療|アプリ「ササエル」を使用した医師・当事者・ご家族のコミュニケーションの大切さ
この記事の補足情報
おすすめの記事















