認知症サポーター養成講座 in 緑が丘小学校 認知症の人との「特別授業」でお互いを理解する
八王子市立緑が丘小学校では、総合的な学習の時間を使い、認知症の本人たちの参加・協力によるさまざまな特別授業を行っています。高齢者あんしん相談センター館 が、認知症サポーター養成講座の一環として企画しました。認知症の人との交流のなかで、子どもたちが自然体で気づきを得る姿は、大人たちにとって新鮮な発見であり、子どもから大人へ、学校から地域へ、認知症の正しい理解が広がることが期待されています。
取材:2023年10月5/16日 緑が丘小学校
16日 高齢者あんしん相談センター館
生まれ育ったまちの“観光案内”を通じて距離を縮める
2023年10月5日、緑が丘小学校6年生の総合的な学習として、「緑が丘観光」が行われました。子どもたちが、自分の生まれ育った地域を認知症の人と歩き、案内することで、交流を深めようというものです。授業には、認知症の人らが通う八王子市内のデイサービス「DAYS BLG!はちおうじ」(以下BLG)のメンバー※9名が参加しました。
※DAYS BLG!では利用者とスタッフという線引きはせず、集う人すべてを“メンバー”と呼びます。
6年生42名が6班に分かれ、各班にメンバーと地域住民、福祉関係者、市の職員、地域包括支援センター職員などが加わります。メンバーの一人、窪木巌さんが入った班が、学校を出発してまず目指したのは通称“三角公園”。最初はぎこちなさもありましたが、しだいに子どもたちが「窪木さん、得意料理は何ですか?」「お寿司は好きですか?」と積極的に話しかけます。
子どもたちは最初、歩くスピードを気にしていましたが、窪木さん(青い帽子)は元気にスタスタ進みます。
同じ班に入った高齢者あんしん相談センター館(以下、センター館)の髙尾千香子さんによると、「メンバーさんと子どもたちが話しやすいように事前に質問を用意したり、一緒に遊んで馴染んでから出かけることも考えたのですが、担任の先生から“むしろ何もせず、そのままの出会いにしましょう”というお話がありました」とのことです。
三角公園に着くなり遊具ではしゃぐ男の子たち。やさしく見つめる窪木さん。
三角公園到着。三角公園に着くなり遊具ではしゃぐ男の子たち。やさしく見つめる窪木さん。しばらく時間を過ごしたところで問題勃発。残った時間で次の公園に行くか、三角公園でもう少し遊んで学校に戻るか、子どもたちの間で意見が分かれたのです。女の子が「聞いてみよう」と窪木さんに近寄ります。
「あと5分ぐらいで“真ん中公園”に行けるんですけれど、ここでもう5分使って学校に帰るのとどっちがいいかって……」
「みんながいいところでいいんじゃない」と窪木さんが微笑みます。
次の行き先を窪木さんと相談しています。
振り返り
違うけれども、同じなんだ
小学校に戻っての振り返りでは、各班の子どもたちが次のような感想を述べました。
「自分の住んでいる町を紹介できて、それを楽しいって言ってもらえることがすごくよかったなと思います」
「共感できたことがあって、自動販売機で飲み物を買う時に、(メンバーが)ミルクティを頼んでたんですよ。「ミルクティ好きなんですか?」って聞いたら、「好きなんです」って言って。 ああ、私と同じなんだな、みんなと同じなんだなって思いました」
「少しペースが違ったりはするけど、自分たちも話してると普通に歩くペースが遅くなったりするから、それと同じなんだなって。(中略)自分たちとちょっと違ったりはするけど、人としてあまり変わんないかなっていうのがわかりました」
地元を誇りに思う子どもたちと話せてうれしかった
お話を伺った方
水野秀司さん(右)
水野 「あの池は何だとか、地域のことを教えてもらって楽しかったですね」
志田 「自分たちの地域ですから、みんな誇りを持っているというかね。単なる自慢じゃないところが素直でいいなと感じました」
水野 「今のこの小学生の人が日本をいっぱいつくる形になっていけば、日本はよくなるんじゃないかと思いますよね」
志田 「将来は君たちにかかっているみたいな。やっぱりこのあたりは自然がいいのかな」
水野 「そう、そうだよ。やっぱり八王子はいいですよね」
大人が思う以上に染みわたっている
守谷卓也さん
メンバーさんの行動なりメッセージなりが、子どもたちの中にしっかりと染みわたっているからこそ、ああした振り返りの感想が出てくるのだと思います。たぶん大人が思う以上に子どもたちは多くのことを感じています。われわれが10伝えたらそれがこの先50、100になって返ってくる。そういうところが楽しみですね。
人と人として出会うということ
石坂瑞穂先生
私は今日の振り返りで、子どもたちから「認知症の人はやっぱり坂道がたいへんだと感じました」「もっとゆっくり歩く必要があると思いました」といった感想が多く出るのかと思っていました。でも違いました。「認知症の人も私たちとあまり変わらずスタスタ歩いてすごいと思いました」「ミルクティを同じように好きで共感できました」「違いはあるけれど人として同じでした」「おもしろいことを言ったら笑ってくれました」など、結局は人と人なんですね。やはり実際に会うと会わないとでは子どもたちの印象が違うと実感しました。
何かをしなきゃ、じゃなく一緒に歩く
M. Y.さん
自分がもし何か困ったときに、「全部やってあげるよ」と言われると「いやちょっと…できるから」みたいになると思うので、今日も意識して隣にいなきゃっていうよりは一緒に歩くという感じでした。家に帰ったら母に、窪木さんとこういう話をしたんだよって伝えます。
緑が丘小学校での
認知症キッズサポーター養成講座/ステップアップ講座のこれまでの経緯
総合学習の福祉の授業で何をする?
2016年度に緑が丘小学校で養成講座が始まる前、高齢者あんしん相談センター館(以下、センター館)の常盤洋さんと飯沼しおりさんはアクションを起こせずにいました。「当時、飯沼と私は養成講座の担当をしており、小学生向けに講座を開くことができたらいいねと常々話していました。しかし何のきっかけもつかめずにいたのです」(常盤さん)。
お話を伺った方
常盤洋さん (主任介護支援専門員・介護福祉士)
髙尾千香子さん(認知症地域支援推進員・作業療法士)
飯沼しおりさん(看護師・介護支援専門員)
きっかけは足元の地域から生まれました。緑が丘小学校のある寺田町出身の常盤さんが町内の運動会を手伝ったときのこと。同じ消防団に所属する友だちの紹介で、運動会に来ていた緑が丘小学校の教師と知り合います。挨拶の後、「小学生を相手に認知症サポーター養成講座を開きたいと思っているのですが」と話したところ、「いいですね」と賛同が得られ、後日、5年生の担任の平澤彬先生に面会できる段取りとなりました。
平澤先生も困りごとを抱えていました。従来、緑が丘小学校では、総合的な学習の福祉の授業で地域の老人ホームを訪問していました。しかしその老人ホームが閉所してしまったのです。
「道徳の教科書で福祉を学ぶといった形式ではなく、人と出会う、人を学ぶことにつながる活動はないか模索していました」という平澤先生にとって、学校での認知症サポーター養成講座の開講は、「ニーズとニーズが合った」提案でした。
第1回の講習は2016年12月、平澤先生が担任する5年生を対象に実施されました。プログラムは、高齢者・認知症についての説明、高齢者体験(疑似体験セットを使用)、認知症に関する絵本の読み聞かせ、寸劇という構成です。
初回の講習の後、常盤さんたちは平澤先生から、「来年も続けてほしい。1学年だけではなく、学校全体で取り組んでいかなければいけないことだね」と声をかけられます。
座学での「学び」が認知症の人との出会いで「行動」になる
翌2017年度は、前年度のプログラムを4年生に実施するとともに、5年生から6年生に進級した生徒に対してステップアップ講座を行いました。この回からデイサービスBLGの協力を得ます。
BLGと学校、センター館との打ち合わせで、認知症の人の気持ちを知るためのロールプレイを行うことになりました。その背景として、センター館の飯沼さんは、「子どもたちにアンケートをとると、認知症になったらどうしよう、なりたくないといったネガティブな感想が多かったのです」と話します。「でも自分たちだって失敗したり、状況がわからなくて戸惑うことがある。そういうときにどんな気持ちになり、どういうふうに声をかけてもらいたいかを子どもたちに考えてもらうには、認知症のご本人と共に体験するのが一番だと考えました」
ロールプレイでは、BLGのメンバーが道に迷い自宅に帰れなくなった人を演じました。そこで平澤先生の印象に強く残る展開が生まれます。
「子どもたちに、道に迷っている人を見かけたらどう声をかけるか聞くと、よく叱られる少しお調子者の生徒が手を挙げました。その子がメンバーさんに“こんにちは”と言っても返事がない。アドリブで“どこどこの家のおじさんですよね、こっちですよ”と話しかけても反応が薄い。するとその子は“じゃあ一緒に行くんで、つかまってください”と体を寄せたのです。会場から大きな拍手が起こりました。それまでの講習での学び──相手の気持ちを傷つけるような声かけはしない、寄り添うといったことがその子のなかで生きていて、実際の関わりを通じて行動に現れたのでしょう。関わるってすごくいいなあと思いました」
高齢者を知る(座学)⇒高齢者疑似体験⇒認知症の基礎情報(座学)⇒BLGの協力による特別授業という流れが定着するなか、2019年度の6年生の特別授業は「駄菓子屋体験」でした。最初はメンバーと別々に活動する子どもたちも、しだいに会計に手こずるメンバーをサポートするなど、“一緒に働く”光景があちらこちらで見られました。
教室での駄菓子屋体験
2023年度は、5年生が「緑が丘小学校案内(探検)」、6年生が冒頭に紹介した「緑が丘観光」というように、BLGメンバーとの新たな交流のかたちが誕生しています。
学校案内。ふだんは放送部員しか入れない放送室を探検。
はしゃぐ男子、注意する放送部員の女子。BLGメンバーの志田さんも楽しそう。
センター館の常盤さんは、初期と現在では講習で話す内容が違ってきていると話します。
「当初は認知症になるとこんな困りごとが起こるという視点で話すことが多かったのですが、今はそれはなくなり、少し支えることで普通に暮らせるといった点を強調しています。 “認知症があってもなくても、どんな人のことも気遣いながら社会をつくっていくことが大切だよね”というメッセージは子どもたちに伝えてあるので、いつかそれが活きる日が来ればいいと願っています」
平澤先生は、“関わりをつくることの大切さ”を強く意識しています。
「核家族化が進むなか、子どもたちの世界のなかでは、高齢者や認知症の方に関わる機会はほとんどないでしょう。関わることがなければ、そうした人への心の向け方や行動の仕方もわかりません。その大事な部分を教えてくれるBLGの方たちは、素晴らしい教師だと思います」
地域に広がる、すべての人に通じる
子どもを通して大人も学ぶ
髙尾千香子さん
大人の方とお子さんでは、それぞれが認知症のご本人と交流したときの感じ方が違うように思います。大人の方の場合は往々にして、「何かしてあげなきゃいけない」と一方的に支えるかたちになりがちです。私たちとしては認知症についてよりよく理解してほしいのですが、なかなかそこまで深まりません。
一方でお子さんたちは、特別授業の振り返りで「認知症になっても大丈夫と思った」といった感想があるように、認知症について素直にスッと受け入れる印象があります。認知症のご本人と接するお子さんたちの姿を大人にも見てもらうことで、私たちが本当に伝えたい「認知症になってもならなくても、お互いさま。」「お互いに支え合えばいい」ということが伝わるのではないかという手応えを感じ、地域の方々を特別授業にお呼びしています。
将来、情報の受け止め方が変わるはず
林恒樹先生
今振り返ると、私の父方の祖母は認知症に近い状態だったように思います。遠方で暮らしていたのですが、父の配慮なのでしょう、私と祖母の間には距離が置かれている印象でした。子ども心に「触れちゃいけない」と感じた記憶があります。
認知症の方々と時間を共にすることで、子どもたちが「あ、そうなんだ」と気づく部分があると思います。何年か後、その体験をはっきりは覚えていないかもしれませんが、テレビのニュースや活字で認知症の情報に接したときに、触れちゃいけないものだと思って見るのと、小学生のときに認知症の人と何か一緒にやったなと思って見るのとでは、ニュースや文字の受け取り方が違ったものになるのではないでしょうか。
それが認知症以外の領域にも広がり、「この人たちはこうやって言われているけれど、実際に関わってみなければわからないよな」と考える人間になってほしいですね。理想ですが、特別授業はその足がかりのひとつになっていると思います。
認知症の人も、高齢の人も、病気の人も、
平澤彬先生
子どもたちは、認知症の人も人それぞれで、その人らしさを大切に接しなければいけないということを感じ取っています。これから大切なのは、その学びを、次のどのような学びにつなげていくかだと思います。そこはわれわれの使命ですね。
林先生が話したことはとても大事で、認知症の人を通して学んだことを、どの人に対しても波及させてほしい。認知症になっても、高齢者になっても、がんになっても、困った状況になっても、今までの関係は何も変わらないと思い、サポートが必要な場面で支えることで共に生きていく。そういう人としてよりよい生き方をしてほしいと思います。