認知症本人としての思いや経験の発信を続ける藤田和子さんが2025年8月、2作目の著書となる『認知症になってからも自分らしく! 本人の声がひらく新しい認知症観の時代へ』を上梓しました。今回、藤田和子さんにこの書籍を執筆するに至ったきっかけや、タイトルに込めた「自分らしく」という言葉への思い、そしてこれからの社会に向けたメッセージを伺いました。
執筆のきっかけは世の中の「認知症観」の変化

藤田さんが2作目となる書籍を執筆しようと思ったきっかけは何でしょうか。
2017年に初の著書『認知症になってもだいじょうぶ! そんな社会を創っていこうよ』を出版してしばらく経ち、私や私が活動を共にする方の状況、また世の中の状況と価値観が変わってきたと感じています。
昔のように「認知症になったらおしまいだ」「なりたくない」という時代ではなく、「認知症になっても大丈夫」「認知症になってからも、自分らしく生きることができる」という「新しい認知症観」が広まりつつある。認知症に対するこの新しい価値観を、すべての方に共有したいと思ったことが、執筆の動機の1つです。

「新しい認知症観」を多くの方に共有したいという思いが動機なのですね。
はい。これまでも認知症を取り巻く環境を変えてきたのは、認知症の本人の声です。「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」や「認知症施策推進基本計画」でも、本人の声を起点とすることが前提とされています。これからは誰もが、新しい認知症観をもって「自分らしく生きることができる社会」を本人とともに切りひらいていくというメッセージを伝えたいと思いました。
執筆しようと構想を練り始めたのは2023年。2年をかけて作り上げた書籍となっています。
自分で人生を切りひらく気持ちを失わないでほしい

タイトルの「自分らしく」に強い思いを感じました。ご本人として、どのような思いを込められているのか教えていただけますでしょうか。
「自分らしくとは何だろう」と戸惑う方は多いと思います。認知症と診断されたタイミングや認知症とともに生きる過程で、何度も大きなダメージを受けます。その度に「もうだめだ」と諦めに近い気持ちになるんです。そして、周囲の方の手助けを借りながら生活を送る中で、自分が主体ではないという感覚になってしまうことがあります 。
たとえ誰かの助けを借りていたとしても、「自分自身で人生を切りひらく」という気持ちを失ってはいけないと思っています。タイトルの「自分らしく」とは、今何をしたいのか、これから何をしたくて、何をしたくないのかを選択していくことです。
認知症によって起きる出来事や症状に振り回されて落ち込んで、本人が負の感情に飲み込まれてしまうのではなく、自分自身をしっかり見つめること。認知機能の低下ともしっかりと向き合うこと。それが認知症とともに生きる私たちにとっての「自分らしく」だと考えています 。
また、本人が「がんばろう」と思っても、家族や周囲の方が止めてしまうことがあります。主体性を奪っているつもりがなくても、関わり方によっては、本人が主体的に生活しづらくなってしまうことがあります。
家族や周囲の方には、「どうしたいのか」「これをやってみようか」と本人と対話をしながらともに歩んでいただきたいですね。

今回、執筆中に楽しさや難しさを感じたのはどんな時でしたか?
打ち合わせで、どういう世の中になったらいいかを共有しながら、書籍では何をどう伝えたらいいか、関係者みんなで議論をしたことが楽しかったです。
一方で、なかなか書籍としてまとめることが大変でした。より良い書籍にしたいという思いが強く、修正のタイミングで読み返すと気になる部分が出てきて、また修正をするという繰り返しでした。ゲラ(校正刷り)ができてから出版まで3か月かかってしまいました。
聴き手の島村八重子さん(全国マイケアプラン・ネットワーク代表)と藤田さん。二人三脚で新刊を完成させました。

新たな書籍を出版してから、藤田さんの気持ちや生活に変化はありましたか。
本にサインをする際には日付を書くようにしているのですが、そのことについて「この日にこの本に出会ったことがわかっていい」と話してくださる方がいました。本書が、新しい認知症観をもとに一歩踏み出す人を増やすきっかけになるかもしれないと期待しており、前向きな気持ちになれています。
また、私ががんばっている姿を見て、夫も一緒に元気になってきている感じがします。応援する様子を見せてくれるようになりました。

この書籍をどのような方に読んでほしいですか。
認知症の本人はもちろん、行政関係者、介護施設の職員の方には一度手に取っていただいて、施設の改善に役立てていただきたいです。また、認知症の本人が製品・サービスの開発プロセスに参画し、企業とともに新しい価値を生み出す「オレンジイノベーション・プロジェクト」についても触れているので、企業の方にも、認知症になった後も働きやすい職場かを見直すきっかけにご活用いただければと思います。
また、これまで認知症のことに関心をもてなかった人たちにも読んでいただいて、「認知症に関する書籍は医療・介護関係者が読むものだ」ととらえずに、自分ごととして考える機会にしてほしいと願っています。

幅広い方々を挙げられましたが、医療関係者の方々に対しては、本書を通してどのようなメッセージを届けたいとお考えですか?
医師にも新しい認知症観への理解を深めていただきたい気持ちがあります。二次予防(早期発見・早期対応)に意味があるのか疑問に思っている医師もいるようなのですが、多くの認知症の本人は自分の状況を理解していて、何が原因なのかを知ることで安心し、その後の生活を考えることができるのではないかと考えています。
一方、三次予防(重症化予防、機能維持)で大切なのは、脳トレではなく、主体性を持って生活を送ることです。本人に、医師のみなさんには、認知症になっても「主体的に生きることは不可能ではない」と伝えていただきたい思いがあります。
自分が認知症になったらどうしたいかを考えることが新しい認知症観への一歩

最後に、藤田さんがこれから挑戦したい活動について教えてください。
私は、研修や講演の中で「自分が認知症になってもやり続けたいことは何ですか?」と問いかけるようにしています。「認知症の人に何をしてあげるか」ではなく「自分がもしなったらどうしたいか」を考えてもらうんです。そうすると「友達とランチがしたい」「スポーツ観戦を続けたい」「優しく語りかけてほしい」など、さまざまな声が出てきます。自分が認知症になることを起点とした考え方、これがまさに新しい認知症観だと思うんです。
中には、「自分が認知症になったときのことを考えたくない」という方もいます。その背景には「認知症になりたくない」という認知症の偏見に基づく古い考え方があるのではないでしょうか。みんなで楽しく語り合うと、「認知症になりたくない」という気持ちが解けて、考え方が変わることもあるので、これからも語りかけを続けて、新しい認知症観を広めていきたいです。
藤田和子さん|プロフィール
藤田 和子 さん
一般社団法人日本認知症本人ワーキンググループ 相談役理事
1961年、鳥取市生まれ。看護学校卒業後、看護師として市内の総合病院に7年間勤務。同居する義母、義父を10年余り介護した後、個人病院に復職し8年間勤務。
その後、別の病院でもアルツハイマー病の診断を受ける。2010年から認知症になっても自分らしく暮らせる社会をつくるための活動を続け、2025年6月まで日本認知症本人ワーキンググループの代表理事を務めた。
地元の鳥取市で「認知症になってからも自分らしい生き方を考えるサロン」(公民館サロン)「本人ミーティング」を2カ月に一度開催。月に一度、鳥取市からの委嘱を受けて「おれんじドアとっとり」のピアサポーターとして活動している。
2025年8月、『認知症になってからも自分らしく! 本人の声がひらく新しい認知症観の時代へ』(メディア・ケアプラス)を出版。




