NPO法人 ONBOARDが主催する「認知症マフ」のワークショップが今注目を集めています。「認知症マフ」とは、色鮮やかな毛糸で編まれた筒状のニットに、ボタンやリボンなどの小物を取り付けたもの1。認知症の当事者の手元を穏やかに包み込み、安心感を与えるとともに、周囲とのコミュニケーションのきっかけになるものとして取り入れられています。
2023年に設立されたNPO法人ONBOARDは、「認知症マフ」の取り組みを中心に、認知症のことを世の中に誤解なく知ってもらうことで、当事者の方々がより住みやすい世の中を作る活動を進めています。
認知症マフの活動や、認知症の方が豊かに暮らせるまちづくりについて、ジャーナリストとしての経歴や、認知症の両親の介護経験を持つNPO法人ONBOARD理事長の山本さんに話を聞きました。
認知症の人に優しい街づくりを目指すONBOARDの活動
――現在「ONBOARD」ではどのようなことに取り組まれているのか、設立の経緯や主な活動内容について教えていただけますでしょうか。
山本さん:
2023年11月からONBOARDの活動を開始していますが、団体として掲げている理想は一貫して「認知症の人に優しい街づくり、地域づくり」というものです。しかし、これを実現するために私たちが選んだアプローチは、いわゆる従来の福祉の枠組みとは少し異なります。
私が個人的に強く意識しているのは、今まで認知症や福祉という言葉にほとんど縁がなかった方たちに「どうやって認知症を正しく、かつ身近なものとして理解してもらうか」という点です。認知症は決して特別な誰かの問題ではなく、誰もがいつか当事者になり得る、日常の延長線上にあるものだからです。
そのための入り口として、私たちが主力事業としているのが、設立当初から続けている「認知症マフ」の活動と「マンガナラティブ・認知症共感トレーニング」の活動です。「認知症マフ」は、イギリス生まれの「認知症マフ(tweedle muff)」を活用したワークショップです。これは筒状に編まれたニットに、色とりどりのボタンやリボンを付けたもので、認知症の方が手を入れて感触を楽しんだり、落ち着きを取り戻したりするための道具です1。
しかし、単にマフを作るだけが目的ではありません。毛糸の柔らかな感触やマフを編むという作業を通じて、参加者同士が交流し、認知症への理解を深めていく啓蒙活動そのものに重きを置いています。現在では、このワークショップを全国各地で主導できる人材を育てる「リーダークルー」の養成にも注力しており、東京や名古屋をはじめとした各地に、私たちの思いを継ぐ修了生が少しずつ広がり始めています。

認知症マフの編み方や認知症の知識を学ぶ「リーダークルー養成講座」を修了した受講生(写真提供:ONBOARD)
もう一つの柱として2025年10月から始動したのが「マンガナラティブ・認知症共感トレーニング」という事業です。認知症の方の特有の行動や、周囲が「困った」と感じてしまう場面をあえて漫画で描き、その背景に隠された「本人のメッセージ」をみんなで読み解いていく講座です。例えば、なぜ何度も同じことを聞くのか、なぜ帰りたがるのか。そこには必ず理由があり、物語(ナラティブ)があります。
このトレーニングは、特に高校生や一般企業の従業員の方々など、これまで認知症が身近ではない層へ届けるためのプロモーションとして位置づけています。以前から、先入観のない小学生のうちに認知症の世界を詳しく知ってもらおうという「認知症フレンドリーキッズ事業」の企画も行ってきましたが、これらの活動すべてに共通しているのは、正しい知識を体験として心に残してほしいという願いです。
マンガナラティブ・認知症共感トレーニング(写真提供:ONBOARD)
親の認知症介護の経験が活動の原点となった
――山本さんは長年ジャーナリストとして一線で活躍されてきましたが、なぜそこから全く異なる分野である認知症支援の道へと進まれたのでしょうか。
山本さん:
実は、最初から崇高な志があったわけではないんです。私は朝日新聞社にカメラマンとして入社し、事件現場を駆け回り、写真部長や総局長といったポストを務めてきました。福祉という世界は、当時の自分とはあまり縁のない世界でした。
転機が訪れたのは定年前の異動です。図らずも、福祉事業を担う「朝日新聞厚生文化事業団」という部署へ配属されることになったのです。正直なところ、当初は戸惑いもありました。しかし、ちょうどその頃、私の両親も認知症を患っており、実家では高齢の父が高齢の母を看るという、いわゆる老老介護の状態になっていました。
当時の私は、認知症に対する理解が不足していました。洋裁が好きだった母は、毛糸をたくさん集めていたのですが、ある日それを「ヘルパーさんが盗んだ」というのです。今思えば、いわゆる物盗られ妄想なのですが、その時の私は、「そんなことあるわけないだろ!」と真っ向から否定してなじってしまったり、母の言動にまともに腹を立てて言い争ったりしていました。
しかし、福祉の現場で専門家たちの知恵に触れ、認知症について深く知るようになり、私は自分の振る舞いがいかに間違っていたかを痛感しました。もし、あの時の自分に今の知識があれば、もっと穏やかで、当事者を尊重した関わり方ができたのではないかと思います。その自省の気持ちが、今の私の活動を支える原動力になっています。
当時の自分のように、知識がないゆえに大切な家族を傷つけたり、自分自身も追い詰めてしまっている人がいるのではないか。ジャーナリストとして社会問題を取り扱ってきたからこそ、定年後もこの活動を途絶えさせたくない。一人でも多くの人に認知症への正しい理解を届けたいという思いから、定年後にNPO法人を立ち上げ、今日まで走り続けてきました。
「認知症マフ」がつなげる認知症の方との対話
――活動の主軸である「認知症マフ」について詳しく教えてください。ニット作家の能勢マユミさんと共に取り組まれている経緯については、もともとご縁があったのでしょうか?
山本さん:
最初にマフのワークショップを開催したとき、最初は有志の方々に作っていただいたのですが、すぐに一つの課題に突き当たりました。それは、イギリスでは棒針編みが主流ですが、日本ではかぎ針編みをやる人が多い点と、完成品としてのクオリティが、一般の方々の「欲しい」「素敵だ」という共感を得るにはまだ足りないという点です。啓蒙活動として広めるためには、ニット製品としての完成度を高め、一つの製品として確立させる必要があると感じました。
そこで、プロのニット作家である能勢マユミさんにご協力をお願いしたところ、彼女もこのプロジェクトの意義に深く賛同してくれました。能勢さんは初心者の方でも編みやすく、かつ見た目にも美しい「ベーシックマフ」の編み図を独自に考案してくださったのです。
能勢マユミ氏が新しく考案した「暮らしに馴染む」をコンセプトにした認知症マフ(写真提供:ONBOARD)
私たちの作るマフは、余白を大切にしたいと考えています。発祥の地であるイギリスのTweedle muffは、非常にカラフルで装飾が多いものもありますが、一方で能勢さんのデザインは驚くほどシンプルです。これは、マフの土台をシンプルに保つことで、そこに当事者の方の好みや人生を反映させる余白を残すという目的があります。
例えば、その方がかつて釣りを愛していたのであれば、海を思わせるブルーの毛糸を使ったり、魚の形のアップリケを忍ばせたりする。お花が好きなら、小さな花のモチーフを一つ添える。私たちはマフを、ただ手を温めるだけのものではなく、介護する人と当事者がその人の人生について語り合うためのコミュニケーションツールだと思っています。
最近では、ワークショップに医療関係者の方々が参加されることも増えてきました。病院などの臨床現場では、点滴を抜かないために患者さんの手を拘束する手袋(ミトン型抑制帯)がありますが2、その代わりにマフを使えないかという相談を受けることもあります。
しかし、私たちの理念としては、マフは行動を制限する道具ではなく、あくまで本人の安心や、尊厳を守るために使われるべきという理念を大切にしています。
拘束具としてではなく、マフを通じて「なぜこの方は点滴を抜こうとするのか」という背景にあるメッセージに、ケアする側が耳を傾けるきっかけにしてほしい。その先にあるコミュニケーションの再構築こそが、私たちの目指すマフの在り方です。
認知症マフワークショップの様子(写真提供:ONBOARD)
認知症の方に対する支援の枠を超え、一人の消費者として共に生きる社会
――今後の展望として、認知症になっても豊かに暮らせる社会のために、どのような社会実装を考えておられますか。
山本さん:
私たちがこれから目指していくべきは、認知症の方を「守られるべき弱者」として定義するのではなく、簡単に言えば一人の「消費者」として、あるいは「社会を構成する一員」として尊重するフェーズへと社会を移行させることです。
具体的な事例として、私が感銘を受けたのは、岩手県のスーパーマーケットで行われている「スローショッピング」の試みでした3。そこでは、レジに時間がかかっても誰も急かさず、むしろお店側が認知症への理解を深めて対応しています。認知症の方が買い物に来たとき、お店側が知識を持っていないと、支払いの混乱などを「万引き」や「迷惑行為」として捉えてしまいがちです。
しかし、理解さえあれば、彼らは「困った客」ではなく、単にサポートが必要な「困っている客」になります。この認識の転換が非常に重要です。認知症の方が自らの意志で品物を選び、お金を払って買い物をするという行為は、本人にとっては社会との繋がりを実感できる最高のリハビリであり、脳トレでもあります。
一方で、企業側にとっても、認知症の方を排除するのではなく、受け入れる体制を整えることは、大切なお客さん、つまりマーケットを維持することに直結します。日本の人口動態を考えれば、今後、認知症の方を排除した経済活動は難しくなっていくでしょう。認知症の当事者の方と、地域で暮らす多様な方々が共生できる社会に向けて、お互いにとって利がある「ウィン・ウィン」の関係を、商店街や企業の方々と共に構築していくことが大切だと考えています。
介護保険や公的な制度にすべてを委ねるのではなく、一人の人間として街の中でごく当たり前に暮らし、お金を使い、笑って過ごす。制度という枠組みを使って、当事者の方を助けるだけでなく、社会という循環の中に居続けてもらうこと。そのために必要なのは、特別な支援の手以上に、周囲の人々のほんの少しの知識と、想像力なのだと信じています。
「認知症」という偏見なく、ありのままのその人を見る
――それでは最後に、認知症と向き合っているご家族や、この記事を読んでいる方々へメッセージをお願いいたします。
山本さん:
読者の皆さんに最もお伝えしたいのは、たとえ認知症という病を患ったとしても、その人はその人のままであるということです。私の父は、認知症になっても最後まで私の父でしたし、母もまた、どれほど記憶が薄れても母のままでした。
私たちはつい「この人は認知症なんだから」という分厚いフィルターを通して、相手を見てしまいがちです。「以前はこんなことができたのに」「なぜこんなことが分からないのか」と、欠落した部分ばかりを探してしまいます。しかし、そのフィルターを外して、その人自身を見てあげてほしいと思います。
私の母は、認知症が進行してもコーヒーが大好きでした。病気になったからといって、何かを好きだと思う心も、積み重ねてきたことに対するプライドも、消えてなくなるわけではないのです。身内であればこそ、当事者の言動にイライラしてしまうのは仕方のないことです。私も散々失敗してきましたから、その辛さは痛いほど分かります。
だからこそ、まずは症状を正しく理解し、ご自身の心を少しだけ楽にしてあげてください。そしてその上で、「お父さん、お母さんが好き」という、かつての真っ直ぐな気持ちのままで接してあげてほしいのです。病気を見るのではなく、その奥にいる人を見る。その人がその人として人生を完結できる社会を、皆さんと共に作っていきたいと考えています。



