お話を伺った方
大和市役所 あんしん福祉部 人生100年推進課 認知症施策推進係
係長 水野 義之(みずの よしゆき)様
認知症施策推進係の仕事全体を統括。認知症とともに歩む共生のまちを目指し、様々な取組を推進。
保健師 三ツ木 香(みつぎ かおり)様
認知症地域支援推進体制の構築、認知症初期集中支援を担当。認知症の人の「困りごと」ばかりでなく、「やりたい」「続けたい」「はじめたい」等の希望に寄り添う活動を、認知症の当事者やご家族、地域住民、専門職等と協働で推進。
神奈川県大和市ホームページ「認知症」:
https://www.city.yamato.lg.jp/gyosei/iryo_kenkofukushi/ninchishosupport/index.html
大和市は認知症施策に力を入れている自治体の1つです。これまでに「認知症1万人時代に備えるまち やまと」宣言(平成28年9月)や「大和市認知症1万人時代条例」(令和3年9月)を制定し、先進的な取り組みを行ってきました。
今回インタビューしたのは、大和市役所あんしん福祉部 人生100年推進課 認知症施策推進係の係長を務める水野さんと保健師の三ツ木さんの2名です。
様々な工夫を凝らして、市民への普及啓発や当事者参加の仕組みづくりに取り組んでいらっしゃいます。現在推進している施策やその背後にある想いをうかがいました。
認知症1万人時代ー大和市の現状
大和市の認知症に関する現状やお二人のお仕事を教えていただけますか?
水野さん:
大和市の高齢者人口はおよそ5万8千人、高齢化率は約23.8〜23.9%で、近年は大きな変動はありません。全国的に見ても比較的若いまちで、川崎市に次いで神奈川県内では高齢化率が低い傾向にあります。
国の統計から類推すると、認知症・MCI(軽度認知障害)を合わせた有病推計は16,000〜17,000人程度と考えられ、全高齢者人口の約30%に相当します。
私たちの所属する人生100年推進課ではできるかぎり役割を細分化し、約30名体制で市民の多様なニーズに対応しています。
認知症に関するあらゆる相談が寄せられますが、そのなかでも「最近、もの忘れがあるがどこの医療機関に受診したらいいか?」「受診したがらない家族にどう対応したらいいか?」など、受診に関する相談が比較的多い印象があります。
大和市HPでは、相談者の内訳や相談内容などが公表されており、市民の相談前の安心につながっているようです。
出典:大和市HP「認知症の総合相談窓口「認知症灯台」を開設」より作成。
伝える・学ぶ・つながる―市民へのアプローチ
認知症施策のなかで、特に力を入れている施策はなんでしょうか?
水野さん:
普及啓発事業です。特に認知症サポーター養成講座や認知症シンポジウムには力を入れています。
大和市の認知症サポーター養成講座は、令和5年の1月から、特定非営利活動法人issue+designと協働で開発した「認知症世界の歩き方 for サポーターズ」をテキストとして使用し、アニメーションやワークを組み込んだオリジナルのカリキュラムで実施しています。今ではこのテキストは100を超える自治体や団体で利用されているそうです。
大和市とissue+designが共同で開発した「認知症世界の歩き方 for サポーターズ」
水野さん:
講座の内容は、なぜ認知症のご本人がこのような行動をされるのだろうか?と、日常に起こるエピソードを取り上げながら、その背景にある認知機能の障害や心理的要因を一緒に考えていくことで、行動そのものではなくご本人を理解する姿勢を学べるよう意識しています。
開催回数は、令和5年度の58回から6年度には68回に伸びました。全世代に向けた養成講座ですが、中学生には市内のすべての市立中学校で学生生活のうちに必ず1回は経験してもらっています。
中学生になると祖父母に認知症の当事者がいる方もいますが、「認知症って怖いものじゃないと思えた」「困っている人がいたら声をかけてみようと思った」「認知症を自分ごととして捉えるきっかけとなっている」というような感想をもらっています。また、先生たちからも「内容がわかりやすく、教科横断的な学びにもなっている」と総じて好評です。
このような意見を聞くと、私たちの考えが伝わっているという手応えがありますね。
認知症サポーター養成講座は自治会や企業、ボランティア団体などからの依頼にも対応しており、地域ぐるみでの学びを推進しています。大和市では、この講座を「施策の土台となる普及啓発の中核」と位置づけており、今後もコンテンツの充実と対象層の拡大を図る方針です。
また、新しい認知症観の普及に向け、オリジナルの動画の作成にも取り組んでいます。
認知症シンポジウムについて教えてください。
大和市では、毎年認知症月間の9月に認知症シンポジウムを開催していますが、当事者に登壇していただくことを大きな一つの柱にしています。毎年約500名以上の市民が来場してくださるほど関心も高いです。
認知症の当事者がどんな風に考えているのかや、そもそも認知症であっても登壇して話せることを知っていただくことが大切だと考えているためです。
令和6年度は、在宅で生活しながら趣味でギター教室に通っている60代の女性の方が登壇し、ご自身の体験や日常を話していただきました。ギター教室の先生と一緒に登壇して、先生からも「こんな工夫をして一緒にやっている」というお話しをしていただきました。認知症になっても楽しくチャレンジしたり、自分の趣味を続けたり、生活の楽しさは決して失われていないということをお伝えできたと思います。
声をカタチに。当事者が主役になる施策づくり
そのほかにはどんな特徴がありますか?
大和市の認知症施策は、当事者と共に作るという点に強みがあります。条例の制定や本人ミーティング(わすれな草の会)、様々な施策で当事者の声を反映した施策が行われています。
それでは、「大和市認知症1万人時代条例」の制定の経緯について教えていただけますか?
水野さん:
この条例は、認知症の有病推計が約9,000人に達した2016年当時、近い将来、確実に1万人を超えると見込まれたことを背景に制定されました。
市の責務、市民や認知症の人の生活に特にかかわる事業者の役割、市が実施する基本的施策について明記することで、認知症施策の総合的な推進を図り、認知症の人とそのご家族の望む、希望と尊厳のある暮らしの実現に寄与することを目的としています。
条例の制定にあたっては、認知症の当事者と一緒に作ることを大切にしました。コロナ禍で制限がある中でも、少人数での意見交換会を実施し、当事者への個別訪問や聞き取り、メッセージカードで暮らしの希望や思いを収集するなど、当事者の声を反映させる工夫をしました。
市役所の建物玄関を入って正面にある「『認知症1万人時代に備えるまち やまと』宣言」の垂幕。
若年性認知症の自主グループ「わすれな草の会」について教えてください。
三ツ木さん:
わすれな草の会は、大和市内で活動している若年性認知症のご本人とそのご家族のミーティンググループです。現在年に6回ほどの開催で、毎回5〜6組の参加があります。
特徴は、当事者が主役として、やりたいことや感じていることを自分の言葉で語る場であることです。ご本人たちが「普段は失敗ばかりしているけれど、ここにくると失敗しても大丈夫という安心感がある」と前向きになり、活動のアイデアをたくさん出している会です。参加者の「陶芸をしてみたい」という声から、実際に窯元での陶芸ワークショップを開催したこともあります。
当事者が自ら動き、様々な活動にチャレンジしている点が評価され、令和5年には第7回「認知症とともに生きるまち大賞」を受賞しています。
認知症ケアパスについても「当事者参加」を大切にされているそうですね。内容や工夫されたポイントを教えていただけますか?
水野さん:
やはり特徴は、内容の企画段階から認知症の当事者に関わっていただいているという点です。以前は、行政目線で作られた「情報満載」のケアパスがありましたが、当事者の方からは「文字が多くて読む気にならない」「最終的に寝たきりやおむつの話まで書かれていて重い」といった声が寄せられていました。
そこから発想を大きく転換し、「わすれな草の会」やissue+designと協働して、手に取りたくなるデザインや絶望ではなく希望を感じられる内容にすることを重視して新たなケアパスを作成しました。「必要な情報を、必要なタイミングで、わかりやすく届ける」スタイルを目指しています。医療機関の関係者にも好評です。
認知症でも希望と安心をもって暮らせる地域に向けて
認知症の方の個人賠償責任保険は全国の自治体で大和市が一番最初に導入されたそうですが、導入の経緯や効果について教えてください。
水野さん:
この保険は、認知症の方が外出中に他人にあやまってケガをさせたり、物を壊してしまった場合の損害を補償する保険で、2017年度から全国に先駆けて大和市が独自に導入したものです。
利用者からは「これで安心して外出できるようになった」「本人の行動を制限しすぎずに済む」といった声が多く寄せられています。実際に市の調査では、利用者の8割以上が「外出に対する安心感が増した」と回答しています。
また、外出の安心感につながる取り組みとして、神奈川県の全市町村が行っている「SOSネットワーク」や、大和市が行っているGPS端末を活用した「位置確認支援事業」もあります。
これら三つを合わせることで、認知症の方が「閉じこもる」のではなく「まちに出ていく」ための後押しになっていると思います。
担当者として印象に残っている印象や気づきはありますか?
水野さん:
ちょっと変わった高齢者を見かけると認知症じゃないかと疑って連絡をくれる地域住民の方もいらっしゃいます。確かに少し認知機能の低下はあるかもしれないけれど、その人の表面ばかりを見てしまうんですね。
かなり前の話になりますが、例えばあるご高齢の方の車がボコボコだ、その上いろんなものが車の中にぶら下がっていて「なんか異様だ。認知症かもしれない」と連絡がありました。
その後私がその方と関わりを続けていくと、異様に見えた行動には「自分の身を守ってほしい」という思いが背景にあることがわかりました。いろんな神様を信用しているからたくさんお守りをぶら下げていたというのです。ただその背景を知らないことで地域から孤立してしまっていたのが、とても寂しく感じられました。
この経験から、私たち支援者には住民の生活背景を想像する力や過去を掘り下げる力が必要なんだと実感しました。認知症のご本人は、うまく思いを言葉にできないこともあります。だからこそ、現在の姿ではなく「その方がどんなふうに生きてきたのか」を考えることで、その人への理解が深まり支援にも厚みが出てくると感じています。
三ツ木さん:
一人暮らしや高齢夫婦のみの世帯が増える中で、たとえ子どもがいても、親の認知機能の変化に気づきにくく、早期発見・早期対応につながりにくい現状があります。
高齢になると誰しも認知症の可能性があるという前提を、若いうちから理解しておくことで、異変に気づいたときの対応が早くなりより良い状態を長く保てるかもしれません。
だからこそ、若い世代にも認知症に関心を持ってもらい、地域全体で支える意識が広がることが大切だと感じています。
まとめ
大和市の認知症施策は、どの施策においても「当事者目線」「当事者参加」がキーワードとなっており、当事者の声を出発点として様々な取り組みが展開されている様子を知ることができました。
特に普及啓発施策においては、当事者の声が反映されることで市民の方にとってより親しみやすく魅力的なコンテンツが生まれているだけでなく、当事者もシンポジウムやケアパスの作成過程に関わることで、「自分の経験が役に立つ」と様々な活動への意欲を高めていらっしゃる様子が印象的でした。
当事者を施策の中心に据えることで、「認知症とともに歩むまち」に向けた好循環が生まれているのだと感じます。大和市から全国に向け、当事者の声から生まれる様々な取り組みが広がっていくことが期待されます。