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認知症のアートセラピー最前線|ARTMaNと朝田隆先生が開発した脳トレ「プログラムアート」とは?
更新日:2026-07-01

認知症のアートセラピー最前線|ARTMaNと朝田隆先生が開発した脳トレ「プログラムアート」とは?

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プログラムアートについてインタビューした鍋島さんと井上さん
そのもの忘れ、年齢のせい?それともMCI?

東京大学のほど近くにアトリエを構える「プログラムアートARTMaN(アートマン)」。
そのサロンに所蔵されている独創的なアート作品の数々は、すべて認知症の当事者や障害を持つ方たちが生み出したものです。

ARTMaNを主宰するのは、30年以上にわたって認知症の方たちへのアートセラピー(芸術療法)活動を展開してきた鍋島次雄さん。

アートセラピーへの取り組みが認知症介護に効果が期待されることは広く知られています1が、鍋島さんが開発した「プログラムアート」は、単なるリハビリやセラピーを超えて一人ひとりの感性や能力を引き出すアートの技法です。

ARTMaNへの参加をきっかけに"表現者"としての新たな自分を発見し、精力的な創作活動や展覧会の開催といった社会参加に繋げていく人はどんどん増えています。

脳活性化を通して認知機能の維持・向上を目的に開発された「プログラムアート」は今、鍋島さんや参加者の精力的な活動によって、「新しい認知症観」を視覚的に伝えるアクションにもなっています。
 

認知機能の維持・向上を目的に開発された「プログラムアート」の作品

企業に貸出もされているプログラムアート参加者の作品
(写真提供:プログラムアートARTMaN(以下同様))

認知症介護の枠を超えた脳トレ「プログラムアート」の仕組み

――ここにある作品はどれも独創的で、圧倒されるエネルギーがありますね。これらはすべて認知症の方が描かれたものなのですか?

鍋島さん:
ええ、どれもその人にしか表現できないオリジナリティに溢れています。最近は個展やグループ展を行う参加者も増えていますし、また企業から「受付ロビーに飾りたい」などといった申し出をいただいて、作品を貸し出しすることもあるんですよ。

プログラムアート作品の数々


――素晴らしいですね。「プログラムアート」とは、一般的なアートセラピーと何が違うのでしょうか。

鍋島さん:
最大の違いは、認知症専門医である朝田隆先生(メモリークリニックお茶の水院長)も医学的視点からその有用性を認める「アートの効果を中心に考えられたプログラム」と「参加者への対応」にあります。

ここではテーマは単なるきっかけに過ぎません。例えば、特殊な溶剤で色を滲ませたり、偶然生まれて形を活かしたり、参加者がこの「正解のないプロセス」の中で感動し自分で決断を繰り返すことが、脳に強い刺激を与えるのです。

――朝田隆先生との関係についてもう少し詳しく教えてください。

鍋島さん: 
すべての始まりは、約30年前の朝田隆先生との出会いでした。当時先生は「薬だけでは認知症の進行は止められない。非薬物療法の確立が必要だ」という強い危機感を持たれていました。

一方、私は芸術家として表現が持つ力を確信し、制作と並行してアートセラピーの実践に励んでいました。そんな折、先生から「アートで脳を刺激できないか?」と問いかけられたのです。

この問いを機に、医学的知見と芸術的手法を融合させる私たちの挑戦が始まりました。現在はクリニックでのセッションに留まらず、『見るだけで頭がさえてくる!脳活クイズ』などの著書や多方面での脳トレコンテンツを共同で制作し、脳の活性化に寄与する表現を追求し続けています。

脳活クイズのページ見本

『見るだけで頭がさえてくる!脳活クイズ』
著者:朝田 隆, 鍋島 次雄 出版社:高橋書店


――医学とアートの融合ですね。具体的にはどのような「脳活性化」の仕組みがあるのですか?

鍋島さん: 
一般的には、テーマに沿って制作することに重きを置きますが、「プログラムアート」は脳の特定の機能を刺激するように造られています。

例えば、あえて「手の動かし方」を制限したり、特殊な溶剤を使って「予期せぬ色の広がり」を作ったりします。すると、脳は「次はどうなるんだろう?」と予測し、偶発に生まれた形に対して「これは何に見えるか?」と想像を巡らせます。

この「予測」と「発見」、そして「決断」の連続が、脳全体をフル回転させるのです。

複数の参加者が筆を走らせている

 参加者の制作の様子

――具体的に、脳のどの部分に作用していると考えられているのですか?

鍋島さん:
特にMCI(軽度認知障害)やアルツハイマー型認知症では、計画を立てたり、新しいことに取り組んだりする「実行機能」が低下しがちです2。「プログラムアート」では、3つのプロセスが脳に働きかけます。

まず、視覚的刺激と空間認知として「色」や「形」を認識する際に後頭葉や頭頂葉が働きます。

次に脳内で情報を一時的に保持・処理するワーキングメモリの活用として「さっき塗った色と、次に塗る色のバランスをどうするか」を考える際に、脳の司令塔である前頭葉が活性化します。

そして、情動として「おもしろい」「驚いた」といった感情が動くことで、記憶を司る海馬に近い「扁桃体」が刺激されるのです3

5枚の作品の前に座る参加者

 参加者の制作の様子

――感覚的な「楽しい」だけでなく、脳の多機能を同時に使っているわけですね。

鍋島さん: 
その通りです。朝田先生は「アートによって脳のネットワークが再構築される」とおっしゃっています。たとえ一部の機能が低下していても、アートを通じて別の回路を活性化させることで、生活の質(QOL)を維持できる。これが、30年間の実践と医療現場での導入によって積み上げられてきた「根拠」といえます。

「上手・下手」の呪縛を解く脳活性化トレーニング「プログラムアート」

――認知症の方の中には「絵が苦手だから自分には無理」とおっしゃる方も多そうです。

鍋島さん:
それこそが、私たちが最も壊したい「呪縛」です。教育の中で植え付けられた「上手く描かなければ」という意識は、脳の自由な動きを止めてしまいます。

――上手く描こうとすることが、逆効果になると?

鍋島さん:
そうなんです。「お手本通りに」という作業は、認知症の方にとっては苦痛や、できない自分を再確認する作業になりかねません。「プログラムアート」では、上手・下手という評価軸を完全に捨てます。失敗という概念がないからこそ、認知症による不安から解放され、本来持っていた感性が一気に溢れ出す。その瞬間、脳は驚くほど活性化するのです。

プログラムアートについてインタビューで語る鍋島さん

「指導者」ではなく「協力者」として。本人の意欲を支える対等な関係

――どんなふうに制作を進めるのでしょうか?

鍋島さん:
たとえば「春のほんのり暖かくなった気持ちよさを感じながら描いてみませんか?」といった提案を私が参加者のみなさんにします。画材や画面も用意します。ただ私やスタッフが描き方や手順などを教えたり、誘導したりすることはありません。

――では、何をされるのですか?

鍋島さん:
参加者と一緒に迷ったり、悩んだりします。先ほども言ったように、そもそも表現することに苦手意識を持っている人は少なくありません。そうした参加者が自発的に絵を描きたくなるためには「指導者」ではなく、「協力者」が必要なんです。

参加者が作品を制作している様子

参加者の制作の様子

――アトリエではどんなやり取りが繰り広げられているのでしょう。

鍋島さん:
たとえば参加者が「ここを何色で塗ろうか」と考え込んでいたとしますね。絵を見て私も考える。そして「自分だったら青がいいな」と思ったら正直にそう言います。

――それは指導したことにはならないのですか?

鍋島さん:
「青で塗りなさい」ではなく、私も参加者と対等な表現者となって率直に感性をぶつけるんです。その言葉に参加者は刺激され、「じゃあ自分だったら……白だ!」と自分本来の表現にたどり着けるというわけですね。

――それは、非常に高度なコミュニケーションですね。

鍋島さん:
そもそもその人は絵に苦手意識があるわけです。さらに認知症の人は少なからず「自分は〇〇ができなくなった」といった劣等感を抱えています。そんなところに「こう描くともっと良くなりますよ」などと言われたら、プライドを傷つけられますよね。

グリーンを基調にしたARTMaN参加者の作品

参加者の作品     

――本当は絵なんか描きたくないのに、という逆効果を生んでしまう?

鍋島さん:
そうですね。ですから声がけのタイミングや言葉選びはもちろん気をつけますが、大前提として対等な関係であることが協力者には最も重要なんです。

井上さん:
鍋島さんには、自然とそうした関係性を築けるパーソナリティがあるように思います。実は私の母も2000年頃に鍋島さんのアートセラピーに参加しているのですが。

鍋島さん:
朝田先生と筑波記念病院で実践していた時代ですね。まだ「プログラムアート」とは呼んでいなかったものの、現在のスタイルが確立しつつあった頃でした。

ARTMaNプログラムアーティストマネージャーの井上さん

井上さん:
母も自発的に絵を描くようなタイプではなかったので、嬉々として参加する様子に驚いていました。なぜだろう? と思って見ていたのですが、鍋島さんには「こうでなければいけない」といった既存の概念から解放してくれる力があるんです。

――お母さまはどんな絵を描かれていたのですか?

井上さん:
ある時にブドウの粒を紙に貼り付けて、その上から色を塗っていたのを覚えています。そんな自由すぎる表現も褒めてもらえるから、とても嬉しかったみたいですね。先ほども言ったように「絵の先生」ではないですから何かを教えてくれるわけではないのですが、鍋島さんと一緒にアトリエにいるだけで「絵を描くのが楽しくなる」とおっしゃる参加者は多いです。 

ARTMaNの井上さんと鍋島さんがインタビューを受けている

鍋島さん:
私自身、アーティストとして参加者には大いに刺激をもらっているんですよ。少し前の話ですが、ある参加者が真っ白な画面に向かって考え込んでいたんですね。1日中、何も描かずに。そしておもむろに1本の線を引いた。その線がもう素晴らしくて、言葉を失うほど感動しました。

――創作の苦悩を超えた先に描かれた1本の線……。鬼気迫るものがありますね。

鍋島さん:
先ほど「感情を表現に置き換えたものがアート」だと言いましたが、重要なのは成果物ではなく、置き換えるプロセスなんです。特に認知症の方は、これまで生きてきた中で築いてきた「自己」が揺らいでいることに不安を抱いていると思うんです。まるで「自分とは何者なのか?」を自問自答する芸術家のようですね。

――認知症の方と芸術家の心のありようは似ていると。

鍋島さん:
そう思います。また感情を表現に置き換える作業を繰り返すことで、揺らいでいた「自己の柱」が修復されていくというのも似ているなと思います。ですから何度も言うように、上手に描くことには何も意味はなくて、いかに「その人本来の表現」に至ることができるかを協力するのが私やスタッフの役割なんです。

プログラムアート参加者の作成中の様子

参加者の制作の様子

アートセラピーがもたらす認知症当事者の「自己の柱」の修復と家族関係の再構築

井上さん:
作品よりも重要なのはプロセスという鍋島さんの考えはとても理解できるのですが、やはりいい作品が完成し、それを誰かに評価してもらえる喜びは大きいと思うんです。近年はARTMaNの参加者による個展やグループ展が増えていますが、実は私の母もアートセラピー教室の仲間同士で作品展を行ったことがあって。母の誇らしげな顔は今でも覚えていますね。

――普通に生活していたら、自分の絵がギャラリーに展示されるなんて経験はできないですもんね。

井上さん:
そう、きちんと額装までされてね。何より私もそうですけど、家族がびっくりしていましたね。認知症になって何もできなくなったと思っていた親や配偶者が、こんなに素晴らしい絵を描くんだって。

ブルーの枠に入ったライトブルーのプログラムアート作品

参加者の作品

鍋島さん:
たしかに展覧会は家族関係の再構築にも繋がっていますね。それまで「介護するだけの人」だったのが、見る目が変わったりとか。また展覧会の開催をきっかけに、周囲の人に自分が認知症であることを公表できたという参加者もいました。

井上さん:ただ、中には「まだ親戚に認知症であることを言ってないので、招待状を送れない」とおっしゃる方もいて、いまだにそうなのか――と思ってしまうこともあります。私の母が認知症と診断された1999年当時は、そうした風潮も強かったです。何しろ「老人性痴呆症」と呼ばれていた時代ですから。

認知症の人が「表現者」として共生する社会へ

――「痴呆」が「認知症」に名称変更されたのは2004年のことでした。鍋島さんは30年以上にわたって認知症に関わっていますが、どのような社会変化を感じますか?

鍋島さん:
研究開発が進んだおかげで、かつてのような「認知症になったら終わり」といった思い込みもだいぶ減ってきたとは思います。ただ認知症になった人がどんな居場所を持てるか、どんな役割を発揮していけるかという点では、まだまだ今の社会は未成熟なのかなと思います。

――認知症と共に生きるこれからの社会に対して、アートはどのようなインパクトを与えることができるでしょうか。

鍋島さん:
「プログラムアート」は脳活性を目的とした活動であると同時に、社会に対する新しいアートの提案でもあります。美術の経験のあるなしに関わらず、「表現によって感情を消化する」誰もがその必要性を理解することで、互いに個性と尊厳を認め合える社会を創造すること。それがARTMaN の究極の目標なんです。

――ARTMaN参加者の展覧会は、そうしたメッセージ発信の場にもなっているのでしょうか。

鍋島さん:
「新しい認知症観」などが提唱されて、頭ではわかっている人も増えているとは思うんです。それでも深いところにある偏見を拭い去るにはアートは最適ですし、ぜひARTMaN参加者の展覧会に足を運んでいただけたら嬉しいです。

ARTMaN参加者の作品が展示されている

参加者の作品

――認知症やARTMaNとの出会いをきっかけに、表現者としての扉が開いた方もたくさんいるのでしょうね。

鍋島さん:
参加者の1人にある著名な科学者がいるのですが、その方は数字を組み合わせて絵を描くんです。その洗練された作風がとにかくカッコよくてですね。『認知症になった可哀想な人』が頑張って描いたんじゃないってことが一目瞭然でわかるはずですよ。

ARTMaNの「プログラムアート」は、認知症専門医・朝田隆先生の知見に基づき、創作プロセスを通じて前頭葉を刺激する医学的根拠を持った「脳のトレーニング」です。しかしその真価は、単なる認知機能維持だけではなく、認知症によって揺らぐ当事者の方の「自己の柱」を再構築する点にありました。

「上手・下手」の呪縛を解き、1人の表現者として尊重される体験は、当事者の自尊心を蘇らせ、家族との関係性をも希望あるものへ塗り替えていきます。
認知症の人を「支えられる側」から「価値を創る側」へと変える鍋島さんの挑戦は、誰もが彩り豊かな個性を発揮して共生できる社会の、新しい羅針盤となると感じました。

参考文献


1, 日本神経学会:認知症疾患診療ガイドライン2026. 医学書院. 2026.
2. 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター:認知症の症状. あたまとからだを元気にするMCIハンドブック. 第2版. 2024. p6-7.
[https://www.ncgg.go.jp/ncgg-overview/pamphlet/documents/mcihandbook-v2.pdf]
3小野武年,他:情動と記憶のメカニズム.失語症研究.2001;21(2):87-100.

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