「認知症と診断されたら、今までの生活や仕事は諦めなければならない」。
そんな不安を抱え、社会から切り離されてしまう方やご家族は少なくありません。
東京都品川区で「認知症地域支援推進員」として活動する鈴木裕太さんは、祭りや駄菓子屋、就労支援カフェといったユニークな実践を通じ、認知症介護のあり方をアップデートし続けています。
認知症と診断されたとしても、誰もが役割を持って「共に生きる」街をいかにして作るのか?20年以上の介護現場の経験から見えてきた、認知症の方々が孤独にならないためのヒントを伺いました。
認知症介護とは?介護現場での経験と地域連携の気づき
──鈴木さんが認知症介護の道を志し、今の法人に入職された経緯を教えてください。
鈴木さん:はい、介護福祉の専門学校を2004年3月に卒業し、社会福祉法人新生寿会(きのこグループ)に入職して22年になります。
実は学生時代は介護職を続ける自信を失っていました。当時は、まだ介護保険制度が始まって間もない頃で、実習先の認知症介護の現場では、身体拘束や無視が当たり前のように行われていたんです。学校をやめることも考えましたが、先生方の励ましのおかげで、なんとか卒業できました。
一般企業への就職も考えていた中で出会ったのが、岡山県の新生寿会です。
日本で初めて認知症専門病院を開院し、ユニットケアやグループホームにも先駆的に取り組んできた法人です。当時、東京に初めての事業所を開設する予定があると聞き、先生方からも「ここならあなたのやりたいことができるかもしれない」と背中を押してもらいました。「ここでダメだったら介護の道はやめればいい」そんな思いで入職しました。
──その後、どのような現場で経験を積まれてきたのでしょうか。
鈴木さん:最初の6年間は、認知症の方を対象にしたデイサービス、東京都千代田区内のグループホーム「ジロール神田佐久間町」に配属されました。認知症介護と地域連携について考えるきっかけになったのも、この神田佐久間町での経験です。
当時は、日常の買い物や町内のお祭りへの参加によって地域と関われていると考えていました。しかし、デイサービスの利用者の話を聞くうちに、自分はこの地域のことをほとんど知らないのではないか、という思いが湧いてきました。
一方的にこちらが参加するだけで、地域の人たちは私たちのことを何も知らない。そのことに気づいたのは、大きな転機だったと思います。

──施設の中だけでなく、地域の中へ飛び込んでいく。そのアクションはどのように始まったのでしょうか。
鈴木さん:「まずは現場を知らなければならない」と考え、施設長や地元の町会に相談して青年部の役員に加えていただきました。そこではじめて、地域のリアルな姿が見えてきたんです。例えば、お祭り一つとっても、内側に入ると景色が違います。縁日で高齢者のために敬老席を増やしたり、お餅つきでは食べやすいよう小さくしたり。こうした細やかな配慮は、外から眺めているだけでは決して気づけないことでした。

神田祭の様子
千代田区の神田明神で2年に一度開催される神田祭も、大きな衝撃を受けました。祭りが終わった瞬間から次への準備が始まり、日常のあらゆる行事がお祭りを中心に繋がっている。この圧倒的な「横のつながり」こそが、地域を支える基盤なのだと実感しました。
介護施設は、利用者さんにとっての「家」です。であるならば、そこで暮らす方々も、一人の住民として地域行事に参加し、当たり前の日常を過ごしていくべきではないか。そんな「地域に根ざした認知症介護」のあり方を模索するきっかけになりました。
認知症カフェへの違和感|認知症地域支援推進員として目指す、日常に溶け込む相談の場
──その後、麹町で立ち上げた「きのこカフェ」は従来の認知症介護の現場とは一線を画す取り組みだったそうですね。どのような背景で始まったのでしょうか。
鈴木さん:小規模多機能型居宅介護事業所「ジロール麹町」の新規オープンに伴い異動となり、認知症対応型共同生活介護の管理者に就きました。
当時、全国で認知症カフェが広まっていましたが、私はある違和感を抱いていました。多くのカフェは月に1〜2回の開催で、内容は折り紙などのレクリエーションが中心。「事業者側の都合」で運営され、当事者が本当に困った時に開いていない、いわばデイサービスの延長のような場所が多かったんです。
「本当に必要な時に開いていなければ意味がない」。そう考え、私たちは一般の飲食店と同様に、週6日開店することにこだわりました。平日は1日2時間と短い時間ではありますが、「あそこに行けば、いつでも介護スタッフなどの専門職に相談できる」という安心感を街につくりたかったんです。
──物販が特徴的だと伺いました。
鈴木さん:千代田区は日中人口が100万人ともいわれるエリアで、カフェは駅から直結ということもあり、より多くの人に来てもらう取り組みを考えました。ただ、社会福祉法人が営利目的で物販を行っていいのか、葛藤もありました。かといって、営利を目的とせず安く販売してしまうと、地域の商店からお客さんを奪うことにもなりかねません。
ヒントをくれたのは、出張先の愛媛で出会った、障害者のある方たちが運営するカフェ「コミ花フェ・花楽里」さんでした。ホテルの近くで見つけたそのカフェでは、自分たちがつくった商品だけでなく、ほかの作業所の商品も扱っており、価格もお手頃で、とてもおいしかったんです。販路について問い合わせてみると、仲間内で回してはいるものの、販路も量も限られており、売りたくても売れない状況だと分かりました。
そこで、全国の作業所でつくられた商品を、物産館のように集めて販売してはどうかと考えました。ただ、インターネット上の情報は少なく、商品探しには苦労しました。「梅干し 福祉作業所」「ひじき 就労支援」などと逆検索し、地方新聞の記事を頼りに電話したこともあります。最初は20事業所ほどからスタートしました。
きのこカフェでは全国の作業所でつくられた商品が購入できる
──地域との関わりや広がりについて、変化はありましたか。
鈴木さん:現在は全国38か所の作業所と連携しており、常時300〜400種類の商品が並んでいます。青森の三戸の作業所でつくられる「杏のお漬物」や、和歌山の事業所から届く「きなこ飴」など、人気商品として定着したものもあります。
また、千代田区内の障害者団体ともつながりが生まれ、知的障害やダウン症の当事者の就労体験の場としても活用されるようになりました。
──カフェでの成功の一方で、「ジロール麹町」ではその後の活動に大きな影響を与えた「悔しい経験」があったと伺いました。
鈴木さん:はい、独居で認知症が進んだある女性の支援です。事業所から車で15分ほどの場所で一人暮らしをしており、認知症の進行によりひとり歩きすることがありました。近隣住民の人に助けを求めても、過去のトラブルが原因で近所との関係がうまくいっていなかったようです。
ご本人は自宅で暮らしたいという思いがあり、事業所で約3年間支えてきました。しかし、近隣からは「このまま一人で住まわせていいのか」といった声が上がり、火事や事故を心配する意見もありました。最終的には施設へ入所しましたが、ご本人は状況を理解できず混乱し、暴れることもありました。結果として精神安定剤の使用で動きを制限される状態となり、数か月後に他界されました。
神田でお祭りに参加し、麹町で開かれたカフェを作っても、救えなかった。この経験から、認知症介護を支えるのはサービスや制度だけではない。地域全体の「理解」という土壌がなければ、当事者の願いは叶えられないのだと痛感しました。
これが、今の私の認知症地域支援推進員としての活動の原動力になっています。
最高の認知症介護は「やりたい意欲」を支援すること。駄菓子屋や書道教室で取り戻した「自分の役割」
──その後、鈴木さんは品川区の東五反田に異動されています。この地域の特徴や課題はありましたか。
鈴木さん:2017年に小規模多機能型居宅介護事業所「東五反田倶楽部」の立ち上げに伴い、施設長に就任しました。このエリアは再開発で高層マンションが増え、新旧住民の交流が希薄化していました。「かつての活気を取り戻したい」という声はあるものの、担い手が不足している。そんな地域の課題が見えてきました。
そこで「一緒に何かやりませんか」と町会に働きかけ、オープンわずか3ヶ月で、地域と共同の「あいおい夏祭り」を復活させました。初めての開催でしたが、予想を上回る人が集まり、売り切れたものを買い足すほどでした。この取り組みは現在も続いています。
また、施設の隣のマンションに住む方々とも話し合い、住民主体の地域食堂を始めました。当時、子ども食堂が注目されていましたが、このエリアでは孤食が課題と考え、交流スペースを活用して一人暮らしや高齢者同士が交われる場「東五反田食堂」をオープンしたんです。
左:地域と共同で復活させた「あいおい夏祭り」右:一人暮らしや高齢者同士が交われる場「東五反田食堂」(現在は中止)
──そうした取り組みの中で、利用者の変化を感じたエピソードはありますか。
鈴木さん:残念ながら、コロナ禍などの影響すでに閉鎖していますが、東五反田食堂で子どもたちに用意していたお菓子をきっかけに開いた「駄菓子屋きのこ」での話です。
施設の利用者が接客を担当し、近所の子どもたちが自然と集まる場になっています。通所を嫌がっていた方も、子どもが来るようになってからは喜んで通うようになったり、元会計職の方が現役時代のようにそろばんを弾き始めたり。
「やらされるリハビリ」ではなく、誰かの役に立ちたいという「やりたい」意欲が、結果として最高の認知症介護に繋がっていくことを実感しました。
また、認知症とうつを併発し引きこもりがちだった元書道講師の女性は、地域の子ども向けに書道教室を開くことで劇的に変わりました。子供と一緒に筆を握る凛とした表情や姿勢には、スタッフも驚かされるほどでした。

地域の子ども向けに書道を教える元書道講師の利用者
──個別のケアから、さらに広い「地域支援」へと視点が移っていったのですね。
鈴木さん:当時の品川区の認知症対策は、「どのように生活をしていきたいか」という視点よりも、介護保険サービスの中でどう対応するかが中心でした。もちろん介護保険サービスは重要で、特に認知症が進行して重度になった場合には必要ですし、法人としても大切にしてきた部分です。
ただ一方で、地域に暮らす人たちに対しては、十分な取り組みがされていませんでした。認知症と診断された方とできるだけ早く出会い、その後も継続してケアすることの重要性を感じ、認知症介護指導者の資格を取りました。また、品川区では「認知症地域支援推進員」制度がほとんど機能してない実情もありました。そこで区と相談し、認知症地域支援推進員の役割を担うことになりました。
医療・家族・地域を巻き込む就労支援と多世代交流の融合
──地域での活動に加え、医療機関や専門職との連携についてはどのような工夫をされていますか。
鈴木さん:当事者と地域のつながりは見えてきましたが、医療との連携は長年の課題でした。
現在は、徒歩圏内にあるNTT東日本関東病院や地元の薬局、医師、ケアマネジャーらと協力し、「ファーム・エイド東五反田」という多職種連携の場を年1回(11月)開催しています。専門職が「施設の中」から街へ出ることで、よりシームレスなサポート体制を築いています。
──施設やサービスという枠組みだけでは解決できない壁を感じることはありますか?
鈴木さん:ありますね。施設は至れり尽くせりな反面、当事者が「自分で考える機会」を奪い、結果として能力を低下させてしまう側面も否定できません。
また、認知症介護はご本人だけでなく、ご家族への支援が不可欠です。関係性が悪化し、「認知症になったら終わり」という悲観的な見方から、ご家族の意向に偏ったケアになってしまうケースも少なくありません。
──そのために「ご本人と家族のミーティング」を開催されているとか。
鈴木さん:コロナ禍では人と会う機会が減り、つながる場をつくるのが難しくなりました。公園で集まったこともあります。そうした中で始めたのが、デニーズで開催している「ご本人と家族のミーティング」です。
認知症の当事者が集まるからといって区の会議室で行うのではなく、誰もがワクワクするファミリーレストランを会場にしたかったんです。千代田区にはデニーズの本社があることもあり、快く受け入れていただいています。
ミーティングでは、前半45分を本人・家族が一緒にデザートを食べます。
そして後半45分は本人だと思う人、家族だと思う人に分かれて話し合いを行っています。
認知症の診断後、自分が認知症であると受け入れられる人、受け入れられない人がいたり、家族のそばにいたいと思う本人など、様々な方がいます。
さりげなく主催者で誘導はしますが、どちらにいても良いという「あいまいさ」も大切にしています。
──そうした課題に対して、どのような対応をされていますか。
鈴木さん:何かできることがないかと調べる中で、認知症研究を行う矢吹知之先生が提唱している「認知症の人と家族の一体的支援プログラム」と出会いました。オランダで始まった「ミーティングセンター・サポートプログラム」をモデルにし、認知症のご本人と家族を一体として支援する考え方で、自分が目指す方向と重なっていました。
ご本人、家族、専門職が一緒に話し合い、バーベキューや登山など「やりたいこと」を一緒に実行する。そうすることで、家では見えなかった互いの良さに気づき、認知症介護の負担感が軽減される様子を何度も目にしてきました。
──最後に、最新の取り組みである就労支援カフェ「gocchamaze(ごっちゃまぜ)」について教えてください。
鈴木さん:多くの当事者から挙がった「働きたい」という声に応え、2025年8月にオープンしました。ここは単なる居場所ではなく、5組の本人・家族が主体となって運営する「働く場」です。自分たちでメニューを考え、働いた分の収入を得る。この日本でも稀な仕組みには、行政やボランティア、地域住民も深く関わっています。
今春からは品川区の事業としても本格始動します。現在、品川区の「認知症地域支援推進員」は、私のような専門職だけでなく、地域づくりをしているNPOの理事長や図書館長など「地域づくりのプロ」を含む9名で構成されています。
「認知症になっても、役割を持ってこの街で生きていく」。その一助として、区と制作した『しながわオレンジガイド』もぜひ活用していただきたいです。相談先からサービスまで、孤独にならないためのヒントを凝縮しています。

品川区西大井にある就労支援カフェ「gocchamaze(ごっちゃまぜ)」
認知症と診断されたあとも、その人の人生と暮らしは続いていきます。だからこそ今求められているのは、「ケアの対象」として認知症介護を捉えるのではなく、地域の中で「共に生きていく」対等な関係性です。
鈴木さんの実践は、特別な仕組みをつくることではなく、一人ひとりの「やりたい」という声に耳を傾けることから始まっています。医療や介護、家族、地域がゆるやかにつながり、誰もが役割を持って関わることができる場です。
こうした小さな積み重ねの先に、認知症になっても自分らしく、当たり前に暮らし続けられる社会があります。
品川区の認知症地域支援推進員として、そして一人の住民として、鈴木さんがお祭りや駄菓子屋で紡いできた種は、今、新しい地域介護のカタチとして芽吹き始めています。



