認知症先進国である日本の中でも先駆的な取り組みを行っている「福岡市認知症フレンドリーセンター」。
韓国や台湾、タイ、インドネシアなど海外からも注目を集めており、多くの視察団が訪れています。認知症の人を「経験専門家」と呼び、認知症の人にもやさしいデザインの商品を企業と共同開発するイノベーションの拠点で、同センター自体が認知症の人にもやさしいデザインで設計されたショールームになっています。
館内を歩くと目を引くのが、直感的に目的地がわかる特徴的なピクトグラム(サイン)の配置や、空間のコントラストを活かしたトイレの設計です。当事者の視点に立ち、戸惑いや不安をなくすための細やかな工夫が随所に散りばめられています。
福岡市認知症フレンドリーセンターの役割や認知症共生社会のあり方について、同センター長の党 ⼀浩さんに話を聞きました。
認知症当事者が「自分で料理ができる」喜びを取り戻すガスコンロを開発
――福岡市認知症フレンドリーセンターの機能を教えてください。
党さん:当センターの機能は、認知症当事者の活躍、交流、学び体験、情報発信の4つです。
1つめの「認知症当事者の活躍」は、当事者がやりたいことをかなえる機会や環境を創出するものです。福岡市では、オレンジ人材バンク、オレンジパートナーズという枠組みを作っています。
オレンジ人材バンクは、働きたい、人の役に立ちたいと思っている当事者が登録できる人材バンクです。現在、30名近くの当事者が登録しています。
オレンジパートナーズは、認知症当事者や家族、企業・団体、医療・介護・福祉事業者、行政で構成するコンソーシアムです。当事者が日頃行っている生活の工夫やアイデア、知見をヒアリングしてニーズを把握し、新しい製品やサービスを開発しています。
たとえば、ガスコンロ。私も介護現場で従事していた頃に経験したことがありますが、認知症当事者に対して、周囲は「火が危ない」と思ってIHコンロを勧めがちです。
そのときは合意をして導入しても、当事者は新しいことを覚えるのが苦手なため、火がつかないのに熱くなる原理がわからず、「壊れた商品を持ってきた」と思って怒ってしまう。よくあるケースだと思います。

センター内には当事者との共創のもとで誕生した多くのプロダクトが展示されている
――ヘルパーさんに調理をお願いしたり、配食サービスを利用したりすることもありますよね。
党さん:本人の意思を尊重せずに台所から遠ざけてしまうことはありがちですが、一考する必要があると考えています。オレンジパートナーズの枠組みで当事者にヒアリングをした際、「私は認知症だけど、台所に立ち続けたいの」とおっしゃった方がいました。
「認知症でなければ20~30分で終わる調理も、私は2時間、3時間かかる。それでも、台所に立てる時間が、私をとても幸せな気分にさせてくれる」と。それを聞いたガス会社の西部ガス、コンロの製造販売を手がけるリンナイ、さらに医療コンサルのメディヴァも共同開発に携わって、100人近い当事者にご協力いただきながら、認知症当事者も使いやすいガスコンロを作りました。
当事者の声から企業が学び、認知症の世界を知り、ビジネスチャンスと捉えて開発に乗り出す枠組みは持続可能性があり、すばらしい取り組みだと意義を感じています。
認知症の当事者が「やりたいこと」をかなえることは、生活の満足度を高めるだけでなく、周辺症状の緩和にもつながります。諦めさせるのではなく、本人の希望を実現できる環境を整え、その人らしい生活を送れるようサポートする。こうした考え方を世の中に周知していくことが、当センターの重要な役割です。
――当事者の声を尊重する姿勢が大切ですね。
党さん:当センターでは認知症当事者をときに「経験専門家」と呼んでいます。当事者は認知症を先に経験した“先輩”です。
現在、当センターでは5人の当事者がスタッフとして働いています。日々の生活の工夫や困りごとを共有してもらったり、来館者への発信やフォーラムでの登壇をお願いしたりして、当事者ならではの視点を教えていただいています。
最近では、当センターの取り組みに共感して、認知症当事者を雇い入れる企業が増えてきました。実際に、福岡市の公共施設内のベーカリーや介護事業所で当事者が勤務されています。
例えば、そのベーカリーでは当事者がひたむきに働く姿を見て、ほかの従業員のワークエンゲージメントが向上した、会社の評判につながったとの声もいただきました。
認知症当事者だからこそ持っている力を活用する取り組みが広がりを見せていることはうれしいですね。「当事者の居場所を街中に増やす」という当センター立ち上げ時に掲げた目標に近づいていると手ごたえを感じています。

館内の様子
韓国や台湾、タイ、インドネシアなど海外からも注目
――2つめのセンターの機能として挙げた「交流」について教えてください。
党さん:「交流」機能としては、当事者×当事者、家族×家族、当事者×企業など、認知症の関係者が出会い、ピアサポートとして励まし合う役割を担ったり、ガスコンロのように新しい製品・サービスの開発のきっかけになったりする交流の機会を設けています。
特に当事者同士で経験や希望を話し合うニーズは高いです。月に1度「本人ミーティング」を実施しているほか、好きなときに好きな人と集まれる茶話会が開かれることもあります。
当事者は認知症と診断された後、絶望します。しばらくして「このままではダメだ」と立ち上がろうとしたときに当センターの存在を知り、本人ミーティングに参加してくださることがあります。
国や自治体が認知症施策の一環として本人ミーティングの取り組みを広めようとしていますが、運営方法など難しさを感じている現場もあると聞いています。当センターの取り組みを一事例として知ることで、本人ミーティング開催へのハードルを下げていただけるのではないかと考えています。
――3つめの「学び体験」とは何でしょうか。
党さん:学び体験としては、当センターで認知症ケアのコミュニケーション技法「ユマニチュード®」(後述)や「認知症の人にもやさしいデザイン」など、認知症関連のセミナーを毎月開催しています。ARを活用した認知症当事者の疑似体験も可能です。また視察の受け入れも積極的に行っています。認知症について新たな視点を持てる機会を提供しています。

ARを活用した認知症当事者の疑似体験エリア
――海外からの視察も多いと聞きました。
党さん:認知症先進国である日本の中でも先駆的な取り組みを行っている施設として、韓国や台湾、タイ、インドネシアなどアジア圏から注目いただいています。
国内では、民生委員、社会福祉協議会、医療・介護事業者、学校関係者、企業などがそれぞれの目的で視察にいらっしゃいます。
――そのほかの目的で来館される方の背景を教えてください。
党さん:どなたでも入館可能なので、多種多様な方にお越しいただいています。当事者がふらっと訪問されることもありますし、家族や同僚のもの忘れについて相談されるケースもあります。
建築家やグラフィックデザイナーの方が認知症の人にもやさしいデザインを学ぶ目的でいらっしゃることも多いです。来館者数は月に600~700人程度ですね。
福岡市福祉のまちづくり条例に基づく施設整備計画では、2026年度から認知症の人にもやさしいデザインを取り入れることが明記されたため、今後は建築関係者の来館が増えると見込んでいます。
――4つめの「情報発信」の機能についてもお聞かせください。
党さん:当事者が活躍する、交流するなど当センターでの取り組みやその成果について世の中に知ってもらうために、インスタグラムやフェイスブックなどSNSを通じた発信や、セミナー・フォーラムの開催を行っています。社会が認知症に対して抱いている誤った認識が変わることを願って、アウトプットを継続しています。

認知症の当事者に関するさまざまな展示物が展開されている
認知症になっても医療・福祉領域にとどまらず、社会に出て行くことが重要
――認知症当事者から需要が高い取り組みは何でしょうか。
党さん:当事者の話を聞きたいニーズが高いほか、イベントへの参加に意欲を持つ方が多いです。
――どのようなイベントを開催していますか。
党さん:1つは、オレンジパートナーズの枠組みで、当事者が活躍できるブースを作り、そこで当事者たち自身が作った野菜や商品を売る催しがあります。
2024年からはデパートの大丸福岡天神店と連携して、年に1度、パサージュ広場で認知症カフェを開く取り組みも始まりました。2025年の企画は、デパ地下ツアーです。好きなスイーツやお弁当を買い、広場で談笑しながら食べるイベントで、好評でした。
公園の指定管理を受けている企業と連携して、認知症当事者を含む一般市民の方や子どもを対象に、花を植えるイベントも開催しました。
福岡市が開催するイベントに参加することも多いです。印象に残っているのはママさんバレーボール大会への参加です。
参加賞を配布する係として当事者に協力いただきました。当事者が作った野菜を配ったら、会場がほっこりした雰囲気に包まれたのもよかったですし、大会の参加者から「実は私の母親も認知症で、どうしたらいいかわからなかった」と当センターへの相談につながったケースがあったんです。
医療や福祉の領域だけで完結するのではなくて、外の世界に出て行く意義を再認識しました。
サインの配置や色のコントラストなど「認知症の人にもやさしいデザイン」で設計したトイレ
――認知症フレンドリーセンターでは、デザインに力を入れていると伺いました。デザインの特徴を教えてください。
党さん:当センターは、「おしゃれ」「居心地がよい」だけでなく、当事者が直感で目的地にたどり着けるデザインを採用しています。
たとえばトイレに行きたい場合、認知症でない人は経験則や記憶から「だいたいこの辺りにトイレがあるだろう」と探すことができますが、認知症当事者にはそれが難しいんです。
トイレのサインが目線より上にあると、当事者がサインを認識できていない可能性があります。また、白い空間に白い便器がある場合、色の境目を認識しづらいという認知症の特性上、当事者にとって使い心地のよい空間とはいえません。
福岡市では、「認知症にやさしいまちづくり」を2008年から施策として推進しています。その一環として「認知症の人にもやさしいデザイン」の手引きを策定しており、当センターは、手引きを遵守した作りになっています。

認知症の人にもわかりやすいトイレのサイン

便器と壁の色のコントラストがはっきりしているトイレ
――手引きはどのように作成されたのでしょうか。
党さん:手引きは、英国スターリング大学の認知症サービス開発センター(DSDC)が作成している評価基準を輸入して、日本版としてアレンジしたものです。認知症当事者が戸惑いにくい、サインを掲示する高さや色のコントラストなどを紹介しています。
当センターはDSDCから、日本の公共施設としては初めて、認知症デザイン認証で最高峰の評価である「ゴールド認証」を受けました。
当センターに限らず、福岡市内で近年新設した公共施設内のトイレは、手引きを踏まえて、認知症の人にもやさしいデザインで設計されています。
――認知症施策への福岡市の熱意を感じます。
党さん:福岡市は人口も増えており、全国的に見ると若くて元気な街と思われがちですが、人口増の内訳を見ると、65歳以上の方が多いんです。高齢者が増えれば認知症当事者の人口も増えますので、市長が主導して、認知症にやさしいまちづくりに力を入れてきました。
人生100年時代ですから、認知症当事者が望む暮らし、これまで通りの暮らしを営み続けられる社会のあり方について、オール福岡市で考えていこうと取り組みを展開しています。
福岡市内すべての小中学校で認知症ケアのコミュニケーション技法「ユマニチュード®」の授業を実施
――福岡市の取り組みで注目しているものはありますか。
党さん:認知症当事者とのコミュニケーションの取り方として市が推進している、ユマニチュードの啓発活動です。
同じことを何回も言う当事者に対して、きつい言葉で返答したり、「もう何もできない」とレッテルを貼って蓋をしたりするようなコミュニケーションの取り方は望ましくありません。
適切なコミュニケーションの方法について多くの福岡市民に知ってもらいたいという福岡市長の考えのもと、2024年度から福岡市内約150校あるすべての公立小学校で、4年生の総合学習としてユマニチュードの授業を取り入れています。
ユマニチュードとは、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱に基づく、フランスで生まれた認知症ケアのコミュニケーション技法です。
2025年度からは取り組みを強化し、市内すべての公立中学校(70校)でも1年生の授業で扱うことになりました。さらに、2025年9月には福岡市が「国境なきユマニチュード推進本部」を立ち上げました。ユマニチュードの知見やノウハウを収集し、福岡市民のみならず、世界に向けてユマニチュードの啓発を行っています。
私は30年近く介護の現場にいたので、当事者にどう向き合えばいいかわからないと戸惑う家族や周囲の人も近くで見てきました。早い段階から認知症を理解し、当事者と関わるためのテクニックを身に着けることで、当事者や周囲の人の負担を軽減できるかもしれません。ひいては、在宅生活の臨界点を高めることにもつながると期待しています。

福岡市はユマニチュードの啓発活動に力を入れている
目標は、認知症フレンドリーセンターがなくなること
――福岡市認知症フレンドリーセンターとしての今後の目標を教えてください。
党さん:当センターは、医療・介護従事者のスタッフで運営しています。私自身は介護福祉士とケアマネジャーの資格を持っています。そのほかは社会福祉士4人、保健師が1人在籍しており、事務職の1人とあわせて7人。認知症についての知識が豊富なメンバーが揃っているので、認知症当事者がやりたいことをかなえるためにどうしたらいいかという視点から支援できていると考えています。
今後、当センターの考え方に賛同してくださる人が増えて、トライアンドエラーを繰り返しながら、認知症当事者が活躍できる社会が構築されていくことが願いです。当たり前に活躍できるようになって、ゆくゆくは当センターがなくなればいいと思っています。
――当事者が活躍できる社会を構築するために大切なことは何だと考えますか。
党さん:当事者や家族が抱える苦しみの根源には、「認知症になりたくない」「なってほしくない」という、認知症への拒絶があるのではないでしょうか。
家族も、認知症が進んだ当事者の存在を受け入れられず、強い言葉や態度で接してしまうことがありますよね。当事者と周囲の人との間で摩擦が大きくなると、当事者が孤立していき、悪循環に陥ります。
世間が抱いている介護拒否、暴言、暴力、徘徊といった「認知症」のネガティブなイメージの多くは、周辺症状(BPSD)といわれるものです。BPSDは環境との摩擦によって引き起こされます。当事者との関わり方や環境の整備によって改善できる場合があることを多くの方に知っていただく必要があるでしょう。
――認知症について正しく知るということですね。
党さん:認知症は、老化の延長にある、誰にとっても身近な存在です。認知症にならないための予防だけでなく、「新しい認知症観」を根付かせて、受容できる社会を構築していくことが求められます。
――受容できる社会を目指して、今からできることはありますか。
党さん:認知症に限らず、失敗が許されづらい、ささいなミスも失敗だと捉えられがちな世の中だと感じています。
まずは家庭で、成功と判定するストライクゾーンを広げてみてもよいのではないかと思うんです。合格点を下げたり、都合よく解釈してみたりする。減点方式ではなく、加点方式で考えることができれば、寛容な社会の実現に一歩近づくのではないでしょうか。




