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誰もが前向きに介護できるわけじゃない。「家族を忘れた父」を漫画に描いた理由【吉田いらこ】

誰もが前向きに介護できるわけじゃない。「家族を忘れた父」を漫画に描いた理由【吉田いらこ】

ある日突然、家族が自分のことを忘れてしまったら?

漫画家・イラストレーターの吉田いらこさんは、自身が16歳の頃、父親が脳腫瘍の切除に伴い高次脳機能障害になりました。失語症や記憶障害、半身麻痺などの後遺症とともに23年間の闘病を経て亡くなった父親との日々を、漫画にして発表しました。

2020年、SNSで公開された漫画は瞬く間に話題になり、2025年にはセミフィクション『家族を忘れた父親との23年間』(KADOKAWA)として書籍化。変わっていく家族に対する葛藤や不安を丁寧に描き、多くの共感を呼びました。

吉田さんがお父さんのことを漫画にして発信しようと決めた理由のひとつには、肉親にマイナスな感情を抱くことの罪悪感があったといいます。「前向きになれなくても、日常は続いていく」と語る吉田さんに、同じ痛みを知る人に伝えたいことを伺いました。

『家族を忘れた父親との23年間』あらすじ

吉田いらこ『家族を忘れた父親との23年間』の表紙画像

吉田いらこ『家族を忘れた父親との23年間』の表紙

“ぐちゃぐちゃな本音”を、本当はずっと誰かに聞いてほしかった

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『家族を忘れた父親との23年間』より。
脳腫瘍の手術を機に変わってしまった父親の姿に、主人公・エミはとまどう

テヲトル:吉田さんの作品『家族を忘れた父親との23年間』は、SNSで公開されるやいなや大きな反響を呼びました。お父さんのことを漫画にして発信しようと思ったのはどうしてですか?

吉田いらこ(以下、吉田):以前から「父の病気のことを誰かに話したい、話を聞いてほしい」という思いはずっとありました。

父に対して「もう嫌だ、全部なくなっちゃえばいいのに」「お父さんなんていなくなればいい」と真っ黒な気持ちが湧くこともたくさんあって。でも、こんなことを言ったらどんなふうに思われるだろう……と想像すると、友達や周りの人には話せませんでした。

「私は本当にひどい人間だな」という自責の念や、そういう一面を周りに隠していることへの罪悪感、母に介護を任せっきりにしてしまった罪悪感が心の中にたくさん溜まって、ずっとぐちゃぐちゃな状態だったんです。

父が亡くなってしばらくしてから、そんな自分の気持ちを全部ぶちまけてみようと思い、漫画にすることを決意しました。

テヲトル:漫画の中でも、「友達には話せない」と感じたときのエピソードが描かれていました。誰かに話したい、聞いてほしいという思いはずっと持たれていたのですね。

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『家族を忘れた父親との23年間』より

吉田:そうですね。「漫画」という表現手法にも子どもの頃から興味があって、2019年頃から育児エッセイ漫画をSNSに掲載していたので、漫画の描き方をある程度覚えてきたのもあって「漫画で父のことを描いてみよう」と思ったんです。

テヲトル:不特定多数が見るSNSで発信することに、怖さや不安もあったのではないかと思います。

吉田:父に対する思いについては、「誰にどう思われてもいい」「私はこういう考えだ」という覚悟が自分の中で決まっていたというか……SNSで何を言われても、物理的な攻撃を受けるわけではないですし、見なければ済む話なので、もういいやと思っていました。それよりも、こんなだめな自分のことを全部伝え切ってみたい、という気持ちが勝っていたんだと思います。

テヲトル:SNSで作品を発表されてからは、どのような感想や反響がありましたか?

吉田:私は父親の介護をまったくせず、母親に押し付けて逃げたんですね。それを包み隠さず描いたので、読んだら絶対に怒る方や気分を害する方が多いだろうなと想像していたんです。でも予想外に否定的な意見は少なくて、ほとんどの方が「大変だよね」「このつらさ、わかる」と共感してくださったことにすごく驚きました。

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『家族を忘れた父親との23年間』より

テヲトル:読者も、吉田さんと同じような経験をされた方が多かったんですね。

吉田:当時、周りに同じような境遇の人はまったくいなかったんですけど、SNSを通じて日本全国に同じような経験をされている方がいることを知りました。

「ものすごく気持ちがわかります」とわざわざ感想のDMを送ってくださる方もいて。いろんな方の感想を見るたびに、心の中の何かが溶けていくような不思議な感覚がありました。「わかってくれる人がいるんだ」って……今まで感じたことのない気持ちを味わうことができました。

「家族で抱え込まなくていい」介護の葛藤と時代の変化

テヲトル:「介護を母親に押し付けて逃げた」という言葉が印象的です。発症時、吉田さんはまだ高校生だったと思いますが、介護を引き受けられなかったことの罪悪感があったのでしょうか。

吉田:母の頑張りに甘えきってしまっていたので、今でも本当に申し訳なく思っています。母はもう、本当にすごいと思います。そもそも子どもに背負わせる選択肢が頭からなく、「好きで結婚したんだから最後まで支える」という感覚がすごく強かったみたいで……。

テヲトル:「介護はプロに頼るもの」という風向きになってきたのも、まだつい最近のことですよね。

吉田:そうですよね。当時(1990年代)はやっぱり「家族の問題は家族でなんとかする」という感覚が今より強かったと思います。特に「親は大事に」とか「夫を支え続けないと」とか。

漫画の感想をくださった、私と同じ経験をした方の中にも、「これまで周りの人に相談しても『でも家族は大事にしなきゃね』『育ててもらったんだから』と言われて『わかるけど、そうじゃないんだよな』という気持ちがあった」とおっしゃる方がいました。

あとは、単純に外の人に頼るための知識がなかったんですよね。

テヲトル:頼る知識がなかった、とは?

吉田:たとえば、病院にソーシャルワーカーさんがいて介護のことを相談できるとか、それすら知らなかった。介護のための制度にどんなものがあるのか、どんな支援が受けられるのか、「何がわからないのかもわからない」状態で。今のようにスマホやAIでなんでも調べられる時代ではなかったので、自分から情報を取りにいかないと何も得られなかったんです。

何もわからないので、妹と私はとにかく将来のお金の心配ばかりしていましたね。「大学には行けるのかな」と考えて進路を調べ直したり、家計について「これをやめたら少し(出費が)浮くよね」と妹と話し合ったりしていました。

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『家族を忘れた父親との23年間』より

テヲトル:「介護」にまつわる当時と今の状況を比べて、意識や環境の変化を感じる部分はありますか?

吉田:「家族で全部抱えなくてもいい」という感覚は少しずつですが浸透してきた気がします。子育ても「保育園に預けるのはかわいそう」と言われていたのが変わってきたように、家族に施設に入ってもらうことへの抵抗感も少なくなってきたのかなと思ってます。

あと、あの頃SNSがあったら、私はもっと救われていたなと想像します。絶対に匿名でいろんなことをつぶやいていたと思います。全国どこかに必ず同じ経験をしている人がいるはずなので、親の介護で悩んでいる同じ境遇の人たちとコミュニティを作って話ができたら楽になれただろうなと。

テヲトル:今、当時の吉田さんと同じような境遇で不安を抱えている人がいたら、どんなアドバイスをしたいですか。

吉田:当時を振り返ると、父が病気になってからは、ただただ「どうしよう」と思いながらも現実から目を背けて、自分の生活を楽しむことばかり考えていたんですけど……。そうじゃなくて「この先どうなるのか、どんな支援があるのか周りに聞いて情報を取りにいく」というのをどんどん進めていけばよかったのかなと思います。

だから同じ境遇にいる方は、スマホで必要な情報を調べながら、頼れるものは何でも頼ってほしい。 あとは自分の可能な範囲で、メインで介護を担っている人の話し相手や相談相手になることも大切なんじゃないかなと思います。 

テヲトル:情報は、今のほうがずっと得やすいですよね。振り返って「こうすればよかったんじゃないか」はいろいろあるのだろうと思いつつ、当時の吉田さんはまだ10代だったわけですし、「病気を受け入れる」だけでも実際にはとても難しいことですよね。

吉田:受け入れるのは……難しいですよね。私は最後まで父の病気を全然受け入れられなくて、「もう私のお父さんは死んじゃったんだ」「父の代わりに違うおじさんが家に来たんだ」と思い込むことでなんとか心を保っていました。

どうしても、元気だった頃の父のことをずっと思ってしまって。父が変わってしまっても「これも人生の一つの過程だ」と心穏やかに受け入れられたらよかったんじゃないかな、と反省することもありますが……いや、でもやっぱり難しかったですね。

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『家族を忘れた父親との23年間』より

「つらい病気を乗り越えて前を向く」ができる人ばかりじゃない

テヲトル:その後、若年性認知症をテーマにした『夫がわたしを忘れる日まで』(KADOKAWA)を刊行されています。ふたたび病気についての漫画を描くことになったのはどのような経緯だったのでしょうか。

吉田いらこ『夫がわたしを忘れる日まで』(KADOKAWA)

吉田いらこ『夫がわたしを忘れる日まで』(KADOKAWA)

吉田:SNSで漫画を読んでくださった出版社の方が、「若年性認知症の漫画を描いてみませんか?」と声をかけてくれたんです。フィクションなのでハッピーエンドにすることもできるし、私の実体験も折り込みながら描いてみたいと思って引き受けました。

テヲトル:ご自身の経験を元に病気について描くことで、読む人にどんなことを伝えたいですか?

吉田:家族が病気になってつらくても大変でも、日常は淡々とそこにあって、毎日は続いていくんですよね。そのことをしっかり描きたいと思っています。

私自身も、父との生活はつらいこと一色ではもちろんなかったから。父は常に記憶がリセットされるので、おいしいスイーツを買って帰るといつも「こんなにおいしいものは初めて食べる」ってニコニコしてくれるのがうれしかったです。家族で大笑いしたこともありますし、父をショートステイに預けて母と妹とで旅行をしたのも良い思い出です。

そんなふうに、「家族が変わってしまっても、悲しいことばかりじゃないよ」と思ってもらえたらいいなと。

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『家族を忘れた父親との23年間』より

テヲトル:病気になって変わってしまうこともありますが、一方で変わらない日常もありますよね。

吉田:家族や自分が病気になったり障害を負ったりしたときって、「つらいことも乗り越えて前を向いて……」というようなドラマチックなストーリーを押し付けられるとか、逆に自分でそういうストーリーに結び付けて「そうならなきゃいけないのかな」って思っちゃったりとか、あると思うんですよ。

でも現実は全然そんなことなくて、腹が立つことも全部投げ出したくなることもありますし、そんなに簡単に受け入れたり乗り越えたりできないですし、特になんのドラマも起こらず普通に過ぎていく日ばかり。

私の漫画を通じて、「こういう感情を持って普通に生きてるんだよ」「こういう人もいるんだよ」と知ってもらえたらうれしいなと思います。

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『家族を忘れた父親との23年間』より

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この記事の補足情報

著者情報

  • PROFILE/ プロフィール

    吉田 いらこ

    子育てや暮らしについてのコミックエッセイを描く漫画家/イラストレーター。 著作に、実体験を元にした『家族を忘れた父親との23年間』『夫がわたしを忘れる日まで』(ともにKADOKAWA)。 Instagram:https://www.instagram.com/irakoir/

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