バソプレシン(抗利尿ホルモン)とは|働きや分泌メカニズム・尿崩症や過剰分泌のリスクを解説【医師監修】

のどが渇いて尿量が増える「尿崩症(にょうほうしょう)」や、食欲低下や疲労感を起こす「SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)」。
どちらも、脳から分泌される「バソプレシン」というホルモンが関係する病気です。
聞き慣れない名前に戸惑う方もいるかもしれませんが、バソプレシンは身体の中で非常に重要な役割を担っています。
バソプレシンの働きや分泌量の異常が引き起こす病気、よくある疑問についてわかりやすく解説します。
バソプレシンとは
バソプレシンは「抗利尿ホルモン」や「ADH」とも呼ばれ、主な働きは腎臓での水分の再吸収(身体に水分を戻す作用)を促すことです。
水分を再吸収することで尿量を減らし、体内の水分量を調節します。
利尿作用を持つものに、心臓でつくられ分泌される「心房性ナトリウム利尿ペプチド」があります。
心房性ナトリウム利尿ペプチドも、腎臓に作用して水分を調整するホルモンです。バソプレシンが水の再吸収をするのに対して、心房性ナトリウム利尿ペプチドは水を排出する利尿作用を持ちます。
バソプレシン分泌のメカニズム

バソプレシンを分泌する視床下部の位置(※文献31を参考に編集部作成 )
バソプレシンはどこでつくられ、どこから分泌されるのでしょう。
バソプレシンは間脳にある視床下部でつくられます。
視床下部は体温・睡眠・食欲など、生命を維持するために重要な働きをしている器官です。
視床下部で産生されたバソプレシンは、脳の下垂体後葉に貯蔵されます。
血液中の水分が減ると下垂体後葉から血液中にバソプレシンが分泌され、腎臓に届き、水分を再吸収するよう働きかけるのです。
バソプレシンの分泌量は、加齢やストレスなどによって変動するといわれています。
バソプレシンの主な役割
バソプレシンは腎臓に作用すると考えられていましたが、最近の研究で脳でも重要な役割を担っていることがわかってきました。
バソプレシンの主な役割について、詳しく見ていきましょう。
体内の水分量・血圧の調節
バソプレシンは、尿量を調整することで体内の水分量を一定に保つ役割を担っています。
身体に水分が足りず、のどが渇いている状態では、血液中のバソプレシンを増やして尿量を減らし、体内の水分量を保持します。
一方、水分をとりすぎたときには血液中のバソプレシンを減らし、余分な水分を尿として身体の外へ排出するのです。
また、バソプレシンが分泌されると、血管の中の水分、つまり血液量も増えるため、血圧が上昇します。
血管収縮作用
バソプレシンには、動脈や静脈などの様々な血管壁にあるV1a受容体と結びつき、強力な血管収縮作用を起こす働きがあります。
バソプレシンの生理的な作用では、血圧調節に大きな影響はないとされていますが、重度の血液量の減少(出血)、低血圧が生じた場合において、血中のバソプレシン濃度が高まり、血管収縮作用を発揮することがわかっています。
この血管収縮作用は医薬品として活用されており、血圧が低下した患者や、消化器官に出血が認められる場合に、止血や血圧上昇のために投与されることがあります。
バソプレシンが不足・分泌量が減ると生じる尿崩症とは
バソプレシンの分泌や働きに異常があると、腎臓で水分の再吸収がうまく行われず、尿量が増えるなどの症状があらわれます。
このような状態が「尿崩症」です。
尿崩症は、バソプレシンの分泌量が著しく低下することで起こる「中枢性尿崩症」と、腎臓がバソプレシンにうまく反応できないことで起こる「腎性尿崩症」の2つに分けられます。
尿崩症の原因
中枢性尿崩症の原因は、脳腫瘍やケガに起因するものが80〜90%、遺伝(家族性)が1%とされていますが、10〜20%は原因不明です。
腎性尿崩症は、遺伝が原因となる先天性のものと、病気や医薬品が原因となって発症する後天性のものがあります。
尿崩症の症状
中枢性尿崩症、腎性尿崩症ともに、主な症状は次の3つです8,17。
・のどが渇く
・水分を多く飲むようになる
・尿量が増える
夜中に尿意を覚えて目が覚めることも多く、生活に支障をきたすこともあります。
場合によっては、ひどい脱水を起こし命に関わるケースもあります。
尿崩症の治療法
先天性の場合、根本的に治す方法はありません。
しかし、尿量を減らす薬や抗利尿ホルモン製剤(バソプレシンと似た働きを持つ薬)を使用したり、塩分の制限をしたりすることで対応します。
原因が病気やケガの場合は、その治療が必要になります。
医薬品が原因の場合は、薬を中止すれば1か月程度で回復する事例がほとんどです。
過剰分泌によるSIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)とは
何らかの原因により血中のバソプレシン濃度が異常に高くなり、体調不良を起こした状態が「SIADH」です。
体内の水分量が増えた結果、相対的に血中のナトリウム濃度が薄くなるため「低ナトリウム血症」と同じ症状を呈します。
SIADHの原因
SIADHは、脳や肺の病気、がんなどに伴って起こる場合や、薬の副作用によるものもあります。しかし、原因がはっきりしないケースも少なくありません。
SIADHの症状
低ナトリウム血症によりだるさや食欲不振などが見られますが、症状が軽く気づかないこともあります。低ナトリウム血症が重症になると、意識を保てなくなったり、けいれんが起きたりする場合もあります。
SIADHの治療法
原因となる病気への治療とともに、SIADHの治療として水分量を制限します。身体の状態によっては、食塩を補給したり食塩水を点滴したりして体内のナトリウム濃度を増やす対応や、薬の使用が検討されます。
バソプレシンの安定には食事や生活リズムが重要
バソプレシンの分泌量は、多すぎても少なすぎても体調不良につながります。
ホルモン量の変化には、何らかの身体の異常が影響している場合があります。まずは、原因を確認することが大切です。
そして、生活習慣が影響することもあるため、食事や生活リズムを見直しましょう。
気になる症状があれば受診を検討する
いつも通り生活しているのに、のどがよく渇く、尿量が以前よりも明らかに増えたなど、気になる症状がある場合は早めに医療機関の受診を検討しましょう。
受診する診療科は、内科や内分泌内科が一般的です。
医療機関では、問診や血液検査、尿検査などを行い、バソプレシンの分泌や腎臓の働きに異常がないかを確認します。
必要に応じて、専門医への紹介や追加の検査が行われることもあります。
こまめな水分補給
バソプレシンの分泌量は、血液の濃さによって変動します。
脱水状態になり血液が濃くなると分泌量が増え、水分をとりすぎ血液が薄まると分泌量は減ります。
水分補給をこまめに行い、身体の中の水分量を適正に維持することが大切です。
適度な塩分摂取
体内の塩分(ナトリウム)は、血液の濃さを決める重要な要素です。
塩分のとりすぎや極端な減塩は血液の濃度を変化させ、バソプレシンの分泌量に影響が出る可能性があります。
日頃から適度な塩分摂取を心がけましょう。
睡眠リズムの改善
夜間はバソプレシンの分泌量が増加し、尿量が減ります。この作用のおかげで、睡眠中はトイレに行く回数が少なくなるのです。
就寝時間や起床時間をできるだけ一定にし、睡眠のリズムを整えることで、バソプレシンの分泌リズムも安定しやすくなります。
日頃から十分な睡眠時間を確保することが大切です。
飲酒習慣の改善
アルコールはバソプレシンの分泌を減らす作用があることが知られています。
お酒は控えめの量で楽しみましょう。
バソプレシンに関するよくある疑問
バソプレシンは意外に私たちの生活に関係のあるホルモンです。バソプレシンに関するよくある疑問について解説していきます。
バソプレシンが浮気防止ホルモンと呼ばれる理由は?
バソプレシンは妻や子どもを守るために攻撃性や行動力を高める作用を持ち、父性愛を生み出すホルモンといわれています。
マウスを使った実験では、バソプレシンの分泌によりオスが養育行動をとった一方、バソプレシンの分泌を少なくすると、父親マウスが養育行動をとらなくなったことが明らかになりました。
また別の実験では、オスのマウスのバソプレシンの機能を低下させると、メスに対する性行動が増えたそうです。
このことから、人についても「バソプレシンが多く分泌される人ほど浮気しないのでは」という推測が広まったのです。
バソプレシンとオキシトシンの違いは?
オキシトシンとバソプレシンは構造がよく似ており、ともに脳の視床下部でつくられ下垂体後葉から分泌されるホルモンです。
しかし身体への役割は異なっており、オキシトシンは母乳の分泌や出産時の子宮収縮が主な作用です。
また、バソプレシンは家族を守るために不安や緊張感を高めますが、オキシトシンは反対にストレスや不安を和らげる作用を持ちます。
この作用の違いから、バソプレシンは「父性ホルモン」、オキシトシンは「母性ホルモン」とも呼ばれます。
バソプレシンは時差ボケに関わっている?
近年、マウスを使った実験によりバソプレシンが時差ボケに影響する可能性が明らかになりました。
人間には、1日24時間の周期で身体機能を調整する「体内時計」という仕組みがあります。朝、目が覚め、夜眠くなるのは、この体内時計によるものです。
しかし、体内時計は一定の周期を保とうとする性質があるため、海外渡航や昼夜交代勤務などの急激な環境変化には対応しにくく、時差ボケと呼ばれる体調不良を招くことがあります。
マウスを用いた実験では、バソプレシンやその受容体(バソプレシンの作用を細胞に伝える仕組み)の働きを弱めると、明暗リズムが変化した環境に通常より早く慣れることが確認されました。
この結果から、バソプレシンは体内時計のリズムを安定させ、環境変化に対して急激にずれないよう保つ役割を担っていると考えられています。
今後、時差ボケの仕組みがさらに明らかになれば、治療薬や予防薬が開発される日が来るかもしれません。
高齢になると夜のトイレが近くなるのはなぜ?(夜間頻尿)
バソプレシンは加齢により分泌量が変化します。加齢により、夜間にバソプレシンの分泌量が低下すると、作られる尿が増え頻尿につながるのです。
まとめ
バソプレシンは体内の水分調整以外にも、さまざまな作用を持つ重要なホルモンです。正しく理解することが、体調不良や病気の予防・改善につながります。
バソプレシンの分泌量は、多すぎても少なすぎても身体に悪い影響を起こす可能性があります。日頃から生活習慣を整え、ホルモンバランスと上手に付き合いましょう。
この記事の補足情報
参考文献
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黒木俊秀, 他:イラスト授業シリーズ ひと目でわかる 脳のしくみとはたらき図鑑.創元社. 2022;10-1,16-25.
著者情報
- PROFILE/ プロフィール

伊藤 たえ
赤坂パークビル脳神経外科 菅原クリニック 東京脳ドック 院長 ■Profile 2004年 浜松医科大学医学部 卒業 2004年 浜松医科大学付属病院 初期研修 2006年 浜松医科大学脳神経外科 2013年 河北総合病院脳神経外科 2016年 山田記念病院脳神経外科 2019年 菅原脳神経外科クリニック 2019年 現職 ■所属学会 日本脳神経外科学会専門医 日本脳卒中学会専門医 日本脳ドック学会認定医
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