2022年時点の65歳以上の認知症の有病率は12.3%、全国の認知症の当事者の数は約443万人と推計されました1。これは高齢者のおよそ8人に1人が認知症の当事者であることを示唆しています。
また、日常生活にまだ支障はないが認知症のリスクが高まっているMCI(軽度認知障害)の当事者の数は約558万人と推計されており、認知症とMCIの当事者をあわせると1,000万人以上になると考えられています1。
この記事では、MCI(軽度認知障害)の日本人高齢者を対象とした、認知機能低下の予防を目的とした多因子介入の有効性を検証した日本初の研究である、「認知症予防を目指した多因子介入によるランダム化比較試験(Japan-multimodal intervention trial for prevention of dementia;J-MINT)」について、その内容と結果をわかりやすく解説します。
多因子介入とは?
J-MINT研究は、認知症のリスクを持つ高齢者を対象に、日本人の生活習慣に合わせて作られた多因子介入プログラム(生活習慣病の管理、運動指導、栄養指導、認知トレーニングの4つを同時に取り組むプログラム)を実施することで、認知機能の低下予防に効果があるかを調べた大規模研究です2。
これまでに明らかになっている認知症のリスク因子3に対しては、個別に介入を行っても認知機能低下・認知症の抑制効果は限られており、複数のリスク因子に同時に介入する多因子介入プログラムが世界でも標準となっています4。
多因子介入とは、運動だけ、食事だけといった単一の対策ではなく、生活習慣病の管理、運動指導・栄養指導・認知トレーニングを同時に行うアプローチを指します。
J-MINTの研究の流れ
J-MINTでは、65~85歳で同年代と比較して少し認知機能が低下しているものの、日常生活は問題なく過ごせている方(MCIの当事者)531名を対象としました。
参加者は、多因子介入プログラムを受ける265名(介入群)と、通常の健康管理を受ける266名(対照群)に群分けされ、18カ月間の追跡調査が行われました。
- ・介入群(多因子介入プログラムを受けるグループ): 「生活習慣病の管理」「運動指導」「栄養指導」「認知トレーニング」の4つを組み合わせたプログラムを実施。
・対照群(多因子介入プログラムを受けないグループ): 2カ月に1回の「健康情報の提供」と、一般的な「生活習慣病の管理」を実施。
J-MINTで実践された認知症予防のための多因子介入プログラム
介入群で実施された認知症予防プログラムは、さまざまな活動を組み合わせる多因子介入プログラムで、相乗効果を生み出すことを目指して設計されました。
生活習慣病の管理(治療と予防)
糖尿病、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病は認知症のリスク因子として報告されています3。J-MINTでは、すべての参加者に対して、各医療機関やかかりつけ医のもとで、最新のガイドラインに基づいた生活習慣病の管理が行われました2。
運動指導(週1回90分の教室+日々の活動)
参加者は週1回、90分のグループ運動に参加しました。運動の内容には、筋肉のストレッチ、筋力トレーニング、有酸素運動、計算やしりとりなどの頭を使う課題と運動を同時に行う二重課題運動(デュアルタスク)、および行動変容を促すためのグループミーティングが含まれていました。
また、リストバンド型活動量計を配布し、日々の歩数や活動量をご自身で確認できるようにすることで、運動に対するモチベーションを向上させて日常的な活動量の増加を促しました2。
栄養指導の実施
栄養指導は、健康相談員による面談(1回60分)と、1ヶ月ごとの電話相談4回(1回10〜15分)を1セットとして研究期間全体の18カ月間で「対面3回+電話12回」の計画で実施されました。
指導内容は、最初の6ヶ月間は生活習慣と食事行動の改善に焦点を当てた栄養カウンセリングが実施され、その後の7〜18カ月間は、認知機能と身体機能改善に必要な食事摂取に関する指導が実施されました。
また、後半の7〜18カ月の期間には、バランスの良い食事(魚介類、乳製品、野菜、果物、緑茶などの摂取推奨)に加え、咀嚼・嚥下機能(食べ物を噛んで飲み込む力)、および口腔ケアに関する衰え(オーラルフレイル)を防ぐための指導も含まれました。
参加者は自ら行動目標を立て、達成状況を確認しながら進めました2。
認知トレーニングの実施
専用の認知トレーニングソフトが入ったタブレット端末が配布され、参加者は自宅で認知トレーニングに取り組みました。 「1日30分、週4日以上」の認知トレーニングが推奨され、3カ月ごとに特に集中的に取り組む「強化期間」を設けて実施されました2。
J-MINTの結果
18カ月後、総合的な認知機能スコアにおいて、介入群全体と対照群全体の間には、統計的に有意な差はみられませんでした。 しかし、介入群を「運動教室への参加率」で分けて詳しく分析したところ、重要な結果が得られました。
- ・運動教室の参加率70%以上の方:対照群や参加率が低い方と比較して、認知機能が有意に改善していました。
・運動教室の参加率70%未満の方:対照群と比較して、有意な改善効果はみられませんでした。
つまり、MCIの高齢者において、多因子介入プログラムを運動教室の参加率70%以上で継続できた方に、認知機能の改善が示されました2。
アルツハイマー病の遺伝的リスクとなるAPOEε4(遺伝子)を持つ方への検証
さらに、APOEε4という遺伝子を持つ方に着目した解析も行われました。 アルツハイマー病やレビー小体型認知症の遺伝的リスクである、APOEε4を持つ方は、認知機能が低下する可能性が高いと考えられています。
しかし、J-MINT研究に参加したAPOEε4を保有する方々では、対象群と比較して、介入群において認知機能が維持されており、18カ月後には両群間で有意な差が認められました。
これは、遺伝的なリスクがあっても、多因子介入プログラムを実践することで、認知機能の維持・改善が期待できる可能性を示唆する結果を示しています4。
最新のJ-MINTの解析|血圧・血糖・脂質の管理が不十分な人ほど認知機能低下の効果を期待
2025年11月、国立長寿医療研究センターの研究グループは、J-MINT研究のデータをさらに詳しく分析した新たな結果を発表しました5。
研究全体では介入群と対照群の間に明確な差はみられませんでしたが、対象者を「血管リスク(高血圧、高血糖、脂質異常)の管理が不十分な人」に絞って解析したところ、多因子介入プログラムが認知機能低下の抑制に有効であることが明らかになりました。
具体的には、収縮期血圧が140mmHg以上、ヘモグロビンA1cが6.5%以上、または脂質異常などの基準に該当する参加者(解析対象の約7割)において、プログラムを受けた群は対照群と比較して、認知機能が維持・改善しやすい傾向が確認されました。
さらに、介入によって収縮期血圧やHDLコレステロールなどの数値そのものの改善もみられました。
これまで、認知症予防の効果が出やすい人を特定するには遺伝子検査などの特別な検査が必要と考えられてきました。
しかし、この結果は、特定健康診査(いわゆるメタボ健診)などでわかる一般的な検査値(血圧・血糖・脂質)を見るだけで、多因子介入の効果が得られやすい方を見つけられる可能性を示唆しています。
まとめ
J-MINT研究の結果より、以下の点が示唆されました。
・運動教室の参加率が高く(70%以上)多因子介入プログラムを継続できた人に、認知機能の改善効果が示されました。
・多因子介入プログラムの実践は、遺伝的リスク(APOEε4)を持つ人や、血管リスク(高血圧・高血糖など)がある人において、特に予防効果が期待できることが明らかになりました。
・多因子介入の重要性:運動、食事、認知トレーニング、生活習慣病管理を組み合わせることで、認知機能の低下抑制につながる可能性があります。
重要なのは「完璧な予防法」を求めるのではなく、できることから始めて、可能であれば家族や知人と一緒になり、人との交流を持ちながら無理なく続けることです。一つひとつは小さな取り組みでも、それを組み合わせて継続することが将来の健康につながるでしょう。


