認知症の薬「抗Aβ抗体薬」で変わる治療|アプリ「ササエル」を使用した医師・当事者・ご家族のコミュニケーションの大切さ

認知症の原因で最も多いアルツハイマー病。その治療薬である「抗Aβ(アミロイドベータ)抗体薬」が登場したことによって認知症治療は大きな転換期を迎えています。
神奈川県でいち早く抗Aβ抗体薬の処方を開始し、もの忘れ外来の新規紹介の患者様が増え続けている平塚市民病院では、認知症治療の目的を「もの忘れの症状を減らすことではなく、ご本人の自立した生活を長く維持すること」と位置付けています。
しかしADL(日常生活動作)を維持できているかどうかは、医師でも限られた診察時間内に正確に把握することは困難であることから、医師と患者様とそのご家族様のコミュニケーションをサポートするアプリ「ササエル」を導入しています。
これからの抗Aβ抗体療法(抗Aβ抗体薬を使用する治療のこと)におけるADL維持の重要性と、アプリ「ササエル」を通じた患者様・ご家族様との新しいコミュニケーションのあり方について、平塚市民病院の福武滋先生(脳神経内科医長)が具体的な診療事例を交えつつ解説します。
平塚市民病院におけるアルツハイマー病治療
平塚市民病院の脳神経内科の福武と申します。本日はよろしくお願いいたします。
まず初めに当院の診療についてご紹介させてください。私は平塚市、秦野市、伊勢原市などからなる、神奈川県の湘南西部二次医療圏に属する平塚市民病院で脳神経内科医をさせていただいております。平塚市民病院は「断らない救急」をモットーに年間1万台を超える救急車を受け入れている、救急が活発な病院です。
そんな平塚市民病院で、毎週水曜日に「もの忘れ外来」を開いています。もの忘れ外来は予約さえしていただければ、もの忘れでお困りの方はどなたでも受診可能です。
2024年度に他院から紹介された患者様の数は前年度の倍以上と急激に増えました。2025年度もさらなる増加が見込まれています。これは、2023年12月に抗Aβ抗体薬が登場したことによって、医療現場における認知症診療への関心が高まった結果と考えられます。
もの忘れ外来の流れ
当院のもの忘れ外来の初診では、問診と診察を行った後、血液検査や頭部のMRI検査を行います。
アルツハイマー病が疑われる方は、2回目の外来で脳や脊髄の周りを流れる脳脊髄液を調べる検査(髄液検査)をして、3回目の外来時に、これまでの診察や検査の結果を踏まえて診断します。その結果、アルツハイマー病と診断し、適応のある方には、抗Aβ抗体療法についての説明をしています。
当院では、初診から抗Aβ抗体薬の導入までの期間は1カ月半〜2カ月程度です。抗Aβ抗体薬投与開始した場合は、初回投与から6カ月間は当院で投与を行います。導入してから6カ月後以降の投与については、近隣で連携をとらせていただいているフォローアップ施設(初回投与医療機関で安全が確認された後、継続して定期的な点滴投与を行う地域のクリニックや病院)での投与をお願いしています。フォローアップ施設については、現在、平塚市内の3病院に協力いただいています。

(提供:福武滋先生)
アルツハイマー病の原因とは?アミロイド仮説と抗Aβ抗体薬治療について
アルツハイマー病では、症状があらわれる前の40〜50歳頃から脳のタンパク質の変化が始まっていると考えられています。その仕組みを説明する代表的な考え方が「アミロイド仮説」というものです。
アミロイド仮説によると、アルツハイマー病の原因タンパクの1つである「アミロイドβ」自身が脳の神経細胞を障害するだけでなく、脳内にある程度蓄積してしまうと、もう一つの原因タンパクと考えられている「タウタンパク」を、記憶を司る脳の中心部(側脳室の内側など)から、脳の表面を覆う「大脳皮質」へと広げてしまい、脳細胞の障害を促進してしまいます。その結果、脳の神経細胞の障害が進み、脳萎縮を引き起こし、認知機能や記憶力が下がるとされています。

(文献1をもとに作成)
抗Aβ抗体薬は、投与によって脳内からアミロイドβを除去することでアミロイドβやタウタンパクによる神経障害を抑える効果が期待されています。また、この薬は今までの認知症の薬とは異なり、認知症の前段階であるMCI(軽度認知障害)の方も適応となります。そのため、もの忘れにお悩みで検査によって基準を満たす場合、早期治療の対象となる場合があります。
しかし、この薬でよく誤解されることがあります。それはこの薬でもの忘れが良くなるということです。抗Aβ抗体療法を行っている方やご家族様から「この治療を続けているのに、もの忘れが進んでいる気がする」と相談を受けることがありますが、そもそもこの治療の目的は、もの忘れを減らすことではありません。
もの忘れは脳萎縮の結果生じる症状です。この薬は萎縮した脳を治すことはできないので、脳萎縮の結果生じてしまったもの忘れの症状を完全に治すことはできないということを治療を希望される患者様とご家族様にまず説明し、誤解がないようにお話ししています。
これからのアルツハイマー病診療が目指すもの|ADLの重要性
ここで「じゃあ、もの忘れそのものは減らせないからしょうがないね」で説明を終えてしまうと、患者様とそのご家族様は困ってしまうので、改めて抗Aβ抗体療法の意義と目的についてご説明いたします。
これからのアルツハイマー病診療の目的は何でしょうか?それは、ご本人の自立した生活を長く維持していただくことです。
CDR-SB(clinical dementia rating-sum of boxes)という記憶、見当識(時間や場所、周囲の状況、人物を正しく理解する能力)、判断力と問題解決、地域社会の活動、家庭および趣味、身の回りの世話の6項目で構成された総合評価があります。
このCDR-SBは生活の自立度を測る指標の1つのADLというものと密接に関係しており、基本的ADL(移動、食事、排泄などの基本的な日常生活の様子)や手段的ADL(金銭管理や食事の準備といった社会的な生活を送るうえで求められる応用的な動作の様子)が現在どのようであるのか?また今後どのように変化するのか?を予測することに有用とされています。
例えば、CDR-SBが4.5を超えると、50%の人が手段的ADLの金銭管理、運転・移動、服薬・約束の管理、食事の準備という4項目のうち3つで支援が必要となり、11.5を超えると、50%以上の方が基本的ADLの支援が必要になるといわれています。

(文献2をもとに作成)

(提供:福武滋先生)
抗Aβ抗体薬の投与により、このCDR-SBの悪化を遅らせる、つまり患者様の自立した生活をより長く保つ効果が示されています。そしてアルツハイマー病の進行をより効率的に遅らせ、患者様の自立期間を延長させるためには、認知機能の低下が進んだ状態で投与を始めるより、ADLが保たれているMCIの段階、つまりCDR-SBの値が低い早期の段階で投与するほうがよいと考えています。
この薬でアルツハイマー病を治すことはできませんが、少しでもアルツハイマー病の進行を遅らせることは、経済的な負担や介護負担の面からも重要です。介護費用は、MCIから軽度の認知症へと1段階進行すると7倍以上に跳ね上がり、費用負担の増加が著しくなります。
介護費用だけでなく介護負担も、MCIから軽度認知症へと1段階進むと倍増し、その後も進行すると増加します。介護負担の増加は、ご家族様への影響も少なくなく、認知症は介護離職した原因として挙げられた健康問題の第1位となっています。

(文献5より作成)
もの忘れは、患者様やご家族様にとってたしかに気になる症状ですが、やはり、抗Aβ抗体療法の目的は自立した生活の維持です。治療により今あるADLを維持し、ご本人様だけでなく周りで支えるご家族様の自分らしい人生を守るということに大変意義あることと考えます。もの忘れ外来でも、「1年前に本人ができていたことが今もできる状態を維持している、つまり、自分らしい生活を送り続けられていれば、それは治療がうまくいっている証だと思いますよ!」とお伝えしています。
認知症の患者様が診療に望むことは?
クリニックに通院可能な認知症患者様に「認知症診療に望むこと」を調査した結果では、認知機能検査などのスコアの維持ではなく、「自分で決める自由」「家族とのつながり」「活動への参加」などが希望としてあげられています。
なので、われわれ医療関係者は、MMSEなどのスコアに一喜一憂するだけでなく、目の前の認知症の患者様が自分らしい生活を送れているかどうかをモニタリングする必要があります。
しかし、認知症患者様の生活状況の把握が大切だとわかっていても、短い外来診療の時間で把握できる内容には限界があります。また、認知症患者様のADL評価にさまざまなスコアリングシステムを使っていても、生活環境の異なる個々の当事者のリアルな生活を反映しづらく、生活状況の正確な把握はなかなか難しい状況でした。

(文献6より作成)
そこで私は、認知症患者様の「現在の生活環境のリアルを反映した情報がほしい」と考えるようになりました。そして、実はもう他の分野でその情報を駆使し、診療に取り込んでいるものがあることに気づきました。
それは、頭痛診療で使用している「頭痛ダイアリー」というものです。私はもの忘れ外来だけでなく、平塚市唯一の頭痛専門医として頭痛外来も行っているのですが、頭痛の悪化原因は、過労や家族関係などさまざまな要因があります。頭痛診療では、個々の患者様で異なる原因を把握するために、頭痛の程度や頻度などを記載する「頭痛ダイアリー」を活用しています。
天気、夜勤、疲労など、頭痛の原因となった事象の有無を書いていただき、社会背景の異なる個々の患者様で、それぞれどのようなときに頭痛が起きるのか?を見える化することが目的です。また、治療後の様子も見える化することで、頭痛治療のモチベーション維持、頭痛対策への自信にもつながっています。
もの忘れと生活状況をモニタリングできる|認知症・MCI診療サポートアプリ「ササエル」
頭痛患者様のための「頭痛ダイアリー」のように、認知症患者様向けにもの忘れと生活状況を客観的にモニタリングができるツールはないかと考えていました。そんなときに出会ったツールが「ササエル」でした。
「ササエル」はスマートフォンがあれば、初期導入コストはかからず、当院のような公立病院でもすぐに導入できるメリットがあります。日々の記録を通して、ADLのモニタリングが可能で、もの忘れの症状が悪化した、改善したなど、何か変化があった際には、コメント欄に記載できる機能もあります。

記録した内容は医療機関と共有ができるので、共有した内容はリアルタイムで医療機関からも確認可能です。医療機関は2つまで登録できるため、抗Aβ抗体療法の導入から6カ月が過ぎ、当院からフォローアップ施設に移行した後、当院とフォローアップ施設間での情報共有に役立っています。また、それだけでなく認知症専門病院とかかりつけ医、もしくは患者様が入居している施設とで二人主治医制をとっている場合の情報共有にも使用しやすいと思います。
「ササエル」の導入後は、もの忘れ外来の前日に記録内容に目を通しておき、当日の外来で記録内容をもとに、個々の患者様の生活環境に即したアドバイスや診療が可能となりました。
当院で「ササエル」を導入した動機は、抗Aβ抗体療法のADL維持を見える化し、患者様やご家族様・介護者様の治療のモチベーションにつなげたいという思いからでしたが、導入してみると、そのほかにもさまざまなメリットが見つけられました。
短い診察時間では見えにくい自宅の様子を把握|「ササエル」を使用するメリット1
「ササエル」を使用する1つ目のメリットは、短い外来時間だけでは医師が把握しきれない、ご自宅での生活の様子や気分の揺れに気づきやすくなることです。
具体的な事例を紹介します。抗Aβ抗体療法で診察している女性のお話です。「毎日元気でやっています」「特に変わったことはありません」と元気に通院されている方で、抗Aβ抗体療法を継続するためのモチベーションを上げることを目的に「ササエル」の利用を提案しました。
順調な経過に見えていましたが、「ササエル」の利用を始めてから、実は毎朝一人で泣いていることが判明しました。ご家族様によると、放っておくと自然によくなり、午後には本人は泣いたことを忘れるため、気にも留めていなかったとのことでした。
その後も記録を続けていただくと、朝だけでなく、一人になると不安や焦燥感から泣いていることがわかりました。これは認知機能低下の進行リスクとなりうる問題と私は判断しました。
あまり知られていませんが、抑うつや不安などの感情障害、幻覚や妄想などの精神症状は、認知機能低下の進行のリスクファクターといわれています。MCIから精神症状のない方が認知症に進行する平均的な期間は6.1年の一方で、感情障害もしくは精神病症状がある場合は3.5年、両方ある場合はさらに短い2.7年程度で認知症へ移行することが示されています。精神症状への早期介入は、認知症への移行を遅らせる可能性があるため、非常に重要です。
そして、アルツハイマー型認知症では、脳内にアミロイドβが溜まることで、前頭葉や扁桃体、青斑核での変性が起き、セロトニンやドパミンやノルアドレナリンの調節障害などの複数の機能低下が生じることによって感情制御が難しくなり、易怒性や焦燥、強い不安などのBPSD(認知症の行動・心理症状)が生じやすくなります。
「毎日ずっと泣いている」症状は、アルツハイマー病によるBPSD、認知症の進行リスクになると判断し、抗精神病薬の処方を開始しました。「ササエル」の記録をもとに適切な対応を検討できたことで、ご本人が落ち着きを取り戻し、ご家族様との外出を楽しむなど、穏やかな日常生活のサポートにつながったケースも経験しています。

「ササエル」のメモを見ることで、診療室では見えにくいご自宅での様子を把握することにつながっています
日々の体調変化の共有と認知症診療のサポート|「ササエル」を使用するメリット2
2つ目のメリットは、治療薬を開始した後のご本人の日々の様子、体調変化の気づきの記録ができることです。「ササエル」は、リアルタイムで記載内容が確認できるため、次回の外来受診までに明らかな副作用と思われる内容があれば、医療機関側から連絡して対応することも可能です。
このメリットは、軽度アルツハイマー型認知症の方への治療薬導入で発見しました。背景としては、この方は1日中テレビを見て過ごすことが多く、同居するご家族様が強い不安を訴えていました。日々の生活で、知的活動への取り組みや社会的活動への参加がないことは、認知機能低下の進行リスクとなるため、楽観視してはいけない状況です。
一方で、アルツハイマー病では、アセチルコリンという神経伝達物質の不足によって、実行機能や意欲の低下が引き起こされる「アパシー」の状態になることがあります。アパシーへの対応はお薬以外の介入が基本とされていますが、無気力ゆえに環境調整などでは改善が難しいことがあります。この方には、介護申請などの環境調整とともに、脳内のアセチルコリンの量を増やすお薬を処方しました。
お薬の副作用が出た場合にすぐ発見できるように、「ササエル」の使用を提案しました。「毎日書く必要はなく、一緒にいていつもと違うと思った時に使ってください。記録は私も確認し、フォローします」とお伝えし、「ササエル」の使用に同意いただきました。
「ササエル」での記録を通じて、ご本人の日々の小さな変化や、できるようになったこと(例えば家事の一部など)をご家族様と一緒に見つけることができ、診療時の前向きなフィードバックにつなげることができました。
外来時には、記録に関する前向きなフィードバックを行いながら、「自分でできることは少しずつやっていきましょう」と次の目標を立てることができました。ご家族様は今も定期的に記録を続けてくれ診療の助けとなっています。
「ササエル」の記録を継続しやすくするためには、「毎日がんばって記録する必要はない」と医療関係者から声かけをすることと、記録によって得られた成功体験を患者様、ご家族様などのケアパートナーと医療関係者とでしっかり共有することが大切です。
この方は血圧も記録してくれているため、「ササエル」を血圧手帳の代わりにできるという発見もありました。高血圧は認知機能低下の進行リスクだけでなく、抗Aβ抗体薬の副作用のリスクとなるため、血圧の記録も認知症診療においては重要です。

このように「ササエル」による日常生活の記録は、認知症患者様の日々の変化を可視化することができます(図はイメージ)
ご家族様の心理的負担の軽減とコミュニケーションの改善|「ササエル」を使用するメリット3
3つ目のメリットは、「ササエル」に日々の記録をつけること自体が、ご家族様(ケアパートナー)の気持ちの整理に繋がり、ご本人とのより良いコミュニケーションのきっかけになることです。ご家族様の不安が和らぎ、環境が穏やかになることで、ご本人が本来お持ちの能力を発揮しやすい状態につながるケースも経験しています。
これについては2年前からもの忘れがあり、他院でアルツハイマー病と診断された方とそのご家族様から、このメリットを発見しました。この方は、アルツハイマー病と診断された後、別の病院でアミロイドPET検査を受けたところ結果は陰性で、髄液検査で精査するために当院を紹介受診となりました。当院での髄液検査を行ったところ、陰性だったことから、アルツハイマー病によらないMCIと診断しました。
しかしご本人はもの忘れの自覚症状がない一方で、ご家族様は本人様のもの忘れ症状に強い不安を抱いており、外来中にも患者様ご本人に向かって、きつく当たる発言や仕草がみられました。こうした外来での様子から、なぜご家族様が強く当たってしまうのか?を確認するために、まずアルツハイマー病の診断を受けてからの家庭状況を伺ってみました。
すると、もの忘れの症状があらわれるようになってから、ご本人が物をなくしたり、予定を忘れたりするたびに、「なんでそんなことを忘れるのか」「しっかり覚えていなきゃダメでしょう」と毎日のように強く指摘していることがわかりました。さらに、今のご本人の状態を周りに知られてはいけないと考え、外出の機会を極端に減らしているとお話しされました。
そのような独自の対策を取っている理由を聞くと、「もの忘れ症状の進行が不安で仕方がない」「進行しないように私がしっかり言わなければならないと考えた」と、涙ながらに語っていました。ご家族様が考える、ご本人様のもの忘れに対する強い不安や抑うつ、このような姿を親戚に見られることへの恥じらいなども、ご家族様の過度な反応に拍車をかけていることもわかり、私が診察した時にはこの悪循環が形成されている状態でした。なので、まずはこの悪循環を断つことが最優先事項と考えました。
そこで、強い指摘や外出機会の妨げは、認知機能低下の進行リスクだとお伝えしたうえで、「認知症の程度はもの忘れ症状で決めるのではなく、今ある生活の中で自分らしい生活を送る能力があるかどうかで決まる」ということを説明し、それが患者様の生活でどうなるのかを記録するために「ササエル」の利用を提案しました。
記録開始後から、もの忘れへの焦る気持ちはあるものの、「いちいち言われなくても自分で進んで行動できるようになったと思います」など、もの忘れだけでなく、ご本人様が今できることに目を向けてくれるようになっていきました。
そして記録を続けていくうちに、外来でも当初のようにご本人様に当たる発言や動作はなくなり、生活に即した内容を伝えてくれるようになるなどの変化が見られるようになりました。環境調整とご家族様の対応の変化が功を奏したのか、患者様ご自身の生活に落ち着きが見られ、ご家族様とのコミュニケーションが改善に向かいました。ただ、長い間もの忘れに悩み続けて形成された悪循環をすぐに断ち切ることは難しく、初診から間もない頃は、ご本人様の短期間での少しの認知機能の悪化についてご家族様があわててしまい強く当たる発言が見られることがありました。
MCIの場合、このように短期間で急激に認知機能が変化することは考えにくいので、認知機能を低下させる別の要因がなかったかを丁寧に確認することが大切です。ご家族様が取り乱していると、外来では心当たりを見つけることが難しい場合がありますが、このような場合でも「ササエル」の日々の記録があると、冷静に振り返ることができます。
この方で「ササエル」の記録内容を確認すると、認知機能が急激に悪化したと考えられた期間に新型コロナウイルスに罹患していたことがわかりました。そこで、「今回の変化は体調の悪化に伴う一時的なものではないか。その場合は、時間が経てば改善が期待できますよ」と説明し、ご家族様も納得して経過観察の方針を選択されました。
新型コロナウイルスが治癒した2週間後には記録内容も落ち着き、元の生活の様子を取り戻しました記録を重ねるごとにご家族様のもの忘れに対する過度な不安も改善していき、現在も2〜3カ月の外来フォローで問題なく通院されています。
もの忘れについて不安を抱えているのはご本人様だけでなく、ご家族様もなのだという当たり前のことを、このケースを通して再認識しました。抗Aβ抗体薬の登場を契機に、認知症の当事者が自分らしい生活を送れているかの評価は今後ますます重要になります。MMSEやCDRのスコアだけに頼らず、「ササエル」の導入によって社会背景の異なる個々の患者様の自分らしい生活をモニタリングすることで、われわれ医療関係者は一歩踏み込んだ治療に臨んでみる必要があるのではないでしょうか。
記録を開始したばかりの頃は、患者様やご家族様はうまく記録できないと感じるかもしれませんが、外来のたびに「ササエル」の記録内容を踏まえた診療を行うことで、「ササエル」の記録が役立っていることを実感していただくことで、記録が継続しやすくなると感じています。

毎日の記録のまとめ(図はイメージ)
「ササエル」に関するQ&A
会場からの質問(医療関係者より):
「ササエル」を紹介する際、アプリの説明はどの程度されていますか?紹介のポイントがあれば教えてください。
- 福武先生

「ササエル」を紹介する際はパンフレットをお見せして、「二次元コードからダウンロードできますよ」「普段の日常生活動作を記録していくと、年間でまとめを見ることもできます。日々の生活状況の振り返りや、医師との情報共有のサポートとして使ってみてはいかがですか」と簡単に説明しています。
強くアピールしているのは、医療機関と連携できる点です。「私も見られるので、一緒に記録を確認して治療に活かしていきましょう」と話しています。
「ササエル」の記入例(サンプル画面)を見せることもあります。また毎日書く必要はないことや一言程度の記録でもいいことなどを話して、そんなに気を張らなくていいという点も、説明のポイントになるのではないかと思います。
- 内門先生

私は、平塚市のメモリーケアクリニック湘南(抗Aβ抗体療法のフォローアップ施設)で勤務しており、福武先生と「ササエル」で情報を共有している患者様もいます。抗Aβ抗体療法導入前に私の外来に通院されていた方に「ササエル」を導入し、平塚市民病院で抗Aβ抗体療法を6カ月行い、その後また当院に戻ってくるという診療連携をしています。
初期導入施設とフォローアップ施設の両方で「ササエル」で状況を確認することで、患者様が安心感を持つ印象があります。
- 福武先生

平塚市民病院からフォローアップ施設に転院する際、患者様が不安に思われることもあると思います。「ササエルで記録を付けていただければ私も確認して、何かあれば連絡します」とお伝えしており、フォローアップ施設へのスムーズな移行に役立っていると思います。
- 内門先生

「ササエル」利用者の中で、「家族と温泉に行った、旅行した」などといった記録をする方もいます。そのような記録があると、診察時の話題が広がると感じています。
また、便失禁があったことなど、ご家族様が外来時に言いづらいと感じることも書いてくる場合があります。
福武先生は、ライフイベントや直接言いづらい内容の記載についてどのようにお考えですか。
- 福武先生

ライフイベントがあったら書いてくださいと説明しているので、書いてくださるケースが多いです。便失禁など、ご本人の前で言いづらい内容についても、「ササエルに書いたので見てください」と言われることがあります。
「ササエル」を導入する前は、長文のお手紙をいただくことがあったのですが、「ササエル」に記入いただけるようになって、私も記載内容を確認しやすくなりました。
患者様にエピソード記憶の状態を確認する際に「この前、どこかへ行きませんでしたか」と話題を振ることもあります。
- 内門先生

「ササエル」の導入によって、診察に深みが出ることを体感されているのですね。
「ササエル」は、抗Aβ抗体療法の登場によって開発されたアプリケーションだと思いますが、さまざまな使い方が出てきていることがわかりました。ありがとうございました。
この記事の補足情報
参考文献
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著者情報
- PROFILE/ プロフィール

福武 滋
平塚市民病院脳神経内科医長 2014年聖マリアンナ医科大学卒業。同年より湘南藤沢徳洲会病院に勤務。2019年4月神経内科医員、2021年4月医長。 2022年4月聖マリアンナ医科大学内科学脳神経内科助教、2022年より現職。 資格: 日本内科学会総合内科専門医 日本頭痛学会専門医・指導医 日本神経学会専門医 日本認知症学会専門医・指導医 日本臨床神経生理学会専門医(筋電図・神経伝達分野〔EMG〕) 認知症予防学会 代議員
- PROFILE/ プロフィール
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