「脂質」や「脂肪酸」というと、身体に良くないイメージを持つ人もいるかもしれません。また、脳との関係を具体的にイメージするのが難しい人も多いでしょう。
実は、脂質や脂肪酸は脳にとって重要な役割を持っており、脳の健康や脳機能を維持するためには、摂取する脂質、脂肪酸の種類やバランスが大切になります。
本記事では、脳と脂質・脂肪酸の関係をわかりやすく解説します。
脂質と脂肪酸の種類と役割
脳の機能に大きく関わる脂質や脂肪酸。まずはそれぞれの種類と役割について見てみましょう。
脂質と脂肪酸の違い
まずは脂質と脂肪酸の違いについて解説します。
脂質とは
脂質は生体成分のうち、水に溶けない物質をいいます1。
食事から摂取され、分解されて体内で活用されます。
脂質はエネルギーとして活用されるほか、細胞膜や神経組織の構成成分やホルモンなどの材料としても重要な役割を担っています2,3。
脂質は、炭水化物やタンパク質などと並ぶ五大栄養素の1つとして、身体を構成し、維持するために欠かせない栄養素の1つです。
脂肪酸とは
脂質を構成する重要な要素となるのが、脂肪酸です4。
脂肪酸は炭素(C)、水素(H)、酸素(O)が鎖のようにつながった物質です5。
脂肪酸は炭素数や炭素同士のつながり方(二重結合の有無や数)によって、下表のように分類されます5。
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大分類 |
分類 |
特徴 |
主な脂肪酸 |
|---|---|---|---|
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飽和脂肪酸 |
なし |
二重結合がない |
酢酸、酪酸、パルミチン酸、ステアリン酸 |
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不飽和脂肪酸 |
一価不飽和脂肪酸 |
二重結合が1個 |
オレイン酸 |
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多価不飽和脂肪酸 |
二重結合が2個以上 |
リノール酸、α-リノレン酸、EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)など |
(文献5を参考に編集部作成)
脂肪酸のうち、リノール酸 やα-リノレン酸など、生命維持に不可欠かつ体内で作ることができないものを必須脂肪酸といいます。
また、脂肪酸の分類として使われるのが、炭素数で分ける方法です6。
- ・短鎖脂肪酸:炭素数4以下
・中鎖脂肪酸:6〜12個
・長鎖脂肪酸:14個以上
脂質・脂肪酸の脳における働き
身体を構成・維持するために必要な脂質や脂肪酸は、脳においても重要です。
脂質や脂肪酸が脳でどのような役割を持つか見てみましょう。
脳を構成する
脳は水分を除くと、重量の6割を脂質が占めます7。脳の神経細胞(ニューロン)の細胞膜は主にリン脂質で構成されます8。
また神経細胞は、軸索を介して細胞から細胞へ情報を伝えますが9、この軸索をおおうミエリン鞘(しょう)の構成成分は、70~85%が脂質です10。
ミエリン鞘は、軸索での素早い神経伝達を可能にするだけでなく、神経細胞の機能維持を支える役割も担っています10,11。
(神経細胞のイメージ:文献10を参考に編集部作成)
情報伝達をサポートする
神経細胞の間(軸索末端)で神経伝達物質が受け渡されることで、脳の情報伝達は行われています8。
その際、情報伝達をスムーズにするには、受け取り手の細胞膜の柔軟性が必要です12。
細胞膜の柔軟性にはリン脂質の割合や、リン脂質に含まれる脂肪酸の種類が関わると考えられています8。
このように、脂質や脂肪酸は脳の構造を支え、情報伝達をサポートするのにも必要不可欠なのです。
脳に必要な脂質・脂肪酸の種類と豊富に含む食材
脂質や脂肪酸の中でも、脳の構造や機能に深く関与しているものがあります。
ここでは、オメガ3脂肪酸・オメガ6脂肪酸・中鎖脂肪酸の特徴と、主な食材について見ていきましょう。
オメガ3脂肪酸
オメガ3脂肪酸は多価不飽和脂肪酸の一種で、細胞膜を構成する重要な成分です13。
体内で十分に合成できないため、食事から摂取する必要がある「必須脂肪酸」に分類されます13。
主なオメガ3脂肪酸はエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、α-リノレン酸などです2。
オメガ3脂肪酸のうち、特にDHAやEPAは抗炎症作用を持ち、神経細胞を保護・修復する役割を持ちます8。
また、これらは血液中の中性脂肪値を下げたり、血管の柔軟性を保ったりする働きが報告されています14。
脂質異常症(高コレステロール血症)などの生活習慣病は動脈硬化につながり、脳卒中のリスクを高める原因となります。
オメガ3脂肪酸の摂取は、神経細胞だけでなく、脳の血管を健康に保つためにも重要です。
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脂肪酸の種類 |
多く含む食材 |
|---|---|
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オメガ3脂肪酸 |
魚介類、えごま油、菜種油、あまに油、くるみ |
(文献5, 15を参考に編集部作成)
オメガ6脂肪酸
オメガ6脂肪酸も多価不飽和脂肪酸の一種で、必須脂肪酸です。主なものは、リノール酸、γ-リノレン酸、アラキドン酸などです2。
日本人では、オメガ6脂肪酸のほとんどはリノール酸(大豆油やコーン油など)として摂取されます2。
リノール酸には冠動脈疾患を予防する可能性が示唆されています14。
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脂肪酸の種類 |
多く含む食材 |
|---|---|
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オメガ6脂肪酸 |
ごま油、紅花油、大豆油、トウモロコシ油、大豆・大豆製品 |
(文献5, 15を参考に編集部作成)
中鎖脂肪酸
中鎖脂肪酸はグリセロールと結合して中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT:Medium-chain triglyceride)となり、MCT油などの食品として利用されています16,17。
中鎖脂肪酸は長鎖脂肪酸に比べ、吸収が早く、短時間でエネルギーになるのが特徴です18。
脳は主にブドウ糖をエネルギーとして使うことで働きますが、この中鎖脂肪酸は、代謝の過程でケトン体を作ることが確認されており、ブドウ糖に代わるエネルギー源として働きます6。
MCTとアルツハイマー病に関する複数の研究を分析したところ、一部の試験では、MCTで認知機能が改善したという結果が示されました21。
MCTによる認知機能への影響は、さらなる研究が期待されます。
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脂肪酸の種類 |
多く含む食材 |
|---|---|
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中鎖脂肪酸 |
ココナッツ油、ココナッツミルク、MCTパウダー、MCT油 |
(文献5, 15を参考に編集部作成)
脂質・脂肪酸が不足した場合の脳の健康への影響
脳の構成成分であり、神経伝達にも関与する脂質・脂肪酸は、脳の健康にさまざまな影響を及ぼします。
認知機能の低下
認知機能の低下が見られるより前から、脳の体積は減少していくことが知られています。
国立長寿医療研究センターによる研究では、日本人高齢者において、DHAやEPAの摂取が少ない集団で、記憶に関与する前頭皮質や側頭皮質の体積減少が大きい傾向が示されました22,23。
一方、DHA、EPA、アラキドン酸の摂取量が多いと、これら記憶に関与する脳領域の体積減少が抑えられる可能性が示されています22。
また、脂質の不足は神経細胞膜の柔軟性を低下させ、情報伝達スピードを低下させたり、脳内の炎症を抑える力が低下し神経細胞がダメージを受けやすくなったりします。
過度な脂質不足が、脳の萎縮や神経伝達効率の低下を招き、認知機能の低下につながる可能性があります。
精神(情動)への影響
脂質や脂肪酸は、情動の変化や精神疾患の発症に関連するとも考えられています。
脂質(特にn-3系脂肪酸)は神経細胞膜の流動性を保つことで、情報伝達効率を高めています。
脂質が不足することにより、膜の柔軟性や抗炎症機能が損なわれることで、うつ病をはじめとする精神疾患の発症に関与していると考えられています24。
子どもの発達への影響
脂質や脂肪酸は、胎児期から小児期にかけての脳の発達においても重要な役割を果たします。
特に、必須脂肪酸が成長過程で不足すると、重度の成長・発達の障害を起こす可能性が示されています25。
母子10万組を調査した研究では、妊娠中の魚摂取量や不飽和脂肪酸摂取量と、子どもの運動能力や問題解決能力の発達には一部に関連が見られました26,27。
脂質というと肥満につながるイメージがあるかもしれませんが、脳や身体を維持するうえで必要不可欠な栄養素なのです。
良質な脂質・脂肪酸を効率よく摂取するためのポイント
良質な脂質を効果的に摂取するためにはどのようにすべきでしょうか。
ここでは、脳や身体に必要不可欠な脂質を摂取するポイントをご紹介します。
抗酸化作用のある食材と一緒に摂る
EPA、DHAなどのオメガ3脂肪酸は、非常に酸化しやすい物質です。
そのため、抗酸化作用をもつビタミンEやCと一緒に摂取するとよいでしょう28。
ビタミンEの豊富な食材としては、植物油(トウモロコシ、大豆、サフラワー油)、アーモンド、はまち、子持ちがれいなど29,30、ビタミンCの豊富な食材としては赤ピーマン、キウイフルーツ、ブロッコリーなどがあります31。
油が酸化していない新鮮な魚を食べたり、魚料理にレモンを絞ったりすると効率よく摂取できますよ。
加熱しないで摂る
オメガ3脂肪酸は熱に弱いため、加熱しないで摂ると良いでしょう。
DHAやEPAを多く含むまぐろ、さけなどは、寿司や刺身など、熱を通さずに生で食べることで、さらに効率的にオメガ3脂肪酸を摂取できるでしょう。
調理方法に合わせた油に置き換える
不飽和脂肪酸を含んだ油やMCT油は熱に弱いため、高温調理には向かないことがあります32。
そのような時は、熱に強い一価不飽和脂肪酸のオレイン酸を多く含むオリーブ油が適しています。
サラダドレッシングでビタミンと一緒に摂る
熱に弱く酸化しやすいオメガ3脂肪酸は、サラダドレッシングには適しています。
通常のドレッシングの代わりに、α-リノレン酸が豊富なあまに油や、えごま油を使うとオメガ3脂肪酸を効率的に摂れるでしょう。
飲み物や食べ物に少し足す
MCT油は無味無臭で、食事本来の味を損なうことなく摂取できます33。
常温の飲み物やヨーグルトに足しても良いでしょう。
オリーブ油もパンにかけたり、ヨーグルトに入れたり、料理の仕上げに使ったりすると、摂りやすくなります。
脳に悪影響を及ぼす注意したい脂質・脂肪酸
脂質・脂肪酸は脳に良い影響を及ぼすだけでなく、害を及ぼすこともあります。
トランス脂肪酸
トランス脂肪酸とは、植物油などからマーガリンなどの加工品を作る際に生じる不飽和脂肪酸です34,35。
トランス脂肪酸は、ほとんどの天然の脂肪酸が持つシス型という二重結合ではなく、トランス型という形で結合するため、そのように呼ばれます36。
トランス脂肪酸はマーガリン、ファットスプレッド、ショートニング、またそれらで作った洋菓子や揚げ物などに含まれていることが多いです37。
日本の大規模な住民研究では、血液中のトランス脂肪酸の濃度が高い人ほど、認知症発症リスクが高いという関連が報告されています38,39。
酸化した油
油脂は光や空気、高温にさらされることで酸化が進み、過酸化脂質などの酸化生成物が生じます40,41。
特に、アラキドン酸、DHA、EPAなどの不飽和脂肪酸は酸化しやすい性質があります42。
それらを細胞膜に多く含む脳神経細胞もまた酸化に弱いとされます42。
脳の機能維持のためには古くなった油や、調理に使った油は使わないほうがよいでしょう。
オメガ6脂肪酸の過剰摂取
オメガ6脂肪酸は身体に必要な必須脂肪酸ですが、摂取量のバランスが重要とされています。
世界183か国を対象とした研究では、オメガ6脂肪酸摂取量が多い国ほど認知症発症率が高い傾向が報告されました43。
オメガ3とオメガ6脂肪酸は細胞膜への取り込みで競合するため、オメガ6脂肪酸が多くなると、DHAやEPAなどのオメガ3脂肪酸の利用が低下する可能性があります44。
現代の欧米型の食事では、オメガ6とオメガ3脂肪酸の比率が15~20対1とされ、オメガ6が大きい傾向にあります44。日本でも、年々オメガ6脂肪酸の割合が増えていることが明らかになりました45。
そのため、オメガ6脂肪酸を極端に制限するのではなく、魚介類などからオメガ3脂肪酸を意識して補うことが大切です。
まとめ:脂肪・脂肪酸は脳の健康維持に重要!バランスよく摂取しよう
脂質や脂肪酸は、脳の構造を支える材料であり、神経伝達やエネルギー代謝にも関わる重要な栄養素です。特にDHAやEPAなどの多価不飽和脂肪酸は、加齢に伴う脳の変化や認知機能との関連が示唆されています。
一方で、トランス脂肪酸や酸化した油、脂肪酸バランスの偏りなどは、健康への影響が懸念されています。魚や植物油などから良質な脂肪酸を適量取り入れ、調理法や保存方法にも気を配ることで、脳の健康維持につなげましょう。



