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若年性認知症という「診断」と「自分らしい働き方」は両立できる|若年性認知症支援コーディネーター・渡辺典子さんの挑戦
更新日:2026-05-20

若年性認知症という「診断」と「自分らしい働き方」は両立できる|若年性認知症支援コーディネーター・渡辺典子さんの挑戦

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キルトの前で微笑む渡辺典子さん
そのもの忘れ、年齢のせい?それともMCI?

65歳以下の働き盛りの現役世代で発症する若年性認知症。仕事や家庭で中心的な役割を担っている時期だからこそ、本人に現れる小さな症状の変化に戸惑い、将来への不安を一人で抱え込んでしまう方も少なくありません。
「仕事を辞めなければならないのか」「これからの生活はどうなるのか」という問いに寄り添い、伴走してくれる存在が若年性認知症支援コーディネーターです。

今回お話を伺ったのは、神奈川県川崎市で若年性認知症の当事者の居場所づくりに尽力する「特定非営利活動法人 マイWay」の渡辺典子さんです。渡辺さんは、若年性認知症支援コーディネーターおよび若年性認知症地域支援推進員として、日々多くの相談に向き合っています。特に渡辺さんが力を入れているのが、「若年性認知症になっても、仕事を通じて社会とのつながりを実感できる」場の創出です。

現役世代で発症する若年性認知症において、仕事は単なる収入源ではなく、自己肯定感や社会的なアイデンティティそのもの。病気によって一度は絶たれそうになった「誰かの役に立ちたい」「社会の一員として働きたい」という就労への意欲をどう支えていくべきか。

若年性認知症の方が、一人の「働き手」として社会と再接続するためのコミュニティの重要性と、その具体的な取り組みについて詳しくお聞きしました。

若年性認知症とは?働き盛り世代が直面する相談の難しさ

――若年性認知症の支援現場で、いま渡辺さんが感じている「難しさ」とは何でしょうか。

渡辺さん:一番は、やはり「働き盛り」の現役世代を襲うという点です。
ご本人もご家族も、最初はまさか認知症だなんて思いもしません。仕事のミスが増えたり、家事がおぼつかなくなったりしても、「疲れが溜まっているのかな」「更年期障害かな」と見過ごされてしまいがちです。

体力も気力もあり、社会的な責任も重い世代だからこそ、小さな症状を自覚しながらも「誰にも言えない」と一人で抱え込んでしまう。この「見えない孤立」こそが、若年性特有の非常に根深い問題だと感じています。

――若年性認知症の当事者やご家族からは、具体的にどのような相談が寄せられるのでしょうか。

渡辺さん:一番多いのは、「どこに相談すればいいのかわからない」という声です。病院で認知症と診断された後、経済的な補償の目処が立ったとしても、その翌日から何を支えに生きていけばいいのか。そこには残酷な「空白の時間」が生まれます。
昨日まで毎日会社に通っていたのに明日から高齢者向けのデイサービスに通うのか、「働かなくていい」と言われても何を支えに日々を過ごせばいいのか、戸惑う方も多くいます。仕事は単なる収入源ではなく、その人の「誇り」であり「社会的な役割」そのものです。
若年性認知症の当事者は社会参加の機会が限られているからこそ、その役割を失った瞬間の喪失感にどう寄り添うか。そこが若年性認知症支援の正念場になります。

マイWayの取り組みについて話す渡辺さん

――制度面でも、若年性認知症ならではのハードルがあるのでしょうか。

渡辺さん:はい。実は、ここが一番の「落とし穴」かもしれません。制度があっても情報が届きにくく、使いづらかったりします。
例えば、多くの場合行政の窓口ではまず「介護保険」を案内されますが、実はその前に「精神障害者保健福祉手帳」を取得するほうが、税制面やサービスの幅で有利になるケースが多々あるんです。
住宅ローンの団体信用生命保険(団信)の適用、生命保険の支払い免除、会社の休業補償など、複雑な制度のパズルを、混乱している若年性認知症の当事者やご家族が自力で解くのは至難の業です。

――だからこそ、専門家の支援が必要なのですね。

渡辺さん:その通りです。早い段階で正しい情報にたどり着けるかどうかが、その後の生活を決定づけます。 制度はあっても、適切なタイミングで届かなければ意味がありません。私たち若年性認知症支援コーディネーターは、そんな「制度の迷路」のナビゲーターであり、ご本人と一緒に歩む伴走者でありたいと考えています。

若年性認知症支援コーディネーターの役割|20代・30代で認知症と判断された方々の相談窓口としても機能

――若年性認知症支援コーディネーターは具体的にどのような役割を担っているのでしょうか?

渡辺さん:若年性認知症支援コーディネーターは、国が都道府県ごとに配置している役割で、一言でいえば「当事者と地域をつなぐ結び目」のような存在です。当事者やご家族、時には雇用主である企業からの相談も受けます。

ただ、「ここに来れば全部解決する」というものではなく、一人ひとり事情はまったく異なります。仕事や家計、子育て、親の介護、会社とのやり取りなど、何が一番の困りごとかも人それぞれです。何が起きているのかを一緒に整理し、必要に応じて地域包括支援センターや行政、病院、主治医、会社などとつながりながら、一緒に考えていきます。

これまで200件以上の相談の中には、28歳という若さで認知症を発症された方もいらっしゃいました。
結婚を考えている方もいれば、親に心配をかけたくないと話す30代の方もいます。子どもが生まれたばかりの方、お子さんの進路を考えている方、定年まであと1年だったという方もいます。私が属している川崎市は、地方から出てきている方も多い地域です。若年性認知症の診断は基本的に家族同伴なのですが、ご家族が近くにいらっしゃらない場合は公的な第三者として受診に同席することもあります。

――「仕事」に関する悩みも多いと思いますが、職場(雇用主)側からの相談にも乗っていただけるのですか?

渡辺さん:はい。最近は当事者やご家族だけでなく、雇用主の方からの相談も増えています。

職場では、周囲が先に若年性認知症の初期症状に気づくケースが多々あります。「営業職なのに顧客の名前を忘れてしまう」「精密機器を扱う現場で、これまでなかったミスが生じる」といった異変です。
一つのミスをきっかけにパニックに陥り、それまで当たり前にできていた作業までできなくなってしまう場面もあります。そうした姿を見て、会社側が「もう仕事は無理なのではないか」と判断する前に、ぜひ相談していただきたいのです。

――職場として、どのような工夫ができるのでしょうか。

渡辺さん:例えば、複雑な工程をシンプルに見直したり、視覚的なマニュアルを導入したりすることで、これまでの技術や経験を活かし続けられるケースは少なくありません。

最近では、大企業を中心に「ジョブコーチ(職業適応援助者)」などの専門サポーターを配置する動きもあります。また、社内にそうした体制がなくても、外部の支援機関を活用して環境を整えることが可能です。
当事者も企業側も、決してあきらめないでください。私たちのような専門家が間に入ることで、双方が納得できる「働き続けるための選択肢」を一緒に探っていくことができます。

――渡辺さんが若年性認知症の当事者への相談対応で大切にしていることは何ですか。

渡辺さん:まずは、話を聞くことに尽きます。ときには無言の時間が続くときもありますが、ただ一緒にコーヒーを飲みながら、言葉が出てきたときに受け止められるように構えている、という感覚です。
最初に来られる方の多くは「誰に話せばいいかわからない」状態にあります。そのため、「一緒に考えていきますので、何かあればどんなことでも連絡してください」と伝えるようにしています。

日本で一人だけ。「若年性に特化した認知症地域支援推進員」という決意

――現在は、「若年性認知症支援コーディネーター」から、「若年性認知症地域支援推進員」へと活動の軸が移っているそうですね。

渡辺さん:私はこれまで、若年性認知症支援コーディネーターとして4年半、受診前の不安から診断後の暮らしの支援まで、幅広く関わってきました。その中で痛感したのは、診断後に「やることが何もない」「社会に居場所がない」と感じてしまうことの危うさです。相談窓口として道筋を示すことも大切ですが、私はさらに一歩踏み込んで、当事者の「日々の暮らし」そのものを支える活動に注力したいと考えるようになりました。

――具体的に、「若年性認知症地域支援推進員」としてはどのような活動に力を入れているのですか?

渡辺さん: 主に3つの柱があります。 
一つ目は、地域の中で仲間とのつながりや、その方が主役になれる「活躍の場」を広げること。
二つ目は、ご本人が住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられるような環境を整えること。 
そして三つ目は、孤立しがちなご家族同士が、本音で語り合える機会を増やすことです。
単なる「相談員」ではなく、地域の中に具体的な「居場所」や「つながり」を編み直していく役割を目指しています。

――「若年性に特化した」認知症地域支援推進員というのは、珍しい取り組みだと伺いました。
渡辺さん: 実は、若年性に特化した形でこの役職を担っているのは、現時点では私一人だけなんです。 通常の若年性認知症支援コーディネーター業務と連動し、より「暮らし」の部分に特化した支援を提供したいという私の思いを汲んでいただき、川崎市、そしてコーディネーターの統括機関である「認知症介護研究・研修センター」との三者で協議を重ね、この名前をつけていただきました。

窓口で「待つ」支援から、地域へ「動く」支援へ。若年性認知症の方が、診断後も社会の一員として彩り豊かな人生を送り続けられるよう、この新しい役割で道を切り拓いていきたいと思っています。

認知症介護の原点は、福祉国家スウェーデンでの挑戦

――渡辺さんが福祉の道を志した「原点」はどこにあったのでしょうか?

渡辺さん:中学生の頃から参加していた、障害のある子やお年寄りと遊ぶボランティア活動ですね。当時は仕事にするつもりはありませんでしたが、20代後半で知人に誘われホームヘルパーとして働き始めたとき、かつての経験が自然と私を突き動かしました。

ただ、現場で働き始めて感じたのは、認知症介護に対する強い違和感でした。当時はまだ専門的な学びの場が少なく、どこか「ほっとかれ感」が漂っていたんです。
福祉国家として有名な「北欧ではどうしているんだろう?」という好奇心が抑えられず、わずか1年の実習・勤務経験でスウェーデンへ渡ることを決めました。

――スウェーデンでの経験で、最も衝撃を受けたことは何ですか?

渡辺さん:ストックホルムの認知症高齢者のグループホームで2年弱働きました。そこで衝撃を受けたのは「何かをしてあげる」という技術ではなく、「共にいる」という発想そのものです。
そのグループホームでは、スタッフが「手を差し伸べる側」としてではなく、一人の人間として入居者を尊重し、その方の生活スタイルや好みを等身大で受け入れていました。

「自分を大切にしてもらえるからこそ、相手も大切にできる」という心地よい対等な関係性。さらに、施設内に地域住民が集まるカフェや子供たちの遊び場があり、福祉が特別なものではなく「暮らしそのもの」として存在している国の姿勢に、認知症介護の本質を学びました。

――帰国後、その経験をどのように日本の現場へ伝えていったのでしょうか。

渡辺さん:帰国後はグループホームの立ち上げに数多く携わりました。現場のスタッフに繰り返し伝えてきたのは、技術以上に「一人の人として向き合うこと」の大切さです。

長く福祉に携わっている方ほど「何かをしてあげなければ」というスタンスになりがちですが、一人ひとりの人生や「好き」という感情を主軸に置くこと。
スウェーデンで肌身に感じた「尊重の姿勢」こそが、今の私の活動の根幹になっています。

「復職したい」50代で若年性認知症と診断された男性の切実な相談と「マイWay」の取り組み

――「特定非営利活動法人 マイWay」とは、どのように関わるようになったのでしょうか。

渡辺さん:帰国後スウェーデン大使館の福祉啓発活動を通じて、のちに「マイWay」を立ち上げる方と出会いました。「マイWay」は、障害のある方の働く場です。私はそれまで高齢者介護が中心で、障害のある方への支援は仕事としては行っていませんでした。それでも、「対象が誰であっても、支援者として大切なことは変わらない」と言っていただき、研修やスーパーバイザーの形で関わるようになりました。

――若年性認知症の当事者を受け入れるようになった「原点」を教えてください。

渡辺さん:きっかけは、若年性認知症と診断され仕事を離れた59歳の男性からの「復職のためにトレーニングをしたい」という切実な相談でした。当時、彼は高齢者中心のデイサービスに強い違和感を抱いておられました。
働き盛りで発症した方にとって、社会との接点を失うことは耐えがたい喪失です。その思いに応えたいと受け入れを始めたことが、現在の「マイWay」の活動へとつながっていきました。

――「マイWay」が大切にしている「はたらく」という言葉には、どのような意味が込められていますか?

渡辺さん:私たちは、賃金を得るための「働く」という漢字ではなく、ひらがなで「はたらく」と表現しています。
それは、単なる労働ではなく「誰かの役に立っている」「社会とつながっている」という実感を指します。週5日のフルタイム勤務ではなくても、ここで仲間と一緒に役割を持つこと。その喜びこそが、当事者にとっての「自分らしさ」を取り戻すための大切なサードプレイス(第三の居場所)になると信じています。

ひらがなを使用したマイWayの掲示

マイWayでは「働く」を「はたらく」とひらがなで表現

――具体的な活動内容と、そこから生まれる「変化」について教えてください。

渡辺さん:現在は「自家焙煎コーヒーづくり」を主軸にしています。豆の選別から焙煎、パッケージ詰めまで、一人ひとりが得意な工程を分担します。
特筆すべきは、出張カフェなどを通じて当事者が「もてなす側」に回ることです。自分たちが作ったコーヒーを「おいしい」と言ってもらえる体験は、大きな達成感と自己肯定感を生みます。今では近隣のセブン-イレブンでも販売されるなど、社会とのつながりが目に見える形で広がっています。

コーヒーを袋詰めする若年性認知症の当事者

コーヒーのパッケージ詰めをする若年性認知症の当事者の方

――お仕事以外でも、ユニークな「つながりの場」を個人で主催されているそうですね。

渡辺さん:制度に縛られない自由な場を大切にしています。
家族と一緒にやりたいことを形にする昼の交流会「ミーティングセンターたね」や、夜の時間に本人が医師や行政担当者も交えて肩書き抜きで語らう「下北沢オレンジバル」などです。
「認知症になったらお酒を飲んではいけないの?」といった不安を払い、一人の人間として楽しむ。そんな当たり前の日常を共有できる場が、当事者や家族の心を解きほぐしていくのだと感じています。

「自分を大切にすること」から始まる、認知症との新しい向き合い方

――最後に、若年性認知症の方や、いま認知症なのではないかと不安や悩みを抱えている方へメッセージをお願いします。

渡辺さん:まずお伝えしたいのは、決して一人で抱え込まないでほしいということです。全国の各都道府県には必ず若年性認知症支援コーディネーターが配置されています。ご本人だけでなく、ご家族や職場の方からの相談も受け付ける体制が整っています。

認知症の支援は、最初の一歩を間違えると、必要な助けにたどり着くまでに遠回りをしてしまうこともあります。だからこそ、まずは専門の窓口につながってください。そこから、あなたに合った地域の支援を一緒に整理していくことができます。

――「認知症と生きる」うえで、大切にすべき考え方はありますか。

渡辺さん:私は、認知症は「人権」の話だと思っています。相手を想うあまりの「自己犠牲」は、時にご本人にとっても負担になってしまうことがあります。ご家族がすべてを背負い込む必要はありません。

認知症の当事者も、そして支えるご家族も、自分自身の時間や思いを等身大に大切にしていい。スウェーデンで学んだ「自分を大切にできるからこそ、相手も大切にできる」という関係性こそが、これからの日本のケアにも必要だと感じています。

今後も、認知症であるかどうかにかかわらず、誰もが自分と相手の双方を尊重し合える「場」や「つながり」を、地域の中に一つずつ増やしていきたいと思っています。

若年性認知症の当事者が焙煎、袋詰めしたコーヒーを持つ渡辺さん 

相談の先にある「彩りある暮らし」を目指して

若年性認知症の当事者やご家族が直面する課題は、仕事、家計、子育て、介護と、働き盛り世代特有の重みがあります。そうした切実な悩みの最初の受け皿となるのが、若年性認知症支援コーディネーターです。

しかし、制度につながって終わりではありません。その先に、地域でどう暮らし、いかに社会との接点を持ち続けるか。今回伺った渡辺さんの「マイWay」での取り組みは、まさに制度の枠を超えた「役割」と「居場所」の重要性を教えてくれました。

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