65歳未満で発症した認知症のことを若年性認知症と呼びます。2017~2019年度に実施された調査によると、全国の総数は3.57万人と推計されています。
若年性認知症は、一家の生計を支える働き盛りの方が発症することが少なくありません。症状の進行や職場の事情などにより、退職せざるを得ないこともあり、特に未成年の子どもがいる場合、受験や就職、結婚など、子どもの人生におけるさまざまな選択に影響する可能性もあります。
今回、若年性認知症の当事者として活動する山中しのぶさんと、主治医として山中さんを長年見守ってきた北村ゆり先生が若年性認知症の診断から現在に至るまでの道のり、そして社会に向けて発信し続けるメッセージについて語り合いました。
若年性認知症と診断された山中さんご本人の経験談と、それを支える北村先生の温かくも冷静な視点から、認知症と共に生きるヒントを探ります。
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職場での異変と息子さんの「病院へ行って」という一言

2017年ごろから職場で異変を感じるようになりました。もともと私は人が好きで接客業をしていて、多くのお客様の好きな色や趣味、音楽の好みなどをデータを見なくても覚えていましたが、徐々に覚えにくくなっていきました。
同じ部署の方の名前はわかるのに、なぜか違う部署の方の名前が出てこなかったり、定例のミーティングの時間を忘れてしまったりすることが増えました。
職場に到着して鍵が開いていないことに気づき、次の日にまた同じことを繰り返してしまう、といったこともありました。

そのとき、仕事以外にも、たとえば生活面でも異変がありましたか?

はい。毎朝決まった時間に学校へ送っていた三男の送り迎えの時間が30分ほどずれてしまったり、家を出る時間から学校に着くまでの段取りが狂って、早く着きすぎてしまったりしました。
この不調の正体がわからず、不安な日々を送っていました。

ご家族から「同じことを何度も言う」「言ったことをすぐに忘れてしまう」といった指摘が受診のきっかけとなるケースが多いです。
一方で、山中さんのように、ご自身でもの忘れや違和感を感じて診療所にやって来る方もいらっしゃいます。

そうなんですね。

もちろん、診断をして認知機能に問題はないことも多いのですが、MCI(軽度認知障害)といった診断がつく方がいらっしゃるのも事実です。
山中さんのように早期の段階で来院されるケースは少なくて、症状が悪化してから来院することが多いです。
認知症の診断当時の話をする2人

診断のきっかけは息子でした。大恋愛というドラマを観ていて、息子に「おかぁ、この主人公に似てる。絶対同じ病気やき、病院に行って」と言われたんです。でも、そのように言われる前から、私自身も「この主人公と似ているな、もしかしたら自分も同じかもしれない」という感覚があったので、腑に落ちる部分がありました。息子に言われた時、「やっぱりそうだ」と思いました。
診療所で長谷川式や脳の血流検査など、さまざまな検査をして、2019年の2月に母と一緒に診断結果を聞きました。帰りの車では、母が私に泣きながら「ごめんね、こんな身体に産んでしまって。代わってあげたい」と言われ、次男からは「認知症に負けるな」と。私より、家族のショックが大きかったと思います。

当時のことを思い返すと、私の前で怒ったり泣いたりするわけではありませんでしたが、彼女の中に「受け入れがたい」という気持ちが強くあったのだと思います。誰しも病気を認める気持ちと受け入れたくない気持ちが葛藤するものです。
仕事も続けられていたので、周囲に言いたくないという葛藤もあったのではないかと思います。

一番下の子が中学生になる頃には施設にお世話になっているのだろうか、子どものことを忘れたくないと不安になって、うつがひどくなり、布団から出られなくなることがありました。子どもの学業や部活動などのサポートが疎かになっていて、自分が情けなく感じました。
自分がこれまでできていたはずのことが徐々にできなくなっていく感覚があり、不安で仕方ありませんでした。

当時は認知症について、どんなイメージを持っていましたか?

私が診断されたとき、認知症やアルツハイマー病について、まったく知らなかったわけではありません。ただ、テレビなどで報道されているのを見て、わるいイメージを持っていました。
ネットで検索すると、若年性認知症は予後がわるいとか、寿命は10年などと書かれているのを見て、不安な気持ちでした。
検索すればするほど、良くない情報ばかりにたどり着いてしまい、落ち込むこともありました。
山中さんと息子さん


