「かかとのない靴下」が、認知症の人の自立を支えるアイテムとして注目を浴びています。
かかとのない靴下を製造・販売するのは、愛知県名古屋市のアパレル企業・株式会社大醐です。地元の認知症フレンドリーコミュニティの人たちの意見を参考に、どの向きからでも履けて伸縮性のある靴下を開発。インクルーシブデザインのブランド「Unicks(ユニークス)」を立ち上げ販売しています。
当初は認知症の人のために開発した靴下でしたが、今では認知症ではない方々からも「使いやすい」と人気のかかとのないの靴下は、どのように生まれたのでしょうか。株式会社大醐の後藤祐一さん(代表取締役)にお話を聞きました。
アパレル不況を転機に婦人服から肌着へシフトした株式会社大醐

株式会社大醐代表取締役 後藤裕一さん(写真提供:株式会社大醐)
――株式会社大醐はどのような企業ですか。インクルーシブデザインのブランドUnicksを立ち上げたのはなぜでしょうか。
後藤さん:当社は愛知県名古屋市にある衣料品の製造企業です。2026年で創業45周年を迎えますが、そのうち30年ほどは婦人服を手掛けてきました。今から15年ほど前、不景気で婦人服の売り上げが低迷したこともあり、下着や肌着など流行に左右されにくい衣料品にシフトしました。
ファッションの流行の中心地といえば、やはり東京や大阪です。私たちのいる名古屋はそこから少し距離がありますが、だからこそ流行に左右されず長年愛される衣料品を生み出す場として、ちょうどよい土地ではないかと思います。
現在、当社の売り上げの7割以上を占めるのは、シルク製の下着や肌着、靴下などを展開する「絹屋」というブランドです。シルク製品は軽くて暖かく優しい肌触りから美容や健康を気づかう人に人気があり、敏感肌の方にもチクチクしない衣類として喜ばれています。絹屋のシルク製靴下は重ね履きもでき、冷え性の方にも好評です。
使う人の悩みに寄り添い、快適な暮らしの役に立つような衣料品をコンセプトに商品開発をしてきた経験が、後にUnicksを生む下地にもなりました。
「靴下が履きづらくなった」認知症フレンドリーコミュニティで知った認知症の人の悩み
認知症フレンドリーコミュニティでの活動の様子(写真提供:株式会社大醐)
――Unicksの靴下が生まれたきっかけについて教えてください。
後藤さん:私たちの地元、名古屋市北区の区役所から「認知症フレンドリーコミュニティに企業代表として参加しませんか」と声をかけられました。当時は身近に認知症の人もおらず、認知症に対する知識もなかったのですが、「むしろ認知症を知らない人にこそ入ってほしい」と迎えてもらいました。
コミュニティには区役所の福祉課の担当者、社会福祉協議会の職員など支援者だけではなく、認知症の当事者や私のような地元企業、インクルーシブデザイン専門の大学の研究者など多様なメンバーがいます。当事者と一緒に地下鉄やバスに乗ったりなど日常生活のリアルを体験したり、話を聞いたりしながら交流を深める活動をしました。
靴下開発のきっかけになったのは、コミュニティに参加した当初に認知症の当事者から聞いた「靴下が履きづらくなった」というお悩みです。認知症の症状は個人差が大きく、視覚を認知する機能が落ちたり、手足や指先を動かす運動機能が低下したりする人もいます。そうした症状があると、何気ない日常の動きも一苦労です。
悩みを打ち明けてくれた方は、「靴下が履けないと恥ずかしいから外に出たくない」とも仰っていて、とても衝撃を受けました。ものづくりのプロとして、その方たちの悩みを解決しようと開発したのがUnicksの靴下です。
どの向きから履いてもOK|左右差も裏表もない「かかとのない靴下」

Unicksの靴下はかかとがないストンとした形状(写真提供:株式会社大醐)
――Unicksの靴下の特長を教えてください。
後藤さん:Unicksの靴下には3つの特長があります。まず1つ目は、伸縮性があり柔らかく、よく伸びること。2つ目は視覚が弱っていても履き口がわかりやすいよう、靴下の本体と履き口に色のコントラストをつけています。そして3つ目の特長は、どの向きからも履ける“かかと”の出っ張りがない形状で、左右差も裏表もありません。生地の厚みも好みや季節に合わせて選べるよう薄手から厚手まで3種類を展開し、ネットショップで全国に向けて販売しています。
本体と履き口に色のコントラストがついている(写真提供:株式会社大醐)
開発する上で大切にしたのは、靴下を履く本人が「自分の力で履ける」ことです。介助者が着用させやすい介護用品はありますが、当事者が自発的に着用できる衣料品は世の中に多くありません。また、「靴下が履きづらい」と自覚している人も意外と少ないんです。できればご自身で選び、自分の力で身に付けてもらいたいと私たちは考えています。
認知症の症状はとても個人差が大きくユニークなものです。一人ひとりが持つ「ユニークさ」と向き合い、それを解決する商品を開発することで、どんな方でも自分で靴下を履けるようにという願いをブランド名に込めました。
認知症の人や大学の研究者と3回以上の試作を重ねて開発

よく伸びながらも足にフィットする伸縮性がある(写真提供:株式会社大醐)
――開発する上で苦労したことはありますか。
後藤さん:認知症の人たちの協力を得て開発しましたが、個人の好みや感想に引っ張られすぎないバランス感覚を保つのが難しいなと感じました。見た目のデザインや締め付け感、生地の厚さに至るまで好みはそれぞれですし、オシャレすぎる靴下は高齢者の服装から浮いてしまい不自然な感じもします。伸縮加減や柄、生地の編み方などを変えながら3~4回試作を重ね、最終的にはシンプルなデザインに落ち着きました。
程よい伸縮性やサイズ設定も苦労したポイントです。伸びすぎる靴下は弛んで脱げてしまいますし、男女共用・フリーサイズの靴下として販売するには、どのサイズ感にすべきか社員共々悩みました。
――フリーサイズの靴下を買うとき「自分に合うだろうか」と悩みますが、作り手側にとっても悩みどころなんですね。
後藤さん:そうなんです。かかとがない靴下は、足の大きい人から小さい人まで男女問わず履けることが利点ですが、足の太さや長さにも個人差があります。ちょうどよいサイズ設計や、履き口のゴムの種類・素材までいろいろ試して今の形になりました。コミュニティメンバーの当事者の方に目の前で履いてもらったり、大学の研究者から助言をもらったりしながら皆で完成させた靴下です。
認知症以外の人からも「履きやすい」と評判|インクルーシブデザインの靴下

認知症ではない人たちにとっても履きやすい(写真提供:株式会社大醐)
――かかとのない靴下を実際に使った人からは、どのような感想が届きましたか。
後藤さん:開発に協力してくれた当事者の方たちも「履きやすい」と喜んでくれました。苦労しても「自分で出来る」ということが自立を支え、本人の自信につながると思います。ネットショップでは高齢のご家族へのプレゼントとしても人気です。
認知症の当事者でも支援者でもない、一般の人からも高評価のレビューが届いています。病気治療中で手足にしびれの症状が出ている方や、知的障害や自閉症などで靴下を履くのが難しかった方など、大人から子どもまでさまざまな人が使ってくれる商品になりました。人知れず悩んでいる方がこんなにも多いのかと驚きましたが、一人ひとりが抱える事情は本当に人それぞれです。
これまで普及が進められてきたユニバーサルデザインは、「全員が使いやすい」を目指す手法。いわば「世の中の平均」です。一方で、インクルーシブデザインは、これまで商品開発から除外されてきた高齢者や障害者、外国人など一部の方たちの意見に重きを置いています。
Unicksの靴下は後者の手法で生まれた商品ですが、認知症当事者の抱える悩みを解決したことで、当初は想定していなかった別の誰かにとっても「使いやすい」靴下を届けられています。
3人に1人が高齢者の社会で認知症は他人事じゃない
――認知症当事者や家族にとって、悩みに向き合ってくれる企業があること自体が心強いと思います。同じ社会に生きる方たちに伝えたいことはありますか。
後藤さん:3人に1人が高齢者となる社会で、認知症は誰にとっても他人事ではありません。1 ものづくりを担う企業にとってもそれは同じく、自社製品のユーザーにも認知症当事者や、それを支える家族、日々当事者と接する人が必ずいると思います。その方たちと関わる糸口は全ての企業にあるはずです。そうした認識が社会に広がれば、Unicksの靴下のような商品も増えていくのではないでしょうか。第一歩として、まずは認知症を「知る」ことから始めてほしいなと思います。
認知症の当事者のための製品開発は、スピード感がとても大事です。当事者に「靴下が履きづらい」と話してもらったことでUnicksの靴下は誕生しましたが、ご本人はその後、半年ほどで認知症が進行し、靴下を履くこと自体できなくなりました。私の中では「完璧じゃない靴下でも良いから履いて欲しかった」と、今でも心残りになっています。当事者やご家族に残された時間は、私たちの想像以上に短く貴重なものです。まず「形にする」ことで、当事者の自立を支えるアイテムが普及し、必要な方にいち早く届く社会になってほしいと思います。
いつかは認知症の人たちと一緒に“自分で履ける下着”を開発したい
――今後の展望を教えてください。
後藤さん:「靴下が履きづらい」というお悩みの次は、「下着が履きづらい」という悩みを解決したいです。現在、当社は経済産業省のオレンジイノベーション・プロジェクトに参画しています。認知症当事者と企業が協力し、誰もが生きやすい社会を実現するための製品・サービスをつくる取り組みです。
下着の着脱は人間の自立や自信、自尊心を支える上でとても大切です。夫婦間でもパンツの脱ぎ履きを相手に任せるのは、抵抗がある方がほとんどだと思います。
今は靴下の改良を続けているのですが、いつかは 認知症の方たちと一緒に形にした「自分で履ける下着」を、これから世の中の人たちに届けていければいいなと思います。
「自分でできる」ことで自信を感じてほしい
――テヲトルの読者に伝えたいことはありますか。
後藤さん:認知症の方々との活動の中で私も学ばせてもらったのは、「与えることが人を輝かせる」ということです。靴下や下着の開発だけではなく、子どもや学生を対象にしたアップサイクルの工作教室を当事者の方々と一緒に開催してきました。手芸が得意な認知症の方が子どもや若い人たちに教える場面を見ると、見違えるように生き生きとした表情をされています。
認知症は「できない」が少しずつ増えていく病気ですが、本人が「できる」ことも確実にあり、それを他者に与えるとき人は輝くのだと思います。「自分でできることは自分の力でやる」というのが、本来その人が持っているいろいろな力を引き出すための呼び水になるようです。
インクルーシブデザインのアイテムを活用して、自力でできることは積極的にやるのも自信を持てるひとつの方法だと思っています。Unicksの靴下が本人の「できる」を支えることで、その方が踏み出すための自信を感じてもらえたらうれしいです。



