「認知症のリハビリで行う歌や塗り絵に、本当に意味があるの?」と疑問に思う方は少なくありません。実は、認知症のリハビリテーションには、脳・身体・心それぞれに働きかける明確な目的があります。本記事では、医療・介護の現場で導入されているリハビリテーションの種類と、その目的について解説します。
認知症のリハビリテーションの目的
認知症のリハビリテーションは、骨折後のリハビリテーションのように「元の状態に戻す」ことを目指すものではありません。最大の目的は、今ある機能をできるだけ長く保ち、「その人らしい生活」を送れるようにすることです。
認知症の中核症状である記憶障害や見当識障害は、脳の器質的な変化によって生じるため、完全に回復させることは難しいとされています。しかし、適切なリハビリテーションによって症状の進行を緩やかにし、残っている機能を最大限に活かすことを目指します。
認知症施策推進基本計画やその土台となる認知症基本法でも、認知症のご本人が自らの意思で日常生活を送り、個性や能力を十分に発揮できることが重要な理念として掲げられています1。この理念が示す通り、今ある機能を活かし、その人らしい生活を長く続けられるように支援していくことがリハビリテーションの目的です。
BPSD(周辺症状)の緩和
認知症には中核症状のほかに、「BPSD(行動・心理症状)」と呼ばれる周辺症状があります。具体的には、不安、うつ、ひとり歩き、興奮、暴力行為などが挙げられ、現れ方は人によってさまざまです。
BPSDは、低下した脳の機能が周囲からの刺激や環境にうまく適応できず生じるものです。ご本人の心理的な葛藤や不安が深く関係しているケースも少なくありません2。そのため、環境調整や心理的なアプローチを含むリハビリテーションによって、症状の緩和が期待できます。
認知機能に働きかけるリハビリテーション|認知リハビリテーション
ここからは、認知症のリハビリテーションを紹介していきます。まず取り上げるのは、認知機能そのものに働きかける「認知リハビリテーション」です。脳を刺激し、残っている機能を活性化させることを目的としています。ここでは、代表的な方法を紹介します。
現実見当識訓練
現実見当識訓練(リアリティ・オリエンテーション)は、日時、季節、場所、自分の名前などの情報を繰り返し伝えることで、現在の状況を理解しやすくするためのリハビリテーションです3。
例えば、大きなカレンダーや時計を目につく場所に設置したり、会話の中で日付や時間を自然に伝えたりします。こうした訓練は、見当識障害がある方の混乱や不安を和らげるとされ、安心して日常生活を送るための支援として活用されています。
回想法
回想法は、昔の写真や馴染みの道具を見ながら、過去の楽しかった記憶を語り合う心理療法です。
認知症のご本人は最近の出来事を思い出すことが難しくなる一方で、若い頃の記憶は比較的保たれていることが多いとされています。昔の思い出を語ることで脳が活性化し、自己肯定感の向上や精神的な安定につながります。
回想法は、認知機能への直接的な改善よりも、気分や意欲の改善において有効性が示されています4。
身体機能の維持・向上を目指すリハビリテーション
身体を動かすことは筋力や体力の維持だけでなく、脳の活性化にも良い影響を与えるため、リハビリテーションでも取り入れられています。
運動療法(理学療法)
運動療法は、歩行訓練や筋力強化訓練、バランス訓練などを通じて、運動機能や日常生活動作の維持・改善を目的としたリハビリテーションです。理学療法士がご本人の身体状況に応じた運動プログラムを立案・実施します。
適切な運動を継続することで、筋力やバランス能力の低下を防ぎ、転倒予防や生活機能の維持にもつながります。QOL(生活の質)を支える要素としても適度な運動は大切です5。
コグニサイズ
コグニサイズは、国立長寿医療研究センターが開発した運動プログラムです。「コグニション(認知)」と「エクササイズ(運動)」を組み合わせた造語で、運動と認知課題を同時に行う「二重課題(デュアルタスク)」が特徴です。
具体的には、足踏みをしながら「しりとり」をしたり、ステップを踏みながら3の倍数で手を叩いたりといった動作を行います。同センターの研究では、MCI(軽度認知障害)の段階で継続的に実施することで、認知機能の低下を抑制できる可能性が示されています6。
日常生活の動作そのものを訓練するリハビリテーション
日常生活の動作そのものを訓練するリハビリテーションでは、自立した生活を長く続けられる支援をすることを目的としています。
生活リハビリ(ADL訓練)
生活リハビリとは、食事・更衣・排泄・入浴などの「日常生活動作(ADL)」を、過剰な介助に頼らず、自分で行えるようにするための訓練です。
認知機能の低下が進行すると、動作の手順がわからなくなることがありますが、身体機能自体は保たれているケースも少なくありません。声かけや環境の工夫によって、ご本人ができる力を引き出し、「できる」状態をできるだけ維持することを目指します。
また、料理・洗濯・掃除といった「IADL(手段的日常生活動作)」の訓練も、脳への良い刺激になります7。
作業療法
作業療法は、手芸、園芸、木工、折り紙などの作業を通じて、指先の機能や集中力、遂行機能を高めるリハビリテーションです。作業療法士が担当します。
一見すると「遊び」のように見えることもありますが、指先を使う動作は脳への良い刺激となり、作品を完成させることで達成感を得られます。ご本人のこれまでの趣味や仕事に合わせた活動を取り入れれば、手続き記憶を活かしながら無理なく取り組めます8。
五感を刺激し、情動を安定させるリハビリテーション|芸術・音楽
見る・聞く・触れるといった五感を刺激する働きかけは、言葉によるコミュニケーションが難しくなった方にも取り組みやすく、情動の安定にもつながります。
音楽療法
音楽療法は、歌唱や楽器演奏、音楽鑑賞などを通じて、心身の機能の維持・改善を目指すリハビリテーションです。音楽には、脳や感情に直接働きかける力があります。リズムが脳を刺激するほか、懐かしい曲を聴くことで感情が呼び起こされ、心が落ち着きやすくなります。
認知症のご本人に音楽療法を取り入れると、気分が安定したり、意欲が高まったりするケースが少なくありません。言葉でのコミュニケーションが難しくなった方でも、音楽を通じて感情を表現したり、周囲の人と関わったりできるのも大きな特徴です4。
芸術療法(アートセラピー)・園芸療法
芸術療法は、絵画、陶芸、書道などの創作活動を通じて、言葉にしにくい感情を表現し、ストレスを軽減するリハビリテーションです。園芸療法は、植物の世話を通じて季節を感じたり、生きがいや役割を実感したりできるのが特徴です。
どちらも創作や自然とのふれあいを通じて、精神的な安定をもたらすでしょう9。
誰が何を行う?リハビリテーションに関わる専門職と施設
次に、認知症のリハビリテーションに関わる専門職と、リハビリテーションを受けられる施設について紹介します。
3つのリハビリテーション専門職(PT・OT・ST)の役割
認知症のリハビリテーションには、主に次の3つの専門職が関わります。
・理学療法士(PT)は、歩行や立ち上がりといった基本的な動作や運動機能の維持・回復を目指し、運動療法や物理療法を通じて日常生活の自立をサポートします。
・作業療法士(OT)は、入浴や食事などの日常生活動作や、指先を使う作業活動を通じてリハビリテーションを行い、心身機能の維持・回復の支援を行います。
・言語聴覚士(ST)は、言葉によるコミュニケーションや嚥下(飲み込み)に問題がある方を対象に、訓練や指導を通じて日常生活の自立や社会復帰を支援します。
リハビリテーションを受けられる主な場所
認知症のリハビリテーションを受けられる場所は、医療保険と介護保険で異なります。医療保険では、病院(診療所)や認知症疾患医療センターで、診断や治療の一環としてリハビリテーションが提供されています。
一方、介護保険では、通所リハビリテーション(デイケア)、訪問リハビリテーション、介護老人保健施設(老健)などでリハビリテーションを受けることができます。介護保険でのリハビリテーションは、認知機能や日常生活動作の維持・回復を目指し、住み慣れた環境での生活を続けられるよう支援することを目的としています。
また、介護保険には「認知症短期集中リハビリテーション実施加算」という制度があります10。これは認知症の方に対して個別に集中的なリハビリテーションを提供し、認知機能や生活機能の維持・改善を目指すものです。
認知症のリハビリテーションで知っておきたい注意点|家族が気をつけたい3つのポイント
最後に、ご家族がリハビリに関わる際に知っておきたい注意点を確認しましょう。
ご本人の尊厳を守り、子ども扱いしない
幼児向けの教材や幼稚な言葉遣いは、プライドを傷つけ、リハビリテーションへの意欲を低下させてしまうこともあります。過去の職歴や趣味を活かした活動を取り入れ、敬意を持って接しましょう。
失敗を指摘せず、「できたこと」に目を向ける
リハビリテーション中に間違いや失敗があっても、その場で指摘をしたり、訂正したりするのは避けましょう。「できたこと」「頑張ったこと」に注目して声をかけることで、ご本人のやる気を引き出せます。
疲労や拒否がある場合は無理強いしない
疲労の様子が見られたり、拒否されたりした場合は、無理に続けないことが大切です。強制的な訓練はストレスとなり、かえってBPSD(行動・心理症状)を悪化させてしまうこともあります。
まとめ|最適なリハビリの方法を見つけよう
認知症のリハビリテーションは、脳・身体・心のすべてに働きかける包括的なケアです。一見「遊び」のように見える活動にも、認知機能の維持や情緒の安定といった明確な目的があります。
大切なのは、ご本人に合ったプログラムを選ぶことです。これまでの趣味や仕事、現在の身体の状態、ご本人の気持ちや好みを踏まえて、ケアマネジャーや主治医、リハビリテーション専門職と相談しながら、無理のない計画を立てていきましょう。


