日々、摂食嚥下障害に対する評価および管理指導を行っている東京都健康長寿医療センター病院の平野浩彦先生に「嚥下機能の仕組みから、今日から取り入れられるトレーニングや日常生活での工夫までを」をわかりやすく解説いただきました。
たくさんの患者さまと向き合っている先生による解説ですので、ぜひご参考にしてください。
嚥下機能の仕組みと重要性
食事中にむせることが増えたり、これまでは問題なく飲めていた錠剤が飲み込みにくくなったりしていませんか。これらの変化は、実は「嚥下機能(えんげきのう)」の低下のサインかもしれません。放置すると誤嚥性肺炎や低栄養のリスクが高まり、健康に大きな影響を及ぼす恐れがあります。
嚥下とは、単に食べ物を「飲み込むこと」と思われがちですが、実はその前後も含む連動した仕組みです1。まずは、嚥下機能の基本的な流れと、嚥下機能を維持する意義について解説します。
嚥下機能の意味と役割
嚥下機能とは、食べ物や飲み物を口に取り込み、噛んで飲み込み胃に送るまでの一連のはたらきのことを指します1。
嚥下機能の役割は大きく2つにまとめられます1。
・ 生命維持のための役割:必要な栄養や水分をしっかり摂り、低栄養と脱水を防ぐ
・ 生活の質を支える役割:食事を味わって楽しむ、家族や友人と食卓を囲むなど、日常の満足感や社会的なつながりを保つ
摂食嚥下の5段階のプロセス
摂食嚥下は一般的に、先行期・準備期・口腔期・咽頭期・食道期の5段階に分けて考えると理解が深まります。それぞれは以下のような流れです1。
・ 先行期:食べ物を認識して口の中に運ぶ
・ 準備期:口に入れた食べ物を噛み、唾液と混ぜて塊にする
・ 口腔期:塊状の食べ物を、舌の動きで喉の奥へと送り込む
・ 咽頭期:食べ物がゴックンと飲み込まれ、食道に入る
・ 食道期:食べ物が食道を通過し、胃に到達する
なお、実際の食事では、以上のプロセスを無意識的に同時進行しながら「食べる(摂食嚥下)」動作を行っています1。
嚥下機能が低下するとどうなるの?初期症状とリスク一覧
さまざまな原因で嚥下機能が低下すると、これまで当たり前にできていた「口から食べる」という行為が難しくなる場合があります。食事量が減ることで低栄養や脱水につながるだけでなく、食べ物や唾液が誤って気管に入る誤嚥(ごえん)のリスクも高まり、生活の質や健康状態に大きく影響します1。
ここでは、嚥下機能が低下する主な原因と早期に気づくためのポイント、放置するリスクについて解説します。
老化だけじゃない?嚥下機能低下の主な原因
嚥下機能の低下は「年齢のせい」と思われがちですが、実際にはさまざまな要因が関係しています。特に高齢者では、複数の原因が重なって起こるケースも少なくありません。
具体的には、嚥下に関係する筋肉の量や筋力の低下、認知症や脳卒中など疾患によるもの、内服薬の副作用による影響などが挙げられます2。嚥下機能低下はこのように、単一の原因ではなく、身体的・神経的・生活環境的な要因が複合的に関わることが特徴です。
見逃さないで!飲み込みが悪くなっているサイン
次のような症状が続く場合は、嚥下の機能が弱くなっている可能性があります3。
①嚥下時にみられるサイン
- • 食べ物や飲み物が飲み込みにくい
• 飲み込み時にむせることが増えた
• 食べ物や飲み物が鼻に逆流することがある
②嚥下後にみられるサイン
- • 食べ物が喉に残っている感じがする
• 声がガラガラする(かすれた声になる)
• 痰の量が増えた
③日常生活の中での変化
- • 食べる量が減ってきた
• 食事に時間がかかるようになった
• 体重が減ってきた
• 咳や痰、発熱など呼吸器感染症状をくり返す
これらのサインが複数当てはまる場合や気になる症状が続く場合は、早めに医療機関へ相談することが大切です。
放置することの危険性「誤嚥(ごえん)」と「誤嚥性肺炎」
嚥下機能の低下を放置する中で特に注意したいのが「誤嚥」です。誤嚥は、肺炎や窒息など命に関わるトラブルにつながる可能性があります。
さらに、食事量や水分摂取量が減ると、低栄養から体力や筋力の低下(フレイル)にもつながりかねません。
これらのリスクについて、順に詳しく見ていきましょう。
誤嚥(ごえん)とは
誤嚥とは、食べ物や水、唾液などが食道ではなく気管に入ってしまうことです4。
食べ物が通る道と、空気が通る気道とは、身体の構造上、喉の部分で交差しているため、飲み込むタイミングがずれると誤嚥が生じるのです1。
誤嚥性肺炎と窒息のリスク
誤嚥した際に、口腔内の細菌などが肺へ入り込むと、誤嚥性肺炎を引き起こすことがあります。特に免疫機能低下傾向が高まる高齢者や寝たきりの方では、口腔内の洗浄不足や咳反射の弱まり、発症のリスクが高まります4。
日本では近年、高齢化に伴い肺炎の患者数が増加傾向にあり5、年齢が高まると誤嚥性肺炎の占める割合は高くなります。日本国内の多施設において行われた研究によると、70歳以上の肺炎患者のうち約8割が誤嚥性肺炎と診断されました6。
さらに、嚥下機能が低下している方の場合では、食べ物が喉に詰まる窒息のリスクにも十分に注意する必要があります1。
低栄養と脱水症状
嚥下機能が低下すると、毎日の食事にも大いに影響します。
「食べにくい」「飲み込みづらい」といった不快感から食事量や水分摂取量が徐々に減り、低栄養や脱水を招きやすくなります3。低栄養は筋肉量の低下や筋力低下を引き起こし、さらなる嚥下機能の低下という悪循環に陥るため、虚弱(フレイル)を進行させる重大なリスク因子です7。
嚥下機能を鍛える!自宅でできるトレーニングとリハビリテーション
低下した嚥下機能を改善するために、臨床現場では姿勢調整や筋力トレーニング、発声練習などさまざまな方法が取り入れられています3。
ここでは、自宅でも実践しやすい4種類のトレーニングを紹介します。
ただし、嚥下機能の状態によってはかえって負担になる場合もあります。むせが強い方や持病のある方は、医師・歯科医師・言語聴覚士などに相談しながら行いましょう。
首と肩の緊張をほぐす「リラクゼーション体操」
口すぼめ深呼吸や首回し、肩の上げ下げなど、全身および頸部の嚥下に関わる筋肉を緩める体操です。日常的な基礎訓練としてはもちろん、食事前の準備体操として取り入れるのもおすすめです8。
ただし、頸部に疾患がある方は、首を大きく回す運動は控えましょう。
喉の筋肉を強化する「嚥下おでこ体操」
嚥下おでこ体操は、喉を持ち上げる舌骨上筋群という筋肉を意識して鍛え、食べ物を食道へ送り込みやすくすることを目的としたトレーニングのひとつです8。
おでこに手を当て、手が押し返す力に逆らうように(抵抗をかけながら)おへそを覗き込むようにゆっくり下を向きます。下を向いた状態で5秒キープする方法と、1から5まで数えながら徐々に下を向いていく方法の2パターンがあります8。
強度や頻度を調節しながら、無理のないように行いましょう。
発声で喉を動かす「パタカラ体操」
「パ・タ・カ・ラ」と一音ずつはっきりと発音したり、「パパパパパ、タタタタタ、……」と連続で発音したりすることで、唇や舌、またその周辺の筋肉をバランスよく動かす運動です。唾液分泌の促進や、噛む力と飲み込む力の維持・向上などが期待できます9。
- ・ パ:唇をしっかり閉じて開く動き(唇や口周りの筋肉)
・ タ:舌先を上の前歯の裏につけて発音(舌先の動き)
・ カ:舌を喉のほうに引くことで発音(舌の付け根)
・ ラ:舌を上顎につけて離すときに発音(舌を上に丸める動き)
舌の筋力をアップする「舌の運動」
舌を前に突き出したり左右に動かしたり、上に持ち上げたりする運動です8。負荷をかけたい場合には、舌にスプーンを乗せて押し上げるようにします。
鏡を見ながら行うと、自分の舌の動きを把握しやすいでしょう。
毎日の食事でできる工夫と注意点
嚥下機能を維持し、かつ誤嚥を防ぐためには、日々の食事環境を整えることも大切です。
姿勢や食事形態を少し工夫するだけでも、飲み込みやすさや安全性が変わることがあります。
ここでは、毎日の食事で意識したいポイントを紹介します。
嚥下しやすい姿勢(ポジショニング)
誤嚥を防ぐためには、食事中の姿勢が重要です。
座ったときに安定した姿勢をつくれるよう、椅子に深く腰掛け、かかとをしっかり床につけることを意識しましょう。また、顎が上がっていると食べ物が喉へ流れ込みやすくなるため、やや前屈みで顎を引いた姿勢が望ましいとされています10。
食べやすい食事形態(とろみ・刻み)の選び方
噛む力や飲み込む力に合わせて、食事の固さや粘度を調整することも大切です。
そぼろなどまとまりにくいものはあんかけに、パサパサしている芋類は水分の多い調理をして、パンは水分(牛乳や紅茶など)につけながら食べると良いでしょう10。
また、液体で頻繁にむせる場合、とろみ剤で適度なとろみをつけることが誤嚥の対策になります。とろみ剤の使用、食形態などは医師や言語聴覚士、管理栄養士など専門家の指導のもと検討して下さい。
口の中を清潔に保つ「口腔ケア」の重要性
口腔内を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎の予防という観点からも非常に重要です。
口の中には多くの細菌が存在しており、唾液や食べ物とともに誤嚥することで肺炎につながる恐れがあるためです4。実際に、口腔ケアの実施によって肺炎の発症頻度が減少したことが、研究によっても示されています11。
毎食後の歯磨きや義歯の洗浄等を習慣づけましょう。
不安な場合は何科を受診すべき?
嚥下機能の低下が疑われる場合、「どの診療科に相談すればよいの?」と迷う方も多いかもしれません。
嚥下機能に関しては、耳鼻咽喉科の他に、リハビリテーション科や神経内科、消化器内科、歯科など、原因や身体の状態によってさまざまな分野および職種との連携が必要です3。
ここでは、主な受診先と専門職の役割について解説します。
嚥下外来、耳鼻咽喉科、歯科(口腔外科)の役割
嚥下機能を客観的に評価する上では、専門医のもとで必要に応じて嚥下内視鏡検査もしくは嚥下造影検査を受けることが重要です3。これらの検査は、嚥下外来を設けている医療機関の他、耳鼻咽喉科や歯科(口腔外科)などで実施されています。ただしお住まいの地域によって異なる場合があるため、受診先に迷う場合はまずかかりつけ医に相談してみるのが良いでしょう。
また、日本摂食嚥下リハビリテーション学会のホームページでは、嚥下リハビリ相談窓口として、嚥下相談を受け付けている医療機関を確認できます12。日本老年歯科医学会のホームページでは、摂食機能療法専門歯科医を確認できます13。
言語聴覚士(ST)による専門的なリハビリテーション
言語聴覚士(ST)は、ことばによるコミュニケーションの問題に対処するだけでなく、嚥下に不安を抱える方に対して嚥下訓練や指導等を専門に行う国家資格の医療職です14。
嚥下障害が疑われる方にSTが早期介入し、適切な評価や訓練を開始することで、誤嚥性肺炎のリスクを軽減する可能性があるとされています3。
まとめ
嚥下機能を保ち、いつまでも食事を安全に楽しめることは、健康寿命を延ばす大切な鍵です。毎日の簡単なトレーニングと口腔ケアの継続も、美味しく食べる喜びを守ることにつながります。ご自身や大切なご家族がこれからも安心して食事の時間を楽しめるよう、できることから少しずつ取り入れてみましょう。



