認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy、CBT)をご存じですか?その名から認知症の治療法というイメージを持たれるかもしれませんが、主な治療対象となるのはうつ病や不安障害、ストレス関連障害などの精神疾患で、認知症ではありません1。ですが、認知症に伴って生じる症状の一つに不安があり、その緩和や解消を図るため認知行動療法が行われることもあります2。本記事では認知行動療法の内容や進め方などについて解説します。
認知行動療法の概要
認知行動療法は、気分(感情)や行動に影響を及ぼす認知(現実の受け取り方やものの見方)に働きかけることで、心のストレスを軽くしていく精神療法のことです1。
たとえば、うつ病の人が、Aさんが自分のことを嫌っていると人づてに聞いたとします。すると「BさんもCさんも同じに違いない」と、実際にそう聞いたわけでもないのに極端なマイナス思考に陥ってしまうことが少なくありません。その結果、気持ちは沈み、何かをする気も失せてしまいます。認知行動療法は、このような極端な思考、いわゆる“認知の偏り”を見つけ出し、思考のバランスを整えることで精神的な問題の解決をめざします。
1960年代に、アメリカの精神科医アーロン・ベック(Aaron T Beck)がうつ病に対する精神療法として「認知療法」を提唱しました3。一方、1950年代から発展してきたのが情緒的な問題に行動面から介入を試みる「行動療法」です。1980年に入ってからこの2つの統合と併用が進み、臨床試験でさまざまな精神疾患に対する有効性が示されています。
対象となる疾患
認知行動療法は、うつ病や不安症、強迫症、心的外傷後ストレス症(PTSD)、統合失調症など多くの精神疾患や障害に対して、有効性が示されています3。また、その理論や考え方、技法は、精神医療の分野だけでなく、身体疾患や生活習慣、産業保健分野、教育分野などさまざまな場面で活用されています。
4つの側面に注目する
認知行動療法の基本となる考え方が認知行動モデルです3(下図)。
認知行動療法の共通基盤マニュアル
(http://jact.umin.jp/manual/ P.11-14 最終閲覧日:2023年10月20日)より作成
「認知」は何かしらの出来事に遭遇した時に頭に浮かぶ考えのこと、「気分」は喜びや不安、悲しみ、怒りなどの感情です。「行動」は実際に何かをすること、「身体症状」は痛みや疲れなど体に生じるさまざまな症状のことをいいます。
たとえば、職場で自分だけ食事に誘われなかったとします【出来事】。「自分は嫌われている」という考えが頭に浮かび【認知】、不安感と悲しみ、怒りなどが胸の中に広がります【気分】。さっさと仕事を切り上げて帰宅して横になったものの【行動】、動悸や頭痛がして寝付けません【身体症状】。本を読んだり、音楽をかけたりしても一向に眠くならず、寝られない焦りから動悸や不安感がさらに増し、ますます焦燥感が募り――このように4つの側面は相互に影響しあい、悪循環を生み出すこともめずらしくありません。
認知行動モデルではこの4つの側面に注目します。適切な治療を行うためには、それぞれの内容やつながりを整理、分析して、問題の原因や背景を明らかにすることが大切になります。
認知療法と行動療法
認知行動モデルの4つの側面のうち、「気分」や「身体症状」は自分の意志ではなかなかコントロールができません。先ほどの例で挙げた悲しみや怒りなどの感情、動悸や頭痛は意志の力だけでどうにかなる問題ではありません。
一方の「認知」は、自分の思考に注意を向ければどう考えたかを認識することはでき、それは認知の偏りや行動を変える糸口になりえます。「行動」も同じです。物事の考え方や受け止め方を切り替えることで、行動は変えられます。
この2つに対する治療アプローチが認知療法と行動療法です。認知療法は考え方に働きかける治療法です4。思考が極端に否定的、悲観的になるといった精神の病気や不調の背後にある認知の偏りを正していくことで、柔軟な、自由な考え方ができるようにします。
行動療法は、その名の通り行動上の問題の解消をめざす治療法です4。パニック障害で電車に乗れない人がいるとします。家族が近所の散歩に付き添うことから始めて、少しずつ行動範囲を広げていくといったアプローチは、行動療法の一例といえます。
瞬間的に浮かぶ考え「自動思考」
翌日にプレゼンを控えていて、その準備状況について尋ねられたとき、ふと「うまくいかなかったらどうしよう」「たぶん失敗する」という思考が頭の中を通り過ぎていった――プレゼンではないにせよ、似たような経験をしたことはありませんか?
何かの出来事があったとき、特に根拠もなく瞬間的、反射的に頭に浮かぶ考えやイメージがあり、これを自動思考といいます3。自動思考にともなって、さまざまな感情が湧き、何かしらの行動が起こります。
自動思考が浮かぶこと自体はごく普通のことですが、問題となるのはその内容です。たとえば、うつ病や不安障害などでは、極端かつ否定的な自動思考が多くみられます3。このようなネガティブな自動思考が運悪く現実のものとなってしまった場合、ますます確信を深めてしまうという悪循環に陥ってしまうことも少なくありません。
自動思考をつくる「スキーマ」
自動思考の奥底には核となる信念のようなものがあり、これをスキーマ(中核信念)といいます5。スキーマは、過去の経験やトラウマ、人間関係、成功・失敗体験などをもとにつくられるいわば「心の法則」です。考え方に特定のパターンやくせをもたらします。
スキーマは自動思考の生成に影響を与えます1。
厚生労働省 うつ病の認知療法・認知行動療法 治療者用マニュアル
(https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/kokoro/dl/01.pdf P.19 最終閲覧日:2023年6月27日)より作成
上図の例では、単に寝不足だったり、忙しかったりするだけかもしれないにもかかわらず、「私は愛されない」という否定的なスキーマがあるため、どれもマイナスの自動思考が生じてしまっています。うつ状態のときはマイナスの心の法則が優勢になりがちで、うつ病の症状改善や再発予防には、このようなスキーマへの介入と修正が効果的であることが示されています3。
認知行動療法の進め方
認知行動療法は、基本的には1週間に1回、時間は30~50分で、患者さんと医師ないしはセラピストとの対話を中心としたやり取りで行われます6。1回の対話を1セッションと呼び、6~20セッションを数カ月かけて実施していきます。患者さんの状態に合わせて延長すること、セッション終了後に再発予防を目的とした追加セッション(ブースターセッション)を行うこともあります。
認知行動療法の流れ
認知行動療法はセッションを重ね、次のような流れで問題の解決をめざします7。
①自分自身のストレスに気づいて、問題を整理する
②その問題がどんな状況で起き、感情や行動にどう影響しているのか掘り下げる
③認知(自動思考)が気分や行動にどのような影響を与えているのかを探る
④自動思考の特徴的なくせをとらえる
⑤自動思考と現実のズレに着目して、現実に沿った見方に変える練習をする
⑥問題を解決する方法や人間関係を改善する方法を試みる
セッションでの対話だけでなく、セッションで学んだことを日々の生活で実践する課題「ホームワーク」なども並行して進めていきます。
セッションの構成
次に1回のセッションの進め方を説明します。序盤・中盤・終盤と大きく3つに分かれ、それぞれで何を行うかはおおむね決まっています8。
①序盤(5~10分)
簡単な雑談をしながら全般的な気分や状況について確認します(チェックイン)。セッションでの話し合いにつながりを持たせるため、前回のセッションで話し合った内容のおさらい(ブリッジング)をするほか、ホームワークをこなせたかどうかも確認します。そのうえでアジェンダ(今回の話し合う話題)を決めます。アジェンダの設定は、最初のうちは患者さんが何を話せばいいのかわからないことも多いので治療者がリードしますが、馴染んできたら患者さんに主導権を移していきます。
②中盤(約30分)
アジェンダで設定した問題や悩みについて話し合いを進めます。その問題を解消するために、どのような取り組みや工夫を試みてきたのか、うまくいった点といかなかった点などを確認、共有します。やり取りの中で見えてきた問題の解決を阻む要因、認知や行動などにおける問題点や悪循環のパターン、患者さんが抱えている疾患などを踏まえて、最も適していると考えられる認知的、行動的技法を導入します(具体的な介入技法については後述)。
③終盤(5~10分)
セッションで話し合った内容、患者さんが抱えている問題などに合わせたホームワークを設定します。患者さんの理解度の確認、知識やスキルの定着を促すために、セッションのまとめも行い、この日話し合った重要なポイントを共有します。ホームワークの設定やまとめも、アジェンダの設定と同じように初めのうちは治療者がリードしますが、少しずつ患者さん主体で行えるように指導をしていきます。
認知行動療法の技法
認知行動療法には多くの技法があり、アジェンダや患者さんの疾患、抱えている問題に合わせて、最も適しているものを用います。ここからは主な介入技法について説明します。
行動活性化9
気分が落ち込むと、何かをしようという気持ちが薄れてしまうことがあります。そうして活動量が低下すると、何かを成し遂げて達成感を得たり、物事を楽しんだりする機会まで減ってしまい、さらに気持ちが落ち込みやすくなるという悪循環に陥ってしまいます。たとえばこのような行動パターンが確認できたとき、達成感や喜びを感じられる行動を増やしていくことで、気分の改善を図る方法が行動活性化です。
流れとしては、自身の行動を振り返ったり、活動記録をつけたりして、気持ちが軽くなった行動、つらくなった行動を整理します。その中から、喜びや楽しさ、達成感が感じられる行動を見つけ出し、日々の生活で実行してみます。始めたばかりのうちは、まだ精神的なエネルギーが低下しているので、無理のない範囲で少しずつ増やしていくことが大切です。
エクスポージャー10
パニック障害や強迫性障害など不安障害に対してよく用いられる技法がエクスポージャー(曝露療法)です。不安が増したり、生じたりする場面にあえて身をさらすことで、不安に対する慣れや耐性を高める治療法です。
エクスポージャーには2種類の方法があります。想像エクスポージャーと現実エクスポージャーです。想像エクスポージャーは、不安を感じる場面を思い描いて言葉で表現したり、録音した音声を繰り返し聞いたりして、そのイメージに慣れていく方法です。
現実エクスポージャーは、人混みに出たり、電車に乗ったり、不安を感じる場所に身を置き、その場に慣れることで不安の軽減をめざします。
いきなり強い不安に身をさらそうとすると、慣れが生じるどころか、圧倒されてその場から逃げ出す、治療そのものを避けてしまう可能性があります。基本的には、最初は不安の小さな課題からスタートし、少しずつ不安の刺激を強くしていきます(段階的曝露)。
リラクセーション11
リラクセーションは、緊張やストレス、不安などを軽くする技法です。精神的な問題、悩みについて深く話し合わなくても行えるため、そうしたやり取りに抵抗がある患者さんでも導入しやすいのが利点です。教えたり、学んだりすることがそれほど難しくなく、最初の介入技法として用いると、その後の治療が進めやすくなる効果も期待できます。
主なやり方として以下の3つが挙げられます。
①漸進的筋弛緩法(Progressive Muscle Relaxation:PMR)
体のさまざまな部位の筋肉に対して、力を入れて緊張させる(10秒)、脱力・弛緩させる(15~20秒)という緊張とリラックスを繰り返します。慣れてくると筋肉を緊張させることなくリラックスさせられるようになります。
②呼吸法
呼吸を深く、ゆっくりとすることで、リラックス効果をもたらします。背筋を伸ばして椅子に座るか、床に仰向けになって行います。
③イメージ技法
認知的なリラクセーション技法です。リラックスできる場面をイメージして思考を変える、気晴らしをすることで、緊張や不安の軽減し、認知的、感情的な自己コントロール感を高めます。
認知再構成12
たとえばうつ病や不安を抱えているときは、認知が悲観的、否定的になっていることが多く、気分やその後の行動に影響を与えます。このような場合に、認知を客観的にとらえたり、偏りを正したりすることで気分の改善が期待できますが、これを認知再構成といいます。
認知再構成を行うときは、最近の具体的な出来事を取り上げ、大きく2つのステップで進めていきます。
最初のステップでは、自動思考をとらえます。認知が気分と深く結びついている点に着目し、出来事に対して気分がどう変化したかを振り返るなどして、自動思考を探っていきます。
2つ目のステップは自動思考の検証と修正です。まず自動思考が極端に悲観的、否定的になっていないかを確認します。なっている場合、違った見方や考え方はできないか、仮にそう考えたとして気分がどのように変化するかを検証していきます。
一連のアプローチは1回のセッションで終わらせる必要はなく、多くの場合、複数回のセッションに渡って行われます。
認知再構成の手法はいくつかありますが、最もよく知られているのがコラム法です。コラム法では、治療者と対話を進めながら①状況(出来事)②気分③自動思考④(自動思考の)根拠⑤(自動思考の)反証⑥適応的思考⑦気分の変化――を検証、整理して、順次ワークシートに書き込んでいきます12。上述の2つのステップでいうと①~③が最初のステップ、④~⑦が2つ目のステップに相当します。
アサーション13
人間関係の問題は、抑うつをはじめとする心理的な問題を引き起こすことがあります。抑うつ状態にあるときは、他人からの批判や拒絶に敏感になったり、他人との交流を避けがちになったりして孤立感や孤独感を深め、抑うつがさらに悪化するという悪循環に陥ってしまうことが少なくありません。
相手を尊重しながら自分の気持ちや意見も伝えるコミュニケーションのことをアサーティブなコミュニケーションといい、良好な人間関係を築くのに大切なスキルです。対人関係上の問題が生じている場合は、このようなコミュニケーションの訓練を行います。また、自分の考えや意見をうまく伝えられない、敵対的な態度で接してしまうなど対人関係の問題の背景に、特徴的な考えが隠れている場合は、その考えを正していきます。
認知症と認知行動療法
認知行動療法は、認知症の介護者のケア、本人に対する非薬物療法として行われることもあります。
認知症の治療、介護においては、ストレスがたまるなどして精神状態が不安定になりがちな介護者のケアも欠かせません。コミュニケーションスキルや行動マネジメント、認知行動療法などを組み合わせた心理教育は、介護者の燃え尽きやうつの軽減が期待できるとされています2。
認知症に伴って生じる症状の一つに「不安」があります。不安は別のBPSD(認知症の行動と心理症状)の原因、誘因にもなりうるため、可能な限り取り除くことが望ましいといえます。認知行動療法は不安に対する非薬物療法として行われることがあり、軽度から中等度の認知症の人に対する有効性も示されています14。
まとめ
認知行動療法について解説しました。精神的に疲れを感じたり、気分が落ち込んだりしたときに認知行動療法の考え方や技法を取り入れると、心のバランスを保つのに役立つかもしれません。ただし、治療を要するほどの症状や精神疾患がある場合は、決して自分だけで試みることはせず、専門家の力を借りましょう。技法の選択を誤ると、逆効果になるおそれもあるからです。認知症の人の不安への対応、介護者のケアに認知行動療法を用いるときも同様です。まずは主治医に相談してみてください。
(参考文献)
1.厚生労働省 うつ病の認知療法・認知行動療法 治療者用マニュアル(https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/kokoro/dl/01.pdf P.2 最終閲覧日:2023年7月3日)
2.認知症疾患診療ガイドライン2017(https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf P.68 最終閲覧日:2023年7月3日)
3.認知行動療法の共通基盤マニュアル(http://jact.umin.jp/manual/ P.11-14 最終閲覧日:2023年10月20日)
4.清水栄司監修:認知行動療法のすべてがわかる本. 講談社, P.12-13, 2010
5.清水栄司監修:認知行動療法のすべてがわかる本. 講談社, P.24-25, 2010
6.清水栄司監修:認知行動療法のすべてがわかる本. 講談社, P.38-39, 2010
7.厚生労働省 うつ病の認知療法・認知行動療法(患者さんのための資料)(https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/kokoro/dl/04.pdf P.7最終閲覧日:2023年7月3日)
8.認知行動療法の共通基盤マニュアル(http://jact.umin.jp/manual/ P.17-18 最終閲覧日:2023年10月20日)
9.認知行動療法の共通基盤マニュアル(http://jact.umin.jp/manual/ P.76-77 最終閲覧日:2023年10月20日)
10.清水栄司監修:認知行動療法のすべてがわかる本. 講談社, P.74-75, 2010
11.認知行動療法の共通基盤マニュアル(http://jact.umin.jp/manual/ P.84-87 最終閲覧日:2023年10月20日)
12.認知行動療法の共通基盤マニュアル(http://jact.umin.jp/manual/ P.88-92 最終閲覧日:2023年10月20日)
13.認知行動療法の共通基盤マニュアル(http://jact.umin.jp/manual/ P.98-99 最終閲覧日:2023年10月20日)
14.認知症疾患診療ガイドライン2017(https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/degl_2017_03.pdf P.71 最終閲覧日:2023年7月3日)