お話を伺った方
プロフィール
鳥取県 福祉保健部
ささえあい福祉局
長寿社会課 いきいき長寿推進担当
係長 藤原 浩明(ふじはら ひろあき)様
長寿社会課にて、認知症のご本人・ご家族の声を施策に反映する「本人ミーティング」や、若年性認知症の支援、ICT・デジタルを活用した情報発信・見守り事業の推進など、多様な主体との連携を重視し、高齢者虐待防止や介護人材育成など高齢者福祉全般にも幅広く関わる。 |
鳥取県では高齢化が進む中、大学や自治体、民間が協力して、科学的な認知症予防プログラムの開発や普及、住民が参加しやすい支援体制づくり、ICTの活用、アルツハイマー病の新薬への素早い対応など、さまざまな先進的な取り組みを進めています。こうした総合的な活動をしていることから、全国でも「認知症の対策が進んでいる県」として高く評価されています。
今回は、高齢者福祉全般を担当している長寿社会課の藤原 浩明さんに、鳥取県の認知症施策の特徴や背景、現状、そしてこれからについてお話をうかがいました。
「本人の声」が動かす地域づくり
鳥取県が認知症施策に力を入れるようになったきっかけは何だったのでしょうか?
やはり大きかったのは、2023年6月に「認知症基本法(共生社会の実現を推進するための認知症基本法)」が成立したことです。
この法律で、認知症のご本人も含めて誰もが尊厳と希望を持ち、共生できる社会を目指すという方針が示されました。
それを受けて、県でも独自の認知症施策推進計画を策定し、認知症のご本人の社会参加支援、共生社会の実現、若年性認知症への支援、医療体制の充実、人材育成などを重点事業としています。
もともと鳥取県は全国と比べても高齢者の割合が高い(高齢化率33.5%)ので、認知症の方も多いといえます。2020年時点で人口は約55万人ですが、2035年には47万人に減る一方で、75歳以上の高齢者の方は大きく増えると見込まれています。
高齢者の方の約3〜4人に1人が認知症またはその前段のMCI(軽度認知障害)のご本人だとすると、県内で約4万8000人くらいだと推計されています。単身高齢者世帯も増えているので、そういった地域の課題も背景にあります。
加えて、県内では「認知症の人と家族の会」が活発に活動していて、ご本人やご家族の声を聞ける機会が多く、施策に反映する文化がもともとありました。鳥取県出身で全国的に活動されている若年性認知症ご本人の藤田和子さんの存在も、県の認知症施策推進に大きな影響を与えています。
認知症施策で特に大事にしていることや特徴は何ですか?
一番の特徴は「本人の声」を出発点にしていることです。
「認知症の人と家族の会」と連携して、本人ミーティングを県内の東部・中部・西部の3地域で定期的に開催し、「本人の声」を直接聞く場を設けています。そこで「地域で暮らしやすくするために必要なこと」など、意見を直接聞いて県の認知症施策推進計画に反映し、具体的な事業につなげています。
本人ミーティング(東部)後のカフェタイム本人ミーティング(西部)認知症の人の川柳披露
「本人の声」から生まれた具体的な取り組みをおしえてください。
たとえば、「買い物がしづらい」という声から生まれたのが、令和7年度から始まる「スローショッピング実施支援事業」です。
ファミリーマートでの実証実験では、BGMの音量を下げたり、お会計の時に計算に時間がかかっても焦らないよう店員がゆっくり対応したり、聞き取りやすい口調で接客するなど、自分のペースでゆっくり買い物できるように工夫しました。
「ゆっくり買い物できて楽しかった」という感想や、お店側からも「客単価が上がった」という反応がありました。
ファミリーマートからももう一度開催したいという声があり、次回は栄養士と連携し、家族には「こういう食べ物を食べるといいよ」と栄養士が指導して、ご本人は自由に買い物する。その様子を栄養士が見る、というような本人ミーティングと組み合わせたイベントも検討しています。モデルスキームから要領や補助制度を検討して、県内での普及を進めていきます。
若年性認知症への支援も、藤田さんの声から始まったものだったのでしょうか?
そうです。藤田さんご自身が、看護師として勤務している時に診断された若年性認知症のご本人でいらっしゃるので、若年性認知症の方への支援の必要性、その中でも特に就労が重要だという声をいただきました。
藤田さんは精力的に講演や執筆活動などを行い生活されていますが、早期退職を余儀なくされる場合もあるので、早めに相談できる体制が必要だと提言されていました。
本人が家族や子供の世話をしている世代であり、お金の関係の不安が大きいことから、「若年性認知症サポートセンター」を設置し、生活、就労等相談に応じた家庭訪問、受診同行、職場訪問等きめ細やかなサポート全般を実施しています。
令和5年度は本人からの相談が1,300件以上、家族からの相談が600件以上も寄せられました。
あわせて企業関係者側にも、若年性認知症の理解の促進と正しい知識の周知のためのセミナーを、年に10回程度開催しています。
科学的アプローチとICTで広がる支援
全国的にも有名な「とっとり方式認知症予防プログラム」について教えてください。
とっとり方式認知症予防プログラムは、鳥取県が鳥取大学医学部の浦上克哉 先生(日本認知症予防学会 代表理事)や伯耆町(ほうきちょう)、日本財団と連携して2016年度から開発した、県独自の認知症予防プログラムです。
運動、認知症について学ぶ座学、思考力などを刺激する知的活動の3つを組み合わせ、週1回実施します。県内でのモデル実施や実証実験を通じて、認知機能や身体機能の維持・向上に効果があることが確認されています。特に、MCI(軽度認知障害)の段階から生活習慣を見直したり、運動や知的活動を続けることで、認知症の発症や進行を遅らせる効果が期待できます。
市町村が主催する介護予防教室や地域のサロン、老人クラブ活動など、県内すべての行政や民間によって実践されており、全国からも注目されています。
また、新型コロナの影響で教室が中止になった際にはDVDや動画配信を活用し、自宅でも取り組めるようにしました。
運動、座学、知的活動の様子
ICTやデジタル活用も進んでいるようですが、ほかにはどんなことを実施されていますか?
令和4年度から公式LINE「脳とからだの健康LINE」を作って、浦上先生監修の認知症予防やフレイル予防の情報、イベント案内、リスクチェックツールなどを配信しています。今は登録者が1,300人を超えていて、特に中高年層への情報発信に役立っています。高齢者はもちろんですが、もっと若い世代にも知ってもらいたいと思ってLINEを活用しています。
ほかにもICTを活用した認知症行方不明防止支援事業では、GPSなどを使った見守りシステムへの補助も行っています。若年性認知症の方の行方不明事案をきっかけに警察との連携も強化しています。
最新の医療や法制度へも迅速に対応されています。鳥取県アルツハイマー病治療薬間接補助事業(※)についても教えてください。
アルツハイマー病治療薬(主にレカネマブ)の保険診療が可能になったことを受け、早期検査や治療にかかる費用の一部(初期検査は全額、治療は半額)を最大40万円まで補助する制度を設けています。これは県民の経済的負担を軽減し、早期発見・早期治療を促進することを目的としています。
これまで4市町で実施しており、鳥取市では数名の方が利用されています。令和7年度からは回数制限をなくし、アミロイドPET検査も対象に加えるなど、より使いやすい制度へと改善を進めています。
※鳥取県老人福祉計画、鳥取県介護保険事業 支援計画及び鳥取県認知症施策推進計画 〜鳥取県⾼齢者の元気福祉プラン〜 (令和6〜8年度)
これからの課題と、地域の未来
さまざまな取り組みをされていますが、地域住民の反応にも変化を感じますか?
はい、認知症サポーター養成講座は2006年から取り組んでいて、講座開催数は人口あたり全国1位を達成しました。LINE公式アカウントの登録者も年々増えています。
ほかにも認知症の方が行方不明になった際に、家族や関係機関、地域住民が連携して早期発見・保護を目指す行方不明時のSOSネットワークなど、地域全体で認知症の人を支える体制が構築されつつあります。
一方で、地域住民の認知症に対する理解はまだ十分とは言えません。意識調査では「認知症の人は施設に入った方がいい」と考える人がまだ多いという結果もでています。
しかし啓発活動によって少しずつ改善がみられていますので、普及・啓発活動は引き続き必要だと感じています。
施策が充実している一方で、残る課題や今後の活動はどのようなものがありますか?
最大の課題は「認知症=何もできない」という誤解の払拭です。
認知症になってもやりたいことやできることがあり、住み慣れた地域で暮らし、希望を持って自分らしく生きられるという「新しい認知症観」の普及が必要です。
また、早期相談・早期対応の大切さも伝えていきたいですね。特に若い世代や中年層への啓発がまだ足りていないので、イオンモールでの啓発活動や大学生との交流など、幅広い世代に働きかけています。
今後は「スローショッピング事業」を県内各地に広げ、認知症の方の社会参加機会を増やすとともに、地域の商業機能維持にも貢献したいと考えています。
特に過疎地域ではお店が閉まってしまう問題もあり、買い物という日常活動を通じた地域活性化も視野に入れています。
ご自身が印象に残っている経験や気づきはありますか?
認知症の本人の方と接する中で、「できないこと」ではなく「できること」「やりたいこと」に着目することの大切さを実感します。例えば、昔の話をよく覚えていて生き生きと語る様子や、社会参加や外出の機会が増えることで表情や行動が変わる場面を多く見てきました。
また、認知症の中核症状(もの忘れなど)は進行を遅らせることはできても完全に止めることは難しいですが、周辺症状(BPSD:行動・心理症状)は適切な環境や関わりによって改善することがあります。家に閉じこもりがちだった方が、活動に参加するようになって話すようになったり、外出できるようになったりする変化を目の当たりにし、福祉の力の可能性を感じています。
鳥取県の認知症施策は、本人や家族の声を大切にしながら、地域全体で支え合う仕組みをつくっています。これからも「本人参加型」の取り組みを広げていきたいと思います。
まとめ
認知症の施策というと、どうしてもご本人やご家族への支援に注目が集まりがちです。
しかし、鳥取県の取り組みを取材して改めて感じたのは、本人やご家族が外に出て社会参加することが、実はその地域全体の経済や活力を維持することにもつながっている、という相互関係に目を向けることの大切さです。
認知症の方が地域で安心して暮らし、活動できるようになることで、町の機能や商業も元気になり、結果として誰もが暮らしやすい地域づくりが進む ーー。
そうした広い視野を持って施策を進めている点が、鳥取県の大きな特徴だと感じました。本人参加型の施策を徹底し、「本人の声」を出発点に地域全体の未来を見据える鳥取県の姿勢は、今後の認知症政策のモデルケースになると感じました。