遺言・相続、後見など終活支援を専門としている優オフィスグループ 行政書士法人優総合事務所 代表の東優先生が「認知症と相続」についてわかりやすく説明してくれました。
高齢化が進み、遺産相続に認知症の当事者が関わるケースは珍しくない状況となっています。亡くなった方が認知症であった場合や、相続人に認知症の当事者がいる場合、「遺言書は有効なのか」「相続人を変更することはできるのか」といった疑問を抱くこともあるでしょう。
それでは、相続の基本と大まかな流れに加え、認知症の当事者が相続に関わる場合に必要な対応や手続きについて解説していきます。
相続の基本
相続の手続きは、誰が相続人になるのか、どの財産が対象になるのか、どのような方法で相続するのかを整理するところから始まります。認知症の当事者が関わる場合も、まずは相続の基本的な仕組みを理解しておくことが大切です。ここでは、相続の意味や種類、手続きの流れについてご紹介します。
相続とは
相続とは、亡くなった方(被相続人)が有していた財産や土地などの権利や義務を、残された家族(相続人)などが引き継ぐことです。
民法の相続に関する規定では誰が相続人となるのか、何が遺産に含まれるのか、権利義務がどのように承継されるかなどの基本的なルールが定められています。
以下の表に、相続に関する基本的な用語をまとめました。
|
用語 |
用語の解説 |
|---|---|
|
法定相続 |
遺言書がない場合、民法で定められた相続人の範囲・順位・相続分などのルールにしたがって相続すること
|
|
遺言相続 |
亡くなった人が生前に作成した遺言書に基づいて財産を分配すること
|
|
法定相続人 |
民法で定められた相続人になれる人 亡くなった人の配偶者と一定の血族(子・父母・兄弟姉妹=血族相続人)
|
|
推定相続人 |
将来相続人になると想定される人 |
(文献1を参考に作成)
相続の種類
相続の対象となる遺産は、預貯金や不動産などのプラスの財産だけではありません。借金などのマイナスの財産も、相続に含まれます。
相続では被相続人が負債のみを引き継がないように、資産の限度内で負債を引き継いだり、相続を放棄したりすることも可能です。
相続が発生した際に、相続人が選択できる主な3つの方法について、以下の表にまとめました。
|
選択肢 |
相続の内容 |
相続の承認または放棄をすべき期間 |
手続 |
|---|---|---|---|
|
単純承認 |
死亡した人(被相続人)のすべての財産を相続する 限定承認や相続放棄を行わなかったときは単純承認したとみなされる |
なし |
なし |
|
限定承認 |
相続によって取得した資産(プラスの財産)の限度で負債(マイナスの財産)を引き継ぐ |
相続の開始があったことを知った日から3ヵ月以内 |
相続人全員で家庭裁判所に申述する |
|
相続放棄 |
死亡した人(被相続人)の財産をすべて相続しない |
相続の開始があったことを知った日から3ヵ月以内 |
放棄する相続人が単独で家庭裁判所に申述する |
(文献1を参考に作成)
相続の流れ
相続手続きの全体的な流れを解説します。まず、被相続人が亡くなった後、誰が法定相続人に該当するのかを確定させます。
次に、相続方法の決定です。単純承認・限定承認・相続放棄の3つの方法から、状況に応じた方法を選択します。
その後、遺産分割協議を行い、相続人全員で遺産の分け方を話し合って決定し、遺産分割協議書を作成します。
最後に、相続税の申告と納付を行い、不動産などの名義変更を行えば、大まかな相続手続きは完了です。
一方、遺言書がある場合は、手続きの流れが大きく異なります。上述したように、遺言相続は、原則として遺言者の意思が尊重されます。
誰に・どの財産を・どれくらい渡すかが遺言書に明記されていれば、法定相続人の確定や、相続人全員で行う遺産分割協議は原則として不要です。
そのため、相続手続きを進める際には、まず最初に遺言書の有無を確認することが重要です。
相続と意思能力
意思能力とは、自身の行動の意味や、その結果として何が起こるのかを理解できる能力です。相続などの法律行為においては、自身の行為が法的にどのような結果をもたらすかを判断できる能力を指します。
前述のとおり、遺産分割協議は相続人全員で遺産の分け方を話し合う必要があります。未成年者や認知症、知的障害のある方が含まれている場合であっても、この原則は変わりません。
しかし、認知症があり意思能力を欠いた状態で遺産分割が進められた場合、民法の規定により、その遺産分割協議は法的に無効となります。そのため、一般的には法定代理人の関与が求められます。
また、認知症の当事者は意思能力が低下していると判断されることが多いものの、すべての当事者が一律に意思能力を欠くと判断されるわけではありません。
認知症には軽度から重度までさまざまな段階があり、その程度を判断するために、長谷川式スケールやMMSE(Mini-Mental State Examination)などの認知機能検査が行われることもあります。
意思能力の有無は、個別の状況に応じて判断されるため、画一的に決まるものではありません。
パターン別|認知症の当事者が関わる相続に必要な手続き
認知症の当事者が相続に関わる場面には、どのようなケースがあるでしょうか。相続人や被相続人が認知症の場合や、将来の認知症に備えて相続対策を検討するケースも考えられます。
以下では、状況別に必要となる手続きや注意点について解説します。
将来の遺産分割に備えたいときに必要な手続き
被相続人が認知症を発症していない場合、相続人が決まっていたとしても遺言書を作成することが望ましいでしょう。遺言書により相続手続きが円滑に進み、トラブルを防ぐ効果が期待できます。
遺言書には大きく分けて2つの種類があります。1つは被相続人(遺言者)が手書きや押印をして作成する自筆証書遺言と、もう1つは遺言者が遺言の内容を公証人に述べて、公証人が作成する公正証書遺言です。
公正証書遺言は、公証人という法律の専門家が関与して作成されるため、後から有効性を争われにくいというメリットがあります。将来、認知症を発症する可能性を考慮すると、公正証書遺言を選択する意義は大きいといえるでしょう。
なお、認知症によって遺言書が無効となるかどうかは、遺言作成時の意思能力の有無が重要な判断基準です。
認知症と診断されていてもただちに無効になるわけではなく、遺言作成当時の医師の診断内容・カルテ記録・遺言内容の合理性から総合的に判断されます。
将来的なトラブルを避けるためにも遺言書作成時に医師の診断書を取得しておくなど、意思能力があったことを示す資料を残しておくとよいでしょう。
亡くなった方が認知症だった場合の相続手続き
亡くなった被相続人が認知症であり、かつ遺言書が存在しない、または遺言書が無効と判断された場合はどのように進められるのでしょうか。
この場合に行われるのが、民法で定められた法定相続です。法定相続人全員で遺産分割協議を行い、どの相続人がどれだけの財産を相続するのかを話し合って決定します。
遺産分割協議で相続人全員の合意が得られない場合は、家庭裁判所での調停や審判により、法定相続分を基準として分割が決められます。以下は、主なケースにおける法定相続分の分割割合です。
|
相続人 |
相続する割合 |
|---|---|
|
配偶者のみ |
配偶者:全部 |
|
配偶者と子 |
配偶者:2分の1、子:2分の1(人数で均等割り) |
|
配偶者(子がいない場合)と父母 |
配偶者:3分の2、父母:3分の1(人数で均等割り) |
|
配偶者(子も父母もいない場合)と兄弟姉妹 |
配偶者:4分の3、兄弟姉妹:4分の1(人数で均等割り) |
(文献1を参考に作成)
なお、遺言によって被相続人があらかじめ定めた相続分は指定相続分と呼ばれ、法定相続分とは区別されます。
推定相続人や法定相続人が認知症である場合の相続手続き
推定相続人や法定相続人が、認知症により意思能力を欠くと判断されている場合の相続手続きについて解説します。
上述したように、推定相続人とは、現時点では相続が発生していない相続人です。推定相続人のなかに認知症の当事者が含まれていたとしても、被相続人となる方があらかじめ遺言書を作成していれば、遺言相続となるため手続きが円滑に進みやすいでしょう。
遺言書が作成されていない場合は、相続開始後に遺産分割協議を行う必要があります。しかし、意思能力がないと判断されている方が相続人に含まれている場合、遺産分割協議で有効な同意を得ることができません。
この事態に備えるため、相続が発生する前の対策として重要となるのが成年後見制度の活用です。成年後見制度とは、認知症・知的障害・精神障害などにより、財産管理などの法律行為が困難な方を法的に保護する制度です2。
成年後見人を選任するには、市区町村への相談や家庭裁判所への申立てが必要となり、一定の期間を要します。時間のかかる手続きですので、早い段階から準備を進めておくことが望ましいといえます。
法定相続人が認知症である場合も基本的な流れは同様です。遺言書がない場合は遺産分割協議となりますが、意思能力のない認知症の当事者が相続人に含まれる場合は成年後見人が必要です。
成年後見人を立てない場合は遺産分割協議を行わず、法定相続分に基づいて分割する方法をとることも可能です。しかし、個別事情に応じた柔軟な遺産分割ができないだけでなく、その後の不動産の売却や預貯金の払い戻し等の手続きに相続人全員の同意(または本人の意思能力)が必要となり、事実上財産が凍結されてしまう深刻なデメリットがあります。
これらの理由から、推定相続人のなかに認知症の当事者が含まれている場合には、相続前から成年後見制度の利用を検討しておくか、被相続人が遺言書を準備しておくことが重要です。
まとめ
相続にまつわるトラブルは決して少なくありません。被相続人や相続人に認知症の当事者が含まれている場合、相続手続きが複雑化し、トラブルが生じる可能性はさらに高まるでしょう。
そのような事態を防ぐためにも、できるだけ早い段階から相続に関する正しい知識を身につけ、必要な対策を講じておくようにしましょう。特に認知症が関わる相続では、事前の備えが手続きの円滑さを大きく左右します。
専門家に相談しながら準備を進めることで、将来の不安や家族間の争いを未然に防ぐことにつながります。本記事は相続に関する一般的な制度を解説したものです。遺産分割においてトラブル(紛争)が生じた場合の交渉や家庭裁判所での調停・審判、成年後見人の申立て手続きなどは弁護士や司法書士等の業務となります。状況に応じて、適切な専門家へご相談ください。



