「年老いてからおしゃれなんて」「認知症の方にメイクをしても喜ばれない」――そんな固定観念を、<介護美容>の力が塗り替えようとしています。
近年、介護美容が認知症高齢者の生活の質(QOL)向上や、脳の活性化に良い影響を与えるという研究結果が注目されています。しかし、介護美容の本質は単なる「お化粧」ではありません。それは、鏡を見るのを諦めていた方の尊厳を取り戻し、本人や家族の心に「彩り」を灯すこと。
29歳で高齢者向けコスメメーカーを起業した堀口カストゥリさんは、自身の祖母との関わりを通じて、その「奇跡」を目の当たりにした一人です。
かつてオシャレで活発だった祖母が、認知症をきっかけに無表情な「別人」のようになってしまった葛藤。そこから1本のマニキュアをきっかけに、再び名前を呼んでくれるまでの軌跡。
今回は、堀口カストゥリさんが提唱する<介護美容>の意義と、現場の声から生まれた「ペン型マニキュア」に込められた想いを伺いました。
介護する側もされる側もポジティブな循環を生み出す<介護美容>の導入効果

2024年の第25回 日本認知症ケア学会大会で介護美容施術は認知症高齢者の生活のしやすさに影響を与える可能性があるという実証研究結果が発表されるなど、近年は<介護美容>の効果も広く知られるようになりました。介護現場で<介護美容>を導入する事例も増えているのでしょうか。
私が起業した2021年当時にも、介護美容を「取り入れたい」という現場はありました。ただ安全性や使い勝手の観点から、従来のマニキュアは介護現場で扱うのは難しいという声が多かったです。だったら「懸念点を全て解決したマニキュアを作ろう」と思ったのが、起業のきっかけでした。

<介護美容>のメリットは高齢者のQOL向上などさまざまあると言われます。美容の手法も多様ですが、堀口カストゥリさんがマニキュアにこだわる理由はありますか?
自分にノウハウがあったことや、祖母が喜んでくれたということが一番の理由でしたが、実はマニキュアは鏡を見なくても自分で視認できる唯一のコスメなんですよ。
ネイルレクリエーションでは手をマッサージすることから始める
(写真提供:堀口カストゥリさん 以下同様)

たしかに顔に施すメイクは、鏡を見ないと自分ではわからないですよね。
そうなんです。実はこれはとても大きなメリットで、高齢になると「老いた顔を見たくない」と鏡を見る機会が減ってしまう傾向があるんですね。また安全性の観点から鏡を置いていない介護施設もあります。

そのようにして美容離れが起きてしまうと。
そうなのかもしれません。私が施設で提供しているネイルレクリエーションでは、最初にハンドクリームを塗って手をマッサージするところから始めるのですが、それだけで「こんなの久しぶりだわ」と歓声が上がったり、涙を流して喜んでくれた方もいました。

マニキュアどころか、ハンドクリームを塗ることすら、介護される側になると特別な行為になってしまうのですね。
ですので、私はマニキュアにこだわる必要はないとも考えています。最近は福祉系の大学や専門学校、あるいは自治体などで<介護美容>についてのレクチャーや講演をさせていただくことも増えているのですが、そうした場では「前髪を整えて差し上げるだけでも効果があるんですよ」とお話ししています。
学校での講義で、生徒のみなさんと

そんな簡単なことでも?
自分に置き換えてみてもそうですよね。オシャレした日は気持ちもウキウキとお出かけが楽しくなるし、逆に髪がボサボサだったら誰にも会いたくない。その気持ちは年齢を重ねても、それこそ認知症になっても変わらないと思うんですよ。

自分で身だしなみを整えるのが難しくなっても。
そこを少しサポートしてあげるだけでいいんです。介護現場でよく聞く「デイサービスに行きたくない」という悩み。実はその裏には、老いた自分を見られたくないという心理が隠れていることがあります。
ある方が帽子ひとつで外出に前向きになったように、マニキュアもまた、鏡を見なくても自分を確認できる「一番身近な自信」になります。指先が整うことで「誰かに見せたい」という欲求が生まれ、それが社会とつながる最初の一歩になるのです。

<介護美容>には介護する側の負担を軽減する効果もあるのですね。
認知症の症状として言葉が荒くなっていた方にマニキュアを塗って差し上げたところ、介護スタッフさんも驚くほど穏やかな表情になったこともありました。見た目をキレイにするのはあくまで手段。対等な個人としてその方の尊厳を守るのが、<介護美容>の真の目的なんです。
マニキュアは鏡を見なくても自分で視認できる唯一のコスメ


