「家族が認知症と診断された。自分にも遺伝するのだろうか・・・」「そもそも認知症は遺伝するのだろうか・・・」このようなことを考えたことはありませんか?
認知症の原因や発症のメカニズムは解明されていないものも多く、発症に複数の要因が関与するケースも少なくありません。また、若年性認知症の18%に家族歴があるという報告1もあり、一部の認知症においては特定の遺伝子が発症に関与している可能性があります。
この記事では、認知症の原因・発症メカニズムや遺伝と認知症の関係について解説します。
認知症の原因・発症メカニズムのすべては解明されていない
認知症のうち、頭部外傷による認知症や一部のビタミンの欠乏による認知症など、原因が明らかで治療介入が可能な認知症(treatable dementia)が存在する一方で、多くの認知症は異常なたんぱく質の蓄積や他の疾患の影響などの複数の要因、および遺伝などがその発症に関与している可能性があります。また、認知症の原因が特定不能であると分類されてしまうケースもあります2。
認知症の67.6%3を占めるアルツハイマー型認知症では、アミロイドβ、タウというたんぱく質が神経細胞へ蓄積することが原因とされています。アミロイドβが蓄積することで老人斑が、タウが蓄積することで神経原線維変化が認められます2。しかし、老人斑・神経原線維変化がどのような仕組みで神経細胞に傷害を与えるかについては解明されていません。
レビー小体型認知症は認知症の4.3%3を占め、α-シヌクレインというたんぱく質が神経細胞へ蓄積し、レビー小体と呼ばれる封入体が形成されることで発症します2。このレビー小体が神経細胞へ悪影響を及ぼすことは知られていますが、α-シヌクレインがなぜ蓄積するのかは明らかではありません。
前頭側頭型認知症は認知症の1.0%3を占めています。タウ、TAR DNA-binding protein of 43 kDa(TDP-43)、fused in sarcoma(FUS)などのたんぱく質が蓄積することは知られていますが2、これらの物質が蓄積するメカニズムは不明です。
アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症について詳しく知りたい方は、以下の記事もぜひご覧ください。
遺伝と関係する可能性がある認知症
このように、認知症の原因・発症メカニズムにはいまだに不明な点も多く認められます。そのなかでも遺伝と関係する可能性がある認知症について報告があります。
家族性アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症は、家族歴のない孤発性(単独の)アルツハイマー型認知症と、家族歴のある家族性アルツハイマー型認知症に分類されます。
どちらのアルツハイマー型認知症も大脳皮質の神経細胞内にアミロイドβが蓄積することが原因の1つであることに違いはありませんが3、家族性アルツハイマー型認知症では遺伝子変異も原因となることがわかっています。
家族性アルツハイマー型認知症の原因となる遺伝子には、アミロイドβ前駆体タンパク(APP)遺伝子4、プレセニリン1(PSEN1)遺伝子4、プレセニリン2(PSEN2)遺伝子5などが挙げられます。これらの遺伝子に変異が生じることで、アミロイドβの産生量が増えると報告されています。
レビー小体型認知症
レビー小体型認知症の多くは家族歴がなく孤発性に発症しますが、家族性に発症した報告もあります6〜11。
レビー小体型認知症の原因となる遺伝子変異としては、α-シヌクレインを作り出すSNCA遺伝子6、タウ遺伝子7、TREM2遺伝子8、およびLRRK2(G2019S変異)遺伝子9などが挙げられます。ただしこれらの遺伝子は、レビー小体型認知症のみならず他の神経変性疾患にも関与していると報告されており10、レビー小体型認知症に特異的な遺伝子はまだ特定されていません11。
血管性認知症
血管性認知症はCADASIL、CARASILという名称の家族性の脳梗塞が知られており、脳虚血障害が原因で発症しますが、原因遺伝子としてNOTCH3遺伝子、HTRA1遺伝子が報告されています6。
前頭側頭型認知症
アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症より頻度の少ない前頭側頭型認知症でも、約35%に家族歴が認められたという報告があります12。
遺伝子の変異によって発症した前頭側頭型認知症では、その多くにタウ遺伝子、プログラニュリン(GRN)遺伝子、C9orf72遺伝子の変異が認められます13。その他にはVCP遺伝子、CHMP2B遺伝子に変異が認められることがあります6。
認知症のリスクを調べる遺伝子検査
ところで、家族歴のない孤発性の認知症を発症するリスクを調べる方法はあるのでしょうか?
アルツハイマー型認知症の発症に関わるリスクの1つに、感受性遺伝子であるアポリポ蛋白E(APOE)遺伝子の多型があります6。感受性遺伝子単独では、病気の発症に強い影響を与えないとされていますが、アルツハイマー型認知症においてはAPOEε4という遺伝子の発現が多いほど発症率が高まると報告されています14。
しかし、通常はアルツハイマー型認知症のご本人の診療において、以下の理由からAPOE遺伝子の検査は推奨されていません14。
- ・ アルツハイマー型認知症発症の予測精度に限界がある
・ APOEε4が認められたとしても治療方針が大きく変わることはない
・ アルツハイマー型認知症発症のリスクが高いことが判明した際に、検査を受けたご本人や家族に不安やストレスが生じる可能性がある
一方で、MCI(軽度認知障害)や軽症の認知症のご本人に対して抗Aβ抗体薬の使用を検討する場合は、APOE遺伝子多型検査が推奨されています15。
このように、認知症の発症リスクを調べる遺伝子検査はあるものの、調べることで得られるメリットは限定的であり、健常な方が前もって調べておく必要性は低いと考えられます。
抗Aβ抗体薬について詳しく知りたい方は、以下の記事もぜひご覧ください。
認知症の早期発見のためにできることは
認知症の早期発見のためには前兆をとらえることが重要と考えられます。つまり、早めにMCI(軽度認知障害)を認識することが大切です。
MCIとは、日常生活は自立しているものの、以前と比較して認知機能の低下が認められる状態です。自立はできているものの、日常生活では以前より時間を要したり、効率が悪かったり、ミスが増えたりといった変化が見られることもあります16。
認知機能の低下に自身で気付けず、周囲の方が変化に気付くことでMCIの診断に至る場合もあります。そのため、まずは家族や周囲の人々と交流を持ち、普段の状態を知ってもらうことも認知症の早期発見につながると考えられます。
MCIについて詳しく知りたい方は、以下の記事もぜひご覧ください。
まとめ
アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症においては家族性の発症が報告されています。また、孤発性の認知症でも特定の遺伝子の変異が発症に関わっていることがあります。
しかし実際には、認知症の発症には生活習慣や環境要因など多種多様な要素が関わっており、家族が認知症と診断されたからといって、必ずしも認知症になるわけではありません。
過度に心配しすぎず、正しい情報を知って前向きに生活することが、何よりの対策と言えるでしょう。