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認知症と高齢者の孤立。足立区が挑む「デジタルと地域ネットワークの融合」とは?
更新日:2026-01-21

認知症と高齢者の孤立。足立区が挑む「デジタルと地域ネットワークの融合」とは?
東京都足立区役所インタビュー

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高齢者施策推進室高齢者地域包括ケア推進課の佃さんと神家満さんと地域のちから推進部 絆づくり担当課の澤田さん

東京都足立区は、「高齢者の孤立」と「認知症」という2つの社会課題に対し、デジタルと地域ネットワークを融合させた独自の施策を展開し、成果を上げている。

2010年に区内で発生した高齢者の衝撃的な孤立死をきっかけとして始まった「孤立ゼロプロジェクト」は現在、認知症施策とも連動。2025年には、脳トレクイズや認知症リスクのチェックプログラムなどができる足立区LINE公式アカウント『あだち脳活ラボ』を開発・提供するなど、現役世代も巻き込んだ新たなフェーズに突入しようとしている。

今回、認知症とともに歩む将来の地域づくりのヒントを探るべく、足立区の認知症をめぐる最新の実態について、佃美幸さん・神家満麦さん・澤田健二さんのお三方に話を聞いてきた。

足立区「孤立ゼロプロジェクト推進条例」と高齢者の孤立死

足立区の先進的な取り組みの原点には、2010年7月に発生した孤立死事案がある。
生きていれば都内最高齢だった男性が、実際には30年前に亡くなっていたことが発覚。糸口となったのは、安否確認を担当していた民生・児童委員による「長期間会えていない」という相談だった。
この衝撃的な出来事を機に、全国でも同様の事例が相次いで発見され、「地域コミュニティの衰退」という全国的な課題が浮き彫りになった。

「私自身も足立区出身ですが、幼少時にあった近所付き合いが希薄になり、今では隣に誰が住んでいるのかわからない状況になっています」と澤田さん。

この事件を受け、足立区は2011年に「地域のちから推進部」を創設。
2013年1月1日施行の「足立区孤立ゼロプロジェクト推進に関する条例」の制定へとつなげた。以降、足立区では、官民の枠組みを超えた「孤立ゼロプロジェクト」が推進されている。

1000人超のボランティア「絆のあんしん協力員」

「孤立ゼロプロジェクト」は、「気づく・つなげる・寄り添う」という3つのキーワードを合言葉に活動を開始した。10年以上経過した現在では、町会・自治会・民生児童委員・地域包括支援センター(以下:ホウカツ)・ボランティア・協力企業などによって、「重層的な見守りネットワーク」を構築することに成功している。

孤立ゼロプロジェクトで軒先を回っているオレンジベストの参加者

孤立ゼロプロジェクトの声掛けの様子(写真提供:足立区、以下同様)

具体的には、地域の高齢者の変化に気づくため、70歳以上の単身者・75歳以上の世帯について、町内会・自治会の方々が訪問。「困りごとがあったときに相談相手がいるか」「日常生活で世間話をしているか」などを尋ねてまわる。

そして、孤立の恐れのある高齢者については、区内25か所に設置されたホウカツに情報提供し、ホウカツの職員が、実際に高齢者のご自宅を訪問して「孤立の恐れがあるかどうか」「介護保険サービスが必要かどうか」など、さらに詳細な調査を行う。

足立区がこれまでに実施した延べ約5万世帯を対象にした高齢者実態調査では、約1割に孤立の恐れがあることが判明しているが、こうしたホウカツとの連携によって、介護保険サービスの開始や地域社会とのつながりを作るなどの成果も出てきている。 

孤立ゼロプロジェクト高齢者実態調査の表

孤立ゼロプロジェクト高齢者実態調査(2024年12月末現在)

例えば、ひきこもりがちだった単身の高齢男性は、「地域の植栽活動に勧誘するなど、見守りながら定期的に外出の機会を提供したところ、孤立状態から脱することができた」という(澤田さん)。
1,000人以上いるボランティア「絆のあんしん協力員」の存在も大きい。日々の生活の中で接している高齢者について、何かしら異変に気付いたら、ホウカツにすぐに連絡していただく仕組みになっている。

さらに、郵便局・金融機関・スーパー・コンビニ・医療機関・友愛クラブなど、1,200以上の協力機関とも連携し、日常業務の中で高齢者の変化に気付いた際は、ホウカツに連絡していただくようネットワークを構築。地域に根差した重層的な見守りと日々の地道な活動が機能しはじめている状況だ。

「お互いに力を出し合い、お互いさまのまちづくりを目指し、地域全体での見守り活動を担っていただいています」と澤田さんは語る。

助けを求められる環境づくり。課題は現役世代の参加

しかし、成果が出てきている一方で、「まだまだ課題も多い」と澤田さんはいう。
高齢の方には「公的機関のお世話になるのは申し訳ない」という意識が強く、「私は大丈夫だから」とホウカツの訪問や接触を拒絶されるケースも少なくない。最近は詐欺事件の報道も多く、訪問そのものに警戒する方も多い。

「そうした場合も、無理に踏み込まず、距離を置いて見守る姿勢が重要です」と澤田さんは説明する。
「何か変化や困りごとがあったら連絡してほしいと連絡先を伝えた上で、距離を置いて遠目で見守るようにしています」

また、日頃から「助けを求めていいんだ」という安心感を与えられるよう工夫も凝らしている。例えば、普段から主体的に「見守り・声かけ・居場所づくり」活動を行っている町会・自治会に対しては「絆づくり応援グッズ」を提供し活動を支援している。

オレンジ色のネックストラップやビブスなどを身につけた方々が、日頃から街中を歩いて、高齢者に挨拶や声かけをすることによって、一人暮らしや日中独居の高齢者の不安を少しでも軽減しようという狙いだ。
この取り組みは「わがまちの孤立ゼロプロジェクト」といい、2025年9月現在、実施団体数は155にのぼる。

足立区では、絆のあんしん協力員の登録数も順調に増えている。しかし、その約半数が60代以上と高齢化が進んでいることが課題だ。

「高齢者人口の多さに対して、見守る側の人数はまだまだ不十分。若年層の登録を促す必要があります」と澤田さんは危機感を示す。

そのため、若い世代への啓発にも注力し、独自にPR動画を制作したり、区主催のイベントブースや区の施設のモニターなどで登録勧奨を行ったりしている。

また、令和7年度から毎年11月を「孤立ゼロ強化月間」と定め、スーパー・商店街・金融機関などにポスターを貼るなど啓発活動を強化。「現役世代にも若いうちから地域活動に参加いただき、見守りの意識を持ってもらうことで、自分がいずれ見守られる立場になることを早めに意識してもらいたい」と澤田さんは語る。

また、地域参加に消極的な傾向がある「男性」の孤立対策も重要だ。孤立死は「男性のほうが女性よりも圧倒的に多く、亡くなってから発見されるまでの期間も長い」。
そのため、区内の企業を訪問し、現役世代の男性社員を中心に、「若いうちから地域活動へ参加する重要性」を呼びかけている。
しかし、「まだまだ参加者は少なく、企業訪問は今後もっと増やしていく方針」だ。

認知症の早期発見・早期支援「あだちオレンジチェック・サポート」

高齢者の孤立対策と並行して、認知症対策も急務になってきている。
足立区の総人口は、70万3,135人、高齢者数は16万8,286人(2025年10月1日現在)。
そのうち、認知症高齢者は推計2万1000人、MCI(軽度認知障害)の方は推計2万6000人と試算している。

「認知症施策で重要なのは、早期発見・早期支援を実現することです」と佃さんは語る。

あだちオレンジチェックの封筒の画像

あだちオレンジチェックのご案内の封筒

足立区では、認知症の早期発見・早期支援を強化するため、2025年度より検診事業を「あだちオレンジチェック」として大幅リニューアルした。
「あだちオレンジチェック」とは、認知症を早期診断するための検診事業のこと。2022年から2024年度までは「あたまの健康度測定」という名称だったが、ネーミングの印象が良くないという意見もあった。そのため、「医師会の先生方とも検討し、2025年度以降は『あだちオレンジチェック』という名称に刷新した」と佃さんは経緯を語る。

事業名の変更と同時に、検診対象と検診方法も変更し、従来の「集団検診」から身近な医療機関等で受診できる「個別検診(長谷川式またはMMSE)」へと移行。医師会52機関と連携し、受診しやすい環境を整えた。

以前は70歳の方だけが診察対象だったが、2025年度からは、介護予防チェックリスト*1 で認知機能の低下の疑いがある方と、『あだち脳活ラボ』による「J-MCI(50歳以上)」または「Cognitrax(65歳以上)」で認知症機能低下の疑いのある方についても対象に追加した。50〜64歳の方には、若年性認知症にも対応できる医療機関を案内している。

*1 要支援・要介護認定を受けていない65歳以上の方を対象に生活状況や健康状態を調査するアンケート(3年間で全対象者に調査を実施)。

『あだち脳活ラボ』とは、認知症専門医の朝田隆先生(筑波大学名誉教授・一般社団法人MCIリング代表)監修のもと開発された足立区のLINE公式アカウントのこと。脳の活性化を目的に、1,000問を超える脳トレクイズや、600以上の運動・美術・音楽など多彩な動画が視聴できる機能などがある。
他にも、自治体で本格導入されるのは全国初となる同アプリ内には、『J-MCIもの忘れチェック』が搭載されており、13の質問に答えるだけで認知症リスクを3段階で判定できる仕組みになっている。(全年齢利用可能)

デジタルを活用することで、区民が日常的に自身の認知機能の状態を把握することを可能にした。

認知症検診事業のあらまし(足立区提供の資料より抜粋)

2025年度以降

事業名

あだちオレンジチェック
*「あたまの健康度測定」というネーミングも医師会の 先生方と一緒に検討したが、印象が良くないという意見もあったため

対象

(1)70歳
(2)介護予防チェックリストで
  認知機能低下の疑いのある方
(3)「あだち脳活ラボ」によるJ-MCIやCognitraxで認知機能低下の疑いのある方
ア J-MCI(50歳以上)
イ Cognitrax(65歳以上)

検診方法

個別検診(医師会52医療機関)
*50歳~64歳までの方には
若年性認知症にも対応できる医療機関を案内する

検査内容

個別検診:長谷川式またはMMSE

期間

個別検診:5月中旬~2月末

検診後支援

実施者および支援期間

検診後支援
実施者および支援機関
検診医療機関からの検診後報告

名 称:あだちオレンジサポート
実施者:認知症地域支援推進員
    (地域包括支援センター職員)
期 間:3か月


こうした「あだちオレンジチェック」の診断の結果、認知機能低下の疑いがあると判定された方を支援する事業が、2つ目の柱となる「あだちオレンジサポート」である。
「あだちオレンジサポート」では、認知機能低下の疑いがあり、医療の継続・生活上のサポートが必要と判断された方を対象に、住み慣れた地域で自分らしく生活していくための支援を提供している。診断から支援へ切れ目なくつなげるのがポイントだ。

サポート内容は、認知症地域支援推進員による家庭訪問、電話による支援のほか、適切な医療機関・地域包括支援センターへの連携サービスなど多岐にわたり、自己負担無料で最長3か月のサポートを受けられる

スマホアプリ『あだち脳活ラボ』の開発経緯

2025年3月にリリースした『あだち脳活ラボ』の登録者数は、同12月現在、65歳以上の高齢者で4,000名以上、全年齢では7,000名以上の登録に達している。

「スマホを活用した新規事業ということで懸念もありましたが、目標を上回るペースで登録者数は伸びています」と神家満さん。

最も人気のあるコンテンツは脳トレゲームで、1,000問以上あるため毎日違う問題に取り組める。動画コンテンツも人気で、運動だけでなく、音楽、芸術など、フレイル予防に役立つ多様なラインナップが揃っている。

あだち脳活ラボのチラシ画像

スマホアプリ『あだち脳活ラボ』のチラシ

しかし、開発当初は『J-MCIもの忘れチェック』を認知症月間の普及啓発に活用することだけが目的だったため、現在の仕様になることは想定していなかったという。

「朝田先生と対話を重ねるうちに、『介護予防』と『認知症予防』が縦割りになっている課題が浮き彫りになりました。本来、介護予防も認知症予防も一体的に取り組む必要があり、一人の高齢者に対してトータルで支援していきたいと考え、現在の『あだち脳活ラボ』の構想に至りました。」

複合介入型」とは、例えば、運動で手足を動かしながら頭を使うなど、運動・栄養・口腔・音楽・芸術といった様々な要素を複合的に取り入れることによって、介護予防と認知症予防につなげる取り組みだ。

インタビューに答える佃さんと神家満さん

もう一方で、足立区には別の課題もあった。これまで足立区における高齢者向けの事業は対面が中心で、特定の日時に集まれる人しか参加できない制約があった。また、講師と会場を手配する必要もあるため、開催回数を増やすことも難しかった。
そこで、デジタル技術を活用し、複合介入*2の取り組みを推進する『あだち脳活ラボ』を開発した。「いつでも、どこでも、誰とでも、お一人でも、何回でも」をキャッチフレーズに掲げ、従来の対面型の教室では対応できない時間帯でも、いつでも無料で利用できるようにした。

*2「複合介入」とは、知的活動と運動を組み合わせ、脳に多様な刺激を与える手法で、介護予防・認知症予防に効果的なアプローチの一つ。

実際、生活に浸透してきていて、毎日楽しく利用していると好評もいただいているという。
600種類以上ある動画の中から自分で選ぶのが難しい方のためには、体操、音楽、脳トレ等を組み合わせたパッケージ動画を週2回配信するサービスも提供。これを利用すれば、30~45分程度で介護予防教室に参加したような講座を受講できる。個々の生活スタイルに合わせて利用できるため、従来ではリーチできなかった層へのアプローチにも成功している。
脳トレゲームや動画コンテンツを個々に活用している自治体はすでに存在しているが、足立区のようにそれらをプラットフォーム上で一体的に提供しているところはまだ少ない。

「『あだち脳活ラボ』は基本的には足立区民向けのサービスですが、このサービスの仕組みそのものは、他の自治体にも広げていきたい」と神家満さんは意気込みを語る。

「認知症月間」に認知症VR体験

認知症の早期発見・早期支援を実現するためには、その前提として、認知症に関する「正しい知識」の普及活動も必要だ。
足立区では「認知症月間」の取り組みとして、正しい知識、新しい認知症観について知るとともに、区の認知症施策についての情報を得るきっかけづくりをおこなっている。
2022年までは「脳活フェスタ」という名称で活動していたが、2024年に施行した「認知症基本法」で毎年9月が「認知症月間」と定められたこともあり、足立区でも「認知症月間」として普及啓発を実施している。
足立区における普及・啓発の対象は以前から、40代〜50代の区民を主な対象にしてきたが、その背景には、佃さん自身が長年、保健師として認知症予防に携わってきた経験がある。

「40代〜50代の方々は、自分自身の認知機能は大丈夫かなという視点と、自分の親は大丈夫かなという二つの視点から、認知症について早めに知っておくことが大事になる」と佃さんは語る。

2025年の「認知症月間」には、足立区役所アトリウム(9月10日~24日)とアリオ西新井店(9月20日、21日)において、パネル展示を実施。国の認知症施策の歴史、新しい認知症観、認知症本人へのインタビューなどを紹介した。
これまで行政に関心が薄かった層にも「地域包括支援センター」の存在意義をアピールし続けており、「ホウカツ」というカタカナ名称で親しんでもらえるよう取り組んでいる。介護認定するところというイメージではなく、元気で活躍できる情報を提供しているという「プラスのメッセージを発信したい」と佃さんは語る。
その結果、2025年度には65歳以上の方のホウカツの認知度が80%を超え、認知度が低かった50代男性でも60%を超えるなど、意識変容が数字に表れ始めている。

認知症当事者の声を掲載したパネル

認知症本人インタビュー

また、アリオ西新井店では、「認知症VR体験会」も実施した。大内病院(東京都認知症疾患医療センター)と朝日カルチャーセンターの協力により、認知症本人の視点で階段を降りるなどの日常生活を理解できる機会を設け、区民240名が体験した。

VRによる認知症体験会の様子

認知症VR体験会の様子

「認知症になったら何もできなくなるわけではなく、『認知症になってもまだまだできることがある』という新しい認知症観がまだ十分に浸透していません。
認知症についての理解度を数値化するのは難しいですが、少しでも理解者が増えれば認知症の方が住みやすくなり、ひいては高齢者や生活しづらさを感じている方が住みやすくなると考えています」と佃さんは語る。

認知症ケアを提供する側の質も向上「日本版BPSDケアプログラム」

認知症と診断された区民へのケアの質も重要となる。足立区では「認知症ケアプログラム推進事業」を積極的に展開し、「認知症ケアを提供する側の質の向上」を目指している。
具体的には、東京都と公益財団法人東京都医学総合研究所が開発した「日本版BPSDケアプログラム」を区内の介護事業所などに導入することで、ケア担当者間の情報共有と一貫したケア体制を構築している。

「日本版BPSDケアプログラム」とは、認知症ケアの質向上を推進する人材の養成と同時に、オンラインシステムを活用してBPSD(行動・心理症状)を「見える化」する仕組みだ。

BPSD(Behavioral and psychological symptoms of dementia )とは、ひとり歩き・興奮・暴力、幻覚・妄想など、かつては認知症の人の「問題行動」と受けとられやすかった行動・心理症状を指す。
これらは、脳細胞が損傷を受けたり働きが悪くなることで直接的に引き起こされる中核症状(記憶障害など)とは異なり、本人の身体の状態や生活環境、周囲の関わり方など様々な要因が複雑に影響して引き起こされる。BPSDは認知症の人の在宅生活の継続を困難にする大きな要因となるが、適切な環境調整や関わり方の工夫により、症状を軽減できる可能性がある。
「日本版BPSDケアプログラム」では、オンラインシステムに入力されたデータに基づき、こうした症状の背景にある要因を分析。ケア担当者どうしが情報を共有し、根拠に基づいた一貫したケアを提供することで、症状の改善を図っている。
足立区では「日本版BPSDケアプログラム」の有効性に早くから着目していた。平成28年度と29年度には、東京都のモデル事業として先行参加。区内の介護事業所の職員などが専門的な研修を受けてプログラムを実施してみた結果、対象者のひとり歩き・興奮・暴力・幻覚・妄想などの症状が改善するなど、一定の効果が得られた。
この成果を受け、平成30年度より区独自の「認知症ケアプログラム推進事業」として継続し、現在は、事業所ごとに推進役(アドミニストレーター)を配置し、認知症ケアの質を高める取り組みを進めている。
この「認知症ケアプログラム推進事業」は、単に症状を抑えることだけが目的ではない。BPSDの背景にある本人の不安や不快感を取り除き、その人らしい生活を取り戻す「パーソン・センタード・ケア(その人中心のケア)」の実践が根底にある。

足立区は今後も、認知症ケアの質の向上を推進する人材の養成とシステムの活用を通じ、認知症の人が地域社会とのつながりを保ちながら穏やかに暮らせる環境整備を加速させる方針だ。

地域包括支援センターを核とした認知症支援

地域包括支援センターの役割は、「孤立ゼロプロジェクト」と同様、認知症施策においても大きい。
区内25か所に設置された地域包括支援センターを拠点として、地域住民と一体となった地域密着型のケア体制の構築を目指している。
主な活動を見てみよう。

「認知症サポーター養成講座」と「本人ミーティング」

地域での認知症への理解を深める普及活動としては「認知症サポーター養成講座」の開催に力を入れている。同講座は、認知症の人やその家族の「応援者」を養成し、安心して暮らせる地域づくりを目指すものだ。
講師は「キャラバン・メイト養成研修」を修了したホウカツ職員が務め、区内在住・在勤・在学者が対象となる。講座では認知症の基礎知識や接し方を学び、受講者にはサポーターの証であるグッズが授与される。

知識を実践に移す取り組みもおこなわれている。例えば「声かけ訓練」は、サポーター養成講座受講者などを対象に、各地域包括支援センターで年1回以上開催。当事者のひとり歩きなどの場面を想定し、偏見をなくし、適切な声かけを実施できる能力を身につける実地訓練だ。

また、当事者の視点を重視した「本人ミーティング」も推進されている。認知症や軽度認知障害(MCI)と診断された本人たちが集い、自らの体験や希望を語り合う場だ。孤立を防ぎ、社会とのつながりを維持することを目的に、3~4か月に1回の定期開催(本人2人以上の参加で実施)を目指して運営されている。

居場所づくり 「認知症カフェ」

認知症になっても安心して暮らせる地域づくり(居場所づくり)の一環として、区内で広がりを見せているのが「認知症カフェ」だ。
認知症の人や家族、専門職、地域住民が、コーヒーやお茶を飲みながら相互に理解し合う場として機能している。カフェは月1回以上、参加者が自力で足を運べる身近な場所で定期開催されており、悩み相談だけでなく、趣味活動やレクリエーションを通じて交流を深める地域の拠り所となっている。
足立区はこれらの事業を通じ、認知症になっても尊厳を持って暮らせる「共生」の地域社会実現に向け、支援の輪を広げていく方針だ。

「もの忘れ相談」医療と介護の連携による重層的なセーフティネット

地域包括支援センターが中心となって、重層的な相談・訪問体制を整備している。
まず、入口となるのが「もの忘れ相談」だ。足立区医師会の協力を得て、認知症サポート医などの相談医が年4回、各地域包括支援センターなどで出張相談をおこなう。もの忘れに不安を持つ高齢者本人や家族、対応に悩む介護事業者が対象となる。

対応が困難な高齢者に対しては、多職種連携で挑む。「認知症初期集中支援チーム」は、全ての地域包括支援センターに配置されており、専門医、看護師・作業療法士等の医療職、介護職、認知症地域支援推進員からなる4名以上のチームで構成される。医療や介護サービスにつながっていない人に対し、最長6か月の期間で集中的に関わり、早期診断や自立生活支援に向けた対応をおこなう。
さらに、より専門的な介入が必要なケースには「足立区認知症アウトリーチチーム事業」が稼働する。これは、医療機関受診が困難な人や、サービスを中断している人、暴言・暴力などの行動・心理症状(BPSD)が顕著で対応に苦慮している人が対象となる。区のコーディネーターや地域包括支援センターに加え、医療法人社団大和会大内病院などの認知症疾患医療センターの専門チームが自宅を訪問し、医療的な支援を行う仕組みだ。

また、区全体の実態把握として「足立区実態把握訪問」も継続されている。3年に1度郵送される「介護予防チェックリスト」に基づき、認知症の疑いがあると判定された方を地域包括支援センター職員が訪問や電話等で状況を確認する。
2025年度からは、この実態把握から「あだちオレンジチェック」への紹介・誘導も強化され、区民自身によるセルフチェックの習慣化も強化されている。

認知症地域支援推進員の役割と見守り体制

 

認知症地域支援推進員の役割と見守りの体制を示した画像

認知症地域支援推進員の役割と見守り体制

「認知症地域支援推進員」の役割は、足立区においては多岐にわたる。
認知症地域支援推進員とは、厚生労働省の施策に基づき、各市町村の地域包括支援センター等に配置され、認知症になっても住み慣れた地域で生活を続けられるような体制づくりを担う。
ケアマネジャーは個人のケアプランを作成するのがメインだが、認知症地域支援推進員は、 個人を支援しつつ、医療機関との連携を強化したり、地域全体のネットワークを作ったりする。認知症の当事者や家族を、医療、介護、地域へとつなぐコーディネーターとして、個人の相談に乗るだけでなく、地域全体の仕組みを作るという広い役割を持ち、家庭訪問や電話支援を行う中心人物でもある。

具体的には、初期集中支援やケース対応に関する相談、若年性認知症本人・家族交流会「おりがみカフェ」の運営、大規模な認知症サポーター養成講座の実施、認知症月間の啓発、そして前述の「あだちオレンジサポート」における伴走支援などがある。「認知症カフェ」の設置を支援したり、地域住民向けの研修もおこなっている。

おりがみカフェの内容を記したチラシ

おりがみカフェのチラシ

また、認知症の進行度に合わせて、いつ、どこで、どのような医療・介護サービスを受ければよいかを示した「認知症ケアパス」を作成・周知する役割も担っている。
「病院に行きたくない」という方や、介護サービスを拒否する方に対しては、かかりつけ医や認知症専門医、ケアマネジャーと連携し、その人がスムーズに適切な医療やサービスを受けられるよう調整。認知症の疑いがある段階や、診断直後の混乱している時期などに、本人や家族からの相談に応じている。

若年性認知症の本人家族交流会

若年性認知症の方々のサポートも課題だ。若年性認知症の方への支援には特別なアセスメントが必要なため、認知症地域支援推進員が応援する体制を整えている。推進員は区内に5名おり、ブロックごとに配置。若年性認知症への理解や知識も深めている。
地域包括支援センターは、基本的に65歳以上の相談が中心で、若年性認知症の当事者からすると相談に行きづらい面がある。そこで足立区では、若年性認知症の方の支援や介護保険についても対応できるよう、全ての地域包括支援センターに若年性認知症の相談も受け付けるよう依頼。区内の医療機関だけでなく、近隣の大学病院にも周知をおこなっている。
また若年性認知症の方やそのご家族の相談の場が少ないという課題もあるため、若年性認知症の本人家族交流会も開催している。

緊急時の高齢者保護体制

認知症の高齢者ではひとり歩きによる行方不明などの突発的な緊急事態にも備えが必要となる。
足立区では在宅高齢者とその家族を支えるセーフティーネットも重層的に展開。行方不明の早期発見から、夜間・休日の緊急保護に至るまで、ハード・ソフト両面で切れ目のない支援体制で地域生活を支えている。
例えば、認知症によるひとり歩き行動のある在宅高齢者を介護する家族に対しては、GPSなどの検索システムの加入料および検索料を区が助成している。居場所を特定できるツールの導入によって、家族の精神的経済的負担を軽減している。

また、外出先でのトラブルに備えるのが「見守りキーホルダー事業・あんしんプリント事業」だ。ひとり歩きの可能性がある高齢者の氏名・住所・緊急連絡先などをあらかじめ登録し、固有の登録番号が入った「見守りキーホルダー」を身に付ける。

固有の登録番号が入った見守りキーホルダー

見守りキーホルダー

これにより、警察に保護された場合や、外出先で突然倒れ救急搬送された場合でも、登録番号から速やかな身元確認と家族への連絡が可能となっている。
さらに、夜間・休日などの「行政の空白時間」を埋めるための保護事業も整備されている。
「緊急レスキュー事業」は、夜間や休日等の閉庁時間帯に稼働する仕組みだ。区内警察署に保護された身元不明の要保護高齢者を対象に、区と契約した老人福祉施設で一時的に保護し、安全を確保する。
さらに、判断能力の低下により在宅生活の継続が困難となり、緊急に保護する必要が生じた場合には「緊急一時保護事業」が適用される。こちらも区と契約した老人福祉施設を活用し、高齢者の生命と生活を守る最後の砦として機能している。

今後の認知症対策「認知症になってもやりたいことができる」社会へ

「私は前任者から引き継いだ『認知症とともに、このまちでいつまでも』というキャッチフレーズを大切にしています。このフレーズは時間をかけて吟味して作られたもので、このワードとともに足立区の認知症施策は進んできました」と佃さんは振り返る。 ‎

今後の新たな動きとしては、2026年4月には「足立区認知症とともにいつまでもこの街で条例」の施行を予定している。
これは「認知症基本法」を踏まえたもので、足立区としては、認知症になっても「やりたいこと」を諦めずに挑戦する意欲を持つことができるまち、 そしてその家族等も安心して住み続けられるまちの実現を目指す。

認知症になったら「何もできなくなる」「何もわからなくなる」という古い認知症観に代わって、「認知症になってもできることがある」という新しい認知症観を周知していきたいと佃さんは力を込める。

神家満さんも「私自身、この部署に異動してきてから認知症に対する捉え方がガラッと変わりました。職員でさえそうなのですから、区民の方にとってはまだまだ知られていない部分があると思います。今後も脳活ラボや認知症月間など、あらゆる機会を通じて普及啓発に力を入れていきたい 」と語る。

条例制定後、足立区の取り組みがさらに加速し、認知症に対する正しい理解者が増え、生活しづらさを感じている方々が住みやすい共生社会になることが期待される。
新しい認知症観と正しい認知症の周知、そして、世代を超えた切れ目のない支援体制の構築が、認知症になっても安心できる今後の地域の絆を守る鍵となりそうだ。

くるねこ大和さんの漫画

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