認知症という言葉はよく知られていますが、SCDという状態については、馴染みがない方がほとんどではないでしょうか。SCDはsubjective cognitive declineの略語で、日本語では主観的認知機能低下を指します。
もの忘れが気になって専門機関に相談しても、認知機能の検査では「問題ありません」と言われる。SCDとは、このように客観的な指標では異常が認められないにも関わらず、ご本人が自身の認知機能の低下を自覚している状態を指します1。
本記事では、SCDの概要やMCI(軽度認知障害)との違い、さらに対処法や予防のポイントについて解説します。
※本記事内の「予防」とは、「認知症になるのを遅らせる」「認知症になっても進行を緩やかにする」という意味です。
SCDの状態とは?
SCDは「最近もの忘れが増えた」などの認知機能の変化をご本人が自覚している状態を指します。ここでは、主観的認知機能およびSCDの概要を解説します。
主観的認知機能とは?
まず、認知機能には、記憶・言語・遂行機能・視空間能力・注意・処理速度などが含まれます1。主観的認知機能とは、これらの認知機能をご本人が体験し、自覚している状態です1。
つまり、主観的認知機能とはご本人が感じている認知機能の状態であり、周囲から評価される客観的な認知機能とは異なる性質を持ちます。
SCDの概要
SCDは2014年に提唱された概念1で、認知機能の検査では年齢相応の結果であるにも関わらず、ご本人が自身の認知機能の持続的な低下を懸念している状態を指します2。
例えば、中年以降によくある「とっさに人の名前が出てこない」「日付を一時的に忘れる」といったもの忘れは、年齢相応のもの忘れといえるでしょう。
しかし、こうしたもの忘れが頻繁に起こると自身の認知機能に不安を抱くようになります。このように、ご本人が自覚する認知機能の変化をSCDと呼びます。
実は、認知機能検査で正常範囲の70歳以上の方の50〜80%が何らかの認知機能の変化を感じており、SCDは決して珍しいものではありません。また、もの忘れ外来を受診する方の約25〜40%がSCDに該当するという報告もあります1。
SCDとMCIの違いと認知症との関係
MCI(軽度認知障害)は、認知症と完全に診断される一歩手前の状態です3。
MCIは、一見するとSCDと似ているように思われますが、両者のあいだには明確な違いがあります。
ここでは、SCDとMCIの違いや認知症との関連について解説します。
SCDとMCIの違い
SCDとMCIはいずれも、日常生活に支障がないという点では共通しています。しかし、最も重要な違いは客観的な認知機能検査の結果です。
認知機能を評価するスクリーニング検査には、MMSE(Mini-Mental State Examination)、MoCA(Montreal Cognitive Assessment)などがあります。SCDではこれらの検査で目立った失点はなく1、MCIでは認知症の基準点には至らない程度の失点がみられます4。
また、MCIではご本人だけではなく周囲の方も認知機能の低下を認識していることが多いです4。そのため、MCIではご本人が不安を感じるだけではなく、家族など周囲の方からも認知機能の低下について指摘されることが少なくありません。
このように、SCDとMCIは一見似ていますが、客観的な検査結果や周囲の認識といった点で明確に区別できます。
必ずしもSCDの延長線上にMCIや認知症があるわけではない
SCDを有する方のうち、27%がMCIへ移行し、14%が将来的に認知症を発症するといわれています1。
また、次の7つの特徴を持つ場合は、将来的に客観的な認知機能低下のリスクが高まるとされています1。
- ・ 認知機能のなかで、特に記憶力の低下を自覚している
・ SCDの症状を自覚してから5年以内である
・ 60歳以上になってからSCDの症状が始まった
・ SCDの症状に関連して不安や懸念を抱いている
・ 一時的ではなく、SCDの症状が持続している
・ SCDのために医療機関を受診している
・ 家族や知人からも認知機能の変化を指摘されている
このような情報から、SCDは将来的な認知症の前兆ではないかと不安に感じる方もいるかもしれません。
しかし、SCDには3つの異なる経過があると考えられています。
1つ目は改善し認知機能は安定したままとなるケース、2つ目が改善はしないが客観的な認知機能に変化がなく安定しているケース、そして3つ目が認知症へと進行するケースです1。
それぞれの経過がどの程度の割合で生じるかはまだはっきりしていませんが、SCDを有する方の大部分は認知症へ進行しないと考えられています1。
いずれにしても、SCDが疑われた際には、脳の健康を維持する生活習慣を心がけることが大切です。
SCDへの対応と暮らし方
SCDが疑われる場合、どのように対応すればよいのでしょうか。
前述のとおり、SCDは必ずしもMCIや認知症へ進行するわけではありません。認知機能低下の兆候がみられたときに、ご本人や周囲の方が適切な行動をとることが大切です。
ここでは、SCDへの対処方法や注意すべきポイントについて解説します。
「もしかして私はSCDかも」と思ったときはどうすれば?
ご自身がSCDではないかと感じたときは、1人で悩まずに信頼できる方に相談することから始めましょう。悩みを抱えてストレスがたまったり、抑うつになったりすると、認知機能の低下が進行する可能性があります5。
また、SCDの原因が特定できれば、その原因に対する治療により症状が改善するかもしれません。
気になる症状が続く場合や不安が強い場合は、専門医への相談も1つの選択肢です。
SCDは、医療機関でご自身の状況に応じたカウンセリングを受けることが推奨されています1。
家族の認知機能低下に気付いたときは
ご家族の認知機能に低下の兆しがあると感じた場合、すでに客観的な認知機能の低下が生じている可能性があります。
つまり、SCDではなくMCIが起きている可能性が高いと考えられます。このような場合はまず、ご家族とのコミュニケーションを大切にし、変化について率直に話し合うことから始めましょう。
MCIもSCDと同様、必ずしも認知症に移行するわけではありません3。適切な対策をとることで、認知症への移行を遅らせたり、進行を緩やかにしたりすることが期待できます。
SCDの治療法は?
SCDの原因の大半は正常な加齢による現象のため、現時点では特別な薬物治療はありません。
一方で、以下のような疾患や状態は、主観的な認知機能に悪影響を及ぼす可能性があります1。
- ・脳や神経の病気:パーキンソン病・脳血管疾患・頭部外傷など
・心の健康に関わる問題:うつ病・不安障害・睡眠障害など
・身体の病気:甲状腺の病気・心臓病・貧血・肝臓病・感染症など
・ 薬物の影響:睡眠薬・一部の痛み止め・ステロイド薬などの副作用
医療機関を受診した場合、SCDに影響する疾患が特定されれば、その疾患に応じた治療が検討されることになります。
SCDが疑われるときに日々の暮らしで気を付けること
ご自身の認知機能に不安を感じると、外出や人との会話をためらう方も少なくありません。
しかし、認知機能低下を予防するには、人とのコミュニケーションや外出の機会を増やすことが勧められています3。
運動や趣味活動など、活動の内容はどのようなものでも構いません。外出の頻度を意識的に増やし、他者との関わりを絶やさないようにしましょう。
SCD(主観的認知機能低下)は予防できる?今わかっていることとできること
SCDのリスクを下げる方法は、一般的な認知症のリスクを下げる方法と同じように考えてよいでしょう。なかでも、日常の生活習慣を整えることが第一歩となります。
ここでは、SCDの予防に関して現在わかっていることや、日常生活で実践できる対策について解説します。
SCDの予防に関する研究の現状
現在、SCDに確立された予防方法はありません。しかし、脳の健康を維持するための方法はいくつか知られており、SCDの予防には後述するような日常生活の改善が推奨されています。
私たちがSCDを防ぐためにできること
SCDを防ぐためには、認知症のリスク要因を減らすことが大切です。主な取り組みとしては、次のようなものがあります1。
- ・ 高血圧と糖尿病の管理
・ 気分障害の治療
・ 運動習慣
・ 体重管理
・ 禁煙
・ 社会交流
・ 質の高い睡眠
・ ストレス緩和
・ 必要に応じた補聴器の使用
これらはいずれも認知症のリスクを下げる生活習慣として知られており、日常生活の中で実践できるものばかりです。
SCDになる前から、まずは身近な生活習慣の見直しから始めて、脳の健康維持を心がけましょう。また、認知症やMCIの予防も、SCDへの備えにつながるため参考にしてみてください。
まとめ
年齢を重ねると、記憶力の低下などにより、自身の認知機能に不安を感じる方も少なくないでしょう。
SCDは多くの場合、正常な加齢による現象ですが、MCIや認知症に進行するリスクがまったくないわけではありません。
ご自身の認知機能に不安を感じたときは、医療機関で相談するという選択肢もあります。あわせて、生活習慣を改善することで、認知症への進行を予防できる可能性があります。
日々の生活を見直すことで、SCDや認知症に備えましょう。