認知症にまつわる実体験を本人が語る『認知症と私』。今回の語り手は、実母の認知症介護に挑むあかみこ先生です。
「もの忘れ外来」の診察に行きたがらない母と受診させたい私
「いつか母は認知症になるのではないか……」と、私はひそかに危惧していました。
できることなら未然に防ぎたいと思い、予防として「もの忘れ外来」を受診して欲しかったのですが、病気でもないのに素直に行くはずがありません。
普段から母の言動に気を配っていたところ、ほんの小さなもの忘れが起こりました。このチャンスを逃すまいと「心配だから、病院に行こう」と何度となく言いましたが、御多分にもれず嫌がり完全拒否。
私はいつでも行けるよう、すでに知人に著名な認知症専門医を紹介してもらっていたので、母のうなずき待ちでした。
初診から定期検診へ。認知症を見落としたのは医師任せの自分?
その後も、いっこうに「行く」とは言ってくれないので、仕方なく「診察後、焼肉に行かない?」と母の大好物をチラつかせ、何とか初診にこぎつけたのです。
「もの忘れ外来」の第一歩は、なかなか踏み出せなかったことを思い出します。
認知症専門医の診察を受けると結果は、「加齢によるもの忘れ」でした。
ホッとしましたが、心配は尽きません。私は、認知症専門医に「認知症検査を定期的に受けさせたい」と申し出ました。「認知症の疑いがないのに?」と驚かれましたが、「そうならないために、なんです!」と意向を伝え、半年ごとに通院し、少しでもMCI(軽度認知障害)の兆候があれば、即刻、告知してもらうことにしたのです。
今思えば、この時点で二人とも「生涯安泰」と安心しきっていたのかもしれません。結局、医師の告知任せとなり、予防努力を怠ることになっていくからです。

もの忘れは加齢によるもの?それとも認知症?(イラスト提供:あかみこ先生 以下同様)
何度目かの診察時、母の様子がおかしいので、「言ったことを忘れることが増え、出かける約束も初めて忘れた。これは認知症では?」と念入りに聞きました。それでも「加齢によるもの。生活習慣を見直すだけで大丈夫」と言われ、私の考え過ぎかと安堵してしまったのです。
初めての異常行動は認知症のサイン
認知症専門医の受診以来、母は落ち着いていたので、「旅行に行こう」という話になりました。ところが母は「私は家にいる。二人で行っておいで」と言うので、私は妹と出掛けることに。すると何事もなく過ごした2日目の夜、突然、母から電話がかかってきたのです。
「誰かいる! 帰ってきて!」と言うばかりで、要領を得ません。よく聞くと自分でしたことを忘れ、誰かの仕業と思い違いをしている様子。今すぐ帰れないことを伝えると、耐えられなかった母は近所の友人宅へ泊りに行ったようでした。
まさか泊まりに行くとは……思いもしませんでした。いつもの母らしからぬ想定外の行動は、この時が初めてです。
振り返ると、「初めての変な言動」は異常事態のサインであり、一考すべきだったと思います。当時は「認知症ではない」と医師に言われて間もなかったので、その言葉の方を信じていました。
母の異常行動があってから私なりに考えた結果、欠けていたのは「自立」ではないかと。一度もひとり暮らしをしたことがない母の側には常に誰かいたので、困難な時にひとりで考えて解決することが少なかったように思えました。そこから、認知機能に何かしら影響を及ぼしているのでは、と思うに至ったのです。
簡単にできる「自立」で、すぐ思いついたのが食事でした。家族で住んでいますが、個別に買い物をして、作って食べるなど、シェアハウスのような暮らし方を試してみようと思ったのです。

自立のために個々で食事や間食を用意することに。
ところが始めてみると、自立どころか「家族ではないみたい」「孤独だ」「死にたい」などと、母は口走るようになってしまいました。
理由がわからず、話し合おうとしても「滅入るからいい」「やる気が出ない」と言っては拒否。前向きな言動が消え、引きこもるようになってしまったのです。開始当初は賛成していたのに、実際やってみると何かが違ったのかもしれません。
認知症ではなかった? 老年期うつ病の診断ともの忘れ症状
母の言動についてネットや本で調べるうちに、認知症と間違いやすい病に「老年期うつ病」があると知りました。
すぐさまメンタルクリニックへ行くと、予想通り「老年期うつ病」という診断結果に。MCIと診断されるのも時間の問題かと思いきや、別の病だったとは。一旦、家族内でのシェアハウス方式を止め、母の心の問題に取り組むことに切り替えました。
そんな中、1ヶ月もしないうちに「今日の出来事を丸ごと覚えていない」という事態に直面。さすがに、これはもう認知症ではないか?
私はここにきて初めて、「加齢によるもの忘れだから大丈夫」という認知症専門医の診断に疑問を持ち、セカンドオピニオンのつもりで、大きな病院で母が認知症かどうか診てもらうことにしました。
ところが予約日をむかえる前に、また異常行動が起きたのです。収納場所を間違えることは度々ありましたが、冷蔵品を冷凍庫に入れる程度だったのが、見当違いの場所から出てくることが続いたのです。
お弁当箱が洗濯機置き場から、缶詰が靴箱から、家の中で宝探しをしているかのように、常に何かを探しまわる日々になっていきました。
お弁当箱が洗濯機置き場から、缶詰が靴箱から見つかる事態が発生
ただのもの忘れではなかった? 大病院の診断結果はMCI(軽度認知障害)
大病院の認知症専門医の診断結果は、「MCI(軽度認知障害)」でした。
その医師によると、MCIの段階で「改善する人」と「認知症になる人」にわかれるというのです。
続けて母に向かって、「あなたは確実に認知症になる。薬を飲む?」と突然、決断を促され私は呆然としました。とりあえず聞かれたので薬の説明を頼みましたが、「薬を飲むと決めたら説明する」と冷淡に返す刀でバッサリと斬られたのです。
一瞬の空白の後、即座に診察室から退出。母は静かな怒りに震え、「絶対に治してやる」と淡々と言い放ちました。
医師として、しかも認知症専門医なのだから言い方があるだろうと私は哀しくなりました。ただ結果的に見れば、あまりにもひどすぎる言葉に、逆に母がやる気になってくれたのは良かったのかもしれません。私も「絶対に治そう」と母と共に誓いました。
診断結果は「アルツハイマー型認知症」 早期受診とセカンドオピニオンの必要性
今度は、後に主治医となる脳神経内科の先生に、大病院で撮影したMRI画像やテスト結果などを持参し所見を伺いました。これがまさかの、「もうMCIではなく、完全にアルツハイマー型認知症の初期ですね」と言われてしまったのです。再び茫然、どういうこと?
もともと「加齢によるもの忘れ」と言われ信じ続けた結果、MCIを越え、認知症初期にまでなっていたなんて!
「何のために数年間、定期的に通っていたのか? MCIの前兆を見逃さないためだったのに!」
これが、早期に告知をしてくれると油断しきっていた結果なのです。まさか、正常へ引き返せる最後のチャンスを見逃されるなんて思いもしませんでした。
知人の紹介とはいえ、いくら名医だからといって、いくつかあった母の異変にもっと慎重になるべきだったのです!セカンドオピニオンの診断も、もっと早く受けるべきだったのです!
今さらながら猛省しかありません。「本当に悔しい」という言葉が、ただただこぼれ落ちていくばかりでした。
MCI(軽度認知障害)は、認知症へと移行する可能性がある状態を指します。厚生労働省「あたまとからだを元気にするMCIハンドブック(2024年)」によると、MCIでは、1年で約5~15%の人が認知症に移行する一方で、1年で約16~41%の人は健常な状態になることがわかっています。そのため、早期から認知症予防の対策を行っていくことが重要であり、適切な認知症予防策を講じることで、健常な状態への回復や認知症への移行を遅らせることが期待できます。
「認知症は治らない」と言われ続けた私たち
認知症は一般的には「治らない」と言われています。
しかしMCIであれば、生活習慣を見直すことで認知機能の維持や改善ができる可能性があると、当時の主治医に言われました。
「それなら更なる努力でもう一段階、生活習慣の質を上げたら、認知症初期でも改善の余地があるのではないか?」
私はこう解釈し、残された道だと信じて邁進する決意をしました。
まずは、情報収集から。有名無名に限らず、気になった認知症関連の講演会などに出向きました。「もの忘れ外来」の予約は数ヶ月待ちでしたが、講演会などでは個別相談ができることもあるからです。その場で悩みや疑問が解決できるので、本当に心強かったです。
同時に、以前から私は「治験」に登録をしていたので、定期的に送られてくるメルマガもチェックしていました。すると、「認知症」の文字が目に飛び込んできたのです。しかも薬ではなく、別の方法で認知症の改善を目指すものでした。
問い合わせてみると、担当医や治験コーディネーターはやる気に満ちていて、母と私の「絶対、治してやる!」という思いも否定はしませんでした。
今まで散々、「認知症なんて治らないのだから」と言われ続けた私たちには、この上ない喜びでした。問題は厳しい参加条件でしたが、様々な検査や試験を母は見事に突破し参加することが決まったのです。
担当医がとても前向きで、治験コーディネーターも優しく、母のやる気は上がっていきました。この新たな出会いをきっかけに主治医を変え、早速、生活習慣の相談です。日々の運動や食事療法は今まで通り継続しつつ、母の趣味を伸ばすことをすすめられました。
新しい主治医によると、母の趣味の中では、ハングル語、ガーデニング、登山、お笑いなどが認知症に効果があるとのこと。
すかさず母が「久しぶりに登山に行きたい!」と驚くほど積極的で、主治医も「それは素敵!全身運動だし、植物、空気、美しい景色も心に良い!」と背中を押してくれました。
恒例行事となった母との登山
それ以降、私はせっせと「1,000m前後の低山」を探し、その近くで、血流改善のために「源泉かけ流しの温泉宿」と母の大好物「フルーツ狩り」ができる場所を探し、一石三鳥のスケジュールを組んでいます。今では、これが母と私の恒例行事となりました。
更に、リンゴの木のオーナー制度にも加入したのです。1本のリンゴの木をもらえて、自分で収穫ができるというもの。どうしてもハシゴに登って自分で収穫をしたい母は、筋トレに熱が入り、一層、運動を頑張るようになりました。
リンゴの木のオーナー制度にも加入しました
年に一度の大イベントとなり、毎年、数百個ものリンゴを収穫します。
私が栄養士の資格を持っているので、母がひとりでもリンゴ料理を作れるように、見てわかるイラストレシピを作成しています。
認知症になっても本人の笑顔が大切
現在、母の症状の変化に伴い、主治医を変えました。母との相性も良く、介護者にも親身になってくださるので、今の私たちには申し分ありません。その主治医に、直面している困りごとを相談した際に、ハッと我に返る一言を言われました。
「お母さんが楽しいと思える日常が大切です」
もしかすると、私は単なるスパルタ介護者になっていたかもしれません。介護に没頭してしまうと、忘れがちになる当然のことを突き付けられ、一瞬、固まりました。
これを機に、今では「いかに母が笑顔でいられるか」を第一に考え、認知症改善を目指し、さらなる良策を日々、模索し続けています。
この記事は、筆者がお母様と向き合った大切な実体験の記録です。記事内には筆者の実感や強い思いが含まれていますが、あくまでご家族のケースであり、すべての方に同じ効果をお約束するものではありません。
認知症のケアや治療は、ご本人に合ったものを主治医と見つけていくことが何より大切です。具体的なご不安や症状については、専門医にご相談されることをお勧めいたします。



