近年、急激に少子高齢化が進むなかで、新たな働き手として高齢者(シニア)の雇用が注目されています。
2021年4月に高年齢者雇用安定法が改正され、高齢者の雇用を積極的に行う企業が増えています。企業によっては、従業員の無期限の継続雇用制度を導入している企業もあります。
高齢者の雇用が進むにつれ、企業は認知機能の変化を理解し、安全な労働環境を整備する必要があるでしょう。
この記事では、高齢者雇用を行う企業の方が知っておきたい、加齢による認知機能の変化について解説します。
加齢によるもの忘れと認知症との違いは?
加齢によるもの忘れは認知症ではありません。それぞれの違いを理解することは、認知症の理解と対策の第一歩として重要です。
加齢に伴って大脳は萎縮し、記憶力をはじめとするさまざまな認知機能が低下します。そのため、加齢による変化と病的変化の区別は難しく、認知症の診断は容易ではないと言われています1。
一般的には、朝食の内容が思い出せないのは「加齢によるもの忘れ」、朝食を摂ったこと自体を忘れてしまうことは「認知症によるもの忘れ」などと表現されることがあります2。この2つの違いについては、下記の記事に詳しく掲載しています。
認知機能とは?
認知症はさまざまな脳の病気により認知機能が低下し、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態とされています。
認知機能とは、脳や神経系の機能の1つです。視覚や聴覚などの感覚機能および運動機能などの外部との入出力に関連する機能と、記憶・思考ならびに判断等の情報を収集・処理する高次脳機能1を合わせたものを指します。
このように、認知機能とは認識した情報を脳が処理して理解し、適切に判断や行動をするために必要な機能の総称です。
加齢による認知機能の変化について
認知機能は加齢によって低下する1と言われていますが、実際に何歳ごろから変化がみられるのでしょうか。
20歳以上の成人を対象とした「シアトル縦断研究」という、成人期における加齢と知能に関する項目(推論・空間認知・知覚速度・数的処理・言語理解・言語生記憶)の変化を縦断的に調査した研究があります3。認知機能は知能より広い意味がありますので完全に同じ意味ではありませんが、参考までに紹介します。
この研究の結果、55~60歳頃までは各項目が高く維持されていますが、その後は加齢とともに緩やかに低下する傾向があることが示されました4。
Tスコア:異なる年齢層における各項目(推論、空間認知、知覚速度など)を公平に比較できるように統計学的な手法により変換し、標準化したスコア(平均50、標準偏差10)。縦断的な調査での経年変化を可視化するのに有効な指標。
加齢に伴う脳内の変化
加齢によって、脳内では老人斑の蓄積、神経原線維変化、虚血性変化といった変化がみられるとされています1。これらの特徴を下記にまとめました。
脳内の変化 |
特徴 |
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老人斑の蓄積 |
・健常者でも80歳代まで老人斑は直線的に増え続ける ・アルツハイマー型認知症の当事者は老人斑の量・分布ともに増大するが、非認知症者との間に明瞭な境があるわけではない ・前頭葉や側頭葉の底面から後頭葉へ出現範囲が広がっていき、その後、海馬領域を含めた辺縁系、連合野全体に広がる |
神経原線維変化 |
・神経原線維変化は最初に嗅内野に出現し、次第に海馬を含む辺縁系に広がり、最終的に皮質全体に広がる ・神経原線維変化の蓄積量と分布は、認知機能障害の進行と相関するため、神経変性に深く関与していると考えられる |
虚血性変化 |
・脳動脈硬化とそれに伴う虚血(血液が十分に供給されない状態) ・髄質動脈等の細動脈や毛細血管に起こりやすく、血管性認知症の原因となる |
(文献1を参考に作成)
認知機能が低下すると難しくなる業務・遂行が可能な業務
認知機能が低下すると、視覚や聴覚などの感覚機能および運動機能などに関連する機能も低下します。具体的には、自動車運転で危険を察知してブレーキを踏むまでの時間や転びそうになって、体勢を立て直す動作などの反応動作が遅れる1などが挙げられます。
運転に関わる業務や高所などでの作業は難しくなる可能性があることを知っておきましょう。
一方で、知識や経験に基づく理解や判断能力は65歳以降もあまり低下しないと言われています1。技能伝承の担い手としてのインストラクターなどが、高齢社員がもつ強みを活用する働き方5として就業に活かされているケースもあるようです。
まとめ:加齢により認知機能はどのように変化する?高齢者(シニア)雇用を行う企業が知っておきたいこと
雇用している従業員の認知機能が低下した場合、職務に合わせたリスクアセスメント、設備改善や健康診断などを行う必要があるでしょう。
業務軽減などの就業上の措置を実施する場合には、本人に状況を確認して、十分な話し合いを通じて措置の実施に了解が得られるようにすることが大切です6。また、産業医や保健師などと面談できる機会を設けると良いでしょう。
加齢による認知機能の低下と認知症の違いを知り、従業員に対する適切な支援体制を構築することを検討してみてはいかがでしょうか。