12年で大きく変わった認知症観|偏見を覆す当事者の声|フリーアナウンサー町亞聖

フリーアナウンサーの町亞聖さんは、2013年10月からニッポン放送のラジオ番組「ひだまりハウス~うつ病・認知症について語ろう~」のパーソナリティとして活躍しています。
10年以上にわたって認知症の人やご家族、専門家たちの「生の声」を社会に届けてきましたが、その間に認知症をめぐる社会情勢も大きく変化しました。
認知症に関する社会問題を解決するには「環境調整」「受援力」「三次予防」の3つの考え方が大切だと提唱する町亞聖さん。ご自身の介護経験やパーソナリティとして見聞した数々の先進的なエピソードを交えながら、認知症との理想的な向き合い方についてお話しいただきました。
この記事で学べること
「認知症当事者の声」が、認知症に対する偏見や旧い認識を変えてきた。
認知症介護の本質は、認知症になった人の行動を先回りして制限・禁止する介護ではなく、できることを続けられるように「環境調整」すること。
介護では切羽詰まる前に、困り事を周囲に伝え誰かを頼る「受援力(じゅえんりょく)」を発揮することが重要。
「助けて!」というSOSは、社会変革の創出につながる。だからもっと救いを求めていい。
「認知症予防」という言葉に対する誤解。
認知症になってからも安心して生活できる社会の実現、つまり「三次予防」の視点が大事。
12年で大きく変わった認知症観|偏見を覆す本人自身の声
- テヲトル

町さんがパーソナリティを務めるラジオ番組「ひだまりハウス~うつ病・認知症について語ろう~」は、毎週日曜日の朝6時25分から放送されています。
放送開始は2013年10月ですから、12年以上続いている長寿番組です。番組がスタートした当初と現在では、認知症に対する社会の認識もだいぶ変わったのではないでしょうか?
- 町亞聖さん

そうですね。当時を振り返ると、世の中の認知症に対する認識は、今とはまったく違いました。
当時のテレビ番組では、認知症は「絶望的な病」「何もできなくなる病」として描かれることが多く、「早期発見・早期絶望」とまで言われていました。
そんな中、ニッポン放送から「認知症を真正面から取り上げたい」という熱いご依頼をいただいたのが番組の始まりでした。

『ひだまりハウス』パーソナリティの朝田隆先生と町亞聖さん
- 町亞聖さん

今でこそ認知症の当事者が「実名」で体験談を語る機会は増えてきましたが、20〜30年前は、病気や障害について語ることは本当に難しい時代でした。
がんの患者さんでさえ、テレビ取材では顔を隠し、匿名にするのが当たり前。何故なら病気に対する偏見に晒されるリスクが高かったからです。
ましてや認知症に関しては、誤解や偏見により家族が認知症であることを周囲に隠すケースも少なくありませんでした。「痴呆」という名称が「認知症」に変更されたのも、2004年の厚生労働省の検討会を経てからでした。
- テヲトル

そんな時代を経て最近は、認知症の当事者やご家族が積極的に情報発信するようになってきていますね。
- 町亞聖さん

認知症の当事者が自ら実名で語り始めたことは革命だと思っています。2004年の国際会議で福岡県の越智俊二さんという方が日本で初めて実名を公表して語り、2009年からは藤田和子さん(現・一般社団法人日本認知症本人ワーキンググループ相談役理事)が活動を始められました。

藤田和子さんと町亞聖さん
- 町亞聖さん

今では信じられないですが、実名で語ること自体がニュースになるほど、認知症の本人の声が封じ込められていた時代が、つい最近まで続いていたんですよね。
- テヲトル

ラジオ番組「ひだまりハウス」では、医師などの認知症の専門家だけでなく、認知症の人たちが登場する機会も多いです。
町さんは当事者の声を大事にしている印象が強いですが、理由はあるでしょうか。
- 町亞聖さん

それは私自身の介護経験が大きく影響しています。私が母の介護に直面したのは18歳の時でした。そのため介護家族の当事者として「介護の大変さ」を身をもって知っています。
しかし、言語障害と右半身麻痺という重い障害を負い、車椅子の生活になった母の本当の気持ちは、どれだけ想像しても「想像の域」を出ないという現実がありました。

19歳の町亞星さん
- 町亞聖さん

私が認知症の当事者や、がん患者さん、障害を抱える方々の生の声を聞き続けているのは「母はあの時、どんな思いで生きていたんだろう?」という答え探しをしている感覚があるからかもしれません。
- テヲトル

介護する側だけではなく、ご本人の声をもっと聞いて伝えたいと。
- 町亞聖さん

はい。介護する側、家族の口から語られる「悲惨で大変な認知症介護の実態」も現実ではありますが、それが一方的に強調された結果、根強い偏見を助長してしまった側面もあったと考えています。
もちろん家族が大変なことは間違いありません。でも、ご本人の「内側の声」は、その人にしか語れません。
「認知症本人の声」こそが人の意識を変え、社会を動かす。そう信じているからこそ、私は伝え手として、当事者の声に耳を傾け、社会に発信していくことにこだわっています。
問題行動の理由|認知症ケアは「環境調整」が本質
- テヲトル

認知症のご本人たちが声をあげることで、どのような変化がありましたか?
- 町亞聖さん

最大の変化は、かつて「問題行動」と表現されていた行為に、明確な理由があることが判明した点です。
認知症当事者の丹野智文さんは、番組でこう仰いました。「認知症は今日できていることが、突然明日になったらできなくなる病気ではありません。それをご家族は認知症と診断されたとたんに何もできない人と考えてしまうことがあります」と。

認知症当事者として発信を続ける丹野智文さんと町亞聖さん
- 町亞聖さん

丹野さんは仕事のためにノートを3冊使い分けたり、他のある方はATMの操作手順を細かくメモしたりと、ご本人は途方に暮れたり、不安を感じたりしながら、なんとか日常生活や仕事ができるようにと、必死に工夫を重ねています。
「何もわからなくなっているわけじゃない。できなくなっていることは、自分が一番よくわかっている」と丹野さんは訴えます。
さきほど名前を挙げた藤田和子さんも、番組に出演いただいた際「ご飯を作る時、以前はいっぺんに料理ができたけれど、今は1つずつ火を止めて順番にやっているんです」と仰っていました。
本人は自分自身の変化を自覚しています。それなのに、周りが危ないからと先回りの優しさで、料理や外出することを禁止してしまうと、工夫する機会すら奪われ、自分でできるはずのこともできなくなってしまいます。
- テヲトル

ご家族は心配のあまり、つい行動の制限をしがちですよね。
- 町亞聖さん

その通りです。また家族は元気な頃を知っているからこそ、「なんでこんなこともできないの?」とつい責めるような口調になってしまいます。
でも、その言葉に一番深く傷ついているのはご本人です。周囲の「何にもできなくなる」という思い込みや決め付けが本人から可能性を奪い、さらに本人の諦めに繋がってしまい、結果的に認知症の症状を進行させてしまう。
- テヲトル

ご本人ができる役割まで奪ってしまうと。
- 町亞聖さん

はい。手厚くあれもこれもと周りの人がサポートしてしまうと、支援がないと不安になり、「依存」という状態を生み出してしまいます。
認知症の人ができることを、どうやったら続けられるかを考えて「環境調整」することが認知症ケアの重要な鍵を握っています。
家族介護の限界|男性は妻や親の認知症を受け入れにくい傾向
- テヲトル

町さんは介護する側のご家族に接する機会も多いと思います。介護する側に共通する注意点は、ほかにもありますか?
- 町亞聖さん

あくまで主観的な意見ですが、男性はプライドが邪魔をして、妻や親が認知症になっても受け入れるのに時間がかかり、周囲に相談できないケースがあると感じています。
- テヲトル

責任感やプライドが強い方ほど、誰かに助けを求めることを「弱みを見せること」だと捉えてしまうこともあるかもしれませんね。
- 町亞聖さん

著名人も例外ではありません。「ドラえもん」の声優で有名な大山のぶ代さんの夫・砂川啓介さんは、「妻が認知症だなんて認めたくなかった」と、3年ほど一人で抱え込んでいたと番組にご出演いただいた時に、正直に話してくれました。
ですが、友人の毒蝮三太夫さんに「言わないとお前が潰れるぞ」と背中を押されて公表したところ、状況を理解してくれた友人を頼れるようになり、精神的に驚くほど楽になったと仰っていました。
- テヲトル

人に打ち明けることで、心の重荷がふっと軽くなったのですね。
- 町亞聖さん

また、直木賞作家のねじめ正一さんも、「ただ子どものようにそばにいることしかできなかった」と振り返っていました。
認知症のお母様が入院した時には、心配のあまりずっとベッドサイドに座っていたら、お母様から「あんたは私を病気にしたい病だよ」と言われてしまったそうです。
- テヲトル

一生懸命に向き合おうとする愛情が、時にご本人を息苦しくさせてしまうこともあるのですね。家族だからこその距離感の難しさを感じます。
- 町亞聖さん

一生懸命だからこそ、相手を「病人」として扱い、役割を奪ってしまう。思い返せば、私の父も同じでした。母を想う気持ちだけは強い人で、完全看護なのに寝袋を持ち込んで病院に数か月泊り込んでいました。
母のそばにいることが自分の役割だと思い込んでいて、家事や幼い弟や妹の世話、経済的なやり繰りなど、何も手伝ってくれず、結局、長女である私がすべてを背負うことになりました。
- テヲトル

そのようなご経験があったのですね。
- 町亞聖さん

男性は弱音を吐くのが苦手で、すべてを抱え込んでしまうことがあります。男性だけではありませんが、最悪の場合、介護殺人という悲劇に繋がることもあります。
だからこそ、介護者には人を頼る受援力や、弱音を吐けたりする場所が必要なんだと思います。
家族だからできる素晴らしいケアもある
- テヲトル

「介護は家族がしなければいけない」という古い固定概念も変えていく必要があります。その一方で、家族だからこそできるケアもあるのでしょうか?
- 町亞聖さん

女優や画家として活動されている城戸真亜子(きどまあこ)さんのエピソードは、今でも多くの方に共有したくなるほど素晴らしい介護の事例です。
城戸さんは、短期記憶に障害がある義理のお母様のために、得意の絵を活かして絵日記を描いていました。その日にあった嬉しかったことや感謝の言葉を添えた絵を描いた日記を、お母様が見やすい場所に常に置いておいたそうです。
お母様はそれを読んで「あら、こんなことあったのね」と楽しい気持ちを追体験できたそうです。
- テヲトル

ご自身の特技を活かして、お母様の心に優しく寄り添われたのですね。
- 町亞聖さん

また、もの忘れに対応するための家の中の張り紙も「電気は消す!」といった命令口調ではなく、「お母様は歯磨きを済まされていますから、安心してお休みください」という丁寧な手紙形式にされていました。
お母様のプライドを傷つけない、最高にクリエイティブなケアですよね。
介護職の方もプロとして素晴らしいケアを提供してくれますが、その人が若い頃どんな風に育ち、どんな歴史を歩んできたのかを一番知っているのは家族です。
- テヲトル

本当に素晴らしいですね。お母様の性格や気持ちを深く理解しているからこそ生まれるアイデアだと感じます。
- 町亞聖さん

「この人はこういう人なんですよ」というエピソードを介護職に提供できるのは、家族にしかできない大きな役割だと思っています。
- テヲトル

家族と介護職のプロが連携した介護が重要なんですね。
「認知症予防」という言葉の誤解|「三次予防」という視点が重要
- テヲトル

最近は「認知症予防」という言葉を見聞きする機会が増え、注目が集まり始めています。予防について、町さんはどうお考えですか?
- 町亞聖さん

「認知症予防」という言葉を使う場合は、注意が必要だと感じています。実はこの言葉に抵抗感を持つ認知症の当事者や家族は少なくありません。
なぜなら、予防を強調しすぎると認知症にはなりたくない、忌むべきものというネガティブな文脈で語られ、認知症になったのは予防対策を怠ったかのように聞こえてしまい、当事者を傷つけてしまうからです。
- テヲトル

良かれと思って使う言葉が、かえって当事者を傷つけてしまうことがあるとはハッとさせられます。
- 町亞聖さん

認知症予防という考えは、3つの段階で定義することができます。
・一次予防:認知症にならないための備え
・二次予防:MCI(軽度認知障害)などの早期発見・治療による進行抑制
・三次予防:進行しても周囲の支援を得ながらその人らしい生活を維持すること
- テヲトル

進行の度合いに合わせて、これだけ幅広い意味が含まれているのですね。
- 町亞聖さん

一般的に言われる認知症予防は、一次予防に偏りがちです。
私はよくがん医療と比較するのですが、どんなに節制していてもがんになってしまう人はいます。認知症も同じです。
- テヲトル

どれほど気をつけていても防ぎきれないという点では、まさに同じですね。
- 町亞聖さん

認知症にならない努力、認知症の予防も大切ですが、それ以上に認知症になっても安心して暮らせる社会を作ること、つまり三次予防の視点が極めて重要なんです。
2024年に施行された認知症基本法にも、「共生」「尊厳」「希望」というキーワードが盛り込まれています。大切なのは「予防」ではなく、「共生社会の実現」です。
- テヲトル

なるほど。
- 町亞聖さん

ご本人の「好き」という意欲を、周囲が制限せずに支援した結果、症状を大きく改善させた驚くべき事例もあります。
「平穏死という生き方」という本を書かれた医師の石飛幸三先生から伺った、ある男性のエピソードなのですが、この男性は身体が拘縮(関節が固まること)し、コミュニケーションも難しく、寝たきり状態で施設に入所してきました。
- テヲトル

かなり重度な状態だったのですね。
- 町亞聖さん

「父が好きだったから」という理由で、ご家族が部屋のタンスの上に缶ビールを置いていたところ、ある介護職の人がこの男性が缶ビールを指さしていることに気づいたんです。
もしかしたら「ビールが飲みたいんじゃないか?」となり、家族の承諾を得て、そこから「ビールを飲むこと」を目標にリハビリテーションを始めたら、なんと拘縮が改善し、最後は車椅子に座って、自分の手でしっかりとビールを飲めるまで回復したそうです。
- テヲトル

行動を制限するのではなく、「環境調整」することが真の介護であるという、先の話にも繋がりますね。
- 町亞聖さん

ええ。もし「安全」や「管理」だけを優先し、ベッドに寝かせきりにしていたら、この奇跡は起きませんでした。
「ビールが飲みたい」という言葉に出せない本人の想いや意思を汲み取った観察力、そして躊躇せずに「やろう」と行動を起こした介護職が、「医療には限界があるけれど、ケアには無限の可能性がある」ということを教えてくれました。
【受援力とは】「助けて!」というSOSが社会変革を生む
- テヲトル

男性の介護者は孤立しがちだという話もありました。介護疲労で家族が限界を迎える事例も聞きます。
なぜ多くの人は、もっと早くに助けを求められないのでしょうか?
- 町亞聖さん

人に迷惑をかけてはいけないという日本人の真面目さのせいか、ギリギリまで我慢して抱え込んでしまう人があとを絶ちません。
でも、切羽詰まる前に「助けて!」とSOSの声を上げてほしいと思っています。
- テヲトル

迷惑をかけてはいけない』という思いが、かえってご家族自身を追い詰めてしまうのですね。
- 町亞聖さん

そこで私は「受援力(じゅえんりょく)」が必要だと考えています。受援力とは、一言で言えば、困った時に助けてと言える力です。ヤングケアラーの経験の影響ではありますが、私もいまだに誰かを頼ることが苦手です。
同じように弱音を吐くのが苦手な人は少なくないのではと思います。ですが適切な支援を受けるために、そして支援が十分な力を発揮するためにも、この「受援力」は必要不可欠なものなのです。
- テヲトル

「助けて」と言えることは決して甘えではなく、適切なケアへと繋ぐためのものなのですね。
- 町亞聖さん

振り返ると私の母は、「受援力」に満ちた人でした。車椅子生活の中で、階段があればとびきりの笑顔で「感謝だわ」と拙い言葉でお礼を言って、助けてくれた人を清々しい気持ちにさせてしまうのです。
私達家族も含めて、母は周りの人を自然と自分の「サポーター」に変えてしまう、これが受援力なのです。私も母のように「助けられ上手」になりたいです。

町亞星さんのお母様。箱根の駒ヶ岳にて。
- テヲトル

私も迷惑をかけてはいけないという意識はあるかもしれません。
- 町亞聖さん

そうですよね。でも考え方を変えてみてください。実は「助けて!」とSOSを出すことは、立派なソーシャルアクション(社会変革)なんです。
- テヲトル

助けを求めることが社会変革?
- 町亞聖さん

ええ。例えば、レジで小銭を出すのに手間取っている高齢者が「手伝って」と言えば、お店側がゆっくり精算できるレーンを作るきっかけになります。
- テヲトル

声を上げることで、周りもどうサポートすればいいかを知るきっかけになるのですね。
- 町亞聖さん

認知症の人がスーパーでお金を払わずに商品を持っていってしまっても、地域が認知症をきちんと理解していれば、警察沙汰にせず家族に連絡して見守ることができます。
現在の医療、法律、サービスは、整備が追いついていない、不十分な状態です。
認知症の当事者が困り事を積極的に言語化して発信することで、新しいサービスや選択肢が生まれます。受援力とは、弱さの露呈ではなく、より良い社会を作るための出発点なんです。
- テヲトル

むしろ、もっと助けを求めることが、生活しやすい世界を作ることに近付くんですね。
介護保険や報酬にとらわれない|理想のケアを体現する次世代のプロフェッショナルたち
- テヲトル

介護職のプロやNPOの方々もたくさん、町さんのラジオ番組に出演して、先進的な取り組みを紹介していますね。
- 町亞聖さん

はい。介護保険の枠組みや報酬にとらわれず、理想の「あるべきケアの姿」を実践している方々がたくさんいますので、積極的に紹介しています。
- テヲトル

具体的にはどのような方々がいらっしゃるのでしょうか?
- 町亞聖さん

例えば、神奈川県藤沢市で「あおいけあ」を運営する加藤忠相さん。
彼は「介護の仕事は高齢者にお茶を入れることではなく、高齢者が自分でお茶を入れられるように環境調整することだ」と言い切ります。
手厚くお世話をするのではなく、施設で草むしりをするなら、それを公園のゴミ拾いに変えて「社会貢献(ボランティア)」にする。発想の転換で、利用者の役割と尊厳を取り戻しています。
加藤さんの施設「あおいけあ」では、重度だった方の介護度が改善する事例が数多く生まれています。
- テヲトル

ご本人の「できること」や「やりがい」を引き出すことが大切なのですね。
- 町亞聖さん

認知症の当事者の仕事がしたいという希望を叶える、洗車などの仕事をして収入を得る、働くデイサービス「DAYS BLG!(デイズビーエルジー)」の取り組み(前田隆行さんらが牽引)も全国に広がりつつあります。

DAYS BLG!の前田隆行さん
- 町亞聖さん

町田のNPO法人「ひまわりの会」の松本礼子さんのような地域包括支援センターの手前の相談場所「まちの保健室」や、相模原のさがみはら認知症サポートネットワーク「さがサポ」がやっている、認知症の当事者の願い(ウィッシュ)を地域住民が持ち寄って叶える「ウィッシュカード」の活動など、本当に多様な支援が生まれています。
- テヲトル

それぞれの地域で、まさに次世代のケアの芽が育ってきているのですね。
- 町亞聖さん

今は、30代、40代の若い世代が介護のリーダーになり、古い時代の介護から次世代の新しい認知症ケアへと脱却する勝負の時です。
事業所のトップが「利用者のために何ができるか」という視点を持てば、介護職もやりがいと笑顔を持って働くことができ、結果として利用者も穏やかに過ごせる。そんな「三方よし」の環境づくりが急務だと感じています。
- テヲトル

町さんも認知症ケアのリアルを発信するプロフェッショナルの1人ですが、どのような社会を目指して活動していますか?
- 町亞聖さん

私が18歳の時から37年間、ずっと抱き続けている目標があります。
それは「障害のあるなしに関わらず、住み慣れた地域で当たり前の暮らしが送れる社会」です。
- テヲトル

その強い想いが原点なのですね。
- 町亞聖さん

認知症は、特別なものではありません。特別な病気だと思い込みレッテルを貼ってしまうことにより、本人や家族が孤独に追い込まれてしまいます。
また「認知症らしくない」という言葉も、認知症に対するスティグマ(偏見)に基づくもので、当事者を深く傷つけています。
人間は、認知症になっても、がんになっても、母のように重い障害があっても「私であること」に変わりはありません。その尊厳を守るためには、家族、プロの介護職、そして地域の人々が「伴走者」になる必要があります。
- テヲトル

病名ではなく、ご本人そのものを見る必要がありますね。
- 町亞聖さん

私はみんなに公言しているんです。誤嚥を防いだり、命の安全を守るための、とろみの重要性は重々承知した上で、あくまで私個人のお願いとして、私は大のビール党なので、最期に飲みたいのはもちろんビールで、「絶対に、とろみはつけないで!」と(笑)。
どんな状態になっても、自分の好きなものを楽しむ「自分らしさ」が尊重される社会であってほしい。「ひだまりハウス」を通して蒔いてきた「声」という種が、いつかあちこちで花開き、誰もが安心して歳を重ねられる社会になることを願って、これからもマイクの前でコツコツと伝えていきたいです。
身体と言葉が不自由だった母を、私達が支えているつもりでしたが、いつも太陽のような笑顔でいてくれた母に、実は支えられていました。母には沢山のことを教えてもらいましたが、今度は私が誰かに届ける番だと思っています。

「認知症は隠さないで先手を打つ」若年性アルツハイマー型認知症と正常圧水頭症の体験談|飯塚正義・道代さん夫婦に学ぶ行動力
この記事の補足情報
著者情報
- PROFILE/ プロフィール

町亞聖
フリーアナウンサー/元ヤングケアラー 1995年、日本テレビにアナウンサーとして入社。報道キャスター、厚生労働省担当記者としてがん医療、医療事故、難病などの医療問題、介護問題を取材。18歳から車椅子の母を介護した経験を持つ。 現在はニッポン放送の番組「ひだまりハウス」のパーソナリティを務めるほか、介護・福祉をテーマに執筆・講演活動を精力的に行っている。 著書「十年介護」(小学館文庫)、「受援力」(法研)。 オフィシャルサイト:https://www.horipro.co.jp/machiasei/
おすすめの記事















